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愛の形は人それぞれ、気付く気付かないは人による


 朝日が僅かにしか通らない程深い森の中、近くを流れる小川の音色と小鳥のさえずりが目を覚ますのに丁度良い。

 俺ことツバキは目を覚ますと一日の日課をするべく、寝袋から出ると一緒に旅をしている最愛の女性を探す。

 目的の女性は既に起きており、朝食の準備をしている最中だった。出来た女性だ。

 俺は女性に近づくと毎日必ず言っている事を言う。

「俺と結婚を前提に付き合ってください。そしてロリコンハーレムを作ろう」

 朝起きて第一声眼の前で料理を作っている女性、エルフ族のエレナに声をかける。

 エレナは人間である俺とは違いエルフ族という耳の長い種族だ。

 エルフ族と言っても種類は沢山いるようだが、それが何種類いるのか当のエルフ族も把握していないらしい。

 エレナはどの種類かを聞いても決して口は開いてくれない等、秘密が多い種族なのかもしれない。

 一般的にエルフは長身美形として知られているが、エレナはお世辞にも長身とはいえず、むしろ逆で身長は130cmも有るかどうかという程小柄で顔は美形だが、綺麗というより可愛いに全振りしている顔だった。

 プロポーションは街で見かけたスタイルの良いエルフ達と間逆のつるぺたーんである。

 髪はエルフ特有の綺麗な黄緑色で腰近くまでと長いロングヘアーだ。寝る時以外はポニーテールにして邪魔にならないようにしている。

 朝食を作るエレナの動きに合わせてポニーテールの長い尻尾が右にユラユラ左にユラユラと揺れるのは見ていて飽きない。

「は?朝から何言ってるの、嫌に決まっているでしょ。さっさと顔を洗って頭を覚ましてきたらどうなの」

 一方結婚を前提に付き合ってくれと申し込まれたエレナは料理の手を止める事無く、昨日採った山菜で慣れた手つきで簡単な朝食を作っている。

 量は俺、ツバキの分も含めて二人分だ。いやー全く持つべきものは愛するエレナだな。

「気持ち悪い事を言っているとあなたの分の朝食は作らないわよ、料理の邪魔だからあっちいった。シッシッ」

 どうやら思っていた事を口にしていたようだが愛する彼女に隠し事なんてありえない。そして右手でシッシッといいながらやるのはグッとくるものがある。

 嫌よ嫌よも好きのうちという奴だろう。見聞を広める為という理由で俺の旅に同行しているのも建て前に違いない。・・・違いないよな?

 それはそれとしてエレナの手料理が食べれないのは非常に困る。エレナの手料理を食べる為言われた通りに席を外して近くの小川に顔を洗いにいった。

 旅を始めてからというものの始めの一人旅はそれは辛い日々だった。学生時代にアルバイトを必死にしてお金を貯めたとはいえたかが知れている。

 お金はあっという間に底をつきかけ、日雇いのバイトを探しながら旅をするしかないのかと思っていた所に救いの女神であるエレナに再会した。

 再開は実に10年ぶりだった。けれどエレナは変わらず非常に可愛いままだった。俺が初恋をし、そして旅に出ようと思ったきっかけを作ってくれたエルフ族だ。

 初めて会った当時は一言二言一方的に俺が言ったっきりだったが一度たりとも忘れた事はなかった。

 俺が小学生の時、初めてエルフという種族に会いそして会ったばかりのエレナに言った言葉は「俺と結婚してください。あなたを生涯に渡って悲しませる事は一度しかしません」

 今思うと小学生とは思えないほどハッキリとそして自然と口にだしていた。

 俺が住んでいた国は人間と呼ばれる種族しか住んでおらず、近くにエルフ族や魔族といった当時は人外と一括りに呼ばれていた種族は交流が一切なかった。

 けれど俺達人間が環境汚染の問題が深刻になるにつれエルフ族や魔族といった種族達が介入を始め、人間の政府に対して意見をするようになっていった。

 一時は戦争になった国もあったらしいが近代兵器と呼ばれる資源が消耗され、物がなければ戦えない人間と違いエルフ族や魔族は魔法という人間がまだ知らない自己完結の魔力さえあれば無尽蔵に行使できる戦闘というものを味わい、全戦全敗という結果になった。

 しかし全敗したにも関わらずエルフ族や魔族は人間の国を植民地にするという事は無く、環境破壊や環境汚染に対しての対策を俺達人間の生活が壊れないよう配慮しながら指摘するというものだった。

 これにより人間同士でもあった戦争はエルフ族や魔族の介入により次々と無くなり、俺が生まれる時にはエルフ族や魔族といったちゃんとした種族として人間の中で広まって行った。

 しかし武器を使って殺すというのが一般的な考えな人間に対し、エルフ族や魔族は個人がいつでもその場で何も無くても殺せるという認識も同時に広まって行った。

 その為エルフ族や魔族に対して恐怖が先に走り、友好的な態度をとってきたとしても何時殺されるか分からないという恐怖からその場で逃げ出す人や土下座をする人、お金を差し出す人命乞いをする人が出る程だった。

 事実、人間を下に見て恐喝するエルフ族や魔族がいなかった訳では無い。けれどその度にエルフ族が起こした問題はエルフ族が、魔族が起こした問題は魔族が処理をしていった。

 そんな事もあってか学校の授業にはエルフ族や魔族は何時でも人を殺せるだけの能力があると教えられ、大部分の子供はエルフ族や魔族に対して良く無い感情を植えつけられていった。

 俺も当時はそういう風に教え込まれていたが親の教えで教育は全てが正解ではないと教えられ、自分の目で見て判断して教育と同じだったら正解だったと思いなさいと育てられた。

 それもあってか街で見るエルフ族や魔族に対して怖いという認識は無くむしろ興味しかなかった。

 そんな時エレナと出会った。出会いは一人のエルフ族が人間の学校というものを見たいと言う事で、校長先生にお願いして一日見学という事で許可を得た時だった。

 お願いというのは建前で当時は脅したんだろうと俺を除く子供達は噂をしていた。

 俺は当時身長がさほど大きく無く前から数えた方が早い方だった。その為授業そっちのけで廊下に出てエルフ族を近くで見ようとする小学生達の壁で全くと言っていい程エルフ族の人を見る事が出来なかった。

 暫くたっても壁が消える事は無く半ば諦めかけていた時に不意に後ろから声をかけられた。それがエレナとの初めての出会いだった。

 エルフ族は長寿だというのと長身美形というのを教科書に載っていたのと街で遠くから見かけていたのもあり、エレナを見た時に初めは理解出来なかった。

 それに壁はエレナに声をかけられ振り向いた俺の後ろにあり、目の前にいるはずが無いと思いつつもこれが魔法なのかなと勝手に解釈をし納得していた。

 エレナは魅力的な笑顔で話しかけてくれた。

「あなたが私に好意的な視線を送ってくれた子ね。他の子供は奇異の視線しか送ってくれないから直ぐに解ったよ」

 エレナは教科書で乗っていた様な恐怖の対象ではなく、身長も俺と変わらないか小さいくらいだった。

 なにより長身ではなく可愛くてただ可愛くて、間違い無く年上なのに護ってあげたくなるような見た目だった。

 俺が感動していることには気づかなかったようで、反応をしめさない俺に対してどうしたものかと当時エレナは悩んでいたと再会した時に教えてくれた。

「おーい聞こえている?言葉は問題無く通じている筈だけど・・・。うん、やはりあなたからは恐怖や嫌悪といった視線は感じないね、それよりも信じがたい感情が伝わるのだけど・・・まさかね」

 一人で納得しているエレナを前に思わず口に出していた。

「俺と結婚してください。あなたを生涯に渡って悲しませる事は一度しかしません」

 小さい子供なら年上の人に対して意味も解らず結婚してや結婚するんだと言う事がままあるだろう。

 しかし、当時の俺はきちんと理解していたし初めて会う人に言う言葉では間違い無く無いと言う事は解ったが、考えるよりも先に口が先に出ていた。

「・・・本心か?」

 それまでにこやかに話しかけてくれたエレナの顔は豹変して、俺の心を見透かすような目で見てきた。

言葉の語尾に若干の怒気が含まれていたのは、小さいながらでも感じた。

 当時エルフ族について教科書に書いてあったのは人を何時でも殺せる恐怖の対象という事くらいだった。

 人間と違い伴侶となる相手は生涯に一人しかおらず、軽い気持ちで言ったのなら殺されても文句は無いという事は知られていなかった。

 たとえ知らなくても、そしてそれが子供だったとしても容赦はしない。それがエルフ族における伴侶に位置だった。

 エレナの語尾に怒気が含まれていた為か空気が明らかにかわり、一目見ようと壁となったいた小学生がエレナのいる方である俺のほうに一斉に顔を向け、そしてエレナの顔を見るなり海を割るかのようにザッと割れた。

 その当時の事をエレナに聞くと、少しでも嘘と感じていたら問答無用で殺していたと笑いながら教えてくれた。

 当時の俺には目の前のエレナの事で頭がいっぱいで解らなかったが、俺以外には殺意がだだ漏れで本当に恐怖の対象だと思ったというのがその場にいた子供達の総意見だった。

「あなたの名前はなんていうの?」

 先程までの凍りつくような空気とは一遍して、最初に会った時の笑顔で俺に聞いてきた。

「ツバキです」

「ツバキね、忘れなかったら覚えておくわ。私は・・・エレナっていうの、本当はもっと名前が長いんだけど次会う時があって気が向いたら教えてあげるわね」

 その直後、生徒達のただならぬ異変に気付いた教師達によってエレナの小学校の視察は終わった。その後暫くエレナは仏頂面だったという。


       *


    *エレナ視点*


「ふぅ、やっと行ったわね。それにしても毎朝毎朝言う事が同じなのはどうなのかしら」

 エレナとツバキは一緒に旅をしてから1カ月程たっていた訳だったが、必ず朝起きての第一声はおはようの挨拶では無くハレーム要員としての求婚だった。

 旅を始めた何日かはまだ良かったがそれが一週間、そして2週3週と経ち今日まで1カ月言われ続けると本当に何故この男と旅をしているのか自分に聞きたくなってしまう。

 更に今でこそ別々で寝れているが、初めの2,3日は近くで一緒に寝てくれないかと言われたものだ。

 一人旅をし続けた私にとって異性とはいえ初めての二人旅、夜に誰かと旅の話しをしながら寝ると言うのは一つの夢であった。

 最初の1日目はまだ良かった。適度な距離感で今日行ったあそこはどうだったこうだったと話し、私も旅をしてから初めての夜のお喋りで少し浮かれているのを実感しながらもその日は過ぎていった。

 2日目、昨日とは距離感が半分程だろうか、あきらかに近づいてきている。少し疑問に思いながらもその日も楽しくお喋り・・・だったはず。

 そして問題の3日目、彼は私の真横に座っていた。肩と肩が触れる距離である。

 いかに一緒に旅をして仲良くなったとしてもだ、まだ3日目でどういう人物かは解ってきたとしてもそれでも最後の一線は護って欲しいものである。まして異性なのだから。

 種族や部族で一夫多妻や一妻多夫の違いはあるものの、私達エルフ族はの伴侶は一生を通して一人のみ。一部の王族を除きこれは小さな子供でも知っている事だ。

 たとえ伴侶となった相手が早々に死別や離別しても新たに伴侶を作る事は無い。

 我々エルフ族は人間とは違い生きる時間が非常に長い。人間が100歳生きたとしてもエルフ族は1000歳をゆうに超える。今生きている最高年齢は3000歳を超えていたはずだ。

 それほどまでに長寿である為長い時間生きるエルフ族の眼は自然と肥え、たった一人の自分の伴侶と離別することは非常に稀だ。

 そして長寿であるが故に旅が好きなのである。長い寿命、見聞を広めるという名目で実際に見て自分の伴侶となる相手を探すのは極々自然だった。本当に見聞を広めるだけで旅を出ると言うのは既に伴侶がいる場合か、まだ異性というのを意識せず別の事に熱中してる場合が殆どだ。

 私は後者だったものの、今は前者である。

 初めはエルフの国々を見て回り、興味が惹かれるものが無いかを探していた。その中で一番強く興味が惹かれたのが他の種族についてだった。

 例えば魔人と呼ばれる種族は魔法を使うことのできる種族であり、魔法主体で生きている為に他の種族と比べて個人の能力が強く影響する。

 逆に人間と呼ばれる種族は個人の能力よりも複数の人数で助け合う事のできる能力が強く影響する。

 そういった我々エルフとは違う価値観が有る事を知り、私は伴侶を見つける旅ではく本当の意味で見聞を広める旅に出た。

 その旅の最中にツバキと出会った。


           *


「朝食ができたわよー」

 エレナの可愛い声が俺を呼ぶ。

 全速力で小川から戻るとそこには倒木を椅子代わりにして平たい石の上にシートを広げただけの簡易テーブルの上に、川で捕った魚を香草で焼いたものと山でとった果実が添えてあった。

「何もそんなに急いで走ってこなくても」

 少しあきれ顔のエレナもまた可愛い。

「エレナの手料理が食べられると思ったらそりゃー走るにきまってるだろ」

「こんなのでよければいくらでも作ってあげるわよ。それに毎日作ってるのに美味しいばっかりで何も言わないし」

「美味しいものを美味しいと言っているだけだろ?それにエレナが作った料理だから更に美味しいにきまってるさ」

 そこまでいうとあきれ顔から不審顔になるエレナ。俺としては本当に美味しいと思っているだけに不味いという訳にはいかない。

「ツバキがいうと本当に美味しいのが自信が無くなるわね」

 何故?っと思いつつもここまでいつも通り。最初の何日かは照れてくれたのに今じゃこれだ。顔を真っ赤にしておかわりはどう?って聞いてきたのに慣れとは怖いものである。

「今日はどこに向かおうか、最近は山で山菜取りばっかりで街が恋しくなってきた」

 朝食を取りながら今日の予定を決める。最初は特に予定も決めずに移動していたのだがエレナが予定を決めて動かないと効率が悪いと言われ、朝食のときにきめちゃおうとなった次第だ。

「そろそろあの時期なのよね、ちょっと早いけど遅れるわけにはいかないし。暫く私の用事に着き合わせる感じになるけどどうする?用事が片付くまで一旦別れる?」

 え?聞きずてならない事を聞いたぞ。俺は一時も別れたくない!だってこんなにも愛しているのだから!

