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最後の吟遊詩人  作者: 路寄りさこ
12/16

~商人の話~その1

路寄りさこワールドへようこそ!


王子の話は一通り終わったようです。

今宵は、商人の話を聞いてみましょう。


 だから、砂漠へいらしたというわけですな。いやいや、それは利口な選択でございますよ、王子様。世界広しといえども、そんな不思議な砂を擁している土地など、砂漠をおいてほかにはございませんよ。

 いえね、私もあちこち旅をしましたが、時を操る砂……ですか。


 いや、失礼。

 ところで、今日といい、昨日といい、ひどい砂嵐ですな。こんな時期に珍しいことでしょう。今は商売にはうってつけの気候のはず。それでなければ、私などは、我が家で悠々自適の生活でございますよ。


 さて、王子様のお話をうかがって、これは是非ともお聞かせせねばと思った、とっておきの話がございます。

 これは、私の友人がラクダ五十頭を連れての一人旅をしていたときのことで、五十頭のラクダは、売り物の立派なラクダばかりでして、とある商業の都へ向かう途中でした。

 男の名はカトパトと言いました。私の幼なじみですよ。いい商人でした。

 ……お察しの通り、もうこの世にはいません。私は、彼の死の床でこの話を聞いたのです。


 カトパトは、やりての商人で、善きにつけ悪しきにつけ、名の知られた男でした。

 財産は十分に用意ができていたのですが、なかなか伴侶にめぐり会えずにいました。ですから、自分のもとへ嫁いでくれる人はいないものかと、常日頃から考えていたところでしたので、旅先で幸運な出会いでもあればと淡い期待を抱きながらの、年甲斐もなくときめきの大きい旅路だったのです。


 はじめは順調に進んでいた旅でしたが、やはり途中で嵐に見舞われてしまいました。

 テントで幾夜も過ごすなか、カトパトはどうしたものかと思案していますと、激しい突風がテントもろともカトパトの身体を吹き飛ばしたのでございます。

 カトパトはどんどんどんどんと砂の嵐に吹き流され、五十頭のラクダたちも連なって、まるでふきながしのようにゆらゆらと弧を描きながら、みるみる間に、見知らぬ土地へ舞い落とされてゆきました。

「いったいこれはどうしたことだ」

 カトパトが驚くのも無理はありません。目の前には、見違える風景が広がっていたのです。


 そこは、緑と水の豊かな土地でした。

 香り高い赤い華麗な花が咲き乱れ、見ると、湖のほとりに小さな小屋が立っていました。

 小屋は、蔓薔薇に囲われて、緑と赤の調和を保っていました。

 旅人を誘惑するように立っているその小屋に、近づかないでいられる人がいるでしょうか。いるはずがありません。

「どなたかおいでですか」

 カトパトが、扉の前で、そっと声をかけました。するとその声に反応して、扉にかぶさっていた蔓薔薇がするするっとすべるようにして道を開いてくれました。

 扉は、芳しい香りがしていました。香木で作られているようです。その扉を押し開くと、なかは案外と広く、明るい風が漂っていました。

 とりたてて生活している様子はありませんでしたが、部屋の中央に天蓋つきのベッドが置かれてあり、それも小屋と同じように蔓薔薇で囲われていました。

 夜はひどく寒くなるとみえて、部屋の片隅に陶製のストーヴがありました。壁際には、何脚もの椅子が並べられていましたが、統一性はなく、世界各地の多種多様の時代を反映している美術工芸の意匠を鑑賞することができました。


 ベッドの寝床は白い絹の布に覆われていて、その繊細そうな様子から、女性の住居であることが想像できました。

「ああ、これは、きっと神が与えてくださった幸運のめぐり合わせにちがいない。私の仕事ぶりは財産からも証明されているのだ」

 カトパトは、胸を踊らせました。

「私の妻となる人はどこにいるのだろうか」

 カトパトは、きょろきょろと周囲を見回しました。

 寝床が心なしか動いたので、カトパトは美しい女が寝返りをうったのかと思いました。

「ここまで導かれてきた男に、せめてお名前をお聞かせください」

 カトパトは、忍び足でベッドに近づき、蔓薔薇の帷をかき分けると、刺が手に刺さって痛い思いをしました。

 が、そんな痛みよりも何よりも、目の前に眠っている自分の妻となるであろう女性へのはやる気持ちの方がまさっていたのです。

 カトパトは、傷を負って血のしたたる手で、思いのたけをこめて、さっとばかりに絹の羽根布団をはぎ取りました。


 そこには、白いローブを纏った人がおり、その人は、むっくりと起き上がると言いました。

「自分の若さと、妻の若さと、どちらを選びますか」

 涼風すずかぜのように繊細で消え入りそうな、それでいてはっきりとした美しい声でした。

 容貌を窺い知ることはできませんでした。

 ローブにはとても大きなフードが付いており、そのフードを深々と被って俯いているので、赤い口元と顎の線がほんのすこし見えているだけでした。

「奇妙な質問ですね」

 カトパトは、その人がふざけているのかと思ったのです。

「答えますか。答えませんか」

「答えます。答えます」

 繊細で爽やかな声が、頑として譲らないかのような口調でしたので、嫌われては元も子もないと、カトパトは素早く、取り敢えず反応しておいてから、今すこし考えることにしました。それは重大な問題のように思えたからです。


