愛の形は人それぞれ、気付く気付かないは人による2
*シャロン視点*
「あいたたた、エレナお姉さまってば容赦ないんだから」
場所は病室、床に寝かされていたがその前の窓から放り投げた時の痛みで気がついていた。
エレナお姉さまは私が起きていた事に気づいていただろう。だから布団からわざわざ下ろしたのだ。
エルフ族はたしかに性に対して他種族とは比べ物にならないくらい厳しいものがある。
けれど病院の病室の布団まで厳しい訳が無い。不特定多数の人が使う公共の布団なのだから。
そんな不特定多数の事まで厳しくしていたら布団がいくつあっても足りはしない。
だからエレナお姉さまの嫉妬なのだろう。私が寝た事も無い布団に意識がないならまだしも意識があるのに寝かせてたまるかと。本当に可愛いお姉さまだ。私やツバキに対して認めなくても、エレナお姉さまの中では認めているのだろう。そんなところが本当に好き。
そして私の気持ちにも気付いている。私がツバキさんの事が好きだと言う事。
初めての事だった。魔法で変装した私を見破った男性というのは。
私は王の妹という事もあり、王に何かあれば私が王位を継ぐ事になる。それを案じてか私の出生は秘匿され、公には養子ということになっている。
王位を継がなくて良い事には本当に感謝している。けれども表立って王である兄に甘える事が出来ないと言うのだけは辛かった。
それでも兄は時間がある限り私の所に来ては面倒を見てくれた。本当に大好きな兄だった。
兄が王位を継承し王になった際、兄は私に好きに生きろと言ってくれた。
だから王のすぐ傍にいられる王の側仕えになろうと必死に勉強をした。
結果は見事側仕えになることは出来たものの、周りは養子の小娘に何が出来るのかと馬鹿にしてきた。
私が馬鹿にされるのは別にいい。けれどそれが王である兄まで馬鹿にされるのだから我慢ならなかった。
だから私は国を出た事にして貰い、魔法で変装して王の側使いになったのだ。
魔法で変装した私は兄を馬鹿にした奴らの悪行を探し出し、ことごとく処刑してきた。
それがあらかた片付いた時、王である兄に呼び出された。
呼ばれたの兄の部屋、兄が王になるまでは何度も入った事のある懐かしい部屋。
部屋には無駄な物は置きたくない兄の意向でベッドと衣装棚、そして読書好きな兄の為の専用の本棚と机。物こそ良いものを使っているものの、王の部屋とは思えない程スッキリとし、地味だ。
私が部屋にノックしてから入ると兄は本を読んでいたが、栞を挟んで本を閉じると先程まで兄が座っていた椅子に座れといってきた。
部屋に椅子は一つしかなく、兄はベッドに座った。
私が椅子に座ると兄は要件を話した。
「いつまで我の側仕えをするつもりだ?昨今の官僚の処刑といい、我の為になってやっている事は感謝する。だがシャロンよ、お主はもう結婚出来る歳だ。外の世界を見てきて男を見る目を養ってくるが良い。そこで良い男が見つかれば誰であれ、シャロンが決めた相手なら我は許そう」
兄からは聞きたくない言葉だった。たしかに私はもう結婚出来る歳になった。だけど兄以上の男なんているわけがない。私はそう信じている。
「お兄様以上の男なんているわけがないわ。それにそんな話しなら私は聞きたくないし話したくないわ。それより楽しい話をしましょう?久しぶりにお兄様とこうして二人きりで話せるのだから」
久しぶりの二人きりということもあり、私は浮かれていた。だから気付かなかったのだと思いたい。
「やれやれ、昔から兄の前では猫を被るのう、シャロン」
ブンッと兄だったものがボヤケ、目の前に前王である父が現れた。
一瞬理解出来ずにいたが、私に変装の魔法を教えてくれたのは父だ。してやられた。
「お父様!?ここは間違い無く兄の部屋のはず!いくらお父様と言えどこんな勝手は許されませんよ!」
信じたくない一心で取り乱してしまった私。それを諭すように父は言う。
「王には予め言っておる。そして了承も得ておる。だから問題ないのう」
「むぐぐぐ・・・」
兄が良いと言っているのなら私には何も言えない。
「先程も言ったがお前も結婚出来る歳になったんじゃ。結婚出来ぬ兄の傍にばかり居ずに良い男でも見つけて兄を焦らせてみい。どんな顔をするか楽しみでワシは仕方がないんじゃがの」
フォッフォッフォッと笑いながら言う父。
「では私も先程も言いましたが兄を超える男がいるとは思えません。もしそんな男に出会えれば直ぐにでも兄から離れ、その男の傍に行きましょう。ですからそれまでは兄の、王の側仕えとしていさせてください」
相手は父親だ。まして私は養子として公にされてるとはいえ、詳しく調べれば王位を継げるものと知られてしまう立場にある。無理強いをして父にその事を言われれば私の自由はなくなり、王である兄に危険が及ぶ可能性が出てくる。
「ふむ、ではこうしようかの。シャロンよ、お主は今男として王の側仕えをしているな」
何を行き成り言いだすのだろうか。
「はい、知っての通りです」
「では、お主が変装している状態で女と見破られた事は今までであるかいの?」
あるわけがない。あったら何故隠すのかを調べられて最終的に国を出た筈の養子の妹とバレ、最悪王位を継げる者血縁者と言う所までバレてしまう可能性がある。どれだけ変装している時に気を使っているか、この魔法を教えてくれた父が知らない筈が無い。
「あるわけありません。それも知っている筈でしょう」
ニヤリとする父。この顔をする父はあまり好きじゃない。
「そうか、ならば話は早いの。お主がその変装を見破る男がいればそれはお主にとって最高の男となるだろう、そのものについていきなさい」
何を言っているの?この父は。耄碌したのかしら。
「言っている意味が分かりません。仮に見破られたとして、どうしてその者についていかねばならぬのですか」
私の理想は兄だ。兄以外あり得ない。それを私の魔法を見破ったからと言ってそのものについていく意味が分からない。
「シャロンよ、お主の魔法はワシが教えたものだがそれは見た目だけの魔法だと言う事は初めに教えたな?」
「えぇ、教わったわ。魔法で変装できるのは見た目だけ、心の中まで変装はできないわ」
当然だ。心の中まで男になんてなりたくない。私が変装しているのはあくまで兄の傍に居たいからである。
「そこが重要なのじゃ、エルフに限らず生物は目でまず判断をする、それから次の判断をするのじゃ。シャロンの変装は男で、しかも同種からは嫌われる肥えた見た目にしておる。一部には好きな者もおるというが稀な事なのでこれは無しじゃ」
何が言いたいのか全然わからない。
「つまりどういう事でしょうか」
「男と言う生き物はの、大抵見た目で選ぶ生き物じゃ。勿論中身も大事だがシャロンの場合男に変装している以上、相手が男ならまず伴侶の対象にはならん。じゃが、シャロンの変装を見破る者は見た目だけでなく心を見る目がある男ということじゃ。先程言ったな?心までは男になれないと」
そんな男がいるわけがない。私が殺してきた官僚達は皆騙された。私のこの変装の見た目に。
「仮に見破ったとしても方法はあるでしょう?私の魔法は簡単に解除できるもの。王城で魔法を使うを禁止しているからこれまで見破られていなかっただけで。王城で魔法を使って破る者もこの先居ないとは言えないわよ?」
「尤もな意見じゃがそれは無いと思うがの、お主は気付いておらぬかもしれぬがワシもそうじゃが王がそれとなく動いておるのじゃよ」
お兄様が私の為に?知らなかった・・・。
ずっとお兄様に迷惑をかけていたんだわ私、それに気づかない上に自分がしてきた事の様に振る舞うなんて・・・。
「分かりました、取りあえずその件は受けましょう。ですが最終的な判断はその時私に決めさせてくださいお父様」
フォッフォッフォと笑う父。悔しいけど負けたわ。
「その時が一日でも早く来るといいのお、ワシは楽しみじゃわい」
父はそう言うと兄の部屋から出ていった。
私も早くこの部屋から出なければ、知らない人が見たら疑われてしまう。
急いで部屋を出ると扉の前には兄が立っていた。
また父が変装しているものと勝手に勘違いしどこまで人を馬鹿にするのかと思い、兄である可能性を考えず思っている事が口から出ていた。
「王様、少々加齢臭がするように感じられますが体はちゃんとお洗いになられているのでしょうか。洗っていても加齢臭が落ちないのであれば香水を使う事をオススメしますよ。衛兵達も若くして加齢臭のする王に使えるのは可哀そうですから」
扉の外ではあくまでユグリアとして話さねばならない。どこに目と耳があるか分からないからだ。
私は目の前の兄を完全に父と思い、一言述べてその場を立ち去った。
「それでは王様、明日の政務に差し支えのなきよう早めにお休みになられてください。私はこれで」
なにも言ってこない兄をしり目に私はその場を立ち去る。
これで少しは父も私を小馬鹿にするのを控えるだろうと、意気揚々と自分の部屋に向かった。
しかし、自分の部屋に帰る道すがら父とばったり会ってしまった。
父が来た方向は政務室のある方向で、兄の部屋とは間逆。そして政務室に行く道は一本道なのである。
途中分かれ道は確かにある。それでも兄の部屋の前にいた変装した兄が私に見つからないように迂回して政務室から来るには余りにも時間がかかる。まだ城内には夜勤の衛兵が巡回し見回りも多い時間な上、王にしろ前王である父にしろ走っていたら間違い無く何事かと騒ぎになる。
極めつけは父の後ろにいる衛兵達である。
王や私のような王族に属する者にはそれぞれ直属の衛兵がいるもので、父の直属の衛兵が眼の前の父と一緒に政務室から持ってきたであろう書類を話しながら運んでいるのだ。
直属の衛兵はたとえ王の命令であったとしても優先されるのは、使えている方を優先するようになっている。その為緊急の事でも無い限り、他のエルフの命令は聞かない。書類を運ぶなどの雑用なんてやる筈が無い。つまり目の前にいる父は本物の父なのだ。
私は血の気が引いていくのが分かった。先程加齢臭がするうんぬん言っていた相手は変装した父では無く、間違い無く王である兄だったのだと。
私がそれに気づいて硬直していると、私の横を邪魔だからもう少し横に移動しろと目で言いながら通る父、そして軽く私に敬礼をして通り過ぎる父直属の衛兵達。
私は全力で走った。父直属の衛兵の追い越し、父を追い越し、驚く衛兵や雑用係を無視して兄の部屋まで走った。
息を切らしながらも兄の部屋につくと、当然兄は扉の前にはいなかった。
扉をノックする。本当はすぐにでも入りたいが、今回ばかりは目立ち過ぎてしまった。
何事かと何人かの衛兵が私の後をついてきていた。ここで中に入ってしまえば私は疑われてしまう。それだけは決して出来ない事だった。
暫くして扉が開くと、兄から嗅いだ事の無いような香水の匂いが漂ってきた。
締め切っていた為か、色々な香水の匂いが混じっており悪臭の域に達していた。
私は手で鼻を覆いそうになるも我慢し、自らの犯した罪を心から悔いていた。
私についてきた衛兵達は堪らず手で鼻を覆い、咳き込んでいる。
「我になにようだ」
声がいつもの堂々とした兄と違い、完全に死んだ声だった。
「火急のお話があって来ました。中に入っても宜しいでしょうか」
私がそう言うと王は衛兵達にここはもういいからと下がらせた。
「中に入れ」
「失礼します」
中に入るとそこはもう地獄の様な有様だった。メイドにでも運ばせたのか、女性が使う物からお年寄りが使う物まで様々な香水が蓋が空いた状態で散乱していた。
扉を閉めると兄に話すよりも先に窓を全開にして換気し、蓋が開けっぱなしの香水の蓋を閉めていった。
兄は何も言わないでいたが、私の行動に多少なりとも苛立ちを覚えているのは見て取れた。
全ての香水の蓋を閉め終わり、風の魔法を窓に向かって暫く使用し換気をすると悪臭だった匂いはだいぶ落ち着いた。
私の第一声は謝る事だった。だが妹として謝る事は出来ない、換気の為窓を開けてしまっているから声が外に聞こえてしまうからだ。
「王様、申し訳有りませんでした。私の誤解で王様に多大なご迷惑をお掛けしてしまいました」
詳しい事は今は言えない。だから変装の魔法で何があったかを伝える。
「何があったか述べてみよ」
それを知ってか兄も余計なことは言わないし聞かない。
私は部屋の中央まで移動すると父に変装して説教をするような仕草をし、変装を解いて本来の私の姿に戻り怒っている仕草をする。その後また父に変装して扉の前にいき出ていった振りをする。実際に出たら問題しかないから出られない。
そして今度はユグリア変装し部屋の中央から扉に出る仕草をする。これで部屋でおおよそ何があったかは兄にも伝わった筈だ。兄の方見てここまではいいかしらと目で伝える。
「続けろ」
兄も理解したようで続きを要求してきた。
今度は兄に変装し扉の前に居た時と同じように立つ、そこで一旦ユグリアになり兄を見て指を差す仕草をする。これで私が兄の事を父と勘違いして言った事を表現したつもりだ。その後、兄と父を交互に変装し私が兄を父と勘違いしていた事を伝える。最後に私はユグリアに戻ると後ろ手に立ち去る仕草をする。これで終わりだ。
「以上です、おおよそ理解出来ましたでしょうか」
後日きちんと言葉で言わねばならないが、誤解だけは解いておきたい一心で今この場に来ているのだ。
「おおよそはな、詳しい話は後日聞かせて貰おう。今日はもう下がれ、下がれついでにメイドを何人か呼んでおけ。香水の瓶が邪魔だ」
私が変装の魔法で説明している際、兄は自分で風の魔法を使用し換気していた。やはり兄にも臭いというのは感じていたのだろう。だが、換気した事もあり匂いは気にならなくなっていた。鼻が慣れてしまっただけかもしれないが、それはメイドが来れば分かる事だろう。
「それでは後日改めて、メイドの件はお任せください。それでは失礼します」
何度も変装の魔法を使用したからか、どっと疲れていた。扉を出る前に変装の魔法におかしい所が無いかを確認してから扉を開けた。
扉を閉めると近くにいた衛兵にメイドを何人か呼んで来いと伝え、数人のメイドが来ると王の部屋を今すぐ片付けて来いと命令したのち私は自分の部屋に向かった。
自分の部屋に帰ると鍵を閉め、部屋中のカーテンを閉めてから変装の魔法を解いた。
私の部屋にだけ専用のお風呂があり、そこで一日の疲れを流すとキングサイズのベッドに入り眠った。
翌日、兄に昨日あった事を言葉で一から説明すると怒りながらも最後は許してくれた。後日、兄が父に香水を渡してひと悶着あったりした。
そんな事があってから何年か立ち、運命と言うべき日が突如やってきた。いや、予感はなんとなくしていたのだ。昨日、国で経営している病院に初めて人間が入院したという報告があったとき胸騒ぎはしていた。そしてそれは幸か不幸か的中してしまった。
本日の政務が終わり、衛兵が交代の時間になる丁度夕方にそれは起きた。
初めは誤報だと疑った。魔族程魔法に優れてはいないものの、エルフは他の種族に比べて長寿である為その分戦闘経験の多い者が多く存在している。
そんな戦闘経験豊富な我々エルフに正面から入ってくる者など囮としか思えず、正面よりも背後や側面からくるものと考え王に進言していた。
「賊にしてはやり方が妙です。王はこのまま王座にて様子を見ましょう」
これに対して前王である父は違う見解をしていた。
「様子を見てきた者によれば女のエルフ一人に一方的にやられているようではないか。その直ぐ側に男の人間がいて、護りながら真っ直ぐ王の間に向かっていると聞いた。それが本当ならこれは直ぐに下がるべきだとワシは思うがの」
王は私と父の二人の意見を聞くと逡巡した後、言った。
「我はここで待とうではないか。女のエルフ一人に衛兵達がやられたという事よりも、我は人間の男に興味がわいたぞ。これはもしかするかもしれん」
王がそういうと、父もなるほどたしかにと王の意見に賛成した。
何年も前だった為父と交わした事を完全に忘れており、王を兄を危ない目に晒す気かと思い進言した。
「衛兵達が一方的にやられているという話が本当なら今すぐ退避すべきです!王の身に何かあったら遅いのですよ!?」