「別れるだなんてとんでもない!是が非でもついていく!」

 必死になる俺。今自分の顔が酷い顔をしているのは自覚できる。

「え?えぇまぁ・・・ついてくるのは構わないけど結構遠いわよ?」

 引き気味のエレナ。目をあわせて話してくれない、想像以上に酷いのだろうか。

「まさか男にあうとかじゃないよな?ハハハ」

 乾いた声で冗談を言う。そんな奴がいたら俺は一生涯呪うだろう。

「あれ?何で知ってるの?私内容をいったかしら。折角ビックリさせようと思ったのに」

「え?」

「え?」

 何を言っているのか理解したくない。でもしてしまう自分の頭に無性に腹が立つ、そして暫くの沈黙ののち俺は心から叫んだ。

「絶対についていく!死んでもついていく!俺以外の男に会いに行くとか論外!」

「何もそんな必死にならなくても、っていうか私別にツバキの伴侶になったつもりは無いんだけど・・・」

 そんな悲しい言葉を聞いても今の俺には最愛のエレナが男に会いに行くと言う事で頭が一杯だった。俺のエレナが会いにいく男だと?絶対に許すわけが無い。街でエレナを見る男の視線すら殺意を覚えると言うのに、俺の理性が耐えられる気がしない。

「きちんと順を追って話をするからまずは落ち着いて?じゃないと張り倒すわよ」

 最初は少し笑いながら。けれど後半につれてあまりにも話を聞かない俺に対してキレ気味にいうエレナ。

「これが落ち着いてられるか!本当にエレナあああああぁぁぁああ!?」

 手加減はしているのだろう、というか手加減しないとただの人間である俺は間違い無く死ぬ。エレナにスパーンと張り倒された。

 そして顔に飲み水ように汲んでいたのであろう、水をぶっかけられた。少し口に入り飲んでしまった、冷たいけど美味しい。

「落ち着いたかしら?」

 やれやれとエレナは肩から溜息をついていた。そんな顔もグッときます。

「ああ、落ちついた。取り乱して悪かった」

 そんなこと思いを悟られまいと、正気にもどったとよろめきながらも起きあがると頭を下げて謝る。

「そ、なら水を汲んできて頂戴。飲み水の分を今しがた無駄に使ってしまったから無いのよ」

 間違い無く俺に使った水の事だろう、明らかに俺が悪いので断る事は無理だ。

「直ぐに汲んでくる」

 言うと同時にエレナから水をいれるためのバケツを貰い小川に向かう。小川がすぐ横にあると言う事もあり時間は1,2分程度しか掛からない。

 しかしここからが少し面倒だ。俺は全く面倒ではないがエレナからすると一仕事増えた事になるだろう。

 川の水をそのまま飲むのは危険なので鍋に入れて水を沸かす、そして出てきた湯気から飲み水を作るのだ。

 エレナの魔法により火を付け、汲んで来た水を沸かし出てきた湯気を風の魔法でコントロールして水筒にいれる。言うのは簡単だが実際は難しいらしい。

 とはいえエレナからすれば別に何て事無いらしく、人間には無理でもエルフ族にとってはやれて当然なのかもしれない。

 飲み水を冷たくする為鍋に水を移した後、冷やす為にもう一度川から水を汲んでくる。

 そうして飲み水を確保するのに10分程かかり、落ち着いたころには俺も落ち着いた。

 倒木の椅子に座ると一言。

「悪かった」

 もう一度頭を下げる。

「何度も頭を下げなくて言いのよ別に、私も少し悪かったと思ってるから。先に説明をするべきだったわね」

 エレナは真剣な顔になると俺の顔を見て説明してくれた。

「まず私の種族であるエルフ族の話しになるのだけれど、私達エルフ族は生涯に伴侶は一人しか選ばない、そう説明したわね」

「あぁ、再会したときに第一声がそれだったのを覚えている」

「そう、覚えているのなら良いわ。けれど例外もいるの、それが王族ね」

 エルフ族については簡単に説明して貰った事がある、俺がエレナに結婚を申し込んだ事に対しての注意だったのだろうが、初めてその事を知った時は本心で良かったと少し思った。

 他にもエルフ族の中にも細かい種族があり、エレナはその中で最も少ない種族なのだという。

 一般的に知られているのが最も多い種族で長身美形なのだと言うが、エレナから見れば全員同じ顔に見えて美形と感じることは無いと言う。

 むしろ長身なだけ下に見下ろされるのが酷く気に食わないとか不満たらたらに言っていた。

 王族に関してはあまり話したがらなかったので、今回の件で詳しい話を聞けると思うと少し楽しみだった。

「王族はエルフ族の中で唯一例外で血を残さなければならないから一夫多妻、又は一妻多夫を許されているの」

「それは何とも迷惑な話しだな」

「あなたがそれを言えるのかしら?」

 クスクスと笑いながら話を続ける。いや待ってくれ、俺はエレナ一筋だぞ?

「それで子が仮に授かったとしてもどんな理由で亡くなるかは解らない。だから子が成人して子を宿す、又は子を作れるようになるまでは毎年王族が開くパーティで何人か選ばれるの」

「それって王族がある限り結局は毎年開かれるわけだよな?ずっと巡るわけだから」

「その通りよ。けれど王族といっても伴侶がいる相手に手を付ける事は絶対に許されない。だから伴侶のいない相手を探すの」

「なるほど、で丁度それが今だと。でも別にいかなくてもいいんじゃないか?」

 そう俺が言うとエレナは待ったくその通りだと溜息をついた。

「それができたら苦労は無いのよ。伴侶のいない相手は絶対にそのパーティにいかなければならない。期間は一週間程あるから用事があるから行けないですとも言えないし、まして参加しなかったら罰則があるのよ」

「罰則か・・・強制的に娶られるとか罰金とかか?」

「強制的に娶られるとかだったら参加しないエルフの方が多いんじゃないかしら、王族に入って優雅な暮らしに憧れているエルフは多いと聞くし。私は絶対に嫌だけど」

 顎に手を当てて言いつつ自分の意見の所だけは強調して言った。

「するとどんな罰が?」

 俺が聞くとここまでは普通に言っておきながらウーンと悩んでしまったエレナ。

「言いたくないなら言わなくてもいいけど」

 こうなると教えてくれない事の方が多い事をこの1カ月で学んだ。

 スリーサイズとか教えてくれてもいいじゃないか。聞いた瞬間は三途の川って本当にあるんだなって思ったよ。

「よし、多分大丈夫でしょう。行かないとね、殺されるんだ」

 話しは終わったもんだと勝手に思っていただけに、エレナが何を言っているのか最初はわからなかった。

「は?」

 我ながら情けない顔と声を出したと自覚する時間はあった。

 王族のパーティに参加しないだけで殺される?全くもって意味が解らない。

「えっとね、王族のパーティは招待という形で行く事になるんだけど。それに行かないってことは招待を断るって事で、王族の考えとしては一番偉いエルフに恥をかかせるエルフはそれはエルフじゃないっていう考えで断った本人と家族を殺されるっていう話しなんだ」

「そんな勝手が許されてたまるか!」

 それを聞いた俺は一気に頭に血が上り、エレナは何も悪く無いのにエレナに怒鳴ってしまいこれは間違っていると謝る。

「悪い」

「いいよ、別に。これは私もどうかと思っている事だしそれに・・・」

「それに?」

「いや、何でも無い」

 それに私達エルフの為にそんなに本気で怒ってくれるなんて、私の選択は間違ってないのかもしれない。

 それは同じエルフなら聞き取れたであろう声、けれど人間の俺には何も聞こえなかった。

「で、そう言う訳でいかないといけないんだけど。少し前までは女王だったから男性が招待されていたんだけどここ何年かは女性が招待されているの」

「されているのって完全に他人事じゃないか、招待されてからは毎年参加してるんだろ?」

「してはいるけど極力王族に目を付けられないようにしているからね、私は」

 っというより周りの女性が私が私がと王の目に留まるよう前に出てるだけだけどねっと笑っていた。

「それなら今年も問題ないんだろ?さっさと参加してさっさといろんな所を旅しよう」

 俺は特に意識していったつもりは無かったがエレナはビックリした顔をしていた。

「いろんな所を旅しよう、か。うん、答えはそのうちでるでしょう」

 一人納得したエレナはよしっと気合をいれると朝食を瞬く間に平らげて片付けを始めた。

「よく解らないが元気がでたのならいいか」

 女心を解らない俺は気にも留めずエレナに習い、朝食を食べて片付けた。


           *


 道中何事も無く進み、5日程たった時にはエルフ領に入っていた。

 エルフ領は森に囲まれた領土ということもあり、街道は当然森。舗装など碌されておらずデコボコだらけだ。

 エルフ領に入る際検問の様なものは無く、仮にあってもエルフ族である私と一緒なら何も問題は無いと教えてくれた。

 エルフ領に入ると自国で見た車や電車、飛行機といった近代的な物は無く馬車や飛行術を使って移動するのがみられた。

「馬車で移動するのは平民か貴族の人ね、エルフ族は魔族程魔法に優れている人が多いわけではないから大半は共用の馬車か魔法に長けているエルフは飛行術で飛んで行くわ」

 ちなみに私は後者よっと無い胸を張りながらエレナは言った。ドヤ顔が可愛い。

「ならなんで飛んでいかないんだ?楽だし早いんだろ?」

 当然の疑問だと思い聞いたが、エレナはお気に召さなかったようだ。若干怒っているように見える。

「一人ならそうしたわよ。今は誰かさんがいるせいで飛んで行ったらツバキは迷子になるでしょう?」

 やれやれといった仕草をし、若干頬を赤らめていた。

 あぁそう言う事かと思い頭を撫でた。丁度良い高さにあってついつい撫でてしまう。

「ありがとう、一緒にいてくれて嬉しいよ」

 素直に言うとエレナは怒った。俺らの横を颯爽と通ろうと思った馬車が止まった程に怒った。

「頭を撫でないでよ!私の方が年上なんだから!」

 その場で俺はエレナの頭を撫でていた手を掴まれ投げ飛ばされた。

「ぐえ!?」

 カエルが潰されたような声をだして咄嗟の事で受け身を取れず、痛みでその場から起きあがれなかった。

 あまりにも起き上がらないものだからエレナが心配して来てくれた。

「大丈夫?私口より手が先にでるから・・・ごめんね?」

 膝を抱えて座り込んで片方の手を俺の額に当てる。

 ブツブツとエレナが詠唱を始め詠唱が終わると俺の体が少し光、そして消えると俺の体から痛みが無くなっていた。どうやら癒しの魔法を唱えてくれたようだ。

 起きあがると目の前にエレナの顔が目の前にあり、至近距離でエレナの可愛い顔をじっと見ていた。

 エレナは俺が見ている事に気づいてはいるだろうが無視して、体の心配をしているのかしきりに痛い所は無いかと聞いてきた。

「やっぱり私はダメね。あなたが人間と分かっているのに加減を間違えるわ」

 言いながら俺の体が大丈夫と分かると俺のおでこにデコピンをして俺の顔を遠ざける。

「いってぇえ!」

「それだけ元気ならもう大丈夫ね」

 エレナは立ちあがると手を差し出してくれた。

「ほら手をかしてあげるから」

「ありがとう」

 御礼を言い手を握るとその小柄な体でどんだけの出力があるんだと思う程簡単にグイっと引っ張られ、思わず前に倒れそうになる。

 前にはエレナがいて倒れたらエレナが下敷きに・・・!っとはならず、握っていた手を離され顔面から地面にダイブすることになった。

「何がしたいのかしら」

 ポツリとエレナの言った言葉が酷く悲しかった。

 止まっていた馬車からは俺とエレナの事を見ていたらしく、クスクスと笑い声が聞こえてきた。

 エレナも俺もいつもの事だと気にはしなかったが、どこか恥ずかしい空気になってはいた。

 俺が地面にダイブしてからよっころせと立ち上がるときには馬車は少し前を走っていた。

「顔を拭いたらどうかしら、この時期にエルフの国に行く他種族はただでさえ目立つわよ?」

 俺はポケットからハンカチを取り出すと顔を拭く。鏡は持っていないのでエレナに綺麗になったか見て貰う。

「ここがまだ汚れてるわね、ハンカチを貸しなさい拭いてあげるから」

 エレナは気付いていないのか気にしていないのか解らないがはた目からみたらイチャついているようにしか見えないだろう。横を通り過ぎる馬車が暇そうに乗っている客にわざわざ見せる為か、減速しているのが分かる。

 顔を拭き終わると満足したのか笑顔になりハンカチをエレナは返してくれず、洗って返すわっと一言言ってエルフの国に向かって歩き始めた。

 そんなちょっとした所も可愛いなと聞こえない様独り言を言ったつもりだったが、エルフ族であるエレナにはバッチリ聞こえていたらしく踵を返して蹴ってきた。

「いってぇ!」

 脇腹を蹴られ悶絶する俺を後にエレナはさっさと言ってしまった。

「バカッ・・・」

 俺には聞こえない声でエレナは言った。けれど耳が真っ赤になっていたのは悶絶しながらも追いつこうとする俺には見えた。

 痛い脇腹を気にしながらエレナに追いつくと、それまで俺からわざと距離をとろうとして速足で歩いていたのを止め、歩速をいつもより遅くしてくれた。

 脇腹を蹴ったのを悪いと思っているのだろう、俺が悪いのにちょっとの事でも気にするのがエレナの良い所であり悪い所でもある。だから一言だけ。

「ありがとう」

「別に私は何もしてないわ」

 プイッと顔を背けるのが可愛い。

 思わず頭に手を乗せようと一瞬手が動くも、エレナのジト目がそれを許してはくれなかった。

「どうしてそんなに頭に手を乗せたがるのかしら?毎回疑問におもっていたの、だから正直に言って欲しいわ」

 少しムッとした顔でエレナは聞いてきた。

 こういう時嘘ををついてもエレナは解ってしまう、そして正直にいわないと非常に怒る事も知っている。けれど正直に言っても気に食わなければ怒るし、納得する事をいっても結局怒る。非常に理不尽だ。かといって無視もダメだ、肉体言語を間違い無くしてくる。

「ねー聞いてる?おーい」

 手をブンブンと俺の顔の前で振っている姿は思わず頭を撫でたくなる。

「聞いているよ、正直に言うから取りあえず撫でさせてくれないか」

 バシッ!っと先程蹴られていた脇腹にエレナの拳が入る。

「!?」

 突如襲った激痛に一瞬理解出来ず立ちつくしたのち、痛みでその場に転げまわる。

「痛い!痛い!痛い!!」

 俺が痛みで転げ回っている最中エレナは見下ろす様にして何事も無かったかのように聞いてくる。

「どうしてそんなに頭に手を乗せたがるのかしら?正直に言って欲しいわ」

 先程と唯一違うのは怒気が混じっている所だろうか、けれど今はただ痛い。俺が痛みに悶えていてもエレナがやる事はかわらない。

「ほら早く教えてよ、納得がいく理由だったら撫でさせてもいいからさ。でも納得がいかなかったら・・・ね?」

 前半は可愛く言いつつ後半はあまり見たく無い冷たい目と声で俺を見ていた。

 だから俺は言う、今の正直な気持ちを。そう、今一番言うべき言葉を。

「さ」

「さ?」

「先に痛みを治療をしてはくれないでしょうか」

 ゲシ!っと蹴られ殴られたところにまた蹴られた。

「酷い!」

「痛みなんて我慢すればなんとかなるって、ほら早くー」

 可愛くいうも目が笑っていない。先に言わないとずっと蹴られるか殴られるのだろう。

 脇腹に酷い痛みを感じながら我慢をして言う。

「エレナが・・・」

「私が?」

 復唱するのがまた可愛いと思ってしまう。それがエレナがやる事なのだからだろうか、好いた相手がどんな事をしても好ましいと思ってしまうからこそ恋は盲目といわれるのだろうかとその時思った。

「思わず・・・」

「思わず?」

「抱きついてしまいたくなるほど可愛かったから、せめて撫でさせて欲しいと思ったのが理由です・・・納得して頂けましたでしょうか・・・?」

 言いきった時エレナの手がフッと見えなくなったので拳がくるのだろうと思い咄嗟に目をつぶっていた。

 けれどいつまで経っても拳が来る事は無く、目を開けると目の前にはエレナがいるもこちらに後ろを向ける形で立っていた。

「エレナ?」

 どうしたのかと不安になり声をかける。

「・・・」

 けれど返事が返ってこない。どうしたのかと思い体を起こし、エレナの顔をみようとするとサッと両手で顔を隠されてしまった。

「どうしたんだエレナ、俺が何か気づ付けるような事いったか?」

 始めてみるエレナの行動に心配になり若干焦りながら聞く。

「・・・」

 けれどもエレナは無言のままこちらを向いてくれない。

「なあ、何か言ってくれよ」

 っとポンッと右手で右肩に触れた瞬間、あ、俺死んだなっと思う程の殺気を感じエレナの右肩に右手を置いた状態で動けなくなった。

「・・す」

 ボソッとエレナが何かつぶやくも聞き取れない。

「え?ごめん今なんて・・・」

 だからこの先死ぬとしても聞くしか選択肢が無い。

「今の私の顔を見たら殺す」

 助かった。それが今の俺の心からの気持ちだった。見なければ殺されないのであればこれは見て殺されるしかないだろう。え?頭が可笑しいって?好きな人の事なら全部を知りたいと思うのは普通だろ。死ぬ覚悟をしてハッキリと言う。

