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最後の吟遊詩人  作者: 路寄りさこ
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隊商 第四日 その2

路寄りさこワールドへようこそ!


砂漠の神秘のなかで、身の上を疑いはじめた王子。

次に何が起こるかを予想して行動するのだが……。


「つぶやくことはなりません」

 吟遊詩人の声だろうか、女神のような声がどこからともなく聞こえてきた。

「もうたくさんだ」

 王子は取り乱した。

「知らないのは私だけか。あなた方はみな、芝居の一座にちがいない。たいした茶番劇を考えたものだ。こんなことまでして何が欲しい。どこの誰のさしがねなのか。あなた方の要求を言いたまえ。私にできることであれば、叶えよう。しかし、応えかねる要求であれば、この場で決着をつけることとなろう。よいか」


 王子の心はこれまでのあれこれを辿って揺れ動き、抑えようがない。

 自分をここまでして追い詰めるようとする敵とはいったい何者なのか。

 そんな国が自分の国の周辺にあったであろうか。

 自分のいないスヌサの国は、今どうなっているのだろうか。

 自分を旅立たせたことを考え合わせれば、父王たちまでもが、この芝居一座の一員ではあるまいか。

 いや、父王は、脅迫されて私を旅立たせたのかもしれない。そうだとすれば、今スヌサの国は……もう、ないかもしれない……。


「私の国はまだ健在か」

 王子が言ったが、誰も答えない。


「それをおかしなさい」

 吟遊詩人がすっくと立ち上がり、マントの下から細い白い手を差し出した。

「あなたは、人生の真実をほんのすこし見い出すことに成功したのです」

 吟遊詩人がそう言うと、大きな天秤が空中に現れた。

 詩人は、その左右にぶら下がっている二つの皿の上に、さきほど天空から下ってきた太陽の目の分銅と、砂で満たされたクリスタルを載せた。

 天秤は見事に釣り合いを取って、空中たかく浮いた。

 砂嵐はしだいに静まり、砂漠に平和が戻ってきたように誰もが感じた。

 だが依然として摩訶不思議な出来事は、目の前で展開されている。


「これをお取りなさい」

 吟遊詩人が、空中の天秤からクリスタルの小瓶を取り、王子に渡した。

「どう使うかは、あなたに任されています」

 詩人の言葉は冷たく王子を突き放した。

「ここはツァイトラウムなのか」

「それは、肯定も否定もできる質問です」

「それは場所ではないのだな」

「ある人にとっては場所かもしれません。しかし、ある人にとってはちがいます」


「あなたは、姫であろう。私の求めていた姫であろう」

 ルメトモン三世が、吟遊詩人に向かって唐突に、しかし確信を持って言った。

「……」

 吟遊詩人が顔を上げるとフードがぱらりと背中へ落ち、閉じていた瞼が、ぱっと見開いた。

 その時、王子は見た。美しい青い輝きを。死後に赴き魂が見るという、深くて澄んだ青い神秘に輝く湖の色を。


 それは一瞬の出来事だった。

 王子の眼を捕らえたのは、オアシスが風と雲のなかで揺れている暖かい楽園だった。


「姫。どこです」

 王子は、楽園のなかを確かな足取りで歩いていた。

 草木も花もナツメヤシも、手で触れればその感触がはっきりと伝わってきた。

 夢ではなさそうだ。

「姫よ、私とあなたが結ばれる時がやっと訪れたのです。もう、もったいぶるのはやめましょう」

 王子は、オアシスのなかをひたすら歩き回った。さほど大きくはなかったので、半日もあれば十分に一周できた。


 何週かしたとき、王子は、湖のほとりに一件の小屋が佇んでいるのに気づいた。

「あれだな」

 王子は、商人頭の友人カトパトの物語を即座に思い出した。


「間違えはおかさない。私は答えを知っているのだから」

 王子の心は自信に満ちていた。人の欲望をかき立ててのち、してはいけない選択を敢えてさせるようしむける霊妙な存在が自分に接触してくるはずだ。