兄にもしもの事があったらと思うと気が気ではなかった。お願いだから逃げてくれと。
そんな私の気持ちをくんだのか王は私に言った。
「何も策が無いわけではない。策と言うには他人任せすぎるきもするが・・・。父上、もしもの時は宜しく頼む」
そう王がいうと、やれやれといった感じで父は奥に引っ込んでいった。
「しょうがないのう、父をこき使うとは偉くなったものじゃ。実際そうではあるが小言くらいは言わせてもらえんとやってられんわ」
父は元々衛兵の出で、その中でも一番の槍使いとして名を馳せていた。私の母にそんな腕っ節を買われたのか、女王であった母が唯一最後まで伴侶として認めた男だった。他にも男は沢山いたもののうまくはいかず、追放されたり処刑されたりと母の前からいなくなっていった。
勘違いされがちだが王や女王に観染められたからと言って偉くなる事は無く、あくまで王族という肩書を手に入れて生活が出来るだけであって、実際は子をなす為の道具といった表現が一番しっくりくる。
その為観染められても王や王女がもういらないと言えばそれで終わりなのである。
そんな中今もなお母の伴侶として寄り添っている父は母が隠居した後も、息子である現王や娘である私の事を表からも裏からも支えてくれているのである。それもあってか王よりも王らしいと言われる事が良くある。
そんな父は衛兵として一線は退いたとはいえまだまだ現役。奥に下がったのは愛用の槍を取りに行ったのだろう。そういうこともあって養子とされている私、国外に旅に出ている設定の私を嫁として欲しければ父に勝つのが条件なんて噂も流れ、それを信じている衛兵も多いのだとか。迷惑極まりない。
2,3分経つと奥に引っ込んでいた父が愛用の槍を携え出てきた。
「まだ来ておらんのか、意外にゆっくりじゃのう」
緊張感の無い声で父が言うもその目は真剣だった。
「道が分からないのかもしれませんね」
正門から王の間まではそれなりに歩くとは言え真っ直ぐ歩いていればつく。だが衛兵達が防衛の為にちょっかいを出していたら案外道をそれて別の部屋に向かっているかもしれない。
そうなれば好都合だが、手当たりしだい壊されでもしたら被害は甚大になってしまう。来ては欲しくないものの、こないとそれはそれで嫌なものだ。
「二人とも慌てるで無い。人間を護りながらと言っていたのだからゆっくりなのだろう。単騎でくれば直ぐにでも我のいる王の間までこれように、その人間がそのもにとって重要とみた。決してその人間に危害を加えるようにするでないと伝えておけ」
王はそう言うと少し考えむように腕を組んで黙ってしまった。
私は近くにいた衛兵に人間を狙ってはいけないように伝えろと命令をする。だが、私には人間が重要ならそこが弱点と考えむしろ狙うべきだろうと思った。
そこでユグリアとしての姿をするようになってから王に害をなす可能性のあった者や、王を馬鹿にしていて裏で悪さをしていた奴らを処刑するのに使っていた私兵に王に気付かれないよう人間だけを狙えと命令した。
チラリと王のを方みると王は気付いていないようだったが父は気付いているようだった。けれど止めるような事はせず、結果が楽しみだとばかりに笑っていた。
直ぐに結果は分かった。だがそれは酷いものだった。王の命令に従い女のエルフを狙ったものは気絶をされる程度で命に別状は無かったらしいが、私が私兵に人間を狙えと行った者は死者こそ出ていないものの、兵としては使いものにならない程外傷が酷いという。伝令の話を聞いた私はたかが人間を狙っただけでこのようになるとは思いもしなかった、そしてまだ見ぬ女のエルフに私は恐怖した。
たった一人の人間の為に同族を裏切るような行為をする者が正気なはずがない。そのとき、私はそう思った。
伝令の話は当然王と父にも届き、父は笑っていたが王は私を見て不満顔で言ってきた。
「我は人間を狙うなと命じたはずだがユグリア、お主私兵を使って勝手をしたな?今回は罰する時間がないゆえ不問とするが次はないと思え」
便利な私兵を失い、さらに王に注意され、これから正気じゃない女エルフが来る。なんて日なのだろうか。何もかも全て人間が悪い。
私が悪いのは理解しているものの、誰かのせいにでもしなければ私は平常ではいられなかった。
都合が悪い事を人間のせいにしていると行き成り王の間の扉が紙の様に吹き飛び、飛んだ扉は綺麗に二つにわかれて横の壁に同時に激突していった。
なんというむちゃくちゃな魔法なのだろうか。目の当たりにして分かる理不尽な魔法。とてもじゃないが魔法に関して侵入してきた女エルフに魔法で勝てる者は国内で知っている限りではいない。
それほどまでに圧倒する魔法を持ちながら、何故何の力も持たないただの人間に執着しているのか理解できない。
だが魔法では勝てるものがいなくとも、私や王には国一番の槍使いと称される父がいる。魔法が全てではない事は周知の事実。実際魔法は強い分、弱点も多い。
詠唱をしなければ魔法を行使できないし、魔力が尽きればそれまでだ。まして魔法が強い物程近づかれたら何もできないものだ。それは父も分かっている事だろう、だから父があの女のエルフに近づいてしまえば勝ったようなものだ。
だが、王の間に入ってきた女のエルフは王の間の入り口に待ち伏せしていた二人の衛兵を何の苦労も無く、それこそゴミでも払うように吹き飛ばしていた。こんな無茶苦茶な魔法の使い手に、父は勝てるのだろうか。いや勝って貰わねば王が、兄の命が危ないのだ。
父を見ると王の横から動こうとはせず、黙って女のエルフと人間の男が近づいてくるのを見ている。
向こうから近付いてくるならと待っているのだろうか。けれど、あの女のエルフの魔法の射程に十分入っているように思うのは気のせいではないはずだ。
どこまで王に近づけるのかと父に言いたかったが、私は戦闘の事はまるでしらない。けれど口を出して気を散らさせてはいけない事くらいは知っていた。ここは黙って父を信じよう。
けれどどれだけ女のエルフが近付いてこようとも父はその槍を使う事は無かった。
結果王の元まで来て見上げると気分を害した顔を一瞬するも、真剣な顔になり片膝を折り頭を下げた。
続く人間も女のエルフと同じように片膝を折り、頭を下げた。
二人とも作法は間違っているが、知らないのだろう。知らないなりに誠意を見せようとしているのは窺えた。
けれど、王の間の入り口で見せたあの凶悪な魔法はいかんともしがたい。始めてみる魔法だった。紙のように選りすぐりの衛兵を吹き飛ばす様は、現実の物とは思えない光景だった。
二人が膝を折ると、女のエルフの口が王に挨拶を言ってきた。生涯に渡り同族の同性でこれ程までに思い出したくない思いではないだろうとその後の私は思う事になる。
「王様、ご無礼な訪問な仕方をし申し訳有りません。無礼ついでに私めの話しを聞いてはもらえないでしょうか」
「無礼者!城を荒らしただけで飽き足らず、王と話しをさせろとはどういうことだ!」
だがその時の私は王を護る事に頭が一杯で自身の今の姿による印象や、相手の誠意を無視して女のエルフに上から目線で述べた。
その瞬間自身の右にある飾り柱が視界から消えると同時、思わず目を瞑る程の風が通ったかとも思うと背後の壁に激突した。
少しずれていれば今この場に私は立ってはいなかっただろう。その事実がその行為に対する私の言葉を遮った。
私が黙ると問題の女のエルフは王に同じ言葉を繰り返した。
それを王は許し、話せと言った。
私にはこの女のエルフが危険すぎると感じた。私に黙れと行動でしつついつでも王の首を取れると示したのだから。
女のエルフは名も名乗らず要件を言ってきた。話している途中何度も耳を疑う言葉が人間から聞こえてきたので、それに対して聞こうとも思ったが先程の飾り柱の一件以降私の口は自ら開く事が出来ないでいた。
女のエルフの内容は私が私兵を使って街で広ませた件と、対策をしていたのにも関わらず前例が無い為担当医が知らなかったという目を覆いたくなるような話しだった。
王が父と私を見て、明らかに私の犯行と分かったのだろう。変装の魔法をしているとはいえ、私がやったというのはそれを知らない者が見ても分かる程私はうろたえていた。
それを知ってか王は口調こそ厳しいものの、優しさを感じる言葉を私に言った。
「ユグリアよ、どうやらお主は心当たりがあるようだな。この者たちに正直に話してみよ」
私は覚悟を決め口を開いた。
私がいかに王の事を想っての行動をしてきたか、そして病院については誤解だったのだと。
目の前にいる女のエルフに何時殺されるのかと言う恐怖と、王だけは絶対に護らないという意識の中熱弁を奮った。
結果、王には怒られるも命だけはなんとかなったと心から安堵した。私が思っていたより常識があるエルフだと認識を改めた。しかし続く王の言葉はまたも私を不安にさせるものだった。
「すまなかった。我の気付かぬ所でそんな事になっていようとは、我に出来る事であれば何でも言ってくれ。出来る事であれば我の人生を賭けてでも叶えてみせよう」
王が何でもといえば、それは本当に何でも出来るであろう。極端な話し、嫌いな奴がいるから殺してくれと言われれば適当な罪状をつけて死刑にする事だって可能なのだ。そして王は更に余計な事を加えて言ったのだ。我の人生を賭けてでもと。
王の命を寄越せと言われたら王は何の抵抗も無くその首を渡すだろう。もしくは王の座を寄越せと言ってもそれは可能であるかもしれない。王族は血縁を第一にしてはいるものの、王に取りいって子を授かった後王を殺すと言う事は長いエルフの歴史に無かったわけではない。
生き残った血縁者が授かった子で最後の一人となったら国民も含めて総出での保護である。
血縁の子には一切自由が無く、次の子が出来るまでは日の光すら拝めない過酷な環境で育つという。
今回もし王が死ねば間違い無く私が血縁者だったと国民に発表され、子を授かりその子が子を儲けるまでは城にて閉じ込められるのだろうと思うと気が気ではなかった。
しかし、運が良いのかそれとも考えがあるのか問われた問題の女のエルフは滅茶苦茶にしてしまった城の修理費の心配をしていた。
私としては城なぞ最悪なくても良い。壊れたのであれば国庫が多少痛むだけで済むだけだ。命や無理難題を言われると覚悟していた私は感謝する必要性は皆無であるのに心の中で感謝をしていた。
これでいつも通りの日常が遅れると安心したのもつかの間、王はただ後ろをついてきただけの人間にも同じ事を言うではないか。
私の知識の中では人間と言うのは年中発情して、複数の異性と関係をするのが当たり前と言う認識だった。
その為、私利私欲にまみれたゲスな事でも言うのだろうと思った。
そして、それは見事に的中してしまった。
今思っても何故そうなったか理解出来ない。何度状況を整理してもばれるような事は無かったと自信を持って言える。だがその人間は気付いて王に言ったのだった。
「王様の妹であるそちらのユグリアを頂きたく思います」
最初、言われた意味が理解出来なかった。
王に妹である私が欲しい?何を言っているんだ。そして何で私が女性と言う事、妹ということがバレたのか不思議でしょうがなかった。
だが続く人間の言葉に私は感心した。私のちょっとした仕草、そして王を想う気持ちが男性のそれでなく女性特有のもの、そして妹だからこその視点。全てが言われれば納得出来てしまうものだった。
バレたのは納得出来た。けれど私が欲しいからくれというのは納得できない。横にいる女のエルフも何を言っているんだと口を開けたまま人間を見ている。
唯一他と違って納得しているのが父だった。そしてその時私は思い出した。思い出したく無かった事を思い出してしまった。
父との約束を、けれど私が嫌と言えばそれで終わる筈だと思い続く人間の言葉を待った。しかし言葉を開いたのは王だった。
「さて、お前はどするかねユグリア」
王も私が見破られた時の事を思い出したのだろう。先程の王とは思えない残念な顔をしていたが、今はキリッとした顔で私に言ってきた。
「何をでしょう王様。私は男ですよ、いくら王様の御命令とあっても男とは遠慮いたします」
私は嫌だ。同種のエルフであればまだ考えもしよう。だが年中発情していて複数の人間と関係を持つのが普通という人間と伴侶になるなど王の頼みであっても断固として断る。
私の言いたい事が伝わったのか王は人間に問うた。
「っということらしいが王の命であっても断ると言ってるが人間よ、名をツバキと言ったな。汝はどするか?」
「ユグリアよ、本当の名を知らぬ事を残念に思います。だから今はユグリアと言いましょう。俺のハーレムの一人となってくれ!」
それに対して発言した人間は私の知る人間で間違い無かった。性に対して他種族より圧倒的に厳しいエルフに対して言うセリフでは確実にあり得ない。
空気が固まるどころの話では無い。我々エルフに対して、王の目の前でハーレムと言ったのだ。死刑確定はまのがれない。
沈黙を破ったのは父の投げた槍だった。ガンッと音がし、音が鳴った方を見れば人間の直ぐ横に父の愛用の槍が刺さっていた。
「もう一度申してみよ、小僧」
父が見せる本気の怒り。私の前では一度も見た事の無い顔と声色だった。何故槍を直接人間に当てなかったのか疑問だったが、父は人間の答え次第では次は殺すと言っていた。
次に女のエルフが立ったのち、呆れたように口を開いた。
「ツバキが巻いた火種なんだから自分で処理しなさい」
女のエルフは言うと直ぐにそのまま一度として振りかえることなく王の間を後にする。
残されたのは死刑確定の人間のみ。護って貰ってきた女のエルフに見捨てられたのだろうか。だとしても納得はいく、目の前でハーレム宣言をする人間だ。まともなエルフなら見捨てるかその場で殺すだろう。
今回は私の判断に任せるとして見捨てたのだろう。私は変装の魔法以外はまともに使用した事が無い。この人間を的にして死ぬまで練習も良いかもしれないなと思った。
目の前の人間は頼みの綱の女のエルフに見捨てられたのにも関わらず、臆することなく父にきちんと説明をした。
「誤解されているようなので予め言わせてください、私は確かに王の妹であるユグノアに俺のハーレムの一人になってくれと言いました。しかし、それは俺にとってのハーレムではなくエレナの為にと言う事です」
エレナというのが先程の女のエルフの名なのかと覚えつつ、エレナは間違いなく女性だ。体形こそ私より酷いものの誰が見ても分かる。それと私は否定しなければならない。
「私は妹だと認めて無いんだが」
それに対し黙ってろと私は王に目で言われた。そんな目で見ないで欲しい。
「どういう事か詳しく申してみよ」
父は興味をもったのか更に詳しく人間に聞いた。そんな事聞いた所で死刑は変わらないだろう。余興と言う奴だろうか。
「まず私は先程のエルフであるエレナを人生全てをかけて添い遂げたいと思っています。仮に私の行動が実を結びエレナを伴侶にできたとしましょう。しかし人間とエルフでは寿命が違いすぎます。そこで私が死んだ後もエレナの側に居てくれる方々を探しているのです。エルフの王であるあなたの妹であれば少なくとも王であるあなたよりは若い、そしてエレナと同じエルフです。寿命の長いエルフが側にいてくれれば私がいなくなった後も寂しさは紛らわせましょう」
人間が話す言葉に私は衝撃を受けた。それまであった人間の知識と違う言動。もしそれを本心から言っているのであれば人間が誤解するように言った事を除けば、私はこのツバキと呼ばれていた人間に対してだけは考えを改めるだろう。こういう考えを持った者は数少ないだろうと私は直感的に感じた。だが、これが自らの命可愛さの偽りの言葉であったならば、今後全ての人間を否定し続けようと心に誓った。
そんな私の誓いとは別に、それを聞いた父はは殺気を鎮め疑問をツバキに聞いていた。
「それはあのエレナといったか、望んだ事なのか?」
そこは私も気にはなっていた所だ。エレナが寂しさを紛らわすために言っていたのだとしたら随分と自分勝手な女である。それに対し人間は首を横に振りながら言った。
「いえ、これは俺が勝手にやっている事です」