「わかった、それじゃ顔を見してくれ」

「そう、わかったのなら少しあっちに・・・っては?」

 想定していたのと違う言葉を聞いたからだろう、エレナは思わずこちらに振り向いていた。

 そしてエレナの目には涙が零れ、顔を真っ赤にしていた。

 エレナのその顔を見た時これを見れたなら死んでも良いと思ってしまう程、エレナは今までで一番可愛かった。

「見たわね!」

 言うと同時に視界からエレナが消える、そして投げ飛ばされたと気付くのに時間はかからなかった。俺の体は空高く宙に舞った。

 先程まで見ていた補導されていない公道が小さく見える。間違い無くこの高さから落ちたらただの人間である俺は死ぬだろう。

「最後に一言聞いてあげるわ」

 高く舞い、最高度まで達したのち自由落下が始まる。エレナの声は背後から聞こえ俺には先程と同じように顔を見せない。だから最後の一言だとしても俺は自分に正直で言う。

「最後はエルフ領の風景でなく、エレナの笑顔を見ながら死にたかった」

「・・・」

 エレナは何も言わない、何を思っているのだろうか。

 自由落下の速度があがり、後数秒でペシャンコになるだろう。

 3、2、1、0・・・。

「あれ?」

 本来訪れる筈の激痛、もしくは一瞬の激痛ののちの死は訪れなかった。

 地面ギリギリ、1センチも無い距離で止まっていた。っというより浮いていた。

 お腹のあたりが少し苦しいなと思い顔を下げて見てみると、エレナが背中から手を回して抱きつく形で俺を浮かしてくれていた。

「本当に馬鹿ね、ツバキは」

 エレナが泣いているのが背中越しでも分かった。背中が濡れて少し冷たい。

「ツバキが死ぬのに私が笑う訳ないでしょう?そこまで薄情な女だと思われていたらショックだわ」

 エレナに謝らなければならない事が出来た。

「もし私より先に死んだら許さないんだがら」

 そして感謝を述べなけねばならない。

「エレナ、生涯で一度しか悲しませないと初めて会った時に言ったが、俺はそれを破ってしまった。だから言いなおそう、二度悲しませると。一度目は今、そしてニ度目俺が・・・」

 最後までエレナは言わせてくれなかった。背中から回した手を片方話し、話した手の人差し指を俺の口に置いてそれ以上は言うなと。

「別にそんな事は気にして無いわ。これから何度も悲しい思いをするでしょうから。それでも数が少ないほうが私は嬉しいわ」

 エレナが背後から片手とはいえ抱きついたままなので顔が見えないのが残念だが、抱きついて貰うと言うのは非常に嬉しいものだと良い雰囲気なのに思ってしまった。

「それとエレナ助けてくれてありがとう、俺が軽率だった。だけど好きな相手の事を知りたいと思うのは当然の事だろう?」

 それを聞いたエレナは抱きついた手に力を入れたのかメキメキっと俺の脇腹から嫌な音が聞こえた。

「相手の迷惑も考えなさいよね。相手が私じゃなかったらその場で本当に殺されているわよ」

「エレナ相手にしかやるわけ無いだろう?俺は生涯エレナ一筋だ」

 少し脇腹のこめられた力が緩まる。こういう素直な所も可愛い。

「何言ってるのよ、ハーレムを作るとか言ってるじゃない。とても信じられないわ」

「それはだな、エレいだだだだだ!」

「口答えするんじゃない!」

 俺が説明しようとするとエレナが力を込め、その結果ボキッと聞こえてはいけない音が聞こえて俺の口からは血が出てきた。けれどエレナは背後から抱きついている為その事に気づいていない。

「五月蝿いわね、役得と思ってるんでしょ?良かったわね好きな相手に抱きついて貰えて・・・って聞いてる?」

「・・・」

「おーい、ねえってば・・・あれ?もしかしてやっちゃった?」

 俺から反応が無い事に気づき、まさかね?っと思いエレナは手を話すと重力に従い俺は顔面からぶつける。

 俺はその場に力無く横たわり、呼吸をするたび口から血が出ていった。

「・・・」

「嘘でしょ?悪い嘘よね?ねえってば!」

 ユサユサ揺らすも俺は声を出す気力すらなくなっていた。揺らすたびに俺の顔に自分の口から吐いた血が地面の土と一緒に絡まってつく。

「よっこいしょっと」

 体格的には俺のが大きく重いだろうが、魔法を使えば俺の体なんて綿飴みたいなものだろう。

「そんなに強くして無い筈なのに・・・うっわ誰がやったのこれ、って私か!」

 一人でボケて一人でツッコムエレナも可愛いなと意識が無くなる寸前で自分の体の心配よりエレナの顔が見れたのが嬉しかった。

 そして俺の意識はそこで途切れた。


           *


 俺が気がついた時、そこは見知らぬ部屋だった。

 木造で出来た真っ白な部屋、二股の窓はあけっぱなし、外はオレンジがかっていて早朝か夕方のどちらかだと思ったが、窓が空いてるから夕方だろうと思った。

 ベッドは気持ち固く余り沈まないものの布団は薄いも暖かく、良い部屋で寝ている事が感じられた。

 外からは聞き慣れない言語、多分エルフ達でつかわれる言語だろう俺には何を言っているか解らない言葉が聞こえていた。

 起きあがろうとするも体が思うように動かず、顔だけを動かしエレナを探した。

 けれどエレナの姿は見えず、ベッドの横に椅子が一つ置いてあるだけだった。

 声を出そうとするも声が全く出ず、一気に不安に駆られる。

 体がおもうように動かせず声も出無い、そしてここがどこかも解らないしエレナもいない。

 ここは地獄なのかなと思い始めた頃、ガチャっと音がした。

 音がした方に顔を向けると白衣を着た見知らぬ長身の男のエルフが見た事のない機材と共に現れた。

「おや、起きてしまいましたか。これから人間の体を隅々まで調べようと思ったのだが、まあ起きていても構わないか」

 それを聞いた瞬間ゾワッとし、全身から嫌な汗が出ている事を感じた。

「おや、大人しいとは感心感心。大丈夫痛くないから安心しなさい」

 体を必死に動かそうとはしている。けれど思うように動かない為はたから見れば大人しくしているのだろう。そして声をだそうとしても当然の如く出せない。気持ち的には喉が枯れる程叫んでいるつもりでもウンともスンとも声が出無い。

 そして見知らぬ長身のエルフが俺の体に触れようとした瞬間・・・!

 何も起きず触れられ、本当に体中隅々まで調べられ全裸になった時は貞操の危機すら覚悟した程だ。

 終始見知らぬ長身のエルフはニヤニヤしており、涎が垂れてきそうな程頬を緩ませ気持ち悪い顔をしていた。

 しかし持ってきた機材を使う事は一度もなく触診が主だったのか、触れられる事はあっても言われたとおり本当に痛い事は一度もなかった。

 最後に俺に新しく持ってきた服を着せると、機材を置いたまま部屋を後にして出て行った。

 それから少ししてドアからコンコンっとノックの音が低い位置から聞こえた。

 音のする場所に違和感を覚えつつノックした音の主がドアから顔を覗かせた。

「入るわよー」

 その声と顔を見るだけで涙が出ていた。天使は本当にいたのだと思う程に心が温かくなっていくのを感じた。

「あら、やっぱり起きていたのね」

 ドアにカギを閉め、ベッドの横まで来て窓を閉める。それから何か買ってきたのだろう窓を閉めた事により良い匂いが部屋中に充満した。

 先程の見知らぬ長身のエルフが置いていった機材を触りブツブツと何かを詠唱し、詠唱が終わると機材に光がともりそれと同時に俺の体が動くようになった。

 動ける事に感動している中、エレナはベッド横の椅子に座ると食べ物を持ってきたのか良い匂いのするものを俺の布団の上に乗せてここに来るまでのを説明してくれた。

「まずここはエルフの国が経営している病院ね、そして私が傷つけてしまったせいでツバキの体は重傷だったの。だからここに連れて来たのだけれど・・・」

 俺が淡々を話しを聞いてくるのに説明している最中疑問に思ったのか一度説明を止める。

 俺がジェスチャーで喉と口を指さし手振りで声が出せない事を伝える。

「当然の処置ね、先にそれを説明するわね。ツバキの声を出せるようにするのは直ぐにできるのだけれど、先に言っておくわ。ツバキ、あたなが外のエルフ達に見つかると殺されてしまう可能性があるの。それで起きた時声を出せないようにしていたの」

 なんで!?っと声をだそうとするも声は出無い。

「それで声を出してもいいようにこの機械があるんだけど声だけは二重に処置してあったみたいね。体は問題無く動くでしょ?」

 うんっと縦に首を振る。

「声を出せるようにするけど決して大声は出さないでね?この機械にも限度があるらしいから」

 言うが早いか椅子から下りて立った状態で俺の喉に手を当ててブツブツと詠唱を始めるエレナ。

 1分程で詠唱が終わると俺は声が出せるようになっていた。

「どうかしら、痛い所とか何かあったら直ぐにいってね」

 心配そうに聞いてくる。

「色々と聞きたい事はあるけど、ありがとう助かった」

 久しぶりに自分の声を聞いた気分だ。声が出せるって素晴らしい。

「そう、なら良かったわ」

 言うなりエレナベッド横の椅子に座る。

「それで話しの続きなんだけど、ツバキが気を失った時本当に危ない状態だったの。それでツバキを抱えて飛行の魔法で急いで病院に飛んでいったんだけど、人間に貸す部屋は無いとか人間なんか観てやるかとたらい回しにされちゃったんだ」

 俺はエルフの国での人間の扱いにショックを受けるも、口を挟まずエレナの話しを聞いた。

「それでいよいよツバキが危ないとなったら私頭が真っ白になっちゃって、断った医者を全員半殺しにしちゃったの」

 なにそれ口を挟みたい!すごく挟みたい!どうして半殺しにする必要があるのさ!

「そこまでは良かったんだけど今度はそれが直ぐに国中に広まって、どこも病院も門前払いで入れてくれなくなったの」

 良くないよね?どこも良くないよね?エレナが半殺しにするからそうなったんだよね?

「そんな風になったらどうやって中に入ろうか考えるじゃない?そんな時だったの、この病院で観てくれるっていってくれたのは」

 考えないよね、それにそんな暴力的な保護者が連れてきた人間を観ようと思う奴とかどんな奴だよ。

「ここはね、国が経営しているの。それも王族かそれに属するエルフのみが使っている病院なの。これの意味が解る?」

 ここまできてやっと俺は口を挟む。

「つまり王族しか入れない病院にただの人間が入ったと、だから俺の命が狙われていると」

「違うわ、王族に属するものしか入れない。つまり私は王の妃になれと言われたも同然よ。そしてツバキは私を保護者とした事で特例で入院出来ているの」

 エレナが王の妃になる?何を言っているんだ。そんなの誰が認めたって俺は認めない。俺のせいでエレナが妃になるというのなら俺は死んだ方がマシだと率直に思った。

「王って来る時にいってたその王か?」

「その王であっているわ。そして噂通りであるなら断ったら私と家族は死ぬし、ツバキも間違い無く殺されるわね。そして脱走しようとしても外には警備のエルフがいるから見つかればその場で殺されるわ」

 俺は言葉を失っていた。王だからといってそこまで好き勝手にできるものかと。民あっての国ではないのかと。

「ツバキはね、私が王と伴侶になるまでここに入院と称して閉じ込められる筈だわ。だから人質みたいなものね」

 断れば死に、逃げても死ぬ。エレナが犠牲になれば助かる、がそんな事は選択肢には無い。問題はエルフは生涯を通じて伴侶は一人。けれど王族は関係無い。気にいれば相手の事を関係無しに自分の物にしてしまう。そんなクソッタレな事が許されてたまるか!

「ツバキ?」

 大丈夫かーっと手を目の前にブンブンと振るエレナ。俺はそれをガシッと掴みエレナに言う。

「エレナ俺と今すぐ結婚してくれ!少なくともここの王様よりはエレナを幸せに出来る自信がある!」

 手を掴んだ瞬間エレナがビクッとしたが俺がいつも言っている事を言う、しかし。

「ツバキ、大事な事だから一度しか言わないよ。私はあなたが本当に私の事を好いているのは理解しているつもりよ。けれどね、王と結婚させない為に結婚をするという前提が間違っている、だからあなたの結婚の申し込みは断らせて頂くわ。それにツバキ、あなたは見落としている事があるのよ」

 そこまで一息に言うとエレナはいつもの笑顔で言ってきた。

「私が顔もしらない王と結婚するわけがないでしょう?王が一番上と思っている事が間違いだということをわからせてあげないとね!王あっての国じゃない、民あっての国なのだから!」

 自信満々に言うエレナは先程までの暗い顔では無かった。いつも通り、いやいつもより良い笑顔だった。

「ちなみに何をするんだ?」

 良い笑顔に騙されてはいけない。こういうときは碌な事をしないのがエレナなのだ。

「簡単なことよ、王に直接話しをしにいくのよ」

 え?外に出たら死ぬのに?うん、考えるのは止めよう。エレナが話しにいくと言ったのだからそれは出来るのだろう。王と話すまでの過程がどうなるかはエレナ次第なのだから。


           *


 エレナがした事は凄く簡単だった。

 正面突破。

 正面から堂々と殴りこんだのだ。

 ただそれが拳一つで殴りこむならまだ見た目も相まって可愛げがあったのかもしれない。しかし現実は街の被害なぞ気にせず遠慮なく魔法を使いまくるというごり押し。

 正確に言うとエレナの魔法は王城の正門である強固な扉をぶち壊し、修理は街の税金で行われると言うだけで人的被害は住民には0だ。

 一人病室に残ると俺が狙われるからとエレナと一緒に城に向かい、俺を狙ってくる者には容赦無し、邪魔する者も容赦無しで完全に無双していた。この時、普段どれだけエレナが俺に対して手加減しているのかを改めて実感する事になった。

 王を守る兵達は指折りの兵ばかりの筈なのに、エレナからしたら雑兵でしかないらしい。

 正面突破する際に言われた事がいくつかあった。私の本気を見せてあげる。私から離れないで護れないから。そして本当の私を見て嫌いにならないで、と。

 実際にその目で見る光景は信じられなかった。

 エレナが腕を振るたび武器を持った衛兵が紙の様に舞い壁に激突し、詠唱を始めたエルフには俺が何度もくらった拳を手加減なしで叩きこみ気絶させていく様は、エレナを本気で怒らせる事はしないようにしようと心に刻むだけのものがあった。

 どれだけ俺に対して手加減をしていたのかと、それと魔法が得意とは言っていたけれどこれ程とは思わなかった事。そしてなにより本当のエレナは凄く魅力的だった事。

 はたから見たら何が起こっているのか同じエルフならば分かるのだろうか、人間である俺には魔法の違いなど色の違い程度しか分からない。

 ただエレナが王城を進むにつれて恐怖の顔で見られていくのだけは分かった。 

 終いには王直属の兵が現れるも何も関係なし。同じように腕を振って吹き飛ばし、近づいて殴り倒す。

 どちらが悪者なのか解らないなと思わなくもなかったが、王だからといって好きにしていい理由にはならない。

 そんな事を考えているとあっという間に王の間についた。

 王の間に入る際カギが掛かっているも正門を壊したのと同じように魔法で壊した。

 扉の両横にいた衛兵が待ち伏せしていたが右手と左手をブンッと振るだけで壁に激突していった。

 王の間はただ広いだけで他と違うのは上るのが大変だなと思う程高く階段が積まれており、その天辺には王と思われる者が堂々と座っているくらいだった。

 王の左には御世辞にも綺麗とはいえないお腹の肉が酷く肥えた男が一人と、右には大層な槍を右手に持ちながらも左手には本を開いていて肥えた男と違い痩せすぎた男がいた。

 一目見た時肥えたエルフから目が離せない自分がいた。何故だろうと思いつつも一つしか原因は思いつかないが、それがどうしてなのかが理解出来ないでいた。

 そんな中エレナは臆することなく王座の階段下までつくと片膝を折り、王に話しかけた。俺もそれにならい、急いでエレナの横に並ぶと片膝を折った。

「王様、ご無礼な訪問な仕方をし申し訳有りません。無礼ついでに私めの話しを聞いてはもらえないでしょうか」

 いつもの声と違い、キリッとした声でハッキリと王に尋ねる。

 この場合聞いてもらわなければ実力行使をするともとれるが実際そうなったらそうするのだろう。

 ここは余計な口を挟まずまかせるしかない。

「無礼者!城を荒らしただけで飽き足らず、王と話しをさせろとはどういうことだ!」

 王は答えず左にいた肥えたエルフが言った。だけど肥えたエルフはいつも調子で言えばいいと思ったのだろうが、相手が悪すぎる。当然エレナはそれを許さなかった。

 ブンッと片手を振るうと肥えたエルフの更に左、飾り柱と思われる物が折れて吹き飛び後ろの壁にぶち当たり砕け散った。

「もう一度だけ言います。話しを聞いてはもらえませんか?」

 口調が砕けてきたのは半ばもういいかと思っているからなのか、口調が変わる時は怒っている時が殆どだが、今回もそうなのだろう。

 二度目はないと言ったのが良かったのか、話しに応じればこれ以上被害がなくてすむと判断したのか王が一言言った。

「話してみよ」

「ありがとうございます」

 一言礼を述べるとここに来るまでの経緯を説明した。

「私が横にいるこの者とエルフの国に向かっている時、不慮の事故でこの者が大怪我をしてしまいました」

 え、あれって不慮の事故なの?確信犯の間違いじゃっと思っていると口に出ていたのか肘で脇をどつかれた。

「その為急いで国に入り手当をして貰える病院をさがしていたのですが、この者が人間というだけでどこも観てくれず門前払いをされてしまい、どれだけお願いするも観てはもらえませんでした」

