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最後の吟遊詩人  作者: 路寄りさこ
10/16

~王子の話~その7

路寄りさこワールドへようこそ!


いよいよ

大僧正の口から、摩訶不思議な王国の秘密が語られます。


「異国の王が家来を多数従え、旅の途上でこの地を訪れた。さて、何年前のことか、つい昨日のようにも、百年も前にも思えるが。

 その王がこの国の王妃をいたく気に入られて、見返りを差し出すからと、王妃を自分の妻に迎えたいと申し出た。

 王ははじめ申し出を断ったのだが、見返りの内容に目が眩んだのか、その宝と王妃を取り引きすることに応じたのだ。その宝がこのクリスタルだった。

 王は時間を操り、過去へ未来へとお遊びが過ぎた。

 私は、神の御心に逆らう行為は災いを招きますぞと、何度もお伝え申した。だが、王はお聞きにならず、まるで時間の魔物にでもとりつかれているようでした。


 そんなある日、王は、未来か過去のどこかで、王の心を震撼とさせる何かをご覧になったのでしょう。それ以来、王は言葉数が少なくなり、姫を溺愛するようになった。

 姫は長ずるに従って、王妃である自分の母が城にいない事情を知り、父王への不信と女性としての憎悪が募っていった。そして王が大切に隠し持つクリスタルの小瓶をまんまと盗み出すことに成功した。

 王はクリスタルがなくなっていることに気づくと、気の狂ったようにお怒りだったが、それをかすめ取って行った人物を割り出すことはついにできなかった。

 姫へ向けられた王の愛と、その愛を憎しみで返す姫との間に、しだいに溝は深まってゆき、どうにも修復できない亀裂となって王国の存亡をゆるがしていった。


 王は、王国の衰退を避けるために、どうしても姫に婿を迎えたい意向だった。というのも、ご自分には、再婚して新たに子を設ける気持ちは全くなく、だからといって、親族に王位継承を譲るという奇特な心得など毛頭なかったからだ。

 だが、王女にその気はなかった。自分の妻を欲望のために売ってしまう父王の国など、滅びて当然の報いである。そう考えたとて、誰にも責められるものではないでしょう。

 王は苦悶の日々を過ごされた。どれほどの月日が流れたか、数える者とていなかったが、確実に時は過ぎ去っていった。


 そんな折り、大きな旅の一団が王国を訪れた。旅回りの芸人たちだった。王は芸事には寛大なたちで、団長も信頼のおける人物であることは、その世間に知られた名前からも分かっていたので、快く宿を提供した。

 日数は限らなかった。ゆっくりと休息し、また、城下町や近隣の町々で、思う存分に芸を披露して収入を得ることをも許した。


 芸人一座は、王の親切心にあやかって、長いこと居座った。

 だが、よそ者の長居は災いをもたらすものだ。団長の目を盗んで、悪さをする者も目立ってきた。

 おおかたは性質の良い、芸に打ち込む素朴な人たちだったのだが、人も大勢集まれば、あらゆる人種が揃うものである。

 困り果てた大臣たちが、この僧院へやってきて、なんとか彼らを追い出す良い知恵がないものかと、切実な様子で助けを求めた。私はまだ若く、大僧正がどのようなお答えをされるか、そのことに興味を持っていた。

 だがしかし、王は芸人たちを疎んじてはいなかったのだ。それゆえに、あらぬ企てを密談している大臣たちを逆に咎めたりした。

 そして大僧正は、何も答えることはなかった。


 王は、旅芸人のなかに、すっきりとした面立ちの若い吟遊詩人を見つけ、これがいたくお気に召された。夜毎に寝室で子守歌を歌わせ、目覚めのときには、爽やかな涼風を竪琴で奏でさせた。

 そしてようやく旅芸人たちが城を立ち去ったあとも、この吟遊詩人は城に留まることを許された。というよりも、吟遊詩人は、城に留まることを王より強く要求されたのだ。吟遊詩人の本意については誰にも分からなかった。


 姫は次第に姿を見せなくなっていき、宴が催されるときも、国賓が訪れるときも、日々の食事のときも、寛ぎのときも、お美しい姫のお姿を見ることができる者は、ただ一人心をゆるした侍女だけだった。

 その侍女は城下町で生まれた女で、十二の歳から城へ奉公に来ており、無教養なのが幸いして純粋無垢な心が失われず、姫だけに心を尽くすという忠誠心だけが強く育っていたようだ。