即答だった。自信を持って俺一人がやっていると。
「ほう、ならば一つ聞きたい。お主はそのことをあの者に伝えたか?」
続けて父は聞く。殺気を鎮めた途端根掘り葉掘りツバキから情報を得ようとしているのだろうか。
「伝えようとした事はありましたが途中でどつかれて最後までは伝えていません。俺がそんな事を考えていると言う事さえ知らないかもしれません。ですが私は人間ですのでエルフ族である彼女に嘘はつけません」
エルフ族であるエレナには嘘がつけない?どういう事だろうか。そして当然その疑問は父も思ったらしく聞いていた。
「待て待て、別にワシらエルフ族は相手がいかにお主が人間とは言え感情も心も読めん。初めてここにあの者がきたとき問答無用で殺そうと思った。だが出来なかった。間違い無くワシが殺されると見た瞬間にわかったからじゃ」
父がツバキに対してエルフが全員心が読めるなどと誤解していることを訂正した後、父にも殺せないと言った事は私には信じられない言葉だった。
「お父上が!?」
それまで黙って聞いていた王が取り乱した。王も父なら大丈夫と思っていたのだろう。
王の言葉は無視して父は言葉を続けた。言い方が悪いがあえての事なのだろう、真意を確かめようとする感じがあった。
「お主の言い分は解った、しかし自分勝手すぎやしないかね?ようはお主が死んだ後もずっとあの者の側にいなければならないという奴隷の様な事をしろと言う事じゃろ?」
奴隷と言う言葉を聞いたツバキが顔を険しくしたが、ここは我慢する所と思ったのか声に若干の怒りを混ぜながらも述べた。
「言葉を間違えないでください。奴隷では無くハーレムと初めに言いましたよね。つまりはエレナの事が好きで自分から一緒に好きでいてくれる相手をさがしているのです。ユグノアにとって初めはそのように思う事があるかもしれません。けれどエレナは同性からも好かれると私は思うのです。異性は私が断固拒否しますが。王の間に着くまでに衛兵を沢山気絶させました。城の奥に進むにつれエレナは同じ種族であるエルフ族から恐怖の目で見られていました。エレナは気にしていないと言うかもしれません。けれどエレナも可弱い女性なのです」
そこまで聞くとと父は大笑いをした。
父が今の話しで何が面白かったのか私には理解出来ない。けれど一つだけ分かった事がある。このツバキという人間は心の底から、そして見捨てられたとしてもエレナというあのエルフの事を想い続けるのだろうと。私はエレナが心底羨ましくなった。これ程一途に思われたらどれだけ幸せだろうと。そして先程のツバキを護る所からしてエレナも好いてはいるのだろう、口では言わないにしても。そんな素直じゃない所に私は惹かれていた。そして同時にツバキも私が今まで出会ってきた中で一番理想とする男であると認識した。
けれどエレナとツバキは相思相愛。そんな中に私は入っていって良いのだろうか。初めて兄より傍に居たいと思う男と出会うも、叶う事の無い恋。それをずっと私は抱え続け、傍で見る事に私は耐える事が出来るだろうか。
それとエレナは心を読む事が出来ると言う、それが本当なら私の心も見透かされて嫌われてしまうかもしれない。そんな事を思っている間、父はずっと笑っていた。五月蝿い。
「あの者を可弱いと申すか!気に言った!ユグノア、いやシャロンよこの者達の旅についていきなさい」
そしてトチ狂ったのか私の本名を言っていた。その名は城内では禁止にしていた名前。誰がいつどこで聞いているのかも分からないのに大声で言っていた。
幸いと言っていいのか王の間や周囲の衛兵はエレナによって気絶させられていた。そんな私の心配をよそにツバキを見れば、私の本名を知れた事が嬉しかったのか顔がニヤついている。流石にイラッとした。
堪らずここまで言ったならばと取り繕う事もせず、父に訴える。
「お父様!?何を言っているのですか。お父様を説得する為にでっち上げた嘘に決まっています!」
ここまでの話しが本当かどうかという確証は誰にも分からない。当のエレナに聞いてもそんな事は知らないと言われたらそれまでだ。現状ついていきたいけれどそれはエレナにとっては迷惑になってしまうかもしれない。初めて母以外の同性で好きになる、友達が出来るかもしれないと思いつつ嫌われたくないと言う心のせめぎ合いが激しかった。
そんな中王としての顔では無く、一人の兄として私に言っていた。
「シャロンよ、王では無く一人の兄として言わせて貰おう。あのエレナという女は嘘を見抜くらしい、そんな女が王の間まで護りながら一緒にいる男とは面白いと思わないかね」
それが本当なら心から好きになる自信はある。けれどそれが本当かどうかを証明する手段は無い。だから私は本心だけど本心で無い事を言っていた。
「何も面白くないわ!私にはお兄様がいればいいの!他に何もいらない!」
私の本音を聞いた兄は嬉しそうな顔をしつつ困った顔もしていた。
そしてそんな中空気を読めないツバキが私に改めて言った。
「シャロン、俺のハーレム要員の一人となってくれ!」
私の本名を初めて家族以外の者に呼ばれる。しかも理想の男性に。
内心嬉しかったがそれを今ツバキに、兄と父に悟らすわけにはいかない。だから私は胸が苦しくなるも言う。
「ぜーーーったい嫌ーー!!」
その後直ぐにツバキは入院していた病院に帰っていった。
ツバキはエルフの国に来たばかりだという。夜の道は人間には厳しいと思うのだけれど懐中電灯っというのを持っているのかしら。
王の間から出て行き、小さくなっていくツバキは私は黙って見ていた。その間、父と兄が私を見ている事に気づいていなかった。
完全に見えなくなると父が私に言ってきた。
「そこまで想っているのであれば何を迷う必要がある。我々エルフと違ってツバキは人間じゃ。迷っているうちに死んでしまうぞ。フォッフォッフォ」
それに対しては思う所はある。けれど叶う筈も無い恋を胸に秘めて一緒にいる事の苦痛はどれほどか、もし私がそれをツバキに告げたらどうなるのか、結果が分かっているからこそ近くにいるのが辛いのだ。
私が反論してこない事を良い事に言いたい放題言う。父、いやクソ親父。
「ほれほれ、今からでも追いかけていったらどうじゃ。変装の魔法は直ぐに解けるのだから本来のお主の姿をみたら心移りするかもしれんぞ?」
容姿についてはエルフ内でも上位に入る自信はある。けれどエレナと身長も体形が殆ど同じなのだ。エレナが居なくなった時の変わりはもしかしたら勤まるかもしれない。だが、エレナはエルフ族の中でも最も小さい種族なのだろう、小さいのが好みだとするならば私はエレナに叶わない。
それに見た目で勝ったからと言ってツバキが振り向くとは思えない。私の内面を見たようにエレナの内面を見てそして惚れたのだろう。
今の私にはエレナとツバキの出会いは分からない。けれどとても素敵なものだったと私は思う。そんな中に私は居られるのだろうか、入っていっても良いのだろうか。不安と期待が入り混じる。
「見た目で心移りするような人では無いわ、ツバキは」
だから私は本心から言っていた。そして言ってから気付いた、自分が涙を流している事に。
けれど変装の魔法の格好で汗をかいている為か、父と王はそれに気付いた様子は無い。
そんな中兄が口を開いた。
「明日にはエレナがまた来る。その時に確かめてみれば良い、シャロンの気持ちが本当なのかどうかをな。今日は一日ゆっくり休むと良い、それと政務はもうやらなくていいぞ」
明日またエレナがくる、その事は私の心をドキッとさせた。直ぐにでもあって私の気持ちを確認したいと。
とはいえ王から直接私の気持ちを確かめる為の時間をくれたのは嬉しい、しかしだからといって政務をもうやらなくて良いと言うのは聞き逃せない言葉だった。
「お兄様、いえ今は王様と言いましょうか。私にもう政務をしなくていうのはどういう了見でしょうか」
内心は嬉しい、しかしそれとこれとは別だ。今まで政務は私と父が主にやってきた事だ。今更兄が、王が手を付けたとしても殆ど分からないだろう。要件だけを聞いて判子を押す押さないだけをしてきた王だ。
しかし、こればかりはしょうがない。他国の王は王室で書類の整理をするのが大半で、表に出て何かをするというのはほんの少しだけだという。
しかしエルフの国では書類と向きあうのは私や父の様な側近であり、決定するかだけを王が決める。
長寿であるエルフの国ではやれ何が欲しい、やれ何を作れといった要望が皆無で何かを求めるエルフは皆旅に出てしまう。
長寿であるがゆえに直ぐに欲しいものを求めず、ゆっくりと自分の手や足で手に入れようとする傾向が強い。
他の種族からには理解されていないのはエルフ達全員が理解している事である。その為、エルフの国に観光しにきた他種族からは未開の地とされ、もっとも大きいこの街も田舎のように見られる事が普通だ。
その為、要望が来るのは観光に来た他種族からの要望が大半であって国民からの要望は非常に少ない。
エルフにはエルフの考え方がある為他種族の要望はほぼ全て王の目に止まることなく私や父によって却下され、極稀にエルフの視点も考えた要望で考える余地があるものだけを王に渡している。
結果他国と違い書類仕事は殆ど無く、王は好きに過ごす事が殆どという状態であった。
そんな王が私の変わりに沢山の書類に目を通すとなったら、あれもこれもとエルフの国を滅茶苦茶にするのではという不安がある。先程も王に怒られたばかりではあるが、私個人の問題と国全体の問題とでは話しが違ってくる。
過去、王がエルフの国を滅茶苦茶にしなかった例が無いわけではないからだ。その時は血縁者が他にいた為、その王は処刑されたらしいが私の兄がそうならないとは言い切れないのがとてつもなく嫌だった。
「書類の事を案じているのであれば問題は無い。私も母にその話しは嫌という程聞かされたのだからな。単にユグリアが政務をしながら旅をするのは無理があろうというだけの事だ」
王の中では私がついていくものと決定されているようだった。出来れば私もついては行きたい。けれどっというのは王も分かっての事なのだろう。その為の休みなのだ、時間はまだある。先に帰らせて頂きゆっくりと考えよう。
「書類に関しては良き側近が見つかるまでの間、前王のみでお願い致します。それであれば私は何も反対することなくこのまま下がらせて頂きます」
書類に関してだけはダメだ。これだけは譲れないと王に強く言った。それさえ呑んでくれれば私も考えると、言葉は王に対してと言うより兄に対してと言う感じになってしまったが強く言った。
それが通じたのか王は頷いてくれた。
「よかろう、それでユグリアが納得するのであればそうしよう。父上よ、苦労をかけるが暫くはユグリアの分も宜しく頼む」
それを聞いた父はそうなるじゃろうなといった顔をして言っていた。
「やれやれ、しょうが無いとは言え父使いがあらいのう。とはいえ書類自体は楽な仕事じゃ、気楽にやるとするわい」
フォッフォッフォと笑いながら言う父は安心できるものだった。
そしてそれを聞いた私は一言良い王の間を後にした。
「それでは私はこれで失礼します」
「うむ、良き決断を期待しておる」
「難しく感がえず、己が心にきいてみると良いの」
王と父がそれに短く答えるのを聞いた。
私は王の間の裏から私の部屋まで真っ直ぐ向かった。
道中衛兵や世話係に敬礼やら頭を下げられながらも、それに答える事無く足早に向かった。
ユグリアの部屋、私の本当の部屋はあるがもう何年も入っていない。仮初めの部屋に入ると鍵を閉め、掃除をされた後であろう部屋をくまなく見て、不審な点が無いかを見つつ窓とカーテンを閉め問題が無いと分かると変装の魔法を解いた。
ユグリアとして過ごす事になってから毎日続けている事だが、今日ほどこの時間がもどかしいと思った事は無かった。
元の姿の私を見られる訳にはいかなかった事で必死だった頃と違い、もう自らを偽らなくて良いかもしれないという気持ちが心を鷲掴みにしていた。そこで今までどれだけ無理をしていたのかを初めて実感した。
実感した所でドッと疲れが出てきた。お風呂に向かい、汗だくの状態をいち早く洗い流すべく風呂を溜めた。
溜め始めた後、シャワーで体中の汗を洗い流す。今日まで過ごしたユギリアという存在をも洗い流しているような気分だった。
念入りに汗を洗流した後、体を洗う。日焼け等一度もした事の無い白い肌が、綿のような柔らかいタオルで擦るたび赤くしていく。
体を洗い終わると髪を洗う。長い髪の為洗うのも乾かすのも一苦労だ。しかし、長い髪で良かったと今日初めて思った。
今日は初めて思う事が沢山だなと私は思わず笑みを浮かべていた。
エレナは長い髪だった、そしてそんなエレナの事が好きなツバキは女性にしか分からないであろう視線でツバキがエレナの髪にチラチラと目が言っているを確認していた。
世の男は気付いていないと思っている視線は、女からすれば堂々と見られている事に気づいていない。ツバキもそうなのだろうか。いや、ツバキの場合は既に口に出した後だろう。膝をついてエレナが要件を述べている時もツバキはそれに対して口を挟んでいた。
ツバキは思っていた事を本人は気付かずに口に出しているタイプの人間なのかもしれないと私は思った。
それで心の中が分かると言っているのではないのかと。しかし、嘘をつかないでしゃべろとエレナは言った。心の言葉はツバキのミスである可能性が高いが、嘘は何かしらの魔法で見破れるのかもしれない。
今日あった事を思い出し、整理しながら頭を洗い終わる。
終わった時にはお風呂にお湯が丁度いい感じに溜まっており、シャワーで頭から体を流すと湯につかる。
「ハァアアアアァアア・・・」
ツバキにはとてもじゃないが聞かれたくない言葉が自然と口に出る。
ツバキには・・・か。今まで兄の事しか考えなかった私はその事に思わず顔を赤くしていた。
始めてかもしれない恋、しかし思い人には既に心に決めた女性がいる。私の恋は既に負けが確定しているようなものである事に、ショックながらも納得をしていた。
私には始め恐怖にしか見えないエレナをツバキは可弱いと言っていた。二人の間にどれだけの時間と出来ごとがあったかは私には分からない。けれど、私には恐怖の対象が可弱いになる事はないというは断言できると思った。
開始地点が違うのだ。一目ぼれであれ何であれ、好きから嫌いになる事があるのは分かる。そして嫌いから好きになる事もまだ分かる。けれど恐怖から好きになる事は無い。けれど好きから恐怖になる事はあるだろう。
今回は好きから恐怖になる可能性があった出来ごとだったと私は思う。仮に私がツバキだったとしたら恐怖して好きだったという感情は無くなっていただろう。
けれどそんなエレナをみても恐怖にはならず、可弱いと言っていた。私はそんな外側だけでなく、内面をちゃんと見ているツバキに惹かれたのだと整理しながら気付いた。
癪だけれど父の言った事が本当になってしまった。
そして明日までだと足りないと思っていた時間は、直ぐに解決してしまった。
とはいえツバキの事が好きと言う事は分かった。
次いでエレナも今の感情は恐怖では無く好きという事も理解できた。
矛盾しているようだがエレナ単体では恐怖だったとしても好きなツバキが好きならそれは好きな対象であるという、一つ間に挟むことで問題が無くなる事だと分かった。
私はツバキもだがエレナの事を何も知らない。もし一緒に旅に出るのであればエレナの事をずっと恐怖の対象と見るのは私が辛いし、エレナにとっては失礼だろう。であればツバキを間に入れずとも好きにならねばならない。
その為にも明日は大事な一日だ。エレナが一人で来るのだから。
私は早く寝て明日に備えるべく、状況を整理するとお風呂から出た。
明日は恐怖から好きになるという私は無いと思っている事が起きる事を願って早々に寝た。
しかし、次の日エレナは王の間にこなかった。門番の衛兵に聞くも来ていないと言う。
不安を思った私は街の門にいる衛兵を呼び付け、エレナの外見を説明するもそのようなエルフ、二人組は見ていないと言う。
外には出ていないと確認がとれた私はツバキが入院していた病院から一人呼び付ける。するとまだ入院しているという。