 だがしかし、自分は騙されることもなければ、かき立たせられる欲望もすでにない。

 何も自分を堕落させるものはないし、自分のなかにも堕落を招く要素はない。

 やっと満足のいく結果につながる選択ができるというものだ。

 あの小屋の扉を開けると、そこには蔓薔薇に囲まれた天蓋つきのベッドがある。

 そのベッドに近寄ると、芳醇な香りがするがそれに酔いしれることなく、緑の蔓を無心にかき分けて、ベッドにかけてある羽根布団をはぎ取る。

 するとそこに美しい女が横たわっていて、なに食わぬ顔で質問をしてくる。

 女はマントのフードを深々とかぶっているので、顔は半分以上も見えない。見えるのは、赤い唇と愛らしい顎の線だけだ。その赤い唇を動かして女が問いかける。


「自分の若さと、妻の若さといずれを選びますか」

 王子は即座に答える。

「妻の若さです」

「なぜですか」

「妻の若さは、夫である私をも若返らせ、永遠の美を与えられたときには、それは決して消え去らない時の流れを見せてくれるからです」

「では、あなた自身は若さを必要としていないのですね」

「いいえ。そんなことはありません。今、言いました。あなたの若さが、私の若さを引き出すのです」

「そうですか。わかりました」

 女は、まばゆいばかりの若さに溢れた美しい妻として、王子の前に姿を現した。


 それは、ずっと王子のそばで吟遊詩人を装っていた姫だった。

「姫よ、帰りましょう。父王もお待ちです」

「そのまえに、確かめたいことがあるので、今すこしの時間をください」

 そう言って、姫は旅立とうとした。

「私もお供いたしましょう。姫ひとりでは何かと危険でしょうから」

「いいえ。それには及びません。だいいちあなたがいっしょでは、確かめることもできないではありませんか」

「私を信頼いただけないのですか」

「そのとおりです。私にあなたを信頼させたいのなら、私の帰りを待ちなさい。そして、そのクリスタルを死守するのです」

 何ものをも寄せ付けない強固さを秘めた威厳を残して、姫は旅立って行った。


 王子はひたすら待った。

 次の展開を知っていたので、心患うことなく待ちつづけることができた。

 カトパトの物語の教訓から、王子が忘れずに日々していることがあった。太陽と月の関係、あるいは月の満ち欠けから日にちをナツメヤシの幹に刻んでおくこと。それから、湖面に映る自分の容貌の変化を日々確認しておくことである。


 王子の計算によると、一万と一千日目に、老婆がやってきた。

 カトパトの物語通り、老婆が乗ってきたラクダはすぐに死んでしまった。

 王子は、吟遊詩人から貰ったクリスタルの小瓶を老婆が見つけることを予想して、小屋にある椅子の上に無造作に置いておいた。

 案の定、老婆はそれを見つけ、そしてすぐさま欲しがった。

「これは、私が譲り受けた宝です。申し訳ありませんが、差し上げることはできません」

「では、もっと大切に保管しておくべきだったのう。わしは、このお眼鏡にかなった代物は、是が非でも手に入れるたちでな」

 そう言うと、老婆は、皺だらけの浅黒い顔で王子を見上げ、皺くちゃにしぼんでいるまなこを精一杯開け広げて、砂が挟まって黒くなった爪の先で青い瞳を指さした。

 深く澄んだ青い瞳は、姫の清純な眼差しと同じだったが、しわしわの薄汚れた肌を見ると、とてもあの愛しい姫とは考えにくい。


「おまえさんは、この宝の効用を知っておるのかね」

「ええ。もちろんですよ」

「では、話ははやいのう。ちと湖面に自分の姿を映してみるがいい」

 王子は、そこで何を見るか十分に承知していたが、そ知らぬふりをして老婆の命令に素直に従った。が、湖面のそばまでやってくると、手の内を明かしたくなってしまった。

「私は、長いこと妻の帰りを待っていますから。ほら、ごらんなさい、おばあさん。ナツメヤシに、月の満ち欠けを刻んでおきましたよ。あなたがここへ来たときは、ちょうど一万と一千日目でした。それからさらに時は過ぎました。今日でもう、三千日です。私もさぞ歳を取ったことでしょう」