 ある時、その侍女が王の元にやって来た。

 姫が王の抱えている吟遊詩人の歌を聞きたがっているというのだ。王は、戸惑い、躊躇していたが、それが姫の心の慰めになるならばと考え、吟遊詩人を姫の元へ遣わすことをお許しになった。


 ところが吟遊詩人は、姫の所からなかなか戻って来ない。

 ひと月、ふた月と過ぎてゆき、王の心の内は穏やかではなくなった。国は安定しており、異国より攻められる様子もなかったので、心痛は姫と吟遊詩人のことよりほかにないのが幸いだったのが、今となっては理解しがたいが、王は、日がな一日、姫と吟遊詩人のことばかり慮っていた。


 そして王は業を煮やして、ついに家臣を姫と吟遊詩人の元へ遣わした。

 姫の居室へは、何人も立ち入ることができなかった。なにせ、香木を切り出して作った扉には、錠がおろされ、しっかりとかたく閉じられていたのだ。

 家臣は諦めずに、その香木の扉を叩き続けた。任務を果たせなければ、自分の地位は失われるのである。であるならば、命をかけてもこの場を離れるわけにはいかない。これが自らの最後の使命だと言わんばかりに。

 家臣の扉を叩く手には好い香りが移ってきたそうだが、それは、香木の匂いではなく、薔薇の香りだった。家臣は、薔薇城とも呼ばれるこの城の、見事な薔薇を頂く急勾配の南斜面を知っていたので、大しておかしいとも思わなかったのだが、よく考えてみると、時は冬で薔薇の花は咲いてはいないのだった。


『姫よ、内親王殿下よ、どうぞお顔をお見せくだされ。私の首をつないでくだされ。最後のご奉公でございます。どうぞはなむけを』

『そなたひとりか』

 諦めようにも諦められず、しかしすでに心がなえていた家臣の耳に、美しい声が聞こえてきた。

『そ、そうでございます。他には、猫の子いっぴき鼠いっぴきおりません』

 突然の応答に、家臣の心は躍った。

『冴えのない冗談は、私の心を傷めます。いいでしょう。どうぞ入られよ』

 はて、どういった心境の変化でしょうか。これほどまでに拒み続けていた姫が家臣を招き要れるとは。熱意の通じたことを半信半疑に思いながらも、家臣はどれほど胸を撫で下ろしたことか。