入院?っという疑問は思ったが詳しくは聞けず病院にいる事だけは分かった。表立って動けない立場な為、直接いくという選択が出来ないのがもどかしい。
二日目、又も病院から呼ぶも意識がまだ戻っていないとのことだ、何故意識が無い?っと思うもそれ以上は教えてくれなかった。
不安に思った私はツバキが帰っていった時間帯に何が起こったのかを衛兵達に調べさせた。
すると、子供と思われる女性のエルフが人間の男を殺すのを見たと言う情報が出てきた。
普段であれば人間に非があったのだろうと特に気にもしない事だったが、今回ばかりは話しが違う。
どういう状況かをきちんと確認をしなかった私は、子供と思われる女性=エレナ、人間の男=ツバキと思ってしまい、何故そんな事を!っと自らの立場を忘れて直接病院に向かっていた。
昨日、入院をしているっという言葉を聞いたにも関わらず私はその事を完全に忘れていた。
ユグリアとして城から病院まで向かったのと、その姿もあって道中注目度は半端ではなかった。
病院の入り口までくると丁度院長がいた為、肩をガシッと掴みこちらを向かせた。
「院長!ツバキは、ここに入院している人間の男は助かるんですよね!?」
ガシッと掴まれ向かされた院長は何事かと思うも、ユグリアとしての私を見て王の側近が何を言っているのかと口を開いた。
「え、えぇ・・・。特に命に別状は無いですよ、それよりも付添いの方のほうが心配ですね」
院長の言葉に私は最初はホッとするもエレナのほうが?っという言葉に疑問を抱いた。
「付き添いというとエレナですよね。どうかしたんですか」
私が名前を知っている事から、院長は私を関係者と思ったのか少し悩んだあと話してくれた。
「酷く人間の男の事を心配して、全然食事を取っていないんですよ。あまり丈夫な体には見えないのでちゃんと栄養を取ってほしいのですが」
エレナがツバキを心配している。そして心配のあまり食事をとっていないと。ここまで来て、ん?っと疑問がわいた。
「確認をしたいのですが、ツバキは一度死んだのでは無いのですか?」
私が言うと何を言っているんだと院長は笑った。
「ハッハッハッ、面白い事を言いますねユグリア様は。いくら私とて死者を蘇らす事等出来ませんよ」
それはそうだろう、禁呪と呼ばれる物であっても死者を蘇らす事は出来ないという、精々死者の体を動かす事だけ。
だから私は院長に当日の時間あった事を聞いた。
「ツバキが無事なのは分かりました。しかし当日人間の男が子供の様な女性のエルフに殺されたという話しを聞きまして」
そこまで言うと院長は理解をしてくれたようだった。
「それでユグリア様がここに直接確認しに来たのですね。ユグリア様にとってはどちらかは分かりませぬが、大事な方のようですね。それと人間の男ですが、エレナさんにナンパをしたみたいですね。丁度帰る時に見かけたのですが、しつこくナンパをしていた所をエレナさんが処理した感じですね」
大事な所に対して立場場否定をしなければならないが出来ないでいた。
それと、私の勘違いでエレナがエルフとして当然の処理をしただけだっと安心をした。
「お忙しい所をすみませんでした、問題が解決したので私はこれで失礼をします」
用事はすんだとその場を去ろうとする私に院長は言った。
「おや、顔を見せないんですか?」
院長の疑問はもっともだが、説明をするわけにもいかない。
「えぇ、このまま帰ります。それと私がここに来た事は伝えないでください」
私の言葉に何かを感じたのか、聞いては行けない事なのだろうと院長は言った。
「分かりました、それでは私もこれで失礼しますね、政務の方頑張ってください」
院長と私はそれからどちらからとなく背を向けると真っ直ぐ院長は病院に、私は城に向かった。
だが、城についた私は待っていた王に叱られることとなった。
立場を考えず病院に私が直接向かったのだ、王に何かあったのではと民は思う。ただでさえ目立つ私の変装の魔法の体形、その事に気付いた時には当然手遅れ。
王の間に民が溢れ、王は御健在か!っという声で溢れていて、父はその対応に追われている所だった。
王が直接民の前に出るも、偽物では無いのかと言う声もあり中々納得してはくれないでいた。
私がエレナやツバキの事は言わず私が体調を崩していた為、診に行っていただけと説明した所で民は納得していった。
民が帰っていき王の間に数人の衛兵と王と私、父の状態になると王は外まで聞こえるのではという声で言った。
「ユグリア!貴様は一体何を考えている!立場を考えろ立場を!今回の騒動の責任を取らすものとして処刑する!」
処刑と聞いた時、サーッと血の気が引いたが王がしたい事は理解できた。私を旅に出させるためにユグリアという仮面を捨てなけねばならない。丁度良いと言う事で処刑という形を取り仮面を捨てる機会を作ったのだろう。
そしてその予想は当たっていた。
「ユグリア、明日の午後貴様を処刑する。それまでは普段と同じように過ごすがよい」
処刑は本来直ぐに行われる物である。余程重要な事が無い限り行われる。そしてその場合は魔法が使えない特殊な牢屋に入れられるはずなのに、普段と同じように過ごせとはまず言う事は無い。特に大事な行事も無い上に牢屋にも入れられないとなればまず間違いない。
衛兵達もそこは疑問に思ったではあろうが、王の言葉は衛兵達にとって絶対である。聞くわけにもいかず何か考えがあるのだろうと勝手に納得しているようだった。
一通り王に言われた後、普段の政務である書類を整理する為政務室に向かい、書類を整理していると部屋に入ってきた父から声をかけらた。
「こっぴどく叱られたのぉ」
フォッフォッフォと分かっているくせに言う時の父は嫌いだ。
「分かっているくせに一々言わないでください」
部屋には他にもエルフがいる。とはいえいつもの事だと周りのエルフは気にもしない。一応私、本当ではないけど処刑されるんだけどな・・・。と思うも外見だけでしか判断出来てない事を理解する。そう考えるとツバキは本当に凄い目を持っていると言えた。
周りのエルフは私が居なくなった席を取る事に頭が一杯なのだろう、父に良い所を見せて推薦して貰おうといつもより張り切っているのが窺える。
「何の事かのぉ」
ニヤリとする父から発せられる声は息が臭かった。
顔を背ける私に父は気付いた様子も無く、自らの席につくと政務を淡々とこなしていった。
私は今日で最後かと思うと感慨深い気持ちを心にとどめ、父と同じく淡々と書類を処理して他に何事も無く一日が過ぎていった。
そして三日目、次の日のお昼にエレナは王の間にきた。
エレナは特に悪いとは思っておらず、来ただけ良いでしょといった態度だった。
普通であればそんな態度をとった時点で何かしらの罰があるが、エレナのそんな所を気にいったのか王はエレナに妃になれと言った。
王が一人の女性を呼ぶのは今回が初めてで、予想はしていた。けれどよりによって間違いなく断るであろう女性が初めてというのが如何なものかと思った。
そして思った通り、エレナは断った。けれど王は一つ案を出した。私には見苦しい案だと思ったし、エレナも初めは乗る気ではなかった。
けれどエレナが問題を決めて良い事、そして失敗すればもうパーティに参加しなくて良い事を条件ときくとエレナはその案にのった。
けれどただ案にのるだけでなく、証人を要求しそれを王が承諾。王の初めてのアプローチの結果が国民の元の証言となって広まる事となる運びとなった。
結果は王は0点。我が兄である王は0点の男だったという事実、それは国民という証人もあって誤魔化しは聞かない。
王は威厳を保つために気丈に振る舞うも、逆にそれが虚しく感じる。私の中での兄のイメージがどんどん崩れていった。
王は国民の前で0点を取った上にエレナに振られた後、怪我をしたさいに居合わせた医者見習いのエルフに声をかけていた。
この時私の中での兄のイメージが完全に崩れ、ただのナンパ野郎になり果てた。
その時、デムリスと名乗ったエルフはエレナの事を見たが、エレナが言った言葉に後押しされて王に答えていた。
「自分の心に正直になるといいわ」
エレナの言ったこの言葉に私は強く惹かれた。
エレナに取っては何気ない言葉だったのかもしれない。けれど、ずっと偽って過ごしてきた私にとっては心に響くものがあった。
そしてそれを聞いたデムリスは王からの誘いを断った。一日で別々の女性にニ度断られるというのは王族の歴史の中で初めての事かも知れないと思った。
王はショックで放心していた為、いつのもクセで王に声をかけていた。
「王様、女性は沢山います。一度やニ度で諦めないでください」
言っていて悲しい言葉だった。そしてそれは私にも言える事だった。男は沢山いる、だから諦めてはいけないと自分に言っているようで腹が立ってきた。
目の前の王は今の自分を見ているようで、こんなにも情けないのかと。その後も何かを王に言っていたが覚えていない。私はこんな王のようになりたくは無いと。
「自分の心に正直になるといいわ」
エレナの言ったその言葉を胸に刻み、エレナとツバキの側に居たいと強く想った。叶わぬ恋だったとしても精一杯やってみようと。
その後エレナはツバキのいる病院に戻っていった。
そして午後は私の、ユグリアの処刑の時間なのだが当の王が放心状態となった為、処刑ついでに王の憂さ晴らしという事になった。
観客は父だけというものだがこれは仕方が無い。本当に私を殺すわけにもいかないので立会人を父として地下の処刑場で存在しないユグリアの処刑が始まった。
処刑乗はただの地下の何も無い広場である。本来は魔法が使えなくなる様指や舌を落としてから使用するのだが目的はユグリアが処刑されたという事だけなので何もしない。そんな中、何もしないで時間が経つのをただ待つと言うのもつまらないと言う事で始まったのは兄の酷評会だった。
「酷い、酷過ぎるわお兄様。いえ兄と思いたくないわ酷王」
私が吐き捨てるように言うと父は笑ってそれに乗った。
「国王ではなく酷王か、良い名だのう!いやいや、名は体を表すと言うし立派ではないか酷王」
王はそれを黙って聞く、いや聞いているかどうかは怪しい。放心した状態でずっと下向いた状態でただ突っ立っているだけである。
だが、反応があるなしは関係無く酷評会は進行する。
「エレナお姉さまに告白しただけでなく、それは本気では無かったとか王以前に同じエルフとして恥ですわ。エレナお姉さまに殺されなかっただけでも感謝しなさい」
私の中でエレナは恐れからたった一言聞いただけで憧れへと変わった。当然それに気付いた父は言う。
「ほほう、エレナお姉さまか。シャロンの心は決まったようじゃのう。変装の魔法で顔は分からんが父にはわかるぞ。良い顔をしておる、それに比べてお前はダメじゃのう。父として恥ずかしいわい」
私の成長に喜びながらも、兄を酷評するのは止めない。当然だ、酷評会なのだから。
「えぇ、私はついていくわ。明日にはもうついていく予定だから、酷王に自分の心に正直になった私を見せてから偽らずいくわ」
ピクッと父が反応する。
「ほう、自分の心に正直になる、か。常に自分の心に正直になっていた酷王と同じにならにように気を付けるんじゃぞ」
ニヤニヤして言う父、とても楽しそうだ。
「えぇ、分かっています。私にはこんなにも素晴らしい酷王がいるのだと心に刻んで旅にでますわ。いつまでも放心し続けて現実を受け止めず、現実逃避ばかりする酷王と同じにはなりたくありませんから」
そこまでいうと流石に聞き逃せなかったのか酷王が口を開いた。
「貴様ら、我を慰めるとかはないのか!我は王であるぞ!それなのに貴様らきたら我を愚弄することばかり言いおってからに!」
下を向いていた顔は私や父の方にむき、余りの怒りにか唾を飛ばしながら言ってきた。
「汚いわね!唾を飛ばさないでよ、この酷王!慰めるも何も国民の前に醜態を晒したのだから慰めるわけないでしょう?今まで何でもかんでも自由に出来ていたんだから、酷王自信が何も出来ないことを自覚するいい出来ごとだったでしょう?」
今までは大好きな兄だから言わないでいた事。兄は何も出来ない、それは妹ではなく一人の使えるものとして目の前で見ていたから分かる事。けれど兄を気づ付けると思って言わないでいた、けれど今は違う。
「風呂に入るのに一人で入れない?掃除も一人で出来ない?王なのに城のどこに何があるか分からない?これを酷王と言わずしてなんていうのよ!」
王は大事にされるがゆえに基本ニ極に分かれる。その生活に胡坐をかく王か、甘えず自らを厳しく律する王かと。
兄は残念なことに胡坐をかいていた王である。結果、初めて思い通りにならなかった事で放心状態まで陥ったのである。酷過ぎる。
「それは我のせいではなかろう?回りの者がそうするのだから、言えばやるのだからそれを使って何が悪いのだ」
そして一番の問題は王という恵まれた環境にいただけという事に本人は気付いていない。国民からすれば非難するのは間違いないだろう。
あまりに酷い酷王を見て父は溜息をついた。
「まさかここまで酷く育つとはのう、護るためとはいえ育て方を間違えたわい。これからは衛兵の前でも関係無くに厳しく教育するかのう」
父の目が怪しく光った。これにはたまらず兄も言う。
「父上の育て方は間違って等いない!こうして我が存命している事が何よりの証ではないか!」
父は違うんじゃ王よと首を振った。
「育て方と、教育は全くの別物じゃ。それの違いも分からぬとはいよいよどうしたものか・・・」
本気で悩む父に兄は何も間違っていないと言っていた。
こんな何も出来ない兄にしてしまったのは私の責任でもあるのだが、おかげで私は一人でもある程度何でも出来るようにはなった。兄には悪いがそこは感謝している、口には出さないけれど。
その後も兄に対して酷評したのち、地下の処刑場を後にする。
とはいえ、ユグリアとして変装の魔法をするわけにはいかない。だからこれからは養女のシャロンとして生きていかねばならない。
処刑場を出る所をシャロンの私が見られる訳にはいかない為、父と兄に先に出て貰い人払いをして貰う。して貰ったのち父が私を呼んで父が先行して行動する。
地下から地上に上がり、暫くすると巡回している衛兵にあった。
その衛兵は私がユグリアとなっている時に勤め始めた衛兵だった為、私をシャロンとは知らずその場に止まるように言ってきた。
「そこの小柄なエルフ、止まれ!」
誰に者を言っているんだと私は思ったが、無視するわけにもいかず大人しく止まる。
先に進んでいた父は見えず、この状況を説明して貰う事は出来なかった。そこで面倒くさいがこの衛兵に話さねばならない。だが、目の前の衛兵は自らの仕事を全うしようと真剣である。私が止まると質問をして来た、マニュアル通りで欠伸が出そうだ。
「名前と性別、所属を述べよ」
名前と所属は兎も角、性別は失礼ではなかろうか。マニュアルには確かに書いてある。とはいえ私も女だ、男のような体形をしていると言われているようで無性に腹が立つ。
「名前はシャロンよ、性別は言わなくても見ればわかるでしょう?失礼だわ」
不機嫌に言う。この場で不敬罪で殺す事は出来るが彼も仕事でやっている事だろう。知らないのであれば仕方ないと我慢する。
「名はシャロンと、聞かぬ名だな。性別が分からぬゆえ聞いている。答えよ」
名は養女だし国民も知らぬ事のが多いのだから別に良い。だがこの衛兵は女性に対して最も言ってはいけない事を当たり前のように聞いてきた。私が女性という可能性を考慮していないとしか考えられない。そして身長は低いのはしょうがない、けれど凹凸が無いわけではないし声だって男性のように低いわけでは無くちゃんと女性とわかるほど高い声だ。ユグリアだったときは不敬罪で問答無用でその場で処殺しても問題なかったものを、帰ってそうそう騒ぎになれば後々面倒になりそうだ。
そこで私はこの場で処殺したいのをグッと我慢して、勤めて笑顔で衛兵に言った。
「やですわね、女性に対して性別を聞くと言うのは大変失礼だとは思いませんの?」
言ってる間顔がピクピクと引きつっているのが自分で分かる。私頑張った!
