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暁を渡る  作者: 雅
7/12

 謹慎が解けてすぐ、俺は呼び出された訳でもないのに、レオアリスの執務室に向かった。

 近衛師団を選んだのはただの打算からで、元から執着を持つつもりはなかった。だがそこを退く事ができるのかと問えば、情けない事に俺にそれ程の余裕はない。

 何よりも、興味を失って逸らされた瞳が、繰り返し俺の中に焦燥にも似た感情を生んでいた。

 三日間ずっと俺の意識にあったのは、その焦りだ。


 右手を上げ、執務室の扉を叩く。

 あの声が誰何した。

 名を名乗り面会を求めると、暫くの間の後に、入れ、と声が届く。

 鼓動が大きく響く。息を整え、重い扉を開けた。


 決意を固めて来たにも関わらず、その場に揃っている顔ぶれを眼にして俺は思わず足を止めた。何かの会議中だったのだろう、執務室には副将を始め、左中右軍の中将が全員顔を揃えていた。よくもまあこんな所に入れて貰えたものだと、他人事のような考えが浮かぶ。

 彼らの前に片膝を付き何をどう切り出そうかと迷っていると、俺が口を開く前に、机の向こうからレオアリスが声を掛けた。


「どうだった。初の謹慎の感想は」


 見上げれば、その顔にはどこかからかうような色が浮かんでいる。


「――感想、ですか」

「何かあるだろう。感想。それを言いに来たんじゃないのか?」


 そんなばかげた事で時間を取らせたい訳ではない、と言いかけて、注がれる視線に別の意味が含まれている事に気付いた。

 一度、深く息を吸い込む。レオアリスの瞳を見据えるように、俺は口を開いた。


「……三日間、冷静になる機会を頂きました」


 将校達は意外そうに顔を見合わせたが、レオアリスは特に表情を変える事も無く、それで、と聞いた。


「自分が何をしたいのか、解ったのか」


 それを得るために、俺はここに立ったのかもしれないと、ふと思った。

 深く頭を下げる。

 ただ、その問いに返す程の答えを見つけた訳ではなく、結局俺が選択したのは、ある種賭けの様なものだ。


 近衛師団が俺に価値があると認めなければ、結局ここにとどまる事はいずれ出来なくなるだろう。

 自分の存在価値を軍の中に見い出ださせようとするなら、何がそれに値するか。

 剣ではないだろう。他者を圧するほど抜きん出ている訳ではない。

 俺に可能なのは、分野を絞っていくと、あまり有り難くない結論が見えてくる。


 おそらく俺は、実際には内務の方が向いている。

 だが、近衛師団の中でもそれを求める道はあった。

 後から思えばひどく稚拙な思考だったが、その時にはそれが最適だと、そう判断したのだ。


「機会を与えて頂けるなら、私に、戦術の考案を任せていただきたい」


 この発言がどれほど無謀で、立場を弁えないものなのかは、自分でも解っていた。

 幹部候補とはいえ、一介の兵がいきなり階級も順序も飛び越えて、部隊の戦術を任せて欲しいなどと、俺が言われる立場だったら笑い飛ばすか、叱責するかのどちらかだろう。

 だが、それでも構わなかったし、おそらく他の誰が笑っても、レオアリスだけは笑い飛ばす事はないだろうと、心のどこかで確信していた。

 どこにそんな根拠があるのかと言われても、答えられない。ただ、そう思ったのだと、それだけだ。


 案の定、周囲の将校達は一様に呆れ果てた表情を浮かべ、口々に叱責の声を上げたが、レオアリスは興味深そうに俺に視線を向けた。

 それは初めて、ただ目の前にいる相手としてではなく、俺自身に向けられた視線だった。

 胃の辺りにわだかまっていた焦燥が、静かに消えていく。


「……単なる興味本位、という訳でもなさそうだが。お前に敢えて戦術を任せるだけの理由はあるのか」

「謹慎を命じられる前から、私なりに考えていた事です」


 退出しろと怒鳴る副将を片手を上げて宥め、レオアリスは俺を手招いた。机上に広げた陣形図を裏返した指で叩く。


「お前も何度か演習を見ていたと思うが、要はもっと違った戦術があると言うんだな」

「そうです。私なら……」

「ヴェルナー一等官! 差し出た口を叩くな!」

「いい」


 堪り兼ねて俺の胸ぐらを掴み上げた副将を制し、再び机の向うから俺を見上げた。


「それで、お前ならどうする」


 レオアリスの上に浮かんだ表情を見つめ、副将は諦めた顔で手を離した。それまであった僅かな躊躇いも、向けられる黒い瞳に押されるように消え、俺は向き直ると陣形図を指で差し示した。


「先日は左翼から相手の側面を衝いて破り、敵将を最速で押さえています。しかし、この時点で中央を侠撃すればより高い成果を得られたはずです。他の局面でも――」


 今まで見てきた演習の布陣、動き、それに対して自分の考える幾つかの戦術を説明する。

 レオアリスは面白そうに、黙ったまま俺の言葉を聞いていたが、ひとしきり説明して俺が言葉を切ると、顔を上げ俺を見た。


「……徹底してるな。なるほど。この戦術がお前の認識と言う訳だ」


 立ち上がり俺に向けた視線は、しかし先ほどと打って変わって、ひどく冷ややかだった。


「近衛師団の役割を言ってみろ」


 不意にかけられた質問に面食らった。入隊の際に繰り返し教えられた言葉を思い出す。


「――王を守護し奉り、その敵を排撃する事、です」

「その通り」


 広い机に両手を付く。


「俺達の役割は、いかに王の兵に損害を与えず、また最速で敵を排撃するかにある。王を守るのが近衛の役目、お前の言うような殲滅戦は必要ない」


 その言葉は、根本的な認識が間違っているのだと、俺に告げていた。


 投げられた言葉に思わず押し黙った俺の肩を、副将が軽く押しやる。副将や中将達の表情には僅かな変化があったが、その時の俺にはそれに気付く余裕などなかった。


「もう気は済んだだろう。退出せよ。この咎めは追って通告する」


 副将の言葉に押し出されるように部屋を出た俺の背に、思いがけず明るい声がかかった。


「また何か思いついたら持って来い。いつでもいいぜ」


 弾かれるように振り返った時、目の前で扉が閉ざされた。






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