 お願いじゃなくて肉体言語だよね、相手の肉体に直接お願いしてたよね。これも口に出ていたのかもう一度肘で脇をどつかれた。先程より痛い。

「そんな時、国で経営している病院。つまり王族かその関係者しか使用できない病院にこないかと言われました。その時は藁にも縋る思いで入院しましたが、扱いは酷いものでした」

 うん、ここは間違っていない。だからそんな目で俺を見ないで。エレナが静かにしていろと目で訴えてきた。

「この者が入院したのち、王族しか使えないからと私に無理やり王の妃になれと言われ、嫌なら家族と人間もろとも殺されると言われました」

 妃になれとは言われてないし家族もろとも殺されるってのは噂だよね。ゴスッと今までで一番痛い肘を脇にくらい片膝から両膝を折りそうになる。

「それについて王はどうお考えかを聞きにきました。嘘と感じたら王といえど容赦はしません」

 真正面から嘘をついたら殺すと言っちゃったよ。ここまで王城を滅茶苦茶にしたとはいえ俺が好きになったエレナは凄いなと心から思った。

 エレナの話しを聞いてから少しの沈黙があり、王は口を開いた。

「正直に言おう、我には全く知る由も無い事なのだが・・・」

 王が右を見て左を見る、そして合点がいったのが左にいた肥えたエルフに言う。

「ユグリアよ、どうやらお主は心当たりがあるようだな。この者たちに正直に話してみよ」

 ユグリアと呼ばれた肥えたエルフはビクッとし、何と言おうかと考えていたが王にジロリと睨まれ観念したのかどういう事かを説明した。

「まず王族やそれに属するものしか使えないというのは本当で、これは王に何かあったときに最優先で治療をする為であります。しかし、いつどこで王に何があるか分からない為原則として一般の受け入れを拒否しているのです」

 ふぅっと溜息をつき、少し話しをした為か落ち着きを取り戻しながら続きを話した。

「しかし重症患者が出てどこでも受け入れが出来ない場合や他種族が怪我をした場合、王に何かあったときは王の方を優先すると言う形で受け入れをすることが出来ます。出来ますが一度たりとも重症患者が出て何処も受け入れが出来ない状況や他種族が怪我をして入院をすると言った事が無かった為、王族かそれに属するものしか入れないというのが国中で浸透し、当院の主治医も代が変わりその事を知らなかった為にこのような事が起きてしまったと考えられます」

 そこまで言うとユグリアと呼ばれたエルフは熱いのか汗がダラダラと出て、テカテカになっていた。王族の属するもであればハンカチくらいは持っているだろうにユグリアはハンカチを出して汗を拭こうとはしなかった。

 しかしなんでか艶めかしく見える。俺の思っている事があっているのなら、是が非でも聞きたい。けれどそれは後だ。目の前の問題を片づけてから聞くとしよう。

「続いてですが、王に観染められたものは断れば断った本人とその家族が殺されると言う話ですが、これは私がそのように流布致しました」

「ほう、それはどうしてか。いかにユグリアと言えど納得のいく理由がなければ厳しい沙汰があるものとする」

 初めて王が怒りを露わにした。

「覚悟の上です。まず王の妃となるべき相手は王の目を信じお眼鏡にかなった女性を妻としてもらい子を授けて成人させねばなりません。その際王が何を思って選ぶのかは私にはわかりません。しかし、王族という甘い蜜は綺麗な蝶だけでは無く蛾や蜂などといった見た目とは別に心が汚い虫が寄ってくる場合がございます。その為王に相応しい蝶を見つける為に断れば死ぬという嘘を流し、蛾と蜂蜜を寄せているのです。もし断るものがいればそれは間違いなく蝶であり、王に相応しい妻と私は断言します」

 そこまで言うとユグリアは王の言葉を待った。

「つまりは我に王族目当てだけの妻をとらせない為の対策とな」

「そうでございます」

 ユグリアは王に自分の正当性を主張した。

 だが俺には解る。同じ男だからというのもあるのだろう。俺がもしこの王様だったら言う事は一つだ。

「貴様は我を馬鹿にしているのか!」

 突然の怒号にビクッとするユグリア。

 当然だ。自分の目で決めてこその相手だ。自分以外が決めた相手など王を信用していないと言っているのと同じだ。それだけでは無いのもこれで解ったが。

「ユグリアは本当に我の事を解っていないな。我が信用できないと言うのならそう言えば良い。そうすれば好きにさせたものを」

 王は呆れながらも目の前に俺達被害者がいる事を思い出したのか詫びを入れてきた。

「すまなかった。我の気付かぬ所でそんな事になっていようとは、我に出来る事であれば何でも言ってくれ。出来る事であれば我の人生を賭けてでも叶えてみせよう」

 遠まわしにだが今回の件で気にいらなければ首を差し出すと言う事だろう。とてもじゃないが首なんていらない。それよりも今目も前にあるとても欲しいものが手に入るチャンスかもしれない。

「それなら私は王城を滅茶苦茶にした件を許して欲しいかしら、後は特にないかしら。妃になる事は断っても問題無いみたいだし」

 エレナは妃にならなければもう後はどうでもいいのだろう。最初に王と会った時と違いいつもの砕けた口調に戻っていた。

「そんな事でよいのか。無理難題を言われると思っていたのだが、我はそなたに興味が沸いたぞ。しかしてそこの人間も申してみよ」

 待ってました!聞きたくて堪らなかった事がやっと聞ける。

「では王様」

「なんだ」

「王様の妹であるそちらのユグリアを頂きたく思います」

「「・・・は?」」

「ほう」

 当然のように何をいっているのと言うのは王様とエレナ。しかし右にいた痩せているエルフは違かった。

 欲しいといわれた当の本人はポカーンと口を開いていた。

「ちょっと何を言っているのよツバキ、あなた病院で悪い治療でもされたんじゃないでしょうね」

 エレナに本気で心配された。俺に向かって詠唱を始め、異常が無いか調べているのだろう。

「大丈夫だから話しをさせてくれ、まず王の間に入った時言葉は悪いがデブのエルフとガリガリのエルフがいるなと思ったんだ」

「それで?」

 詠唱をしながら聞いてくるとか難度の高いであろう事を平然とやってのけるエレナ。

「ユグリアと言ったかな、本名は別名なんだろうが最初みた瞬間に仕草がまず男らしくないと感じた。それに汗を一切拭こうとしなかった。本当は女性だからハンカチくらいは可愛いのを使いたいとかで使えなかったのだろう。見られたら明らかに疑問に思うしな。そして極めつけは兄であろう王への独占欲。蛾だの蜂だの言っていたが結局は自分が好きな王である兄を他の女に取られたくなかったのだろう。王の態度も好きにすればと言ったところで間違いないと確信した。っという訳でだ王様、妹さんを貰えませんかね?」

 俺が喋っている間右にいる痩せているエルフはうんうんと頷いていた。もしかして前王だったりしないよな?一度も言葉を挟んでこない所が怖い。

「さて、お前はどするかねユグリア」

「何をでしょう王様。私は男ですよ、いくら王様の御命令とあっても男とは遠慮いたします」

「っと言うことらしいが王の命であっても断ると言ってるが人間よ、名をツバキと言ったな。汝はどするか?」

 男を見せろと言う事だろう、ここだけ見られたら男に言うとかマジかよと勘違いされるであろう。

「ユグリアよ、本当の名を知らぬ事を残念に思います。だから今はユグリアと言いましょう。俺のハーレムの一人となってくれ!」

 空気が固まった。

 ここまで和やかな空気になりつつあった所を一瞬で凍らせるとか、遂に俺も魔法を手に入れてしまったかと思った瞬間ガンッ!っという音がした。 

 王の右にいた痩せたエルフが投げた槍だと言うの事に気付くのに時間はいらなかった。

「もう一度申してみよ、小僧」

 初めて会話に混じった痩せたエルフの言葉は殺意しか感じられない言葉だった。

 だが引くわけにはいかない、俺が先程と同じ事を言おうとするとエレナが立ちそして一言。

「ツバキが巻いた火種なんだから自分で処理しなさい」

 そのまま振りかえることなく王の間を後にする。

 やがて足音も聞こえなくなり残されたのは王とユグリアと殺意が半端無い痩せたエルフと俺一人。

 どう考えても死にますね、はい。

「誤解されているようなので予め言わせてください、私は確かに王の妹であるユグノアに俺のハーレムの一人になってくれと言いました。しかし、それは俺にとってのハーレムではなくエレナの為にと言う事です」

「私は妹だと認めて無いんだが」

 黙ってろとユグノアは王に目で言われる。

「どういう事か詳しく申してみよ」

 痩せたエルフは殺意をそのままに淡々と聞いてきた。

「まず私は先程のエルフであるエレナを人生全てをかけて添い遂げたいと思っています。仮に私の行動が実を結びエレナを伴侶にできたとしましょう。しかし人間とエルフでは寿命が違いすぎます。そこで私が死んだ後もエレナの側に居てくれる方々を探しているのです。エルフの王であるあなたの妹であれば少なくとも王であるあなたよりは若い、そしてエレナと同じエルフです。寿命の長いエルフが側にいてくれれば私がいなくなった後も寂しさは紛らわせましょう」

 そこまで言うと痩せたエルフは殺気を鎮め、疑問を投げてきた。

「それはあのエレナといったか、望んだ事なのか?」

「いえ、これは俺が勝手にやっている事です」

 正直に言おう、そうすれば俺の気持ちが伝わるはずだ。

「ほう、ならば一つ聞きたい。お主はそのことをあの者に伝えたか?」

「伝えようとした事はありましたが途中でどつかれて最後までは伝えていません。俺がそんな事を考えていると言う事さえ知らないかもしれません。ですが私は人間ですのでエルフ族である彼女に嘘はつけません」

 俺はエルフ族はみんな相手の心なり感情を読めると思っていた。だからここで聞いた事には驚いた。

「待て待て、別にワシらエルフ族は相手がいかにお主が人間とは言え感情も心も読めん。初めてここにあの者がきたとき問答無用で殺そうと思った。だが出来なかった。間違い無くワシが殺されると見た瞬間にわかったからじゃ」

「お父上が!?」

 ここまで聞きに徹していた王が取り乱し、そして痩せたエルフの素性が分かった。

「取り乱すで無い、王は常にドシッとしておれ!」

 っと前王であったエルフは現王に怒った。

「お主の言い分は解った、しかし自分勝手すぎやしないかね?ようはお主が死んだ後もずっとあの者の側にいなければならないという奴隷の様な事をしろと言う事じゃろ?」

 奴隷と言う言葉にイラッとしたがここは我慢。

「言葉を間違えないでください。奴隷では無くハーレムと初めに言いましたよね。つまりはエレナの事が好きで自分から一緒に好きでいてくれる相手をさがしているのです。ユグノアにとって初めはそのように思う事があるかもしれません。けれどエレナは同性からも好かれると私は思うのです。異性は私が断固拒否しますが。王の間に着くまでに衛兵を沢山気絶させました。城の奥に進むにつれエレナは同じ種族であるエルフ族から恐怖の目で見られていました。エレナは気にしていないと言うかもしれません。けれどエレナも可弱い女性なのです」

 そこまで言うと前王は大笑いをした。

「あの者を可弱いと申すか!気に言った!ユグノア、いやシャロンよこの者達の旅についていきなさい」

 ユグノアは本当の名をシャロンと言うのか随分と可愛い名前じゃないか。

「お父様!?何を言っているのですか。お父様を説得する為にでっち上げた嘘に決まっています!」

 ユグノアもといシャロンは本心からついて行きたくないのだろう、必死だ。

「シャロンよ、王では無く一人の兄として言わせて貰おう。あのエレナという女は嘘を見抜くらしい、そんな女が王の間まで護りながら一緒にいる男とは面白いと思わないかね」

 王は前から妹を好きにさせたいと思っていたのだろう、前王と一緒になって俺達の旅についていくように言う。

「何も面白くないわ!私にはお兄様がいればいいの!他に何もいらない!」

 シャロンはなんとか兄だけでも説得しようとするも当の兄はもう連れて行かせる気マンマンだ。

 それにしても中身が妹と解っているものの、絵面だけ見ると非常に厳しい事になっている。

 汗ダラダラの肥えた男のエルフが王に必死に縋りついているのだ。どういう関係かを知らなかったら色々と勘違いしてしまいそうだ。

 嫌な想像を頭を振って無くし、改めてシャロンに言う。

「シャロン、俺のハーレム要員の一人となってくれ!」

「ぜーーーったい嫌ーー!!」

 その後嫌がるシャロンは我と父上に任せてくれと言うと、エレナだけ明日の昼ごろにでも王の間に一人でくるように伝えてくれと言われた。

 話しがまとまった所でそれではと王の間を立ち、後にする。

「帰ったらエレナに伝えないとな」

 誰に言うでもなく呟く。

 道中散々やらかしたし襲われるかなと思いつつ、襲われても防ぐ手段なんて持ち合わせていないので気にしてもしょうがないと思い、真っ直ぐ入院していた病院に向かった。

 帰り道、真っ暗な中家の明かりを頼りに入院していた病院に向かう。その際、通行人にすら会う事は無く不気味な程静かだったか何事も無く病院についた。前が所々見えない程真っ暗な中でも意外と道を覚えているものだと自分を褒めたくなった。

 病院の入口にはエレナが中に入らず立って待っていてくれた。エレナの周りだけ明るくなっているのは魔法を使っているのかなと思った。

 駆け足でエレナに近寄る。

「エレナ、遅くなってすまん。待っててくれてありがとう」

「・・・」

 反応が無いが俺を見ているのは間違いない。ためしに左右に体を動かすと目がそれを追っているのが解る。

「エレナ?寒くなってきたし中に入ろうぜ」

 顔を病院の入り口に向け入ろうと促す。

「・・・いの?」

「え?」

 何を言っているのか聞き取れない。あまりにも小さくエレナは呟いた。

「・・・くないの?」

 もう一度言うも聞き取れない。しかし声が震えているのだけは解った。

 エレナの顔を近付いて見ると、目には涙を溜めて震えている事がわかった。

「だから!私の事怖くないのかって!」

 言った時にはエレナの顔は涙が頬を通り顎まで達し、ポタポタと涙を流していた。

 そこまで来てようやく理解出来た。エレナが王に話しをする時に私の事を嫌いにならいでと言っていた意味を。

 エレナの正面に立ち、見下ろす立ち位置まで行くと腹パンは覚悟でガバッとエレナを抱きしめた。

「!?」

 突然の事に加減はしているであろうが腹パンを連打してくる。1回目で胃から食べた物を戻しそうになり、2回目で意識を失いそうになる。3回目以降は立っている事が不可能で抱きしめた状態で完全にエレナに寄りかかっている状態である。

 意識を何度失いかけてもそれでも抱きしめる事だけは止めなかった。次第に腹パンの回数が遅くなり止まると俺は一言。

「もっとエレナの事が好きになった」

 言った後俺は意識を失った。


           *


        *エレナ視点*


「簡単なことよ、王に直接話しをしにいくのよ」

 私が自信満々に言った瞬間ツバキは諦めた顔をしていた。私が問題を起こすと思っているのかしら失礼しちゃうわ。

「王の所に話しに行くにあたってね、大事な事があるの」

 実際は大事でも何でもない、私の保身というだけ。

「私の本気を見せてあげる、でもそうすると離れると危ないから私から決して離れないで巻き込んで護れないから。そして本当の私を見て嫌いにならないで」

 最後だけ本心を言っていた。何を言っているんだろうと自覚はあったけど、それでも言っておきたかった。あの状態の私を見た者はみんな恐怖の目で私を見る。もしツバキもそんな目で私を見てくるようになったらと思うとそれだけが怖い。

「俺がエレナの事を嫌いになる筈が無いだろ?」

 みんな始めはそう言う。そうして仲がよかった者はあの状態の私を見て離れていった。

「そう、なら安心ね。それじゃ今すぐ向かうわよ王の所に」

 何も安心じゃない。不安しかない。でもツバキならきっと・・・。でももしツバキも離れていったら私はどうなるのだろう。全てがどうでも良くなるのかな。

「今すぐっていったってどうやって行くんだ?外には警備の者がいて、見つかったら俺殺されるんだろ?