「そうかそれは失礼をした。だが分からない体形をしているシャロンも悪い。もっと栄養を取りなさい、私の様に気付かれずに良い男に振り向いて貰えなくなるぞ。では事情を聞く為に私について来い」
だがそれに気付かないのか衛兵は興味なさそうに多分に余計な言葉を混ぜて言ってきた。
よし殺そう。今すぐ殺そう。生まれてきた事を後悔するように殺そう。
衛兵は私について来いと言った後、背を向けている。これなら問題無く殺せるはずだ。まずは魔法を使わせないように指と舌を落とさねばならないが、どちらから先に落とそうかと考えていると廊下に響き渡るように声が発せられた。
「シャロンや、どこにいったかいの!」
それは父の声だった。これは面白い事になりそうだと私は声を上げる。
「お父様、私はここです!衛兵の方に失礼なことを言われてしまって・・・」
私が廊下の先にいる父に言うと、所在をあえて言わなかった私の事を理解した衛兵は慌てる。私が父の、前王の養女。つまり王族の一人だということに気付いたのだった。
「前王様をお父様と言うと言う事は・・・王族?は!シャロン様!も、ももも申し訳ありませんでしたーーー!!」
私のほうを向き、人間の国から伝わったと言う土下座を決める衛兵。
養女とはいえ王族に失礼な事を言ったのだ。どんな罰を言われても仕方が無いのは子供でも知っている事だ。だから衛兵は少しでも罰が軽くなるようにと土下座の状態で何度も頭を下げる。
「騒がしい声がするほうに来てみれば、やはりお主が原因だったかシャロンよ」
父は何をやっておるのかと、走る事はせずいつもと変わらぬ歩速で向かって来る。
「私は何もしていませんわ。ただ私にとても失礼なセクハラをしてきたのでどうやって殺そうかと思っていた所に、お父様が来たんですわ。それにお父様も悪くありません?どんどん先に言ってしまうんですもの」
事実何も私はしていない。ただ本当に失礼な事を言われたから殺そうとしていたくらいだ。
「ほほう、それはどんな事を言ったのかの。私の可愛い可愛い愛娘に」
セクハラという言葉聞いた途端父の衛兵を見る目が険しいものとなる。王族を抜きにしてもエルフ族でセクハラは大罪である。その事に今更気付いたの衛兵は頭を床に擦りつけて土下座をしたまま父に弁明した。
「わ、私はセクハラなどしてはおりません!ただ衛兵としての仕事を全うしたにすぎません!」
私はこの衛兵が私の事を勤めている誰かの子供であり問題にならないと、良かれと思って言った事はセクハラにならないと思ったのだろう。だが、仮にそうだったとしても許せるかと言われれば許せないに決まっている。
「ふむ、シャロンの言葉をきちんと聞いてから罰を決めるかの。一方的に罪を下すのはワシは好きではない」
父が何があったか話せと言ってきた。だから嘘偽りなくきちんと説明しようではないか。
「私がお父様の後を歩いていたんだけれど、お父様の姿が見えなくなってしまってどうしようかと思っていたらこの衛兵に声をかけられたの」
この衛兵という所で衛兵に向かって指を差す私。そしてそのまま話しを続ける。
「私は名前と性別、所属を聞かれたからちゃんとシャロンと名乗ったわ。性別は私の声と体形でわかるでしょう?だから答えなかったの」
私が体形で分かるでしょ?と言った瞬間に父は渋い顔をする。おい、父と言えども私は容赦しませんよ!
「う、うむ。分かる・・・と思うのう」
よし、この衛兵に罰を下した後に父も何かしらの罰を受けて貰おう。
「その後、私が女性に対して失礼ではありません?って聞いたらこの衛兵は分からない体形をしているシャロンも悪い。もっと栄養を取りなさい、私の様に気付かれずに良い男に振り向いて貰えなくなるぞ。なんて言ってきたのよ!これはもう殺すしかないでしょう!?」
捲し立てる私に気押されたのか父は半歩後ろに下がりながら答える。
「そ、そうじゃのう。それは確かにセクハラじゃな。この衛兵がシャロンの事を知らなかった事はしょうが無い、お主が旅に出た後に勤め始めたからのう。じゃが、良かれと思って言った事だとしても女性に対して身体的特徴を言うのはいかんのう。これはシャロンが正しいわい」
「そうでしょう?だから殺してもいいわよね?っというか止めても殺すわ」
私が本気で殺そうとしているのが分かったのか、衛兵はブルブルと震えながら私に何度も謝っている。
だが、謝って済む問題では無い。王族に対する不敬罪にセクハラだ。処刑以外に考えられない。
しかし、私が今すぐにでも殺す気マンマンなのに対して父は待つように言ってきた。
「まぁ待つがよいシャロン。たしかに不敬罪にセクハラと殺しても何も問題は無いが、この衛兵は中々勤勉でな。ワシも多少なりとも助かっておるのじゃ。ここはワシに免じて殺す事だけは勘弁できんかのう」
父の顔をたてても私には何にも得があるとは思えないが、あまりにも騒いだせいか他の衛兵や世話係が集まってきていた。
流石にこの状況で帰ってきたばかりの養女が衛兵を殺したとあれば、今後帰ってくるたびに怯えられるというのは居心地が悪い。ここは寛大な処置を取って優しい養女というのを刷り込むしかない。そうと決まればやる事は簡単だ、ユグリアとして数々のエルフの目を騙してきたのだ。私ならやれる!
「そうね、お父様がそこまで言うのであれば今回だけ何の罪も無く不問にしてもいいわ」
私がそれを言うと土下座していた衛兵は顔を上げ、パァアッと花が咲いたような顔をしている。女神にでもあったかのような顔で見られて気持ち悪い。
「ありがとうございます!ありがとうございます!ありがとうございます!」
衛兵は何度も頭を下げ、その度に衛兵のおでこは床に当たってゴツゴツ言っている。
「ふむ、良いのか?被害者であるシャロンが許すのであればワシからは何もいわんが」
先程まで絶対に殺すと息巻いていた娘が急に何の罰も無く許すと言ったのだ、不思議に思われても仕方が無い。えぇ、衛兵は許すわ衛兵は。だが父だけは許さないわ。
「私にも思う所があるのよお父様。たしかにこの衛兵は良かれと思って言った事だったとしてもセクハラをしたり職務を全うしたとは言え失礼な事も言った、けれど許すわ。私も王族らしくない格好をしていたしね」
そこで王は気付く、なる程確かにと。私の服装は旅に出ているという体だったので動きやすい格好、つまり王族が着るようなゴテゴテしたり高価な物を来ていない。エルフの女性はヒラヒラした可愛いのを好む事が多く、体形が乏しい私は特に好きだったりする。私の本当の部屋の衣装棚は所狭しとヒラヒラのついた可愛い服で埋め尽くされている。
だが今は動きやすい服、それも服がないからと男性物の服を着ていた。綺麗すぎると怪しまれるからとわざわざ汚したり傷を付けたりした服をだ。声が高いと言っても私の身長くらいの男性のエルフであれば変声期前というのも十分ありえた話しだった。それに加えて体形はきちんと見れば胸が膨らんでいるのは分かるがそんなマジマジと見れば間違いなく犯罪だ。
そう言う事もあって衛兵が下した事は間違いではないとも思えると言う事で、私は心を静めた。
「ふむ、納得したわい。それではそこな衛兵よ、もう言ってよいぞ。次は無いと言ったからには本当に無いからのう」
言われた衛兵は立ちあがると敬礼を私と父にしてから業務に戻っていった。
その光景を見ていた衛兵や世話係といったエルフ達はなんと寛大なエルフなんだ!っと口々に言っていた。計画通りである。
「ではワシらも行くとするかの。今度は迷子にならんようにのう」
フォッフォッフォッと笑いながら歩く父。おい待て、父は許すとはいってないよ?
「お父様、少しお話がありますの。ここからだと私の部屋が近いですからついてきて下さい」
絶対逃がさないという意味も込めて父の手を握って私の部屋に駆け足で向かう。絶対に許さない。
「ちょ、ちょっと待つのじゃシャロン。手を握らんでも付いていくから離さんか」
父は私に引っ張られ形で駆け足になる。しかしただの駆け足では無い。父と私とでは慎重に50センチ以上差があるのだ、しかも私は腕が痛くなるから腕を上げずに下げたまま引っ張る。
するとどうだ、父はただでさえ手を握られて屈まないといけないのに引っ張るのだ。物凄い前かがみになり私の歩幅に合わせてちょこちょこ歩く羽目になり、更に私の足を踏む訳にいかないから足取りがおっかなびっくりではたから見たら非常に無様だ。
父に対する罰としてやったわけではないものの、結果娘には頭が上がらない父として噂されるようになっていった。
私の部屋の前につくと父の手を話す。戦闘では滅多に息を切らさないらしいが、今にも倒れそうな程息を切らしていた。
「な、何なのじゃシャロン。お主の部屋に何があるというのじゃ」
どうやら父は何で連れてこられたか解っていないようだった。私の体形の話しの時に躊躇した事は覚えていないと言う事か。
「さ、お部屋に入ってお父様。楽しい時間を過ごしましょう?」
ならば思いだすまで体に聞くまでだ。渾身の笑顔で父を部屋に招き入れる。
「楽しい時間も何も、まだ今日の分の書類の整理が終わってないんじゃがの」
「大丈夫ですわ、お父様ならきっと直ぐに思い出しますから」
楽しい時間で思い出す?何を言っているんだと言う顔で部屋に入る父。
何年かぶりに入った私の部屋は旅に出たと言う設定のときから何も変わっていなかった。壁には日の光が沢山はいるよう大きい窓が二つ、ベランダもあり木で出来たテーブルと椅子が置いてある。部屋には私には大きすぎるベッドと小さいこと兄から貰った大事なアクセサリーがその横に綺麗に並べられて飾ってある。
他には大きい衣装棚が二つと床にはフカフカの絨毯が敷き詰められている。そして、私の部屋でもっとも広いスペースが衣装棚の後ろにある隠し通路の先にある私専用の練習場。
部屋の掃除は世話係が毎日ちゃんとやっているので綺麗ではあるが、ここは衣装棚の裏に通路があるとしっていても私の魔力でないと開かないようにしてある為掃除が出来ない。
その為、私が魔力を込めて扉を開けるとムワっとした空気が流れてきた。
「懐かしいのう、ここはワシがお主に魔法を教える場所だったのう。ここでないと出来ない話しなのじゃな」
人には聞かせられない話し、と言うのは正しい。先程優しい養女を演じたばかりなのに、本当は怖い養女だったと見られたらショックでそんな顔をした奴を片っ端から殺していってしまう。
父が部屋に完全に入ると私は魔力を込めて扉を閉めた。部屋の広さは50m四方の部屋で何も無い部屋だ。
「そうね、早速だけれどお父様にお話があるの。大人しく聞いてくれるかしら」
父に大人しくしてと言った時点で父は私が攻撃をしてくるのは分かっただろう、父が咄嗟に構える。
「なんじゃ、鈍った体を動かしたいのか?シャロンよ。そういうことならワシは手加減せんぞ」
父は何も分かっていない。本当に分かっていない。
「お父様?大人しくしてって私言ったわよね?先程の衛兵は許したけれど、事情を知っているのに躊躇したお父様は許したなんて私は言ってないわよ」
父は何の事じゃ?っと首をかしげる。どうして男ってこうなのかしら!自分が言った事も正確に覚えていないなんて最低すぎるわ!