 王子は、私を試すことはやめてもう正体を見せておくれ、という気持ち込めて言ったつもりだった。

「私は、湖面を覗いても、ちっとも驚きはしませんよ」

 王子は、湖の岸辺からそっと顔を突き出した。南から吹く生暖かい風が、湖面を通りすぎたので、小さく波うって揺らいだ湖面は、王子の顔をはっきりと見せてくれるまで、いささかの時間を要した。


 赤いビロードのマントが、風にそよいだ。紋章の刻まれた金のブローチは、王子の右肩で輝いていた。腰に差した剣は、楽園の平和のなかで鞘から抜かれることなく、じっと黙り続けてきた。

 湖面が凪いだ。

「私は、青年だ」

 湖のなかにいる王子は、若々しく、凛々しい、これから馬上槍試合に臨もうという勇敢さに満ちあふれていた。

 王子は、気が動転するほどの驚愕を覚え、その場にうずくまってしまった。

「お若い方よ。どうか、このおばばを哀れみなされ」

 王子は、振り返り、老婆を見つめた。

「おまえなのか。姫なのか。私の妻なのか」

「哀れんでくだされ」

 老婆は、ただただ懇願していた。

「ここでは、人間の時間は止まっておるのじゃ。おまえさんだけ若くてはつりあいが悪かろう。わしをもとの姿にもどしておくれ」

「おまえは姫なのだな」


 王子の意識は朦朧としていた。ここまでの事々をもう一度復習する余裕はなかった。

 青年の自分が、老婆となった妻と共にこれからの人生を送ってゆくなどと、想像しただけでおぞましいかぎりだった。

 王子は、とうとう、いや、いとも簡単にクリスタルを老婆に手渡した。

「感謝しようぞ」

 老婆がクリスタルを手にした。

 そして砂の入っている杯を下にしたまま、手の平に載せた。

「さあ、ダンスのはじまりだ」

 老婆がそう言うと、下の杯から上の杯に向かって、砂が登った。全て登り切ってしまうと、上の杯を満たしたまま砂はじっとした。

 王子は、砂の妙技に見とれていた。


「わたくしは、美しいですか。愛しい人よ」

 女が艶やかに言った。赤い唇が妙に冷たく感じられたが、美しかった。

「帰ってきてくれたのか、姫よ」

「はい」

「では、姫よ、王国へ戻りましょう」

「はい。その前に」

 王子は、姫が承知してくれたのを聞いてひと安心した。

「私の夫となる人よ。約束を守ってくれませんでしたね。残念です」

 姫は、クリスタルの小瓶を王子に返した。クリスタルの小瓶は王子の手の平で立ち、上の杯に入っている砂が、次第にごそごそと蠢くと、さらさらと下の杯に向かって一粒ずつ落ち込んでいった。

 王子は、自分の身体から血の気が引いていくのを感じた。

「さあ。それをもって王国へお行きなさい」

 姫は高らかに笑っていた。

 蔓薔薇が強く香っている。

「あなたは一緒に来てはくれないのですか」

 王子は、次第に自分の肉体に苦痛を感じはじめていた。

「お供いたしましょう。ただし、私は吟遊詩人です」

 姫は、白いマントのフードをすっぽりとかぶった。

「姫、いかないでくれ」

 懇願も空しく、王子が顔を覗き込むと、姫の瞼はしっかりと閉じられていて、二度と開くことはなかった。


王子と姫の運命はどこへ向かっていくのでしょう?

次回をお楽しみに!


投稿は9月18日を予定しています。

お待ちください。


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