勇者さんには証人喚問の為に元の世界に帰って貰います
「貴方は安久5年の5月20日15時24分頃、国道156号線北南町3丁目の交差点にて走行中の大型トラックにはねられ、死亡しました」
白いベレーに白いトレンチコートを纏った青年が手元のA4サイズの端末に視線を落として読み上げていく。
青年の前には号者な鎧を纏い大剣を提げた青年が立っていた。その顔は嬉しさと焦りが入り混じった不思議な顔だった。
「その際に、貴方を轢いた運転手、被告人佐野田健61歳はまだ息のあった貴方に適切な処置、つまり安全の確保と救急車の要請及び事故の報告をしながった為に貴方は事故によって出来た大動脈断裂による失血死に至りました。
しかし、被告人は貴方に対して適切な処置をした事とたまたま携帯を事務所に忘れてきた事を上げて負傷者の救護義務違反及び危険防止措置義務違反それらを合わせて業務上重過失致死罪を不服とし、上告しました。
そこで最高裁は事件の被害者たる貴方に詳しい当時の状況を聞く為に証人喚問として法廷に出廷を命じました。これがその命令書です」
白い青年は懐から最高裁と刻印された封筒を取り出して中から三つ折りにされた書類を広げた。そこには確かに最高裁からの出廷命令書と書かれている。
勇者はその文字を何度か見直した後、絞り出す様に告げた。
「俺は今、魔王との最終決戦中なんだけど……」
被害者の青年、勇者はそう告げると同じ様に白い服を着た少女に事情を説明されているのだろう魔王を指差す。
この世界を自分の手中に収め、我が物にしようとしている存在だ。ここで魔王を滅ぼさねば世界は地獄と化すのは目に見えている。
「それと、貴方には異世界召喚転生保険に入られているのでこのまま元の世界に戻って頂きます。
その際に貴方がご結婚成されている場合は貴方の妻、子供を日本国に連れて行く事が可能となります。その場合の身分の保証は異世界法第600条の不慮の事故及び意図せぬ召喚等で異世界に転生及び召喚された者が現地で婚約及び出産していた場合の家族の処遇についての項で保証されています。
一旦、ご家族の方は我々特別地域即応連隊が保護移送させて頂きます。現在、貴方には妻となる者はいないとの事ですがその地位に付かれるであろう複数名の女性が確認されているので現在、我々の方で誠に勝手ながら保護し、コチラに移送しております。
それで、このまま日本に戻ってもよろしいでしょうか?」
青年は勇者たる青年の言葉を一切無視してにっこり笑って尋ねた。
勇者はそこでようやく我に返る。良い訳が無い。魔王を倒さねばこの国は滅びてしまう。と、言うよりも人と会話する気が無い事を人と会話している様に見せて巧妙に偽装している眼の前の青年に驚愕を隠せなかった。
「い、良い訳がないだろ!?俺の話を聞いていたのか!?」
「忘れ物でしょうか?では一旦ご自宅に戻り、そこから日本に戻りましょう」
青年は耳元に付けたヘッドセットのマイクロフォンに何かを言おうとした。人の話を完全に聞かない。
「違う!
俺は勇者でアイツは魔王だ!アイツを止めなくて世界が滅びる!!」
「……はぁ、なるほど」
勇者の言葉を聞いた青年は困った様に笑顔を浮かべながら訳の分からない言葉クレームを付ける客を前にした店員の様な声を出した。
「俺は、アイツを殺さねばならない!」
「申し訳ございませんが、我々は貴方の身柄の確保を第一優先とし、その為に貴方の命が落とされる可能性を全て排除しなくてはいけません。
そして、魔王暗殺ですが貴方が命を落とされる可能性が非常に高いと判断されるので、申し訳ありませんがお止めさせて頂きます」
「巫山戯るな!このままではこの国は、世界は滅びる!