「ふむ、どうやらワシが何か失言したにも関わらずワシは覚えて無いという事じゃな。それで思いだすまでワシの体に聞くといった所かの」
確認をする父はどうやら耄碌しているわけでは無いらしい。非常に理解が早くて面倒が省ける。
「そう言う事よ、分かったのなら大人しくしていなさい」
私がそう言うも父は構えを解かない。
「ワシに非が本当にあったのであればそれは甘んじて受けよう、じゃがワシが思い出さぬ限り攻撃はせぬが避けさせてはもらうかの」
父はそう言うと娘を見る目では無く、一人のエルフとしての目で見てきた。
「好きなだけ避けるといいわ!絶対思い出させるんだから!」
私は言うと同時に魔法を唱える。父は魔法を得意としない物理近接型のエルフだ。魔法の対処こそしってはいるものの、私に攻撃をしないと言った以上私を直接殴って詠唱を中断させてくることは無いだろう。
そしてそれは正解だった。父は本当に私の魔法避けるだけで何も妨害はしてこなかった。
槍を持っていない父は槍で魔法を払う事も出来ず、避けられない魔法は全て拳で弾いていた。私の魔法はエレナお姉さま程威力が高いわけではない、けれどジワリジワリと体力を削る事に関しては自信があった。
ユグリアの時に何度もお世話になった魔法である。変装の魔法をしていない分キレは今の方が断然良い。
結果、30分程魔法を父に撃ったが致命傷は0。しかし父の体はボロボロだった。
「どうかしら、思い出せましたか?お父様」
「初めから思いだしてはおったのじゃがのう、シャロン。ワシがお主の体形の時に言った言葉、というより言う時に躊躇したのを怒っておるのじゃろ?」
それを聞いた私は詠唱を止め、話しに集中する。
「思いだしてくれてたのなら初めから言ってくだされば良いのに。どうして初めに言わなかったんですの?」
父の真意が分からず聞いた。父ならこうなる事は分かっていた筈なのにと。
「久しぶりにちゃんと合った愛娘からの誘いを断る程、ワシは無粋な男では無いと思っておるんじゃがのう。楽しみにしてみればこれとは、これはこれで楽しかったが少し残念だったのう」
父はユグリアとしてずっと合っていた。たまに本来の姿で合う事がありはしたものの、その時とは状況が大きく違う。偽って過ごしていた私と偽る事を止めた私。だからこそ楽しみにしていたのだろう。
それを思うと少しだけ申し訳無くなと思うも、それと私に対するあの言葉は別だと自分に言い聞かせた。
「それは申し訳無い事をしたわ、それでしたらそう仰ってくだされば怪我もせずに普通の会話もできましたでしょうに」
そう言うと私は詠唱を始める。咄嗟に父は構えるも傷が癒えていくのを見て構えを止め、私を見て笑う。
「素直じゃないのう、人間の住む国でいうツンデレというやつかいの?」
ツンデレ、普段はツンツンしているけど時折デレっとするという風に今は認識されている言葉だった筈だ。
元は時間経過によってツンツンしていた人間がデレっとするようになった事を差すらしいが、それを知っている人間は少ないと聞く。父もそのことを知らないようで先程までツンツンというか怒っていた私が怪我を治したのでデレっとしたとしてツンデレと言っているのだろう。全くもって違うのだが、父が笑っているのを邪魔する程私は野暮では無い。
「何でもいいわ、それよりも私の部屋に戻ってゆっくりお話をしましょう?本当に話したい事もあるの」
怪我は治したと詠唱を止め、扉に魔力を込めて開ける。先に父を通してから私が通り、又魔力を込めて閉めた。
怪我が治ったとはいえ服はボロボロだ。衣装係は今夜は徹夜だろうと思いクスリと笑ってしまった。
「随分と機嫌がよいのう。それで話しとはなんじゃ?」
私の部屋には椅子が無い。ベランダにあるがそれを部屋に入れて汚す事は私が嫌だった。結果父はフカフカの絨毯とはいえその上に腰を落ちつけることとなり、私は普段ベッドの上に座るが先程魔法を行使し続けたのと掃除が出来ていない空間だったので服や体が汚れており、私も絨緞の上で腰を落ちつかせた。
父と正面を向きあう形で座り、話を始める。
「明日の朝、私は旅に出ようと思います。エレナとツバキの旅について行こうと決めました」
普段の私の口調では無く、今回の話しは今日まで育ててくれた父に感謝をしながら真面目に話をした。
私が言うも父は黙ってそれを聞く。
「私は始め、エレナお姉さまに対して恐怖していました。同じエルフとは思えずただただ恐怖の対象としか見れていませんでした。けれどそのエレナお姉さまをツバキは可弱いと言った時、私は理解出来ませんでした」
そこまで一息で言ううと渡したふぅっと落ち着かせて続きを言った。
「ですが父が言った本当の私を見てくれた異性、ツバキはどれだけの時間エレナお姉さまと一緒にいたかは知りません。ですがどんな姿を見ても変わらぬ心を持つツバキに私は心を奪われました」
「ほほう」
父は面白い物を見たような顔をしていた。私は真面目な話しをしているのにそんな顔をするとはちゃんと聞いているのだろうかと不安になる。
「ツバキにハーレムの一員になれと言われた時は当然殺してやろうかと思いましたが、父がツバキから詳しい話を聞いた事により、なんて一途な人間なんだろうと思ったのです」
そう、私は始めはツバキの事を知識として知っていた人間と同じだと思っていた。けれどツバキは少し違っていた。
「ですが私が好きになった相手はエレナお姉さま、これから旅を一緒にする相手でありエレナお姉さまもツバキの事を好いているように思います。この時はエレナお姉さまの事を恐怖の対象としか見ていませんでしたが、三日後のお昼にエレナお姉さまが言った言葉に私は感銘を受けました」
「自分の心に正直になれ、じゃったかいの?」
「そうです。その言葉をエレナお姉さまから聞き、お姉さまは私と違い偽りだらけで過ごしているのを良しとしない方だと思い、恐怖の対象から憧れの対象になったのです」
「なるほどのう」
「そして私の好きなツバキが好きな女性であるエレナお姉さまの事も好きになっていったんです。問題は私が旅に無理やり参加する事によってエレナお姉さまに嫌われるのではという点でした。けれど自分の心に正直になれという言葉を思い出し、私は自分の心に正直にエレナお姉さまとツバキの旅について行こうと思います。どうか我儘を言って城を離れる事をお許しください、お父様」
私の想いを全て父にさらけ出し、これまで育ててくれた父に対して頭を下げて謝った。
「何を許すというのだシャロンよ、お主は元々旅に出ていたと言う事であったではないか。それが本当になっただけの事じゃ。ワシや王の事は気にしないで楽しんでくるといい、じゃが近くに寄った時には顔くらいは見せて欲しいのう」
フォッフォッフォッと笑いながらいう父は、本当に優しい顔をしていた。
「じゃがのう、一つ聞かせてくれんか。旅に出るのは分かった。しかしお主の恋はどうするのかいのう」
あえてそこは言わなかったのに聞いてくる父、父親としてそこはどうしても気になるのだろう。
「ツバキに関しては諦めてはいますが、諦めてはいません」
簡潔に言うも意味が分からないといった顔をしている父。
「それは諦めるのか諦めないのかどっちなんじゃ」
きちんと説明をしろと言う事なのだろう。父に恋の話しをするというのかなり恥ずかしい。
「ツバキはエレナお姉さまに恋をしています。そしてエレナお姉さまもツバキに対して恋をしていると思われます。エレナお姉さまは否定すると思いますがそうとしか思えないような態度が見受けられました。本来であれば私はそこに割って入ってでも奪うのが普通でしょう。ですがそれではツバキもエレナお姉さまどちらも好きな私はどちらかに嫌われてしまいます。ですので私はどちらからにも好かれるように諦めようと思います。しかしエレナお姉さまにツバキが見放されたりされたら、私はツバキを諦めずに伴侶の相手として決めようと思っています」
言った私は今顔が真っ赤だろう。ここまで恥ずかしいものだったとは思わなかった!
「なるほどのう、シャロンの気持ちは分かった。父親としての気持ちは安心半分残念半分といったところじゃのう」
父は納得はしたものの、なんとも言えない顔をしていた
「私は親になった経験が勿論無いので分かりませんが、娘を男に取られる時父親が反対するというあれですか」
知識をしては知っているものの私にはイマイチ分からない感覚だった。
「まさにそれじゃ、嫁に行かないので安心半分嫁に行かないから残念半分。矛盾してはいるが父親というものは大抵そういうものだと理解しておくとそうなった時喧嘩せずに済むもんじゃ」
フォッフォッフォッと笑いながらいう父はどことなく寂しそうだった。
「話しは以上です。明日の朝早くに城を出るので明日はもう会えないでしょう。ですのでお父様、今日こうして時間を設けてお話させて頂きました」
すると父はどこか寂しそうな顔をしていた。
「会いたい時に会えないというのは思いのほか辛いものだのう。じゃがいつまでもワシが面倒を見てやれるわけではないし、これもシャロンが成長するためと思って我慢するわい」
フォッフォッフォッと笑ないがら言う父の目には涙が溜まっているのが分かったが、気付かないふりをして私は部屋から出ていく父を見送った。
それからの時間は準備に取りかかった。出来るだけ荷物を少なくしつつ必要な物はちゃんと持っていく。私は魔法が使える分人間のツバキより余程荷物は少ないが、調理道具や獲物を仕留める道具だけは魔法では賄えないので持っていく必要があった。
服は新しい物を買っていってもすぐに汚くなるだろうと予め用意していた男物の服を何着かだけ持っていく事にした。
調理道具は厨房で予備を持っていくとして、問題は狩り用の道具だった。
自分の食べる分であれば魔法で狩ればいいのだが、ツバキは人間の為魔法で容易に狩るという事が出来ない。今まではエレナお姉さまに頼んでいたり買っていたりしていたであろうが私も旅をするからにはお荷物になるわけにはいかない。旅は助け合いでしていくものだ、自分が良ければ後はどうでもいいと言う訳にはいかない。
狩りには弓が良いが城の弓はどれも大きく、対人型用の為持っていくには非常に邪魔だ。
そこで街に出る事にした。武器屋に行けば折りたたみ式の弓があるだろうと思ったからだ。
本来の姿で街に下りるのは私が今よりもっと小さい時に数えるほどだけだった。とはいえ、ユグリアとしては散々街に行っていたのでどこに何かあるか分からないと言う事は無い。
せっかく街に本来の姿で出るのだ。暫く着れないだろうとこれでもかとフリフリの多い可愛い服に着替え、何枚かの金貨を持ち部屋を出た。本来の姿で城を歩くと言うのは何とも慣れないものである。衛兵の件があった為か城内で私の事は既に知れ渡っており、呼び止められる事無く敬礼やお辞儀をされつつ城を後にした。
城門から出た時に衛兵が驚いた顔をしていたが気にせず街に向かう。しかし、私は養女とは言え王族だ。
旅をしているから一人でも大丈夫だろうと思われても、その幼く見える見た目から門番の衛兵が護衛で付いて行きましょうかと聞かれた。けれどこれを私は笑顔で断り後にする。
これからは自分の事は自分でやらなければならないのだ。荷物持ちにと甘えるわけにはいかない。
城の前は観光地になっているため飲食店が数多く並び、大変賑わっていた。
王城を北にして南に飲食店、西に生活用品等の店、東に訓練校等の教育施設が並ぶ感じだ。
今回の目的は旅でも邪魔にならない弓、そのため西の生活用品の立ち並ぶ店の中にある鍛冶屋に向かう。
道中同種族であるエルフ、男女問わずチラチラと見てくるのが分かった。服の生地が異様に良いのは素人目でも分かるものを着ているからだろう。しかも見た目が幼く見える為、変な男に連れ去られないかと気にしているエルフが多いのだろう。
これが他種族の視線だったら警戒するものの、同じエルフ族からというのは皆がそうしてきたからこそ安心して過ごせるというもの。
時折、観光で訪れたのであろう魔族や人間族といった会話が出来る種族が見受けられたが、人ごみがそれなりに多いので身長の低い私に気付いた者はあまりいなかった。
そうして暫く歩く事10分、目的の鍛冶屋についた。
鍛冶屋といっても武器だけを作る訳では無く、置いてあるものは包丁だったりフライパンだったりと調理道具なんかも置いてある。ただ、鍛冶屋に置いてある調理道具は通常のものより高いため買うのはその職のプロ達が殆どだ。
店の中はあまり広くなく、見本がそれぞれの種類のをいくつか置いてあるだけで5m四方程の広さしかない。店の裏には作業場があり、カンカンと鉄を叩いている音が聞こえる。
私が店に入ると店員は誰もおらず、店員がいない時はこれを押す様にとボタンがあった。
それを押し待つ事1分程、店の奥からガタイの良い男の店員が出てきた。
「おう、譲ちゃん。お使いか何かか?」
開口一番譲ちゃん呼ばわりされた。まぁ若く見られる分には良いだろうと余計な事は言わない。
「お使いじゃないわ。今日中に折り畳み式の弓を作って欲しいのだけれど、出来るかしら?」
譲ちゃんが何を言っているんだと思ったのだろうと顔をしかめるも、チラリと私の服を見てお金持ちの譲ちゃんと分かり顔が作り笑顔になった。
「今日中にか、可能だが譲ちゃんが使うんで?」
言葉は少し汚いが私が小さいからと見下したような事は言わない。
「ええ、そうよ。明日から長い旅にでようと思ってるのだけれど、街一番の鍛冶屋と言われているここなら長旅でも耐える物を作れると思いましたの」
街一番と私が言った瞬間わかってるじゃねーかという顔をしたが、別に街一番でも何でもない。一番近かったからだ。この鍛冶屋はムラッ気がある事で有名で逸品を作る事もあるが駄作を作る事も同じだけある事で有名な鍛冶屋だった。なので逸品を作って貰う為にヨイショをしとくわけだ。
「譲ちゃんがその歳で旅ねぇ。長旅っていうからには何年も使う事になる弓でそれを折り畳み式でか。そこそこ値が張るが払えるかい?銀貨50って所だ」
銀貨50は金貨1枚の半分だ。予算は沢山あるし、素材を良いものにして貰いましょうか。
「金貨5枚で作ってくれないかしら。銀貨50枚だと鉄製で重いでしょう?軽くて丈夫な素材がいいわ」
銀貨50枚といった店員はそこそこの金持ちだと思っていた為か、私が金貨5枚で作ってというと口をポカーンと開いた。しかし直ぐに店員は私を見ると少し考え、そして笑った。
「ハッハッハッハ!面白い譲ちゃんだな!いいだろう金貨5枚即決で渡してくれれば秘蔵のオリハルコンで作ってやろう。軽いし丈夫と譲ちゃんの要望通りだな」
オリハルコンはエルフの国内では殆ど取れず、魔国からの出土が殆どだ。その為エルフ国内でオルハルコンは非常に高価となっている。どれだけの量を使うかは分からないが弓本体全てに使うとしたらギリギリ儲けが出るくらいだろう。