 そう、見つかったら殺されるのはツバキ。私は殺されない自信がある。もし私が死ねばツバキも死ぬだろう。ツバキが死んだら私も死ぬのかな。

 だから護る。たとえ嫌われる事になっても。私は覚悟した。

「正面突破するだけよ、後ツバキもついてくるのよ。ツバキを盾にされたら何もできないわ」

 別にツバキはこなくても護る方法はある。でも傍にいて欲しい。私の勝手につき合わせてごめんね。

「それは構わないけど俺は本当に何もできないぞ」

 何も出来て無いわけじゃない。傍にいるだけでいいのだ。そうすれば私はいつもより力を出せる!

「ツバキには何も期待して無いわよ」

 私はツバキに嘘ばっかりついている。いつか本当の事を言える時がくるのかな。

「何も言えねぇ」

 ツバキの悔しそうにぐぬぬとしている顔が面白い。

「それじゃ離れないでね。いくわよー」

 どうかツバキに嫌われませんように!

 窓を開け、監視している衛兵の魔法を行使する。っといってもただの風が出る魔法。

 本来は風がなびく程度の魔法だがこめた魔力量が違う。

 初歩中の初歩でも込める魔力量次第で竜巻の様な風が出せる。

 詠唱を常にしている為この間は喋れない。いつ王の手先がくるか解らないのだから。

 外の監視している衛兵を吹き飛ばすとそのまま窓から出る。

 1階の病室と言う事でツバキも問題無く窓から出て離れずついてくる。

 時間帯が夕方と言う事もあり公道にエルフが多い。

 市民に魔法を行使するのは論外だ。衛兵にのみ早急に見つけて対処しなければ。

 ところが公道では衛兵が一人もおらず、邪魔をされずに真っ直ぐ王城前までついてしまった。

 王城の正門には衛兵が左右に二人づついてうち一人づつ杖を持っている。他二人は剣を持っていたが杖の方が問題だ。

 魔法を行使されると面倒な為、数秒とはいえツバキから離れねばならない。

 私とツバキが歩いてくるのが見えるとこちらに気付いたのか見ているのが解る。

 そして私が詠唱をしているのをいち早く察知した杖を持っている二人が詠唱を始めると同時に、先程の風を飛ばす魔法を足元に向かって飛ばす。

 風の勢いに飛ばされた私の体は真っ直ぐに右にいた杖をもつ衛兵に向かい、その前に立っていた剣を構えたエルフの横を通りその勢いのまま藁をつまむように軽く腹を殴る。

 風の勢いだけで意識を失う程の威力が出る為、力まで本気でやると間違い無く殺してしまう。とはいえ、それは杖を持つ魔法専門の衛兵だけだ。服も布で作られた薄いものだ。

 同じ要領で左にいた杖を構えた衛兵を気絶させる。

 何が起きているのか理解できてない鎧で固めた衛兵には全力を込めた拳で腹を殴る。

 鎧が凹み、殴られた勢いで正門の壁にぶつかり気絶させる。

 仮に起きあがったとしても暫くは痛みで碌な事は出来ないだろう。

 鉄を殴るのだから当然手は痛い。詠唱を風の魔法から治癒の魔法に変え素早く回復すると、又風の魔法を詠唱し次の衛兵に備える。

 それを繰り返し、ひたすら繰り返すと奥に進むにつれ衛兵の顔が初めは驚きの顔、次に必死な顔、最後に恐怖の顔となって私を見てきた。

 全く知らない同族だから何も問題は無いけれど、その目を見るたびに力加減を間違いそうになる。

 何度か不意打ちでツバキを狙おうとする衛兵もいたが、その時だけは力加減を気にしなくてよかった。

 そうこうしているうちに王の間までつき、正門を破壊した時と同じように風の魔法を一点に集中して吹き壊した。

 王の間に入ると左右から衛兵が襲ってきたが、問題無く両手で吹き飛ばす。

 正面を見ると何のためにあるのか知りたくもない階段があり、その天辺にこの国の王であろうエルフが堂々と座っており、左には同じエルフとして恥ずかしい程肥えたエルフと右には逆に痩せすぎたエルフが立っていた。

 痩せたエルフと目を合わせた瞬間、王城に入った中で一番の殺意が向けられた。

 咄嗟に気絶で無く本気で殺さないといけない相手かと意識を変えるも、直ぐに殺意が引いたので警戒だけして王の間を進んだ。

 階段の前まで来ると王を見るのに見上げねばならない事に気づき、知りたく無かったこの階段の意味を知りいっそこれだけでも壊そうかと考えもしたが我慢して片膝を折り、ツバキも片膝を折ったのを確認してから王に挨拶をした。

「王様、ご無礼な訪問な仕方をし申し訳有りません。無礼ついでに私めの話しを聞いてはもらえないでしょうか」

 作法なんて私は知らない。それらしい口調とそれらしい言い方をすれば問題ないでしょう。知らないのだから知らないなりにやるだけ。

 それは私の言い方で王も理解したはず、分からないようなら私の国の王はそれまでの王という事だ。

 王が何と言うか期待半分で待つと、同族の恥晒しが話すではないか。

「無礼者!城を荒らしただけで飽き足らず、王と話しをさせろとはどういうことだ!」

 無礼者なのは承知の上。城を荒らしたのは悪いとは思っているがこうでもしないと会う事は出来なかったであろう。そもそもお前の様な同族の恥さらしに言われる筋合いは無い。

 イラッとした私はお前はもう喋るなという意味を込めて同族の恥さらしの隣にあった飾り柱を風の魔法で吹き飛ばした。

 また城内を荒らしてしまったが話しをさっさと進めたいんだ、私は。

「もう一度だけ言います。話しを聞いてはもらえませんか?」

 口調も普段通りになっていたような気もするけど、自分を偽るのって疲れるのよね。

 それと今度は王が話してくれるよね?三度目は私無いよ?

「話してみよ」

 話してみよって何様よ。あ、王様か。威厳が感じられないなこの王は。

「ありがとうございます」

 心にも無い事をいうのって疲れるわ。王だろうと生まれがそうだっただけっていうだけじゃない。こういう自分の手で勝ち取った訳ではない権威を振りかざす相手は本当に嫌いだわ。

「私が横にいるこの者とエルフの国に向かっている時、不慮の事故でこの者が大怪我をしてしまいました」

 嘘は言ってないわ嘘は。

「え、あれって不慮の事故なの?確信犯の間違いじゃっ」

 聞こえてるわよツバキ!黙ってなさい!

 肘でツバキの脇をどつく。

 いけないけない、続きを話さないと。

「その為急いで国に入り手当をして貰える病院をさがしていたのですが、この者が人間というだけでどこも観てくれず門前払いをされてしまい、どれだけお願いするも観てはもらえませんでした」

 全く人間を観た事が無いから責任を取れないというだけで観ないとかどうかしているわ。体の構造にそこまで違いがあるとは思えないわ。魔法に頼った治療しかしてないからダメなのよ。

 私が善意でツバキと同じ状態にさせようとしたら他の医師が全力で止めに入るし、同じ状態なら違いがそこまでないくらい分かるでしょう。そりゃ抱きつくなんてことはしないで丁寧に拳で一本一本同じようになるよう折っていっただけなんだけど。

「お願いじゃなくて肉体言語だよね、相手の肉体に直接お願いしてたよね」

 だから聞こえるでしょう!私に聞こえるっていう事は王達にも聞こえているって事なのよ!

 もう一度肘で先程より強くどつく。そして続きを話した。

「そんな時、国で経営している病院。つまり王族かその関係者しか使用できない病院にこないかと言われました。その時は藁にも縋る思いで入院しましたが、扱いは酷いものでした」

「うん、ここは間違っていない」

 一々言わなくて良いってば!そんなに話しの腰を折りたいのかしら。

 ツバキに目でいいから黙ってなさいと睨むと大人しくなった。

 全く誰の為に今があるのか分からなくなってくるわね。

「この者が入院したのち、王族しか使えないからと私に無理やり王の妃になれと言われ、嫌なら家族と人間もろとも殺されると言われました」

「妃になれとは言われてないし家族もろとも殺されるってのは噂だよね」

 一番大事な所でも邪魔してくるってどういうことよ!

 かなり強めに肘で脇をどつくと両膝が折れそうな程プルプルしているのが分かり、やり過ぎたと反省するも先に王の話しを聞かないと!

「それについて王はどうお考えかを聞きにきました。嘘と感じたら王といえど容赦はしません」

 昔から嘘だけは見抜いてきた。何故だかは親に聞いても分からない。その時はたまたまだろうという結論になったが今まで一度も外れた事が無かった。

 けれど虚実を混ぜられると途端にどこまでが嘘か解らなくなった。それでも嘘もいっているのだけは解ったので私は簡潔に答えを求めるようになっていった。

 さて王がなんというか・・・。

「正直に言おう、我には全く知る由も無い事なのだが・・・」

 答えは予想外のものだったが、本当に知らないようだった。

 次になんと質問しようかと思った所で同族の恥晒しが訳を知っているではないか!この肉塊、本当の肉塊にしてやろうかしら。

 聞けば病院については代が変わって忘れ去られ、前例が無かったから記録も残っていないと。

 それがちゃんと機能していれば私がここまでこなくて済んだよね?無駄じゃん私。何しにここにきたのかしら、恥ずかしくないけど恥ずかしいわ。

 それで噂の方はといえば王を信用しないで側近が決めた相手とか意味がわかんない。この側近は恋をしたことが無いのね。私もよくわからないけど、最近は私も解るような気がするわ、認めたくないけど。

 聞きたい事が一段落すると王から権威を使った褒美を言ってくれた。

「すまなかった。我の気付かぬ所でそんな事になっていようとは、我に出来る事であれば何でも言ってくれ。出来る事であれば我の人生を賭けてでも叶えてみせよう」

 人生もってことは首を貰う事も出来るし、奴隷にすることも出来るのかしら。王を奪うっていうのもできるのかしらね、全部頼まれてもいらないけど。無難な所にしましょう、恨まれても面倒くさいだけだし。

「それなら私は王城を滅茶苦茶にした件を許して欲しいわ、後は衛兵には恨まないように言っておいて欲しいくらいかしら。妃になる事は断っても問題無いみたいだし」

 弁償しろっていわれても無理だしね。衛兵はツバキを直接狙った何人かはどうなっているかな。動けるようになるといいけど、それも衛兵の仕事だし恨まないで欲しいな。

「そんな事でよいのか。無理難題を言われると思っていたのだが、我はそなたに興味が沸いたぞ。しかしてそこの人間も申してみよ」

 何か間違ったかも?興味が沸くとか気持ち悪いから例え思っていても口に出さないで欲しいんですけど。

 ツバキにもくれるのか、少しだけ気持ち悪いのが軽減したよ。

 ツバキの事だから私の事を何か言うのかな、ドキドキ。

「王様の妹であるそちらのユグリアを頂きたく思います」

「「・・・は?」」

「ほう」

 絶対今王と同じ顔しちゃったよ私。何いってるの?ツバキ。ここに来るまでに破片でも頭にぶつけたのかしら。

 それとそこの痩せたエルフ何がほう、よ。ツバキは私の事が好きな筈よね?そっちもいける口になの?でもそれでもよりによってこの見た目はどうかと思うわ!

「ちょっと何を言っているのよツバキ、あなた病院で悪い治療でもされたんじゃないでしょうね」

 全力で体を調べるわ!問題が無い筈が無い!慣れない魔法だけど探して見せるわ!

「大丈夫だから話しをさせてくれ、まず王の間に入った時言葉は悪いがデブのエルフとガリガリのエルフがいるなと思ったんだ」

 絶対大丈夫じゃない、何が何でも見つけ出すわ。

「それで?」

 集中力が研ぎ澄まされているせいか、詠唱中でも聞ける事が出来た。

「ユグリアと言ったかな、本名は別名なんだろうが最初みた瞬間に仕草がまず男らしくないと感じた。それに汗を一切拭こうとしなかった。本当は女性だからハンカチくらいは可愛いのを使いたいとかで使えなかったのだろう。見られたら明らかに疑問に思うしな。そして極めつけは兄であろう王への独占欲。蛾だの蜂だの言っていたが結局は自分が好きな王である兄を他の女に取られたくなかったのだろう。王の態度も好きにすればと言ったところで間違いないと確信した。っという訳でだ王様、妹さんを貰えませんかね?」