 香木の扉は、もったいもつけずにさっと開かれ、それと同時に樹皮の匂いと、そしてむせ返るような薔薇の香りが、家臣の鼻を衝いた。

 錠を解いて扉を開けたのは、若い侍女だった。

 天窓から洩れ来る光が、部屋の中央に置かれている天蓋つきのベッドを明るく照らし出し、天蓋から下方へ向かって、花を付けた蔓薔薇が幻想に満ちた帷をつくっていた。


 その帷の向こう側で、絹の羽根布団の上に座している人影が目に映ると、家臣は驚いてしまった。

 そこにいるのは、吟遊詩人であって、姫ではなかった。

『姫の寝床でございますよ。何をなされておられるのか』

 家臣は仰天して、震える声で尋ねた。


『―どうぞ名を聞かないでください

 ―どうぞ生まれを聞かないでください

 ―どうぞ魂を見せてください

 ―どうぞ名は語らないでください

 ―どうぞ行方を聞かないでください』


『たわけた歌でごまかすでない、歌い手ごときが、何をしておるか。姫はどこだ』

 家臣が見るかぎり、姫の姿はどこにもなかった。

 居室のなかには、この吟遊詩人と侍女、そして、壁際の立派なしつらえの陶製のストーヴと来客のための何脚かの椅子が鎮座しているだけだった。

『さきほど私の問い掛けに答えたのは、おまえなのか。確かに姫の声と思ったのだが』

 家臣が侍女に尋ねると、

『いいえ、それは……』

 侍女は、自分の受け答えではないことを認めたが、それ以上は語ろうとしなかった。

 この妙な詩人に口止めをされているのだろう、と家臣は気を回した。だが、それは家臣の思い違いで、侍女は、事の一部始終を語れないほど、自分の目を疑っていたのだった。


『姫を返してもらおう』

 家臣は、腰に差していた剣をさっとばかりに抜き放った。そして大きな声を張り上げて、援軍を呼び寄せた。

 ばたばたと衛兵たちの足音が聞こえてくると、あっという間に吟遊詩人は取り囲まれてしまった。

『うそをつきましたね』

 吟遊詩人の歌声でない声が姫の居室に響くと、家臣も衛兵も思わず耳をふさいだ。

『姫は、哀しみのあまり、地の底へと落ちんばかりでした。私の歌がそれを助け、そして姫は母君を捜しに旅立たれたのです』

 吟遊詩人の声は、がさがさとして、そこにいて聞く者の耳をつんざいてくる。

『こやつ、たわけたことを言いおる』

 家臣は衛兵たちを自分の剣を振って煽り立てた。


『私の姫を返せ』

 騒動のさなかへ、父王が割り込んできた。家臣も衛兵も驚く間もないほどの素早さだった。

 王は、家臣の剣を取り上げると、吟遊詩人めがけて、ひと突きした。

『おとうさま、なにをなさります』

 つんざくような叫び声は、姫の声だった。

 父王は、はっと我に帰ったが、もう遅かった。家臣から取り上げた剣が、姫の片目を突き刺していたのだ。

『そんなはずは、ば、ばかな……』

 姫の頬が血に染まり、白いベッドが真っ赤になると、姫の身体はゆらゆらとくずおれ、ひれ伏した。

『姫』

 怪我を気づかう声が、あちらからもこちらからも聞こえ、そんななかで侍女の悲鳴にも似た泣き声が、悲痛に空気を震え上がらせていた。

『姫』

 家臣が蔓薔薇の帷をかき分けて姫を抱き起こすと、その家臣の腕のなかで仰向けになった顔は……、吟遊詩人の顔だった。

 吟遊詩人の顔をはっきりと見たことがある者は実はおらず、王ですら、その容貌の特徴を述べ伝えることは不可能だった。にもかかわらず、家臣がその傷ついた者を吟遊詩人だと断定したのは、その顔が幼少のころより見覚えのある姫の顔ではなかったこと、そして姫でないならば、この居室にいると思われる他の人物は侍女と吟遊詩人であるわけであり、そのうち侍女は、部屋の隅で恐れをなしているのだから、という単純明快な理由からであった。


『砂を、もて』

 家臣の腕のなかで、その傷を負った人が、何事にも屈しない力強い高貴さを見せて言った。声は、ざらざらとがさついている。

『砂がどうした』

 王は半狂乱だったが、事の重大さに気づいて問い返した。自分の手で傷つけた相手が、姫でなかったと分かって、王は救われた心地がしていたのだ。

『王よ、あなたの娘が、この大切な砂を持ち去り、消えた』

 吟遊詩人は、息も絶え絶えだった。

『しかし、このクリスタルは封印されておるはず。誰の手にも砂は取り出せないはずでは。いったい、どのように持ち去ったのだ』

 王の元から失われていたクリスタル、他国の王より妻という代償を払って譲り受けたクリスタルが今、吟遊詩人の手にあった。

『砂をもて。時の砂が杯を満たすとき、王よ、あなたの宝もまた満ちる。異国の勇者が姫を求めにやってくる。真の勇者ならば、その武勲を遺憾なく発揮し、疑問を打ち負かそうと城内へ足を踏み入れる。その時を待て』


 そこまで語ると、吟遊詩人は意識を失い、そしてこの僧院へ手当てのために運ばれてきた。

 だが、医学を学んだ優秀な修道士は、その腕前を披露する機会を得ることはなかった。

 なぜなら、傷は自然と見る間に治癒して、手当てをするまでもなかったのだ。


 賓客室があてがわれて、吟遊詩人は、そこでこんこんと眠り続けた。

 それ以来、知っての通りのありさまで、時の経過が不規則になり、吟遊詩人はどれだけ眠り続けたのか、そして我々も、どれだけ歳を取ったのか、分からない始末になった。

 昼も夜もなく、ある者は歳を取り、ある者は若くなり、樹木が葉を落としたかと思うと、花々が一斉に咲き乱れ、人々の生業も成される所以が薄れてゆき、僧院の課業も、聖なる鐘の音も神の御心を反映することが困難なこととなったのだ」