ちなみにエルフの月収平均は銀貨20枚程、稼ぐエルフであっても50枚いくかどうかだ。そんな中で金貨5枚で作れと言った私の事を、この店員には私がどういう譲ちゃんかおおよそ予想がついたのだろう。
宣伝の意味も含めての材料と考えれば十分に黒字になるだろう。私はお財布から金貨5枚を出し、店員の手に渡した。
「これが料金よ、良いものが出来たらもう何枚か追加してもいいわ」
私がそういうと、店員はこの譲ちゃん本当にそっちのエルフか?っと顔を横に傾けてはいたが、聞いてくる事は無かった。相手の事を聞かないのはマナーだ。もし聞かれていたら私は金貨を返して貰って店を出ていくつもりだった。
これは相手が誰であれ平等に作る為のマナー。お金持ちだからと贔屓にしたり、お金がないからと適当に作ったりをしない為の。
とは言え今回は贔屓にして貰わないと困る為、言いはしないものの現金をちらつかせる。グレーゾーンだが直接言わない以上良いのだ。
「どれくらいでできるかしら?明日の朝早くには出たいのだけれど」
私が聞くと、それまで考えていた店員はハッとして答えた。
「あ、あぁ。俺も納得のいくものを作りたいからな。行く時までには間に合わすからその時にきてくれ」
「分かったわ。それじゃお願いね」
店員から背を向け片手を横に振る。店から出ると店の中からバタバタと慌ただしい音が聞こえてきた。絶対に失敗は出来ない依頼だからだろう、私の為に頑張って欲しいものだ。
店から出ると太陽が殆ど沈んでいて空がオレンジ色になっていた。
今から食事にという時間では無いし、城に戻って明日の準備をする事に決めた。
飛べば1,2分で着く距離なのだが、服装の関係上それは却下だった。フリフリの服装、下から見られたら当然下着が見える服である。絶対にそれは嫌だ。夜であれば明かりの無い街なので真っ暗と言う事で飛ぶ事は何の問題も無いのだが。
トコトコと歩く事5分程、夕方と言う事もあり仕事場から帰るエルフ達で道は一杯だった。そんな中不意に声をかけられた。かけられた方を見ると子連れの人間で、話を聞くと道が分からないとの事。他のエルフ達は帰宅するのに急いでいる為声をかけられず、特に急いでいない私を選んだのだろう。そこで私は子連れの人間を案内する事にした。そして目的の場所を聞くと方向は逆、ただでさえ明かりが無いエルフの国ではこの時間に人間が移動するのは難しいだろう。
念の為エルフの国での注意事項を子連れの人間に言うと、とても驚いた顔をしていた。どうやら知らなかったようで、言っておいて良かったと思った。人間の国では何も問題が無い事でも、エルフの国では問答無用で殺されるような事が多い。
目的の宿泊施設に着くころには辺りは真っ暗で、途中から私が光の魔法で辺りを照らしながら案内をした。
子連れの人間は夜間真っ暗になることを知らず、人間の国と同じ用に街灯があるものだと思っていたらしい。その為、宿泊施設には懐中電灯なるものを人間向けに販売している事を伝えると早速買うとの事。
そして子連れの人間と別れ、暫く歩いて周囲に誰もいない事を確認すると飛行の魔法で城まで飛んだ。
城門前までくると衛兵に見られないよう少し距離を置いて地上におり、城門に向かった。城門を通る際、何事も無くて良かったと衛兵が言った時には思わず笑ってしまった。
城内に入ると真っ直ぐ大浴場に向かった。何年かぶりの大浴場である、楽しみで仕方が無かった。
大浴場は男湯と女湯で別れており、隣会う位置にはせず城の端と端にあり万が一にも異性が入るような事がないようになっている。
又、大浴場ということもあり使用人達も使用する。王族専用の浴室もあるが広いわけではないし、何より静かすぎて面白くない。今日まで一人で入っていたのだ、ルンルン気分で大浴場に向かう。
途中世話係に着替えを頼むと女性風呂の脱衣所に入る。そこには使用人であろう何人かが既に裸の状態でこれからお風呂に入る所だった。
そこへ私が来たものだから皆お辞儀をするのだから笑ってしまう。風呂場までしなくていいのにと思うも、習慣づいた事はやってしまうのだろう。
私も彼女らと同じように服を脱ぐ、だが使用人のエルフ達は皆普通のエルフであるからにしてプロポーションが良い。王族とはいえ如何ともしがたい戦力差はどうしようも無いものであった。
気を取り直してお風呂場に入る。風呂場に入ると私が来た事を先程お辞儀していたエルフ達によって知らされていたのか、全員が私に裸でお辞儀してくるという異様な光景だった。
とはいえ、お辞儀をした後は騒がしく今日会った事や噂話を話しながら体を洗ったりお風呂に浸かる使用人達。
私も体を洗い流そうと空いている席を探す。席が10個ある内9個埋まっており、真ん中の辺りが空いていた。そこへ向かい座る。すると左右にいた使用人達から体を洗いましょうかと言われる。自分でやるからと気にしないで良いと言うと彼女らは自らの体を洗う事に戻る。
時折チラチラ見てくるのは断られたとはいえ手伝うべきかで迷っているのか、私の体形を見ているのか分からなかった。私の体形は余りにも彼女らと比較して幼く見える。
とはいえ私ももう成人した身、これ以上の成長がないのは確定している為気にならないと言えば嘘になるが気にしていてもしょうが無い。
頭を洗い、次に体を洗う。洗い終わると左右の使用人達はまだ頭を洗っていた。随分と長い事洗っている。私に気を使っているのかと思い他の使用人を見ても皆頭を、髪の毛を洗っている。
そこで要約理解した、皆髪の毛の手入れをしているだと。しかし、私には手入れをする事に理解はしつつもそこまで念入りに手入れをする事に関しては理解出来なかった。
私も使用人達と同じく髪が長い為洗うのに時間はかかる。しかし、汚れが落ちれば良いと思っているので念入りに手入れなど一度もした事が無かった。その為、彼女らの行為に非常に興味がわいた。手始めに右にいる使用人に聞く。
「ちょっと良いかしら、どうやって髪を手入れしているの?」
不意に声をかけられた使用人はビクッとしてわ、私!?っと驚いた顔をしていた。そして、おっかなびっくり教えてくれた。
「え、えーっと。私は人間の国にあるリンスと言うのを使用しています。頭皮に付けないように手櫛で優しくこのリンスと言うのをつけるんです」
リンスと言った液体を使用人は私の手に出した。触ってみると油っぽくテカテカしていた。匂いを嗅いでみるとフルーツの様な甘い匂いがした。
「これをつけるとどうなんです?」
私の率直な疑問に使用人は丁寧に教えてくれた。
「これをつけた後、直ぐに洗い流さず暫く髪になじませてから完全に洗い流さないよう洗い流すんです。そうすると髪がとても綺麗になるんです、シャロン様」
「そうなのね、私は髪の手入れってした事が無かったからやり方を知らなかったの。教えてくれてありがとう」
使用人に礼を言う。これは私にとっては普通の事なのだが、使用人からすると違ったらしい。私が礼を言うと慌てていた。
「わ、私のような使用人に礼など勿体無いお言葉です!」
「そうなの?私は普通の事をしたつもりなのだけれど」
私が右の使用人に髪の手入れの話しをしている間、チラチラと気になって見ていた左の使用人に聞く。
「私ですか!?そ、そうですね私はシャロン様が特別なのだと思います、使用人に礼を言う方はいませんから。使用人だからして当たり前と思う方が殆どだと思います」
ビックリしつつもきちんと答えてくれる辺り良い使用人だ。これが空気が読めない使用人だと答えず、私にはお答えしかねますっと言ってくるのだ。
「そうなのね、けれどその雇い主は全部ダメね。使用人とはいえ相手は意思があるのよ?それを道具とでしか見れないのは論外ね」
私が言うと左右の使用人はなんとも言えない顔になった。多分父か兄の使用人なのだろう。否定したらしたで首が飛ぶ可能性があるから何も言わないのだ。
「二人ともとても楽しい話しをありがとう、私はお風呂に入るわ」
言うと同時に席を立つ。手にリンスが付いている事を思い出し、それだけ洗うと浴場に向かった。
浴場は大浴場というだけあって広い。既に5人程入っているものの洗い場にいる9人の使用人が入ってきても十分な広さが残るのは間違いない。
そんな十分な広さの中で浴場の角で3人組みが楽しそうに話しているのを見かけ、波を出来るだけ立てないようにゆっくりと近づいて行った。
3人は角にいて一人がこちらを見る形、他二人は角の使用人を挟んでこちらを見ていない状態だった。
そして一番初めに気付いたのはこちらの方を向いている角にいた女性だった。
私と目が会うとビクッとして会話が途切れたので、どうしたのかと左右の使用人もこちらを向いて私と分かるとビクッとした。まるで三つ子かと言う程その動きは同じだった。
私はその事は気にもせず近づいて行き、彼女ら3人に話しかけた。
「楽しいお話の最中お邪魔だったかしら?良ければ私もお話に混ぜて欲しいのだけれど」
3人に近づいて見ると遠目からは分からなかったが、随分と若い3人組だった。私と歳は殆ど変わらないのでは無いのだろうか。
「シャ、シャシャシャシャロンさささ様!本日はお日柄も大変よく・・・!」
角の使用人は泡でも吹きそうな程緊張をして何を言っているのか分からない。
「ちょ、ちょっと落ち着いてリン!憧れのシャロン様に話しかけられたからって酷過ぎるよ!」
どうやら角の使用人はリンという名らしい、そして私に憧れていると。ユグリアとしてならともかく、本来の私は何もしてない気がするんだけれど?
リンは推定160cm程の身長で髪色は一般のエルフと同じ黄緑色で、髪を湯船に付けないよう団子にして結んでいて量から察するに私と同じくらいだろう。それと湯船につかっている為体形が分かりづらいが間違いなく私よりは良いと言うのは分かる。
「ちょっとセン!それは言わない約束でしょ!?」
正気に戻ったのかリンと呼ばれた使用人は左にいた使用人をセンと呼び涙眼になっていた。
「貴方達とても面白いわね、角の子がリンで左の子がセンでいいのかしら。右の子は何て言うのかしら」
私が確認するようにリンとセンに言う。だが私の質問には答えず二人で盛り上がっていた。
センと呼ばれた使用人はリンより少し大きく165cm程で髪色は黄緑色に紫のメッシュが入っていた。魔族との混血だろうか、髪はエルフにしては珍しくショートヘアーだった。体形は私と同じくくらいでリンより身長では上回っているものの栄養をそちらに持って行かれたのだろう。
「キャー!私、リンって呼ばれた!ねえ聞いた!?今私あのシャロン様に名前呼ばれたわ!」
あのシャロン様ってどのシャロン様なのだろうか、先程の洗い場にいた使用人達と違ってまだ勤めて間も無いのだろう。自分の事で頭が一杯なようだ。
「私の名を言って頂けるとは!シャロン様ありがとうございます!ほらレンも気を失ってないで起きた起きた!」
結果として右の使用人の名前を知ることが出来たので良しとしよう。二人が余りにも騒ぐものだから周囲の使用人が何事かと見ては、私の姿を確認し納得はするも失礼な事を言っているのではと顔を青くしている。
「・・・は!レンは夢を見ている。そう、これは夢よ。レンにシャロン様が話しかけて貰える筈が無い」
一人称が名前のレンと言った子は他の二人と比べて随分と大人しい使用人だった。
レンは二人と違って身長が私より低く、130cm以下だと窺える。お尻を風呂の床に付けると呼吸が出来ない為、私と同じように膝立ちに近い感じである。エレナお姉さまと変わらないくらいかしらと思った。髪は黄緑色に黒色のメッシュが入っていて人間との混血かしら?と思った。髪型は最近はやり始めていると言うセミロング。そして問題の体形だが、認めたくない現実がそこにはあった。スタイルの良い事が多いエルフ族の中でもこれ程大きいのはなかなか見れないという程に戦力の差は激しかった。身長の分を全て持って行かれたのではないのかと言う程に。
「あなたはレンというのね。残念と言っていいのかしら、これは現実よ。それで名前も分かった事だし、先程まで何を話していたのかしら?宜しければ教えて欲しいのだけれど」
しかし、リンとセンは未だ自分の事で一杯なようで答えてはくれない。けれどレンは申し訳なさそうに教えてくれた。
「これは現実・・・!レンに話しかけて貰い光栄ですシャロン様。それとリンとセンがすみません、その内戻ってくると思いますので恐縮ですが私が説明します」
レンは最初こそ二人と同じような反応だったが、3人の中で一番しっかりしているようだ。
「先程まで話していたのはシャロン様についてです」
そしてレンが言ったのは私の話しと言う事、私が何かしたかしら?っと思っていると話をしてくれた。
「失礼ながらシャロン様は養女で王族という立場でありながら、王族の権威に溺れず安易にそれを振るわず自らの非をきちんと認める素晴らしい方であると話をしていました」
うん、全然身に覚えが無い。それに何か凄い美化されているように聞こえる。私がそんな事をした記憶が無いからか、完全に他人の話しを聞いているような気分だ。
「えーっとレン?私自信その話に全然身に覚えがないんだけれど、詳しい話しを教えてくれないかしら」
はて?っと首をかしげるレン。だが、本当に身に覚えが無いのだからしょうが無い。
レンはチラリとリンとセンを見る。どうやらレンも詳しい話しは知らないようだ。リンかセンから聞いたのだろう。
「リン、セン、シャロン様に詳しい話をして」
レンはリンとセンの肩を片方づつ掴みブンブン揺らす。
しかし、自分の世界に浸っているのかリンもセンも反応せずブツブツ独り言を言っている。
早く何とかしないと私の機嫌を損ねると思ったのか思いっきり揺らし、あげく二人の頭はぶつかった。
「「いったーーい!!何すんのよ!レン!」」
頭をぶつけた事により現実に戻ってきた二人はレンに詰め寄る。しかし、レンは自慢の胸を強調するかのように胸を張って言う。ちょっとイラッとしたのは私だけでは無い筈。
「シャロン様に詳しい話をして」
シャロン様という言葉を聞いて、私がいる事を思い出す二人。そして二人は私に謝りながら交互に説明をした。なんて聞きづらい。
「「申し訳ありませんでした!」」
「今日の出来事です」
「衛兵の一人がシャロン様に大変失礼な事をしたと聞きました」
「その首が飛んでもおかしく無い事だと聞きました」
「しかしシャロン様は自らにも非があったとして不問にしたと聞きました」
「私達が知る王族のような権力者は自らの非を認めずむしろ擦り付けるものだと習いました」
「けれどシャロン様はそのような事はせず衛兵だけでなく我々使用人の前で非を認めました」