 長い!簡潔に話しなさいよ!私は集中して探しているから話した半分も理解出来ていないわ。

 それでも最後の妹を貰えないかという言葉は理解出来たわ。浮気ね浮気!伴侶じゃないけど私以外の女性に色目を使うのは私の事を好きと言った時点で許される事では無いわ。

 それよりもあの見た目はどう見ても男でしょう?やっぱり異常があるんだわ。目かしら脳かしら。ウムムム・・・。

「さて、お前はどするかねユグリア」

 どするも何も無いでしょう。考えるまでも無く却下よ却下。

「何をでしょう王様。私は男ですよ、いくら王様の御命令とあっても男とは遠慮いたします」

 ほら、本人が男といってるのだから男なんでしょう。ツバキは普通に女性が好きな普通の男性なんだから。

「っということらしいが王の命であっても断ると言ってるが人間よ、名をツバキと言ったな。汝はどするか?」

 どうするってツバキをさっさと病院に連れて行って全身の精密検査をするに決まっているでしょう。

 そんなツバキを本当に心配する私の前でツバキは言った。ハッキリと私以外の相手に。

「ユグリアよ、本当の名を知らぬ事を残念に思います。だから今はユグリアと言いましょう。俺のハーレムの一人となってくれ!」

 空気が固まった。

 その瞬間殺意を纏った槍がツバキと私の間を通り床のガンッと音立てて突き刺さった。

 避ける事が出来なかった、もしツバキを本当に狙われていたら護る事ができなかっただろう。

「もう一度申してみよ、小僧」

 王の間に入り、目を合わせた時ただものでは無いと感じていたけど、ここまでとは思わなかった。

 万全の態勢だったら問題は無く避けて護れたかもしれない。

 けれど今はツバキの事で頭が一杯で周りを気にしている余裕なんてなかった。

 それでももし狙われていたらと思うとショックが大きかった。

「ツバキが巻いた火種なんだから自分で処理しなさい」

 今の精神状態でこの痩せたエルフに勝てる気がしない。それよりも私自身が言った言葉にショックを受けた。

 護ると決めたのに、ただの人間のツバキを見捨てるような事を言ってしまった。

 その事実がどうしようもなくショックだった。

 ツバキの顔をまともに見れず、立ちあがると振り返ることなく王の間を後にした。

 病院にいくまでの間、私は下を向きどこをどう歩いたのかさえ分からないでいた。

 私の目の前で私以外の相手に告白した事、きっと私が怖くなったのだろう。だからあんなエルフに告白を・・・。

 そうすれば私が幻滅すると思ってあんな事を言ったんだ。私の方から離れさせるように。

 そして私が口にしたあの言葉。護ると言っておきながら放棄した私、ツバキはどう思ったのかな。

「ヘイ、そこの可愛いお嬢ちゃん!今暇?暇だよね!こんな夜に一人で歩いているなんて危ないな!俺の家にくるかい!?楽しいことをしようぜ!」

 突然話しかけられた耳障りな声。耳障りな声が聞こえなくなるよう足を速める。

「ちょっとちょっと待ってよ。少しだけでいからさ!ね?ちょっと付き合ってよ」

 私の進行方向に回り邪魔をしてくる。顔を上げるとエルフ族では無いツバキと同じ人間がいた。

「お嬢ちゃん酷い顔をしているな!何があったか知らないが飲んで忘れような!な!」

 この男から感じる視線と感情は下心しかない。

 私の様な貧相な体に興味があるのはツバキだけだと思っていたがそうではないらしい。

 だがこの男は最もやってはいけない事をしている事に気づいていない。

 私らエルフは生涯に渡り伴侶は一人。体の関係も勿論一人だということに。

 いくら傷心中とはいえ甘く見られたものだ。それに私らエルフを侮辱する行為は死を持って償うのが当然の行為だ。よってこの男には力の限り死んでもらおうではないか。

「楽しい事をするんだよね?それじゃここでもいいよね」

 私が反応したのが嬉しかったのか、カモが連れたのかと勘違いしたのかは知らない。けれど男は釣れた。

「おやお嬢ちゃん、顔に似合わず大胆だね!よっしゃお兄さん頑張っちゃうぞ!」

 それが男の最後の言葉だった。

 私が瞬間的に炎の魔法を最大火力で男包んだ事により、断末魔を上げる事無く一瞬で灰になる男。灰は風流されて、その場には何も残らなかった。

 道中全てを通行人に見られているが何も問題は無い。私の行為を見た全員が証人になってくれる。殺したのはエルフを侮辱した愚かな人間の男だったと。

「服が少し汚れてしまったな、水の魔法で洗い流さないと」

 誰にでも無くポツリと言う。

 こういう一方的な殺人はまだツバキは見てないんだったかな。

 初めて会った時一歩間違えればツバキもこういう風になっていたんだね。

 感傷に浸りながら病院まで向かう。

 病院で待っていると伝えたわけではないけど他にツバキが知っている所が無い。

 明日ツバキと一緒に街中を散歩しようかと考える。

 けれど戻ってこないかもしれない。私が護るのを放棄してしまったから。

 今頃あの痩せたエルフに殺されているかもしれない。ツバキは何も出来ずに死ぬだろう。

 今から向かえば間に合うかもしれない、でももし間に合わなかったら?そう思うと戻る事も出来ない。

 病院に向かわずこのまま旅に出てしまえばいいのでは無いか、ツバキを忘れて。

 ツバキの事を忘れる事が出来るのだろうか、これまでも何人も出会いと別れを繰り返してきた。

 そんな事を自問自答して繰り返しているうちに病院の前についた。

 きっとツバキは戻ってこない。だってあの状態の私を見た者はみんな離れていったから。

 日の出まで待とう、それでこなかったら忘れよう全て。

 入口に立ち歩いて来た道、ツバキがくるならこちら側しかない方向を来るかもしれないという気持ち1割来ないだろうという気持ち9割でひたすら見つめていた。

 見つめ続けてどれだけ時間が経ったのだろうか。1分しか経っていないかもしれないし1時間経っているのかもしれない。

 正確な時間を知る方法が手元には無くあたり一面は家の明かりのみ。

 人間の街にある街灯というのはエルフの国には無く、皆が火の魔法だったり光の魔法だったりと魔法であたりを明るくして歩く。

 その為家以外はエルフがいなければ真っ暗となり、観光に来た人間は夜は懐中電灯というのを持ち歩かないと歩けない程暗い。

 家も明かりは魔法で明るくしているだけで、魔法を止めれば真っ暗になってしまう。

 何も考えないでいようとするほど考えてしまう。

 どれだけ待てばいいのか、待ってもこないのか。不安に体が押しつぶされそうになる。

 心が安定していない事は解っている。考えがまとまらない。そんな時コツコツコツっと足音が聞こえた気がした。

 音のした方を見る。聞き間違いじゃないのか?と思いつつ耳を澄ます。

 コツコツコツっと足音がこちらに向かってくる音が聞こえる。それでも顔はまだ見えない。

 当然だ。もし足音の正体がツバキなら懐中電灯を持たせていないから余程近くに来ないと見えないだろう。横を通っても私がここにいる事すらに気付かないかもしれない。

 そう思うと直ぐに光の魔法を使い、自身の周囲を明るくする。

 これで相手からは私の事が見えるはずだ。ツバキである事に期待が膨らむ。

 だがもしツバキだとしたら私にお別れを言いに来たのかもしれない。

 たとえ嫌いになったとしてもツバキは私に言いに来るだろう。そういう人間だ。

 そう思うとたとえツバキが来てもかけられた言葉次第で私は逃げてしまうかもしれない。

 足音が澄ませなくても聞こえるようになると薄っすらと正体が見えてきた。

 見間違うはずもない、ツバキだった。

 ツバキはこちらに気付いたようで駆け足で近づいてくる。

 ツバキはいったい私に何て言うんだろか、怖かった。ついていけない。殺さないで。今まで言われ、立ち去った者達の言葉が蘇る。

「エレナ、遅くなってすまん。待っててくれてありがとう」

 え?なんでそんないつも通りなの?

 予想外の言葉に涙が出そうになる。

「私の事怖くないの?」

 絞り出した声はツバキには聞き取れなかったようだけど、私を笑わせようとでもしているのだろうか。体を左右に揺らしている。そしてもう一度私の名を呼んだ。

「エレナ?寒くなってきたし中に入ろうぜ」

 寒いから中に入ろうというのは解った。でも今はどうでもいいことだ。私は今すぐ確認したい事がある。

「私の事怖くないの?」

 もう一度呟く。先程よりは声が出ただろう。

「え?」

 それでもツバキには聞こえなかったようだ。この質問は私にとってどれだけ怖いのかは解らないだろう。

「私の事怖くないの?」

 何度も言わせないで欲しい。お願いだから聞きとって・・・。

 再度言うもそれでも聞こえなかったらしい、近づいてきた。今の私の顔は見て欲しくない。でも、これが最後になるかもしれないなら関係ないわよね。

 そう思うとどうでも良くなってしまった。どうせツバキも同じなのだろうと。

「だから!私の事怖くないのかって!」

 周りの家にも聞こえたであろう。気付いたら大声で叫んでいた。涙が止まらずツバキの顔がぼやけて見える。

 ツバキがさらに近づいてくるのが見える。私を至近距離で見下ろしてくる。普段なら見下ろされても気にしないけれど、今のこの状態で見下ろされながら別れを言われたら手加減出来る気がしない。

 ツバキは何と言うのだろうか、怖くなって柄にもなく目を瞑ってしまう。

 その瞬間ガバッ抱きつかれ、体が少し浮くのが解った。

「!?」

 突然のツバキの行動に咄嗟に自衛を行う。

 腹に一撃入れると足が地面に付き下ろされたのが解る。けれどまだ抱きしめてくるのを止めない。

 更に一撃入れると目に見えて抱く力が弱まり少しツバキの体重を感じる。

 三発目を入れると完全に私に寄りかかってきて重い。だがそれでも抱きしめてくるのを止めない。

 四発、五発と次々にツバキの腹に一撃を入れていく。結局何がしたかったの理解出来ず、直接話しを聞こうと腹パンを止めた。

「もっとエレナの事が好きになった」

 すると止めると同時、ツバキが一言言ったが意味が解らなかった。

 一言言ったツバキはさらに重くなり、意識を失ったと理解した。

「結局なんだったのよ・・・」

 別れを告げられると思っていたら抱きつかれ、気絶するほど腹パンをしたらもっと好きになったって言われても、全くもって意味が解らないわ。

 腹パンされたいから抱きついてきたのかしら、抱きつかなくても言ってくれれば嫌って言う程殴ってあげるのに。

 取りあえず病室に寝かせましょうか、それとちゃんと話しを聞かないといけないわね。

 ツバキの理解出来ない行動により冷静になれた私は二日後、目を覚ましたツバキから話しを聞いたのだった。


          *


       *エレナ視点*    


「遅れてごめんなさいね、王様」

 王の間で話しをしてから二日後、目を覚ましたツバキから王が私に話しがあるからこいと言っていた事を言われ、ツバキが目を覚ましたのが二日目の夕方。

 昼に来いといわれていたから明日の昼でいいんじゃないかしらと思い、三日目の昼に王の間に向かった。

 そして今。

「エレナと言ったな。どうして翌日に来れなかったのか納得出来る理由を説明して貰わんと、温厚な我とて許さんぞ?」

 王にとって予定通りに進まないというのは初めての経験なのであろう。既にこめかみにシワが寄っている。

「王様、そんなにこめかみにシワを寄せると後が出来ますよ」

 取りあえず思った事を口にする私。威厳が無いから街にいる同族と喋っているような気持ちなる。

「そんな事はどうでもいいわ!さっさと話さんか!」

 王として精一杯怒っているのだろう。最初に会った時と違い王とその左右のエルフだけでなく賓客をむかえるように並んでいる衛兵達が中央を縦にその左右に十人づつ等間隔で並んでいる。

 衛兵達は怖がっているが、この王は私にとっては怒っても何も怖くない。

 王室育ちというのが原因かなと私は思った。本当の恐怖というものをまだこの王は知らない。

「それでは端的に言いますね。ツバキが病院に戻ってきた時ツバキが何を思ったのか私に抱きついてきたので咄嗟に腹を殴り続けたら気を失ってしまい、起きたのが昨日の夕方だったんですよ。納得していただけましたか?」

 にこやかに言うとそれまで怒っていた王が顔に手をあてていた。

 王の左側にいるユグリアは顔を引きつらせ、右側にいる前王は笑いをこらえるのに必死といった様子。

 衛兵はといえば私に吹き飛ばされたり殴られたりされたのが大半だったらしく、命知らずなという顔をしており、そうでない数人は羨ましいという顔をしていた。

「一応納得したということにしておこう。どうしてそうなったかの詳しい事は・・・聞かない方が良さそうだな」

 王が詳しい事はと言った瞬間、殴りますよ?っという意味を込めて指をポキポキ鳴らすと意味を理解したのか聞かないでくれた。空気が読める王は長生きしますよ。

「それでだな、今日エレナに来て貰ったのは一つ聞きたい事があってだな」

 少し間を置き焦らす王。私としてはさっさと話して欲しいのだけれど。さっさと話さないと帰るわよ。

「エレナよ、我の妃になる気はないか?」

「全力でお断りします」

 王が勝負顔とでも言うのだろうか、キリッとした顔をで言ってきたが私にとっては関係ない。迷惑でしかない。

 だから考えるまでも無く断る。

「即答とは残念だ。やはりあの人間の事を好いておるのか?」

 人間の事とはツバキをさしているだろう。

「お答えする必要があるとは思えません。話しがこれだけでしたら私は帰らせて頂きます」

 私が解っていない事を言う事は出来ない。この感情が好きなのが別のなにかなのかは今はまだ解らない。けれど好きだったとしても話しが簡単にはいかない理由が私にはある。

「まー待てエレナよ。ひとつ我にチャンスをくれないか?」

 何を言っているんだこの王は。チャンスも何も初めに断っているでしょう私は。

「私が受けて特になる理由が一つもありませんのでお断りします」

 何より万が一にもそのチャンスをものにして、それで妃にされたらと思うと迷わず王を殺したのち自害を選びそうだ。

「何もいきなり妃になれとは言わん。我とエレナは此度でまだ二度しか会っておらん。互いの事など何もしらないであろう。そこで一度だけで良い、我にチャンスを与えてくれるならばその成否を見てからで決めてはもらえんだろうか」

 どんな内容かを聞く前にはいとは言えない。そもそも受ける意味が無い。

「先程は妃になれと言っていたのに断られると今度はチャンスをくれですか。それと具体的には何をなさると?私が一方的に不利な状況とかですとお受けする事は出来ませんね。そもそも私が損しかしていないのでお受けしませんが」

「先程のことはダメ元で言ったのだ許せ。我がエレナの夫に相応しいかどうかはエレナが決めた内容でやるつもりだ。エレナが満足すれば我に毎年アプローチするチャンスを頂こう。だが満足出来なければ我は諦めよう、そして毎年行われるパーティに参加しなくて良いものとする。これならばむしろ我の方が不利な状況であろう、そしてエレナにも毎年参加する為に国に戻らなくても良いと言うメリットもある。どうだ?」

 ダメ元で言うとかこの王は私、本当に嫌いだわ。今すぐにでも首を落としてやりたいと思う程に。

 だが私が内容を決めてかつ判定まで私が決めて良い。しかも毎年面倒だったパーティに参加しなくて良いとなると非常に魅力的だ。無理難題をふっかけて確実に落とす事も簡単だが、さてどうしようかしら。

「二つ確認をするわ。もし私が今の王の提案を拒否したら私はどうなるのかしら。それと私が提案した問題を王が失敗し、パーティに参加しなくて良くなったとしましょう。その後王が変わったら結局私はパーティに参加しないといけなくなるのかしら」

 拒否した場合追われる身となったら面倒だがこの場で皆殺しにすればいいだけだ。その場合国家反逆罪とでも言うのだろうか、どこまでの関係者を皆殺しにすればいいのかしら。考えるだけで面倒くさい。

 それと王が早々に変わることは無いと思いたいが、王位を狙っているものは多いと聞く。それで王が変わってまた参加しろというのは忘れたころにありそうで、変わった王に出会い頭に一発入れてしまう気がしてならない。

「エレナの疑問は尤もである。まず拒否した場合だが安心して良い。特に何も無いが毎年この時期が来るたびに期間中ずっとアプローチをさせて貰う事になる。誓って何かするわけではないとここで宣言しよう。この場合安心するのは我の衛兵達になるのかもしれないがな」

 王は笑いながら衛兵達を見る。衛兵達にはエレナともう一戦交えたいと思う者はいなかった。その場に参加していない数人の衛兵はエレナの恐ろしさをしらないからか、王の言っている意味が解らないといった顔をしている。

「王が変わるということは我が別の妃を選び子をなし成人させるまでか、もしくは我が亡くなった時の話しというわけだな?エレナが思うのはこちらが本命であろう」

 分かるように遠回しに言ったとはいえ私が言いたい事を直ぐに理解できるだけの頭はあるようだ。

「その通りよ。王位を狙う輩は多いと聞くし、面倒事に巻き込まれたくないの私」

 亡き王がアプローチをして断ったエルフというだけで目をつけられそうで本当に嫌だわ。王位とかそんな面倒な事に絶対に巻き込まれたくないわ。

「ふむ、ならばもしエレナの問題に失敗した暁には国中に知らせようではないか。王族だけで事を運べばどこかで事実を捻じ曲げられかねん。国民も証人としてその場に居合わせよう。それでよいか」