 滔々と続いた大僧正の話は、ここで途切れました。


 私は、吟遊詩人を見て言いました。

「この人は、その傷ついた吟遊詩人ではないのですか」

「この吟遊詩人です」

 もう一人の老修道士が答えました。

「大僧正様はお疲れです。先は私が続けましょう」


「ある時……いつということが正確に申せませんので、お許しください、吟遊詩人が目覚めたのですが、瞼を閉じたままでした。傷はありませんでした。けれどもどうやらめしいているようで、私ども僧職にある者はひどく心を痛め、私たちの犯した罪と詩人の魂の救いを神に祈りました。

 そのことを王にご報告いたしますと、王も大変嘆かれはしましたが、姫の行方を知っているかもしれない吟遊詩人が目覚めたことの方をお喜びになられたのです。そして、このような目に合わせてしまったのは、この王国の責任であるとして、吟遊詩人を手厚い待遇で城に留めるように命ぜられました。


 しかし、あのとき居合わせた家臣の意見は異なっておりました。

『王よ、騙されていけません。あの詩人は、もともとめしいであります。王は、あの者の瞳をご覧になったことがおありですか。私の知るかぎりでは、いつもフードを被り、顔を俯け、瞼を閉じていたはずでございます』

『いや、しかし、我は見た。おまえの剣をひったくり、あの者に向かっていったとき、青く澄んだ、見開かれた瞳をしかと見た』

『お言葉でございますが、王様、それは姫の幻影であったと解釈いたす次第でございます。これは、あの者の魔力の成せる技にちがいございません』

 王と家臣の食い違いは接点を見いだしはしませんでしたが、なにはともあれ、背負いこんでしまっためしいの詩人、しかも、姫の行方を知っているはずで、その上、狂ってしまった時間の鍵をも握っていると思われる詩人でございます。

 この大僧正様のご箴言を聞き入れてくださり、僧院にて、引き続きお預かりする次第となったのでございます。


 その日より、勇者の現れる日を待ち望みましたが、時たま訪れる旅の者を待っていたのでは、埒が明きません。そこで、巷で流行しております、馬上槍試合の開催を思いついたのでございます。このようなお話をさせていただくまでになった勇者は、あなたをおいて他にございません」

 修道士は大きく息を吐くと、もうそれ以上は語るつもりはないようでした。


「侍女はどこですか。侍女が全てを目撃しているはずでしょう」

 私は、このごに及んでまだ、自分の運命からのがれようとしていたのです。

「自害しました」


 僧院の聖堂は、ひんやりとして寒くなってきました。

 夜がやってきたようでした。

 ステンドグラスが暗くなり、絵師の手になる聖人や王族たちの姿が見えなくなりました。

 侍女の遺体は、城下町の外れの共同墓地に葬られたということでした。

 聖女の名は受けられなかったのです。自らの手で自らの命をあやめた者は、その死の選択の理由がいかなるものであれ、また、その死の直前の行いがいかなるものであれ、汚れに等しいということだそうです。生きて秘密を固辞し、寿命を全うしていたのなら、おそらく、聖女として崇められたのかもしれません。


「それからのち」

 大僧正が再び口を開きました。

「吟遊詩人は時を操る神の使いであるとの噂が、人々の間にまことしやかに広まった。吟遊詩人のなかには、この世ならざる力を持っている者もいるとは、古い言い伝えであるゆえ、ただの噂と片づけてしまうのもしのびない。私たちは、この詩人をこうして奉り、その時がくるのをじっと待っていたというわけだ」


 私は、蔓薔薇に囲まれた聖櫃の前に座っている詩人を見ました。

 この人が、何か力を秘めた存在なのだろうか。確かに美しい光を放っているようではあるが。

 私は、信じたい気持ちになりながら、すこし呆然としていたと思います。


「そしてついにその時がきました。詩人の命により、大僧正様自らの手で、蔓薔薇の居室にクリスタルが運ばれたのです。あなたは、それをお受けくださいました」

 老修道士は、涙ぐんでいるようでした。


 私は他国のどれほどの一大事に巻き込まれてしまったというのでしょうか。運命には逆らえない。ただそんな気持ちで吟遊詩人を見つめていました。

 そして、私の気力を持たせてくれていたのは、いずれこの束縛から脱出できるであろうという希望的観測で、そして冒険心をかき立たせてくれたのは、探索の途上か目的地で、おそらく姫に会えるであろうという欲にまみれた期待でした。



最後まで読んでいただきまして、

ありがとうございます。


旅をしている王子の秘密を聞き知った商人たち。

彼らの行く末はいかに?


次話投稿は、7月10日を予定しております。

お楽しみに、お待ちくださいませ。


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