「失礼を承知で申し上げますと、養女であるからこそ権威に覚えれていると思っていました」
「ですので私達はそれが大いに勘違いで、シャロン様は稀に見る大変立派な方だと考えを改めました」
「「ですので私達にとって権威を持ちながら自らを律する事の出来る憧れの存在なのです」」
言いたい事は沢山ある。だが私の思惑通りというより、さらに一歩進んだ感じになっているようで私としては大変満足いく結果をこうして聞けたわけだ。
「そういう事だったのね、理解したわ。でも聞いた話より、直接こうして話して感じた事を大事にしてほいいわ」
ニコリと笑顔を3人に向ける。これで新たな噂が広まるのだと思うと笑いが止まられない。
「シャロン様はやっぱり素敵な方です!」
「ええ、私達が教わったような方とは違います!」
「レンもシャロン様は立派な方だと思います」
口々に言う言葉はどれも私を賛美するものだった。とは言え余り浮かれている訳にもいかない。使用人達の普段の話しを聞きたいのだ。
「リン、セン、レン、3人共ありがとう、でも私の話しはこれでお終い。私は私の事をどう思われているか聞きたくて話しかけた訳じゃないの。普段あなた達がどんな話をしているかを聞きたいの」
一人一人名前を呼ぶ。これは人心掌握する時に使う方法だ。誰でもお前だのそいつだの呼ばれるより名前を呼んだほうがちゃんと自分の見て貰えると思って良い印象として残る。ユグリアとして生きてきた時散々使った方法だ。
「私達が普段話しているないようですか・・・」
「いつも何をはなしているっけ?」
「レンはいつも聞く係」
リンとセンが話してそれをレンがそれを聞く、とても想像できる光景だった。しかし、肝心の話しをしているリンとセンはその時思った事を考えずに話しているのか何を話していたかと悩んでしまった。
ここは聞き専のレンに聞くのが良いだろうと思い話しかける。
「レン?リンとセンは普段何を話しているのかしら」
レンはリンとセンの様子を見て話しかけられるだろうと思っていたのか、戸惑う事無く教えてくれた。
「普段は服や髪型、体重の話しでしょうか。他には上司の愚痴だったり、どこの食べ物が美味しいとか不味いとかの話しをしています」
とても女子っぽい内容だった。けれど私はその女子っぽい話しをした事が一度も無い。だから凄くその話を聞いて惹かれた。私もしてみたい!っと。
「とても楽しそうだわ!私一度でいいからそう言う話を歳の近い子としてみたかったの」
私が言った言葉が信じられないと言った様子だったが、私の立場を考えれば容易に想像がついたのか使用人の3人は明るく言ってきた。
「でしたら今日が初めての日ですね!」
「初めてが私達で光栄です!」
「レンも今日はお話します」
3人はそう言うと私に色々と話してくれた。はやりの髪型はセンのセミロングだとリンは良い、照れるセン。可愛い服も良いけどカッコイイ服も着て見たいというレンに、サイズを考えなさいという私。彼女らの上司の愚痴を聞き、でも優しい所もあるんですよと慌てて私に言う3人。兄の何も出来ない無様を喋るも3人からは何と言えばいいのか分からないと少し気まずい雰囲気になるも、食事の話しに変わるとあそこが美味しいだのあそこは不味いだのの話しになり気まずい雰囲気はどこかにいった。
そうこうしているちに湯船につかってから1時間程立とうとする頃には、3人はのぼせそうになっていた。私は時折氷の魔法で自身の周囲だけ冷やしていた為そんな事にはならなかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎて3人が倒れる前にとお風呂から出ようとし、私はそれを手を振って見送った。
私が一人残ったのは彼女らの上司であろうそこそこ年輩の使用人が、ずっと風呂場に残っていたからである。
彼女らが失言しないようにと他の使用人が帰る中、最後まで誰とも会話せずに遠くから聞き続けると言うのは中々大変だっただろう。
使用人から近付くのは恐れ多いと思っているのか、上司であろう使用人は湯に浸かったまま動かないでいた。それならばとこちらから話しかけるべく、他に湯に使っている使用人がいないのを確認すると波が立つのを気にせずグングン近づいて行った。
すると使用人は私が気付いていないと思ったのか、近づいてくる私に気付くと少々焦ったような顔をしていた。使用人の為近づく私から風呂場であろうと逃げる事は許されない。
近づいて見ると私の母程の年齢で、髪は黄緑に紫のメッシュが入っていた。髪は湯につからぬよう団子にしており、身長やスタイルは一般的なエルフの高身長良スタイルだった。
「シャロン様、3人が大変失礼しました」
私が声をかけるよりも先に近づいて行った使用人に話しかけられた。しかし、それは謝罪の言葉だった。
「彼女らは何も悪いことはしていないわ、話し相手になってくれた上にとても楽しい時間だったもの」
特に彼女らが悪い事をしたとは思えない、たまに3人で話すような口調で言われる事はあったけれどそれはそれで友達ができたようで私には嬉しいものだった。
しかし、眼の前の使用人はそうは思っていないようだった。
「何度かシャロン様に対して王族の方と話すような口調では無い事がありました。誠に申し訳有りません」
やはり何度かあった口調の事であった。だから私は眼の前の使用人に伝える。
「私は本当の友達が出来たようで嬉しかったわ。歳の近い同性、異性に限らず今まで居なかったのだから。そういう意味では初めての友達になったのかしら」
フフフッっと私が笑うと目の前の使用人はとんでもない!っと顔を真っ赤になって言った。
「王族と使用人とでは天と地との差があります。ですので友達を作るにしましても私どものような使用人とではなく、王族の関係者やそれに近しい者たちにと私は思います。でなければ娘や他の二人もつけ上がってしまうでしょう」
娘、っという言葉からして3人に中に娘がいるのだろう。そして髪色からさっするにレンだ。
「レンのお母さんでしたか」
「はい、その通りでございます」
レンの母は名乗らない、それが本来の使用人としての居場所と決めているのだろう。使用人はあくまで使用人、御主人の手となり足となって自らは道具と思っている感じであった。
私があまり好きではないタイプの為、話していても楽しくならない。釘を刺して早々に風呂場からでるとしよう。
「レンやリン、センの3人はとてもいい子達よ。ですので叱らないであげてね、それととても楽しい時間だったわ又機会があったら話しましょうと伝えてくれるかしら」
私が言っても結局は叱るだろう、けれど私が伝えてといえばそれは伝えるだろう。この手の使用人は融通は聞かない分仕事として言えばそれは嫌な事であってもきちんとやるものだ。
私は一方的に言うとレンの母からの言葉を聞かずに早々に風呂を出た。
出口前のシャワーに手をかけお湯でさっと洗い流し脱衣所に向かった。
脱衣所には既に3人の姿は無く、何人かの名もしらぬ使用人が脱いだり着てる所だった。少しだけ3人がいるかと期待しただけに少し残念な気持ちになった。
服を入れてあった籠の所に行くとそこには着ていた服は無く、新しい綺麗に畳まれた私用の服が置いてあった。入る際に頼んでいたやつだろう。私はそれを着て脱衣所から出て部屋に真っ直ぐ向かった。
道中ちらほら使用人がお辞儀をしてきたり衛兵が敬礼することはあるくらいで楽しいことは無かった。
部屋に入るとそこには旅の準備が終えた状態の荷物が置いてあった。袋の上には起き手紙があった。
『父上には挨拶をしていくのに、兄にはしていかないということに寂しさを覚える。だが、我が到らぬ事でシャロンには苦労を沢山かけただろう。せめてもの事として、我自ら旅支度をしておいた。安心していってくるがよい』
兄からの手紙、それは嬉しい気持ちはあった。しかし何という事をしてくれたのか。何が必要かなんて兄が知っているわけがない。兄が準備してくれたという荷物をぶちまけるように全部出した。
すると案の定、化粧品やらフリフリの服やら旅において邪魔にしかならないものが沢山入っていた。元に戻す分手間が増えた分迷惑な行為以外の何物でもない。気持ちは嬉しい、だが余計な事はするなと言いたい。
明日に備えてパパッと準備をする筈が、兄のせいで予定より1時間程余計にかかってしまった。
準備が全て終わると鍛冶屋に言った時に払うお金と旅に持っていくお金を用意して布団に入った。
「エレナお姉さま、ゆるしてくれるかな・・・」
誰に聞こえる事も無い独り言をボソリと言った私はそのまま重たくなる瞼に従い眠りについた。
次の日の早朝、窓から差し込む日の光が目にあたり余りの眩しさに目を覚ます。
「今何時!?」
ガバッと起きた私は時計を見てホッとする、まだ朝の5時20分だった。
本来であればまだ寝てても良い時間ではあるが、今日から城を出て旅に出るのだ。エレナお姉さまやツバキさんがいつ出発するとも分からない為、早い方が良いに決まっている。
急いで旅用の服に着替え準備した荷物と鍛冶屋に持っていくお金と旅に持っていくお金を持つと、慌ただしく部屋から出た。
部屋から出る時あまりにも急いでいた為かバタンッ!っと凄い音がしてしまった為、衛兵や使用人が何事かと集まってきてしまった。
私は急いでいるからっと使用人や衛兵達に言うと駆け足で城を後にした。
正門前に立っていた衛兵は私が急いで出て行くのを見て驚くも私は無視して鍛冶屋に向かった。
早朝と言う事もあってか民の姿は少なかった。これならばとフリフリの服装でなく男物の服を着ている今の私は下着が見えない。飛行の魔法を詠唱しある程度の高度まで上昇してから鍛冶屋に向かった。
鍛冶屋周辺につくと地上におり、鍛冶屋に向かう。ここまででまだ1分しか経っていない。
鍛冶屋の扉につくと扉は閉まっているも、私の様な閉まっている時間帯に取りに来る相手ように外に専用のボタンがあった。それを押すとジリリリリっと店の奥から聞こえ、暫くするとそれが止み店の扉が開いた。
開いた店に入ると寝むそうな昨日の店員とは違うガタイは良いものの歳のとった男のエルフがいた。
私は要件を店員に言う。
「昨日頼んだ折り畳み式のオリハルコンを使った弓を頼んだものよ、出来ているかしら?」
私が言うとこんな小さい子が本当にか?っといった顔をで驚いていた。
「本当に譲ちゃんがくるとはなぁ、ビックリするだろうがと言われていたが本当にビックリしたわい」
言いながらも店員は作り終えた弓を私の前に出す、そして弓の確認をしてきた。
「これが譲ちゃんの希望通りに作った弓じゃ、本来は身長や腕の長さを測って作るものなんじゃが要所要所に魔法を使用することで補っておる。譲ちゃんなら問題なくつかえるじゃろう。持って見ておかしな所はあるかいの」
私に手に弓を渡す店員。私はそれを受け取り弓を試しに構えると魔力が少し抜け、畳まれていた部分が開き弓の様な形態になる。しかし弓弦の部分が無く、弓本体の両端が異様に短かった。
「不良品じゃないのかしら?これ」
折り畳み式にしろとはいったが不良品を作れといった記憶は無い。
「ちゃんと機能しておるから大丈夫じゃ、ためしに持ち手の部分に魔力を込めてみい」
言われるがままに魔力を込めると両端の部分がブンッと私の魔力で形成され、弓弦の部分も魔力で現れた。
「へぇ、面白い仕組みをしているのね。気にいったわ、長さも丁度良いみたいだし」
弓というより持ち手部分だけの折り畳み式の棒みたいなものは魔力を込めると、私の体にあった弓に形成され軽さの問題や持ち運びの問題は問題無かった。
「それの良い所は通常の矢が使える所じゃな。矢が魔力を帯びる事はまずないからそこは良いとして、一つだけ注意点があるんじゃ」
「その注意点を無くせないようでは失敗作ではなくて?」
注意点の内容を聞かず、注意点という事だけを聞いて口を出す。
「まあ話しは最後まで聞けい。魔力で形成された部分なんじゃが自分が触る分には何も問題ないが、他の誰かが形成された魔法部分を触ると怪我をするから注意するんじゃよ」
一人で使う分には問題無い、けれどそれであればわざわざ弓を作ったりしない。複数人居ると言う事が前提だからだ。自分一人なら魔法で良い。
だがら仲間が怪我をするから気を付けろということなのだろうと私は思った。
「それくらいならいいかしら、むしろ襲われた時とかには好都合かしら。この魔力部分込める魔力量によって怪我がする度合いが違うようですし」
魔力を少し込めていると薄く水色の魔力となって形成されているが、魔力を多めに込めると薄い水色が濃い青色になり、これで他人に触れさせれば大怪我しそうな代物になっていた。
「そういうことじゃな、あの馬鹿に手伝ってくれと言われた時には何事かと思ったが、譲ちゃんをみたら納得したわい」
ニヤリと笑う店員。あの馬鹿とは昨日の若いほうの店員を差しているのだろう。
「全てオリハルコンが使われているようだけれど、あの値段で足りたのかしら」
持ち手部分や折り畳まれている部分全てが総オリハルコン製だった。加工するのが難しいと言われているオリハルコンを短時間でこれだけの出来で加工したのだ、一人じゃ不可能だと目の前のエルフに頭を下げて手伝って貰ったのだろう。
職人としてのプライドよりも客を第一に考える所は評価するべきだろう。
「材料費だけで見ればトントンかむしろ技術料を含んだら赤字だのう、まあそれでも総オリハルコン製というのは初めてやったからのう。年甲斐も無く張り切ってしまったわい」
ニカッと笑う店員はどこか父と同じような気分にさせられた。気分も良い事だし多少色を付けるとしましょうか。
「それじゃこれが追加の代金よ、広告料としては法外かしらね」
フフフッと笑った私は鍛冶屋に追加料金を払う。
「なんじゃこれは?もう既に代金はいただいておるはずじゃがのう」
店員はこれは一体?といった顔をしていた。
「これは私が満足した分の代金よ、その事は昨日の店員から聞いて無かったのかしら」
作業に集中して言い忘れたのか、あわよくば一人占めしようとしたのかは分からない。それでも中身をみたら騒がれると思い、早々に店を出る。
「それじゃ私はこれで失礼するわ。仲良く分けて頂戴ね、フフフッ」
私がそう言いながら店を後にすると、店員は追加料金だから対して入っていないと思ったのだろう。袋の中を見たのかまだ早朝だというのに店の中から喧しい声が聞こえてきた。
それを聞いて楽しんだ後弓を仕舞い飛行の魔法を詠唱し、一度高度を上げてからツバキがいる病院に私は向かうのだった。
そして病院に着くと飛んだ状態で窓を見て回り、ツバキがまだベッドで寝ている姿を確認するとホッとして病院の入り口で待つのだった。
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