 自分が若く、妻の方が年取っているということは、年上の女房ということだ。それも悪くはない。甘えて暮らせそうだし、財産の管理もぬかりなくしてくれそうだ。だが、どのくらい年上なのだろうか。今の私の年齢では、それより高い年齢というと、老齢に達しているかもしれない。それでは、ちょっと困る。せっかくの新婚時代は、甘い生活を夢見たいものだ。

 ならば、妻の若さを選ぶ方が無難であろう。男はどれほど年を重ねようとも、若い女を欲し、ときめくものだ。年齢の開きが大きくとも、さして問題はないだろう。しかし、妻が若すぎる場合には、世間の取りなしに疎いことが予想されるゆえ、私の仕事は増えるに違いない。いやいや、それどころか、私が老齢で妻が若年であるならば、私の余命は短く、苦労して築き上げた財産も、私の死後はつゆと女と別の男のものになってしまうかもしれん。

 それにまてよ、この質問の真意は何であろうか。自分の若さを選ぶか……というのは、妻となる人より自分が若いということなのか、あるいは自分が今の年齢よりも若返るということなのか、また妻の若さを選ぶか……というのは、妻となる人が今の私の年齢よりも若いということなのか、あるいは私の年齢に関係なくただ単に若いといわれる範囲でのことなのか。

 一番いいのは、自分も若返り、妻となる人もうら若い女性であることだ、とカトパトは、あれこれと思案したのちに思いました。けれどもその選択肢はありません。

 そこでカトパトは言いました。

「若い妻を選びます。しかしそれは、私の年齢の変化を望むものではありません」

 ベッドの上の人は、おおきなフードを外しました。それはそれは美しい女性でした。カトパトはとても嬉しく思い、神に感謝したのでした。


 湖のほとりへ行って、自分の姿を澄んだ湖面に映して見ました。カトパトは、今までとかわりばえのない中年の男でした。


「私の国へ帰りましょう。豪華な家も贅沢な食事もきらびやかな衣装も、それから召使たちも、きっとあなたの気に入りますよ」

「すこしお待ちください。まだ準備が整いません。あなたのお気持ちが明日にも変わらないとは限りませんので、今すこし時間が必要です」

 そう言われてカトパトも納得し、しばらくの間、この小さな楽園で時を過ごすことにしました。

 瑞々しい空と空気と風、色取り取りの草花やそこにむらがる蝶や蜜蜂、ナツメヤシのかしいだ長い首が、オアシスの豊かさを象徴していました。


 どのくらいの時が流れたでしょうか。ある日、カトパトの妻が泣きながら言いました。

「わたくしは、もうあなたの妻となりましたが、あなたのお国へ参ります前に、片づけておきたいことがあるのです。すこしの間出掛けて参りますので、お待ちいただけますか。もし、お嫌でしたら、どうぞご遠慮なく、わたくしをお見捨てください」

「見捨てなどせん。それが済んだら、私の国へ来てくれるのだね。待っていよう」

「ありがとうございます。ひとつだけお願いがございます。この箱をのこして行きます。道中、盗賊が出ないともかぎりません。けれども、けっして中を見るようなことはしないでください。約束してくださいますね」

「もちろんだ。しかし、この箱が盗まれることよりも、おまえの身の方が心配だ」

「大丈夫でございます。この箱を持たないわたくしなど、なんの値打ちもございません」

 そんなに大切な宝なのか……疑心暗鬼の思いを抱きながらも、であるならば、この箱がここにあるかぎりは、この女もきっとここへ戻ってくるであろう、裏切ることなどはあるまい、とカトパトは妻を送り出すことを了解しました。

「それから、あなたの連れてきたラクダは、私が高値で売ってまいりましょう。それで私の腕の立つことも証明されましょうから」

 そう言って、カトパトのために一頭のラクダを残し、野営のための荷物などを積んで五十頭ものラクダを率いて旅立ちました。


カトパトは、はたして女を待つことができるのでしょうか。


次話投稿は、8月7日を予定しております。

お楽しみに、お待ちください。



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