お前達が俺の代わりにアイツを殺してくれるのか!?」
勇者の言葉に青年は笑って首を振る。その笑みは月の兎を捕まえて欲しいと言われた大人がするような困ったような、それで居て微笑ましく、同時に少々嘲笑の入ったそんな笑みだった。
「我々の交戦規定は防衛戦闘のみ。貴方が攻撃を受けたり、我々に攻撃をされた時以外は交戦が許可されません。
では、忘れ物等が無い様なのでこのまま日本に戻りましょう。貴方のご両親や親友が貴方を待っています」
青年は話は付いたらしい魔王と握手をしている少女を見た。
「退け!」
勇者が青年を押し退けて隙きだらけの魔王に斬りかかろうとし、其の場に崩れるようにして倒れた。
「そして、被害者が拉致国家より洗脳及びそれに類似する兆候が見られた場合は対象者の身体及び精神に対して重大な損傷が無い程度に無力化及び昏倒を許可されている」
先程の笑みとは打って変わって酷く冷酷な顔で玩具のような外見をしたピストルを持った青年が告げた。
「その馬鹿を連れて行け。
くれぐれも丁重に、な」
青年はそう告げると腰のホルスターにピストルを仕舞い、部屋の隅で拘束されて制圧されていた勇者の仲間達を見遣る。
「この中で我々と同じ日本から来た者は?」
青年の言葉に一人の少女が手を挙げた。格好は魔法使いと言う感じだ。現に武装は長い杖とダガーだった。
「ふむ……至極簡単な質問をしよう。
君が知っている政治家を何人か言って欲しい」
青年の言葉に少女は一瞬言葉を詰まらせてそれから何人かの名前を口にする。青年は直ぐに手元に用意した端末でそれを確認した。
「んー?
ふむふむ。君が挙げた政治家5人の内3人はヒットした。どれも地方の議会員。しかし、3人は夫々全く別の地域の人間だ。
しかし、君の名前は?」
少女は自分の名前を口にした。青年はその名前を打ち込んで端末を見詰めている。そして、10分程してから眉を潜めて告げた。
「君、自殺してるね。
原因は家庭内暴力と学校でのイジメ。犯人は全員捕まっている。政治家が違うのは家庭内暴力の原因たる両親の離婚と再婚を繰り返して引っ越したからで、先の議員3人はその引越し先の地域で市議会議員をしていた。
また残る2人名前が類似しているので君は確かに同じ日本人だね」
少女は青年の言葉に肩をビクリと震えさせ、それから縋る様にその赤い瞳を向けた。髪も赤毛と言うに有り得ないほどに真っ赤であった。それもその筈、少女は数少ない属性魔法が扱えるヴェスタ族だからだ。
つまり、少女は転生者なのだ。
「な、なら私も……」
「残念ながら君には異世界召喚転生保険が掛けられていないし、掛けられていたとしても自殺では保険適応外だ。
異世界召喚転生保険には老衰と自殺、病死による異世界召喚転生は適応されないのを知っているかい?」
青年の言葉に少女はうぅっとその場に泣き崩れる。彼女の涙はマグマのように熱く、溢れた涙は床に落ちて大理石を焼き溶かした。
拘束されている彼女の仲間なのだろう騎士やら戦士やらは驚いた顔で少女を見詰めている。
「そうイジメてやんなよ。
ソイツ、多分異能技術特級取れるぞ。特級取れるなら部隊長張れるからソイツも回収すれば私等の仕事モードちったぁ楽になるだろ」
先程まで魔王と話していた少女が告げる。
被っているベレー帽を脱ぐとその下から可愛らしい猫耳が現れる。
「んーまぁ、あずにゃんがそう言うなら一旦自衛隊預りで身柄の保証してから後日広報官派遣要請してみる?
国交結ぶ前だから正直、広報官派遣が承認されるのは五分だけど」
青年は少し面倒くさそうに後頭部を掻いた。
「アホか。お前が一言添えれば間違いなく来るだろうが」
「えぇー?だってそれやると入隊に際して僕まで彼女の入隊面接に付き合わなくちゃいけないじゃん」
「良いだろそれ位」
「制服のプレスクソ面倒くさい」
青年の言葉をあずにゃんと呼ばれた少女は腰に下げている日本刀の鞘でド突くという行為で返した。
「い、痛いなぁ。
まぁ、あずにゃんの目に狂いは無いしね。分かったよ」
青年は肩を竦めて、魔王の方に歩いて行き何かを話し合う。
事態がよく分からぬと言う顔の少女はあずにゃんを見上げた。あずにゃんは今すぐには無理だが日本に帰れるぞ、と笑い掛ける。
「ま、待ってくれ!