 王族だけで事を運ぶよりは余程安心できる内容だ。ただ国民もいるとなると無理難題は不公平と取られて王族に入りたい同性からの反感を買ってしまう恐れがある。

 ここは一つツバキの力を借りましょうか。

「それでいいわ。王に与える問題ももう決めてある。今すぐにでも私は構わないけど場所がダメね。外がいいわ」

 内容は簡単ツバキと同じ事をするだけ。王はどう反応するかしら。

「よかろう。では今すぐやろうではないか。場所は庭でよかろう、何をするのかは分からんが我は楽しみだ」

 王はそう言うと王座から席を立ち、衛兵達に手の空いている国民を庭に呼ぶように伝えた。

「我も嘘は好まん。だからエレナの問題を終わった後には正直に話して貰うぞ」

 顔は笑顔だが、目だけは笑っていなかった。それでも威厳も何もないから気持ち悪い顔としか私には認識できなかったけど。

「勿論そのつもりよ。内容はツバキと同じ事をして貰うわ。それで私が納得出来る回答だったらアプローチをしてくれて構わないわ」

 私がツバキの名を出すと王の顔が真面目なものになった。

「何も出来ぬ人間が出来たのであれば我には造作もないかもしれぬの」

 無理難題を吹っ掛けられると思っていたのか余裕の表情になる。

 だが王は理解していない。ツバキと同じ事をして貰うのだ。魔法を少しでも使えばその時点で失敗だ。

 けれど王はその事に気づいていない。

 王自ら私に庭まで案内するとそこは衛兵達の訓練場なのか何も無く、殺風景な無駄に広い庭という印象だった。

「民達がくるまで暫く待たれよ」

 王ではなく今日はここまで一言も喋らなかった前王が言ってきた。

「来るまでは内容も説明しないわ。二回も同じ事を説明なんてしたくないもの」

 それならばいいと前王は喋らなくなった。

 話す内容も特になく、王も私に話しかけてくる事は無かった。アプローチは終わってからと言う事だろうか、律儀な事だ。

 15分程経つとぱらぱらと国民が庭に入ってきた。30分もすると証人としては十分な量な100人はゆうに超える国民が庭の外側に囲うような円形で集まった。

 これだけいれば十分だろうと王が言い、私もこれ以上集まったら邪魔だわと言いこれから始める内容の説明を庭にいる全員に聞こえるよう声を出した。

「国民よ、我の催しに参加して頂き感謝する。これから行われるのは我がそこのエレナというエルフに妃となるべくアプローチを許して貰う為のものだ。いくら王とて嫌がる女を娶るわけにはいかん。そこで集まって貰った国民には、これから行われるエレナからの問題に我が成否だったかの証人となってもらう」

 そこまで言うと王がこちらを見た。内容を説明しろと言うものだろう

「私がそのエレナよ。名前は忘れて貰って構わないわ。内容は簡単な事。決して魔法を使用してはいけない。それと私にしか分からない事だから説明が面倒ね。ざっくりいうと心に届くか届かないかよ」

 私はそう言うと王の前まで歩く。王は私の実力は知っているし勝てない事も百も承知だろう。それでも一歩を下がらない所は見直してもいいのかもしれない。顔は引きつっているけど。

「エレナよ。魔法を使うなとは一体どういう事だ?説明して貰いたい」

 直前まで魔法は使えると思っていたのだろう。民の前とあって無理に気張っているのが目に見えて分かる。

「説明も何も先程言った通りよ?ツバキと同じ事をして貰うって。王であるあなたが何を勘違いしたのかは私はしらないけど。人間であるツバキは魔法を使えない。それはツバキは人間である事を知っているあなたは当然知っていた。ならば私は嘘をついていないわ。勘違いしたあなたが悪いわ、王」

 内容が発表されると同時、ユグリアが手を回していたのか治療班を呼び付けていた。私は同じ条件といったのに全く理解出来ていないのね、残念だわ。

 詠唱を始めると、ビクッと王はするも今は無視。

 治療班だけを狙い腕を振るう。寸分狂う事無く治療班は私の魔法で吹き飛ばされ壁にぶつかり気絶する。

 初めて見る民からすれば何事かと思うが知ったこっちゃない。あなた達は証人なだけ、それ以上は望まないわ。

「それでは王よ、始めるとしましょうか」

 にこりと造り笑顔をする。

「うむ、覚悟は出来ている」

 脂汗が凄いけど大丈夫かしら顔も引きつった状態から直っていないし、それよりも触りたくないわね。適当に服をひっぱればいいかな。

 そう決めるとツバキを空高く放り投げたように素早く王を空高く放り投げる。ただし触りたくないので服を引っ張ってだが。何かビリッと音がした気がしたけど気のせいだろう。

 それとエルフは人間より少し頑丈だ。っということで王はツバキより高く放り投げた。

「何だ!?これは一体何なんだ!?我にどうしろというのだ!」

 突然の事に理解出来ていない王、当然だ。だがツバキは完全に不意打ちだったのだ、今の王のようにこれから何かをされるということすら分からず放り投げられたのだ。

 王を放り投げた後ツバキにした時と同じ様に私も高く飛ぶ、そして王の背後に回る。

「最後に一言聞いてあげるわ」

 そして同じように聞く。はたして王は何と言うだろうか。

 王が私に気付きハッとする。

「そうかこれが問題だというのだな、ならば私の回答はこれだ!」

 無言で落下を始め諦めたように脱力している。

 え?それが王の回答なの?無言で落下して死を覚悟するのがカッコイイとでも思っているのかしら。

 0点よ0点。このまま本当に落下死させても良いけど、面倒事にしかならないわね。

 結局王は何も語らぬまま落ちていき、私が触りたくないからと適当に服を引っ張ると一瞬ガクンっと止まるも服がビリッと破れてしまい結局地面に激突。命に別状は無いものの軽く怪我をしてしまった。まーあの後ツバキは大怪我をしたし嘘は言ってない。むしろ軽い怪我ならツバキより良い状態なのだから感謝して欲しいわね。

 王が怪我をしたとして衛兵が慌てているが、治療班は私が吹き飛ばして気絶させた為ろくに治療が出来る人がいない。

 怪我をした王はといえば怪我をした事より、自らが示した行動で私が納得するものかを気にしているようだった。

 民の中に女性の医者の卵がいたらしく、恐れ多いと言いながらも必死に王を治療していた。それよりも気付いていないのだろうか、気付いていないのだろう。私が適当に引っ張ったせいで服に穴が空きボロボロになっている事に。

 民衆も衛兵も怪我の事ばかり気にしているが、私は服を破いてしまった事にどうしようかと悩んでいた。弁償しろと言われても王の着る服だ。無駄に高いだろう。とてもじゃないが弁償出来る気がしない。

 怪我の治療が終わるとやっと解放されたとばかりに私に近づいてくる王。

「我は我が示した行動に自信を持っている。周りは気にせず正直に述べるがよい」

 胸を張り堂々としているが、服に穴が空いてボロボロな上にそこらじゅう汚れていて恰好がつかない。私は笑いをこらえるのに必死だった。

 それに正直に言えと言っているんだ。私も御世辞を言うつもりは無い。

「0点よ0点。無言で脱力とか意味が分からないわ。あれで自信を持って行動したというのだから説明して頂きたいけど、あなたに興味がないので聞くのも嫌よ。あなたの行動は私の心には意味が解らないということしか届かなかった。以上よ」

 民衆に聞こえるように言う。お前は失敗したと。0点だったと。私が逆の立場だったら何を考えるだろうか。やはり王位を捨て旅に出る選択しかないだろう、それ以外私には考えられない。

「0点か・・・。我の意見は聞きたくないと言っている以上、我が何を述べても言い訳にしかならぬ。ではあの人間は、ツバキは何をしたのかだけでも教えてはもらえんか。教えてもらえるのであれば何を聞いてもそれで納得しよう」

 肩を落としガクッとしているがそれでも私の意見を尊重して自らの意見を言わず、かつ次に生かす為にめげずに聞いてくるあたりはまともなのかもしれない。王室育ちにしては聞きわけが良いだろう。だからそれくらいは教えるとしましょう。

「ツバキは先程の王と同じ状況の時こう言ったわ。最後はエルフ領の風景でなく、エレナの笑顔を見ながら死にたかった、っと。王、あなたは何も口にしませんでしたね。それがカッコイイと思っているのなら今直ぐに止めなさい。相手には一生理解出来ないわ。ツバキは何事も直ぐ口に出して私に言ってくれるわ。言葉は思っているだけでは相手に届かない。口にして初めて届くのよ。説教臭くなったけど今後にいかせるといいわね、カッコつけたがりの王よ」

 そこまで一息で言うと最後に言葉を添える。

「王、あなたは私の問題に失敗し0点を取った。よって私にアプローチする事を今後しないでください。それと約束通りパーティの参加は今後しませんので。もし約束を反故にするというのなら王が相手でも容赦はしませんよ私は」

 笑顔で出来るだけ可愛く言ってみる。相手にはどう映っているだろうか。笑顔の裏の顔に怯えているのだろうか。今後会う事も無いであろう相手だ。気にしない気にしない。

「最後はエルフ領の風景でなく、エレナの笑顔を見ながら死にたかった・・・か。ハハハハ!流石だな!あの人間は!我には思っていても口には出せん言葉だな!」

 ハハハハハとひとしきり笑い終わると私を見て王は言った。

「うむ、納得できる内容であった!完敗である。最後にエレナ、お主のその笑顔が見れただけで満足というもの。敗者は大人しく諦めるものだ」

 そう言うと今度は集まった民衆に向かって王は言った。

「集まった民よ!どうやら私は0点の王なようだ。このような王で申し訳ないと思う、だが我は今回の事を糧に一層精進するとこの場で誓おうではないか!どうか見放さず見守ってくれるとありがたい!」

 堂々と自らを0点と言い、それでもまだ王を続けると言うのだから大したものだ。だがその言い方だと私に矛先が向きそうで嫌なんですけど。

 じーっと補足しろと目で訴える。

「此度の件は我の我儘である。よってこの者、エレナには決して罪は無い。そして約束通りエレナには今後アプローチをしない事とパーティの時期になっても参加しなくてもよい事をこの場で宣言する。これは我が死んだ後も続くものとする!以上である」

 私には罪が無い・・・か、見ていた民衆には私が悪者に見えていそうだけど。取りあえず王からのアプローチが無くなるのとパーティに参加しなくて良くなった訳だから良いでしょう。

 王が宣言した後拍手も歓声も何も無く、あくまで証人の為にいた民衆は中々面白いものを見たと言いながら街へと帰っていった。

 民衆が一斉に帰る中、王は一人の民を呼んでいた。王の怪我を治療した女性の医者の卵である。

 呼びとめられた女性は治療の時何か粗相をしたのかと、気が気でない感じでオタオタしているのが見てとれる。王は女性が眼の前まで来ると一言。

「お主、名はなんという」

 上から目線で言う王、私があんな風に言われたら一撃入れている所だ。

 しかし民からすれば王だ。機嫌を損ねれば首が飛びかねない相手である。恐怖の対象でありながら憧れの対象でもある。

 女性は絞り出した様に一言。

「デムリスっと言います・・・」

「デムリスっと言うのか。良い名だ」

 私はこの王が何をこれから言うのが分かり、本来なら邪魔になるであろう私は立ち去るべきなのだがこんな面白い所は見てから帰るしかない。

「デムリスよ、我の妃にならんか」

 言ったよ!先程私に断られたばかりなのに直ぐに他の女を口説くとはどれだけ神経が図太いのだろうか。ちょっと感動してしまう。

 だけど相手に伴侶がいたり心に決めた相手がいるかを確認しない当たり、王はまだ分かってなよ。そして良い方が上から目線すぎて命令されているように思うだろう、この場合。

「えっと・・・チラッ」

 私を見るデムリスと名乗った女性。私がいるから言いにくいのだろうか。でもここに居たい!どうなるかが気になって仕方がない。

「私の事は気にしなくていいわ。私は王に興味が無いの。気になっている相手がいるしね。自分の心に正直になるといいわ」

 ハッキリと王は対象外そして気になっている相手がいると言い、私は王の事をなんとも思っていないし気になる相手がいるから断ったと。そして自分の心に正直にならないとあなたも辛いわよというアドバイスをした。これならここでまだ見ていられるでしょう!

「そうですか・・・。では王様」

 意を決して王を見るデムリス。

「申してみよ」

 それを正面から受け止める王。ここまでいいじゃない!

「王様のお気持ちとても嬉しいです」

 おっとこれはいけるのかな?

「では・・・!」

 喜ぶ王様。最後まで話しを聞いてからにしましょうね王よ。

「ですがお断りさせて頂きます。正直に申しまして私に伴侶はいません。そして気になる相手もいません。ですが振られた直後に別の女性に告白するというのは誠実さに欠けているとしか思えません。何度も王族に入りたいと思った事はありました。ですが夢見た想像と現実は違うものということが今回の事で分かりました。その事に関してだけありがとうございます」

「・・・」

 言葉を失う王。今一番良い顔しているよ王様。ツバキの国にある写真とかいうので是非とも記録したい顔だよ。目的のある旅行で無く、目的の無い旅には邪魔だからと買っていかなった事が大変悔やまれる。

「それでは私はこれで、良い伴侶が見つかる事を願っています王様」

 デムリスはそう言うと一度も振り返ることなくスタスタと歩いて帰っていった。

 こういう時肩を叩くものらしいが身長が低い私には身長の高い王の肩は叩けない、というか触りたくないので叩けたとしても叩く気が無い。

 だから一言私は王に送る。

「無様ね」

 それを聞いた王は両膝をつき、両手を地面につけ頭を下げて現実を受け止めていた。

 それを最初から最後まで見ていた前王はヤレヤレと言った感じで手で顔を覆い、ユグリアは王が膝をついた瞬間から駆け寄って王を励ましていた。

 衛兵達はかける言葉を失い、衛兵達に憐みの目で見られる事となった。

 ユグリアはツバキの言う事が本当なら妹と言う事だけれど、それが本当なら妹に励まされる兄というのは背中が悲しいものね。

 そんな事を思いながら私も現場を後にする。明日こそはツバキと一緒に街を散歩できるかしら。


           *


「なんでこうなるのよ!」

 俺の右側で叫んでいるエレナ。

 場所は昼時の王城近くの喫茶店、そのオープンテラスの一角に座っている。昼時とあってか通行人も多く、声に何事かと歩いていたエルフ達がこちらを見る。

 俺は思わず頭を下げてすみませんと周りにペコペコする。

 エレナの気持ちも分からないでもないが、今は落ち着いて欲しい。何度通行人に頭をさげればいいのだろうか、原因は俺にあるとはいえ予想外すぎた。

 そしてその原因はエレナの右側に至近距離で美味しそうにお昼のランチを食べていた。

「エレナお姉さま、食べないのであれば食べさせてあげましょうか?あーんしてくださいあーん」

 原因の名はシャロン。エルフの国の現王の妹であり、元、王の相談役。

 初めてあったときは肥えた肉を揺らす男のエルフとエレナは思っていたが、実際はエレナより身長もスタイルもほんの少し上の可愛いエルフだった。

 知らない人が見たら姉妹に見える程バランスが似ていた。

 とはいえ全てが似ているわけでは無くシャロンの髪は綺麗な薄黄緑色にくわえ、金髪が混じっていた。遠目からでは金髪が分からないかもしれないが近くで見ると綺麗に紛れ込んでいるのが分かる。

 王城暮らしということもあるのか髪の手入れはバッチリだった。

 反対にエレナは旅ばかりしていた為髪の手入れは気付いた時にやるくらいで、綺麗ではいるもののシャロンと比べるとその差は歴然だった。

「それでもエレナの綺麗な黄緑色の髪の方が俺は好きだけど」

 思わず口に出していた。ヤバッと思った時にはもう遅い。右に座っているエレナから肘を一発脇にくらう。エレナの身長が低いのもあって良い所に入る。

「何白昼堂木端恥ずかしい事いってるのよ!」

 エレナの肘のニ撃目が入る。止めて!それ以上やると今食べているものを戻しちゃうから!