勇者様も居らずその女も居なくてどうやって我々は魔王を倒せば良い!」
「あぁ、ユウシャサマが望めば裁判が終わった後にまたこの世界に戻れる。
そうだなぁ、今回はかなり注目されてるし上告棄却されなかったしで2年前後で戻れるんじゃないか?戻れるなら」
あずにゃんの言葉に勇者の仲間は絶望の顔を、魔王は絶望を与える笑みを浮かべた。
「お前のお迎えは2、3日すれば来る。
その間、お前の身の安全と食事、睡眠、衣類に健康は保証される。その為の保証をお前の国に頼みに行くんだが……」
「あ、その必要は無いよ」
そこに青年が戻って来た。
隣には魔王がいる。
「魔王ことこのヴラディスラウス皇帝陛下がその子の身柄の安全を一時的に預かってくれるらしい。
一応、護衛じゃ無いけどウチの職員1人残して良いって言われたからみっちゃん残す事にした」
「私ですか!?」
長髪に狙撃銃を担いで居たハイエルフの少女が驚いた顔で青年とあずにゃんを見る。
「命令」
みっちゃんと呼ばれたエルフは酷い職権乱用を見た!とかパワハラだ!とか叫んでいたが青年とあずにゃんは相手にしなかった。
それからみっちゃんの隊はよろしくと青年が声を掛けて端末を操作した。すると行き成り空中が割れて深黒であるが何故か神々しい光が漏れる亀裂が走った。
「じゃ、撤収要員残して残りは戻るよ~」
青年はそう告げると亀裂に歩き出す。少女は思わず、その後を追うとするがみっちゃんにその腕を掴まれた。その表情は悲壮感に満ち溢れている。
「ごめんなさいね。
貴女にはまだ入国許可が降りてないの。二、三日後貴女にも入国許可が降りるわ」
「そう……なんですか」
少女は少しホッとした様子だった。
「此処から少し面倒臭いけど大事な話だから聞いてね」
みっちゃんは胸元から一枚の銀のプレートを取り出した。ビニールに保護されており、そこには何か文字が書いてあった。
「貴女の身柄は一時的に自衛隊が保護してるの。その理由は自衛隊法第77条4に明記されている国民保護等の活動に関しての項目第3項目に基づいているわね。
この項目に付いては此処に書かれている文章を確りと読んでね。難しい意味や読めない漢字があったら言ってね。分からないままにしないでね。読めなくても大丈夫。貴女はすでに十年以上日本に居なかったんだから」
「は、い……」
みっちゃんは優しく笑いかけると、プレートを少女に渡す。少女はジッとそのプレートを黙読し始めた。
時折、顔を上げて、みっちゃんに其処に書いてある漢字や言葉の意味を尋ね、更には其処に載っていない条文に付いても各人が必ず必携している異世界に行った際に必携すべき関連法全てが記載されている本を取り出し、引いて説明する。
その全てを説明するのに大凡1時間掛かったが、それでも説明しなければならない事項なのだ。
「じゃ、魔王様に部屋と食事を貰いましょう」
みっちゃんは少女の手を握り、背負っている狙撃銃を胸の前に提げる。少女はその狙撃銃にドキリとした。十数年ぶりに見る現代の物質が、狙撃銃だからだ。
手を伸ばして触ってみたい衝動に駆られたが、きっと阻止されるだろう。みっちゃんと呼ばれた彼女は温厚そうで少し抜けてそうだが、その隙は一切ない。数多の戦場を駆け抜けた少女からも読み取れる凄まじい数の死と殺しと絶望を乗り越えた者だけが分かる独特な雰囲気を纏わせている。
“こう”はなりたくないと少女は心に思うほどの想像すら出来ない過酷な場所を生き抜いてきたのだろう。
少女は魔王直々に案内して貰った部屋でみっちゃんと3日過ごした後、日本から来た広報官と呼ばれる自衛官と一時間ほど話をし、その後日本に戻った。
少女の名前はまだ無い。