 そんなやり取りを見て溜息をつきながらシャロンは一言。

「御馳走様」

 シャロンは自分の分は食べ終わったのと俺とエレナの夫婦漫才の様なのを見て、両方の意味でいったのだろう。多分。

「御馳走様って早いわねシャロン。私はまだ半分も食べていないわ、だから王城に帰ってくれてて構わないし、もう来なくていいわ」

 エレナが不機嫌の理由はエレナが一人で帰ってきた後何が会ったかを簡単に説明し、明日は二人で街の中を散歩しようという話だったからだ。

 そして当日の今日、病院で朝食をとった俺とエレナが外に出ると待ってましたとばかりにシャロンが空を見上げて立っていた。

 しかし、この時ユグリアの中身であるシャロンの姿がどんなかを知っている筈も無く、なんとなく気になった俺は声をかけてしまったのだった。

 シャロンに話しかける際、声をかける俺を見たエレナからは「鼻の下を伸ばしていて気持ち悪かったわ」っと後で言われた。

 酷い言われようだがその時の自分の顔を確認出来なかった以上、その時エレナからはそう見えたのだからそうだったんだろうと認めるしかない。

 その後、声をかけた俺を無視したシャロンは物凄い勢いでエレナに急接近していた。

 その時のエレナの嫌そうな顔ときたら、それだけでご飯三杯は余裕です。

 しかし、シャロンは俺とエレナの事を知っていたが俺とエレナはシャロンの姿を知らなかった為、急に近付かれたエレナはどうして良いか解らず、嫌そうな顔のまま俺に助けを求める眼差しを向けていた。

 シャロンはその後自己紹介をするも、そもそもシャロンという名前をエレナは聞いていなかったので知っていた俺を浮気したのかと、助けを求める眼差しから怒りの眼差しに変わっていた。

 そこでシャロンは王の妹であることを説明し、誤解を解くと

「本当に女だったのね・・・しかも妹・・・」

 っという力無いエレナの言葉を頂き、

「一発殴らせて?」

 っと言うが早いかエレナにお腹を殴られた。

 腹パンを頂戴した後気を失いかけた俺の顔をエレナは軽く引っ叩き起こさせると、

「こんな女無視して散歩にいくわよ!」

 っと言ったもんだからシャロンは、

「私もついていきますね。私の事は気にせず二人でラブラブしててください」

 っと余計な事を言う始末。

 そしてその怒りの矛先が俺って言う。理不尽だと思うんだよね。人間はサンドバックじゃないんだよ。このままだと俺早死にしちゃうよ。

 そして今である。

「帰ってくれて構わないって、帰るお家はないですよ?私。兄に気が済むまでは帰ってくるなって言われちゃいましたし、何より私が帰りたくありません。エレナお姉さまと一緒にいる方が良いんです」

 妹に帰ってくるなと言うとはあの王どうかしているんじゃないか。王宮育ちの妹を一度二度会っただけのエルフと人間に全投げするかね普通。

 そしてシャロンも何を思ったのかは分からないがブラコンを拗らせていたのに、急にエレナにベッタリってシャロンの中で何があったんだ・・・。

 今の所直接害があるわけじゃないし、今後の事を考えると非常に頼りになるのだけれどとても不安だ。

「えーっとシャロン?一つ聞きたいんだけど、どんな心境の変化があったか教えてくれないかな?」

 俺が質問するとシャロンはエレナをじっと見つめるも、エレナは何の事だか分からないらしい。そりゃそうだろう、分かっていたら何でもズバズバ言うエレナが説明してくれるはずだ。

 シャロンは暫くエレナを見つめるも、自分がどうしてこうなったかの原因を作ったエレナが分からないなら仕方ないとハァっと溜息をついてから話し始めた。

「ツバキさんは昨日あった事をエレナお姉さまから全て聞いていますか?」

 初めてシャロンに名前をよばれるもさん付けか、距離を感じてちょっと悲しい。

「全てかは分からないけどどういう事があったかは聞いたよ。王様は気の毒だね、民衆の前で盛大にエレナに振られるなんて」

 取りあえず俺が聞いたのはこれだけだった。どういう事が会って振られるに到ったかは聞いても教えてくれなかったし。簡潔に「王を民衆の前で振ってきたわ、全くもってダメな王ね」っとその一言が全てをものがたっていた。

「・・・それだけかしら?」

 だがシャロンは本当に大事な事をまだ話していないといった顔をしていた。

 エレナを見つめる顔は不満顔だ。

「子細は聞いても何にも教えてくれなかったよ。聞いても、もう終わった事だし結末だけ教えればいいでしょって言われたら無理に聞くのもちょっと」

 それを聞いたシャロンはガクッとし危うく椅子から転げ落ちそうになる。

「全ても何も殆ど聞いてないじゃない!どうしてそこで聞くのを止めるのよ!」

 え?俺が悪いの?エルフの女性の知り合いってエレナを含めてもまだシャロンで二人目なんだけど、エルフの女性って皆こんな理不尽なの?

「いやだって、好きな相手が話したくないのを無理に聞くのって違うと思うんだよ、俺は。順番は関係無いにしても先にエレナに告白したのは俺だったし、王を振ったってことは王もエレナに告白してきたって事だろ?そりゃ聞きたいさ。でももう終わった事だし振ったなら別にいいかなって・・・」

 俺がそこまで話すと、シャロンはキレた。

「どうしてそこで止めちゃうのよ、ツバキさん!あなたは優しさを履き違えているわ!世の女性はね、告白された相手が別に気になってない相手でも少しは気になっちゃうものなの!」

 それは相手によると思うのは男である俺でもわかる事だと思うんだが、それをツッコムとエレナと同じように腹パンが飛んでくるのかな、飛んでくるのだろう。きっとそうだ。

「まして先程から日常会話の様にエレナお姉さまに告白をし続けているのを見ても、分かれずに旅を一緒に続けられているのもどう考えてもエレナお姉さまにとってツバキさん、あなたは気になる相手っていう事になるでしょう?嫌だったら一緒に旅なんてしないし、まして今日の散歩の誘いはエレナお姉さまかららしいじゃない」

 シャロンの話しを右から左に聞き流しながら、そういえば当のエレナは随分と静かだなっとエレナの方を向いた事に後悔し、目を背けた。

「そんな気になる相手にはね、少しでも嫉妬して欲しいものなの!分かる?分からないわよね、もう少しは女心を分かるように努力しなさい!」

 そこまでシャロンは演説のように大声で言った。それはもう道行くエルフが止まって聞きいる程に。最後は俺に人差し指で俺を差して。

 話しが終わると道行く女性のエルフは「そうよそうよ!相手に寄るけどそうよ!」っとシャロンの演説に賛同していた。

 でも悲しいかな、シャロンはエレナの事を全く分かっていない。エレナは目立つ事を嫌う。王の件の様に結果目立ってしまったのもエレナからすれば嫌だっただろう。今の演説ももしかしたらエレナの心にも当てはまるものがあるかもしれない。が、幾分目立ちすぎた。もっと静かに言えばここまではならなかっただろう。

 バコン!っと音がした。音を鳴らしたのは見るまでも無くエレナだろう。俺には怖くて顔を直視出来ない。

 音を聞き付けた店員が何事かと見に来て絶句。木でテーブルが割られていたのだから。当然料理は全て地面に落ち、食べれない事も無いがちょっと・・・と躊躇する程度には汚れている。

 演説を聞いて賛同していた女性たちもマズイ雰囲気を感じ取り、早々に街の中へ消えていった。

 しかし、その雰囲気を全く感じ取れてないエルフが一人いた。

 シャロンである。

 シャロンはエレナが怒っている事に全く気付いていないようで、

「まだ料理が残っていましたのに、食べ物を粗末にしてはいけませんわよエレナお姉さま」

 なんてにこやかに言っている。

 早く逃げるんだ!いや、謝るんだ!っと声を出そうにもあまりの恐怖に声が出ない。

「シャロンといったわね?」

 シャロンと呼んだエレナの顔は知らない人が見たら見とれる程素敵な笑顔だった。そう、知らなければ。

「はい!シャロンですお姉さま!」

 初めて名前を呼ばれた事に感動しているのか目をキラキラしているシャロン。ダメだ!早く謝って!じゃないと!

「おやすみなさい、シャロン」

「え?」

 エレナは椅子から下りると同時、シャロンの左肩に左手を置き逃がさない様にしてから右手で渾身の腹パンを入れた。

 ドゴン!っと人間から出る音とは思えない音と共に、音を出したシャロンは奇跡的にも気絶ですんだ。どれだけ怒っても加減を忘れないのが流石です。

 気絶するだけならまだ良いものの、白目を向いちゃってるシャロン。ちょっと見たく無かったな、この顔は。

 気絶したエレナを地面には倒させず、支えるエレナ。そんなちょっとした優しさにますます好きになってしまう。

 絶句していた店員はその光景を見て悲鳴を上げそうになるも、エレナがジロリと睨むと悲鳴を飲み込む。

 そして黙らせた店員に一言、

「食事代と迷惑料、修理費用も全て請求は王にしといてくれるかしら。シャロンという名前を出せば問題無く貰える筈よ」

 シャロンの名は出しても自分の名は出さない所、とても良いと思います。

「はい・・・承りました。その様に致します・・・」

 店員はなんとか声を絞り出すと、店の奥に引っ込んでいった。

「ちょっとやり過ぎたんじゃ」

 俺がエレナに一言言うと、エレナは普段通りになっていた。

「良いのよこれくらいで。シャロンが問題を起こしたらその度に王に押し付けてやるんだから。この子の面倒をこれから見るんでしょ、それくらいはさせて貰わないと私が耐えられないわ」

 よっこいしょっとシャロンを左肩にまるで荷物を乗せるように抱えるエレナ。一応女性だしその持ち方はどうかと思うんだが。

「俺が持とうか?」

 そう思い、俺が持ってあげた方がまだましではと思ったのだがエレナに睨まれた。

「気絶している女性に障りたがるなんて変態ね。人間の国ではどうだったか知らないけれど、エルフの国で気絶していたり寝ている女性、つまり抵抗できない状態の女性を男性が抱っこにしろおんぶにしろ触っている所を見られたら、通行人に首を飛ばされるわよ。それでも良いと言うのならお願いするわ」

「謹んでお断りします」

 まじかよ、エルフの性に対する意識が怖すぎる。たしかに俺ら人間の国でもセクハラやパワハラとかあったけど、善意で運んだとしても通行人に見られただけで首をはねられるって凄い国だな・・・。しかもそれが許される上に当然と考えてるあたりがまた。

「そう、分かればいいわ」

 そう言うとシャロンを担ぎながらスタスタと喫茶店を後にするエレナ。慌ててその後をついていく。

「エレナ、今の話しで疑問に思ったんだが」

「何を?」

「俺が病院の前にいたエレナを抱きしめた時があったじゃん」

 その時の事を思い出したのか、空いている右手で脇腹に一発入れてくるエレナ。

「何思い出しているのよ!」

「いてて、ちょっと話しは最後まで聞いてくれよ!」

 何を言うのかしらと不審顔で見てくる。

「あの時ってさ、はた目からには俺がエレナを襲ったようにも見えたわけだよな」

 そこまでいうとエレナは言いたい事が解ったらしい。

「そうね、ツバキの体が大きいから私が気を失っているかどうかもはた目からは分からないから、そういう風に見えたでしょうね。現に私も抱きつかれた瞬間そう感じた訳だし」

「え!?そうなのか・・・それは申し訳ない事をした」

 ショックだ、よかれと思ってやったことだがエレナに何かというより、エルフの女性に何かする時は一言言ってからじゃないと死と隣り合わせになるな。エレナ以外にやるつもりはないけど。

「良いのよ別に、後で説明してもらったし。あの時は私も心が不安定だったしね」

 クスクスと笑うエレナはあの時と違って思い詰めた顔はしていない。

「それでなんだけど、あの状況をもし他のエルフに見られていたら俺はどうなっていたんだろうなって思ったんだが・・・」

「そうね・・・、まず間違い無く首を落とされるんじゃないかしら。あのときは私も泣いていたし首を落とされなかったとしても、四肢を引きちぎられるくらいは最低でもされたんじゃないかしら」

 本当に危ないな!このエルフの国は!なんだよ四肢を引きちぎられるって。そんな日常は怖くてとてもじゃないがエルフの国には住めんわ!

「本当に今生きている事に感謝だな・・・。昼間だったら間違い無く人通りがあったし、エルフの国って怖いわー」

「そうかしら?私は好きよこの国の事。だって私に何かあれば誰かが助けてくれるんですもの。だから私も誰かがそういう状況だったら迷わず助けるわ。あなた達の国では昔は近いのがあったらしいけど今は違うんでしょ?」

 昔は俺の国でもお隣とかと交流があって助け合っていたって授業でならったけど、今は隣に住んでいる人すら知らない人のが多い状態だし今と昔では確かに違う。

「そうだな、昔は助け合っていたらしいけど近代化が進むにつれどんどん閉鎖的になっていって、結果隣人すらしらない人の方が多いんじゃないかな」

 エレナは信じられない!といった顔をしていた。

「よくそんな環境で過ごせるわね、私には無理だわ。私の故郷は小さい村だったからていうのもあるけど全員の顔と家、家族構成も全て知っていたわ。むしろ知らないと相手に失礼という考えだったし」

 失礼って凄い考え方だな。村に住んでいるエルフは皆そうなのだろうか。

 そんな話をしているうちに病院までついた。

「後はシャロンを病室にまで連れて行けばいいわけだけど。シャロンは王族だから問題ないんだけど、はたして病院の医師達がその事をしっているのかどうかが問題だな」

 シャロンは姿を変える魔法を使ってまで自分を偽っていた。そんな子の事を病院の医師達が知っているとは思えないけど、王族が健康診断で使う病院だからと考えれば知っている方のが確率は高そうだけど、うーん。

 俺が悩んでいるとエレナは何しているの?という顔で見てきた。

「いやさ、シャロンを病室に寝かせるにしてもどうしたものかなと」

「何よ、そんな事で悩んでたの?こうすればいいじゃない」

 そういうと一階にある俺の病室の窓を開け、そこにシャロンを無造作に放り投げた。

「プギャッ!?」

 何か声が聞こえたが気にしないでおこう。

 一応医師がくると面倒だからとエレナだけ窓から中に入り、ドアの鍵を閉めてからシャロンを布団に寝かせるのかと思いきや、布団から下ろして床に寝かせていた。

 あれ、起きた時絶対体中痛い奴だと思ったが、エレナがわざわざ布団から下ろして床に寝かせたのだ。俺には分からない深い理由があるのだろう。王族は床で寝るのが普通とかそういうのが。うん、絶対違うな。

 エレナが病室の窓から出てくると窓を閉めた。

「よし、邪魔ものは居なくなったし散歩の続きをしましょ!」

 シャロンの事邪魔ものって言っちゃったよ。俺は嬉しいからいいけど。

 疑問に思った病室で布団から下ろしたシャロンの事を聞く。

「なぁエレナ」

「何?」

「何でわざわざシャロンを布団から下ろして床に寝かせたんだ?あれじゃ起きた時体中痛いだろ」

 うーんっと考えた素振りを見せるエレナ。あくまで素振りで答えは出ているのだろう、すぐに質問に答えてくれた。

「だってシャロンは仮にも女性でしょ?男性であるツバキの布団に寝たと知ったらショックを受けるじゃない」

 なるほど、性に厳しいエルフ族ならではの考えだな。そういうちょっとした事にも色々とあるのだろう。

 俺がうんうんと納得している中、エレナは俺には聞こえないように言っていた。

「私以外がツバキの布団で寝るとか絶対許せない。ツバキの布団で寝て良いのは私だけなんだから・・・」

「ん?何かいったかエレナ」

「んーんー何でもないわ、さっさと行きましょ。城下町ということもあって国で一番広い街なんだから、一日じゃ回れないわ!」

 何故か顔を赤くしているエレナ。けれど元気一杯の姿が見れるだけで俺は嬉しい。

 俺が左に並び、その右にエレナが並ぶ。手を繋ぐ事は無いけれど触れそうな距離。取りとめのない話をしながら散歩する平穏な時間。

 旅に出た時も二人っきりだったが、自然が相手の為ゆっくりと出来る時間は殆ど無かった。

 だから城下町にいる何日かは次の旅に向けて英気を養おう。

 そして少しでも長くエレナと一緒にいる時間を増やそう。いつか来る別れの時まで。


          *


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