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暁を渡る  作者: 雅
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「左中右いずれの中将も、全て異存はありません。上将のご意向の通りに」

「意外だな。もっと反対するかと思ったが」


 離れた所で交わされる会話に、意識がゆっくりと浮上する。


「元々、時期だけの問題でしょう」

「まぁ、一隊の都合だけで言えばな。今すぐだって必要だ」


 レオアリスと、誰か――副将が話をしているのだとぼんやりとした頭で思った。


「貴方を相手にあれだけの剣技を見せれば不満も出にくいでしょう。そこまでお考えになっていたかどうか怪しいものですが」

「そういう事にしておいてくれ」

「全く――。では、私はこれで」


 足音に続いて、扉の閉まる音が届く。

 眼を開ける。眩しい光が差し込み、俺は眼を覆うように手を翳した。

 途端に、全身の筋肉が悲鳴を上げる。


 窓から差し込むのは、熱の失せた西日だ。眩しさに目を細めながらその光を辿って、窓際に誰かが立っているのが分かった。

 俺の気配に気付いたのか、振り返る。


「気分はどうだ?」


 笑いを含んだ声の響き。

 ゆっくりと近づいてくる、その姿を眺める。

 寝台の脇に立って、レオアリスは俺の顔を見下ろした。


「限界まで動いて、少しは気分が晴れただろう」


 俺より年下の癖に、分ったような口を利く。だが、少しも悪い気分ではなかった。

 痛む身体を引き起こし、寝台の背に寄りかかって改めて見回すと、どうやら医務室のようだった。

 レオアリスがどこか得意げに腕を組み、首を傾げる。


「お前、また謹慎だからな。上官への反抗と暴言、分不相応な振る舞い、隊の規律を乱したって事で、通常は放出処分だが――。まあ今回は俺にも責がある。口きいといてやったから、七日間くらい寝てろよ。普通いないぜ? 入隊早々半月も謹慎を食らう奴は」


 これだけ叩きのめしておいて、尚且つ七日間もの謹慎処分を与えて――何しろ処分を命じるのは第一大隊の将であるレオアリス本人なのだ、それで得意そうに言うものだろうか。

 先ほどまでの、触れるものを切り裂くような空気は、すでにその周りにはない。年相応の、少年らしさ残した気安げな雰囲気だけだ。


「全く、世話の焼ける奴だ」


 顰めつらしくそう言うと、肩を竦めた。

 おそらく彼にとって俺は、ただそれだけの存在なのだろう。

 家も、名も、何も関係はない。隊の規律も守らず、乱闘騒ぎを起こし、挙句の果てには職分を越えて大将に手合わせまで申し出る。


(これは、とんでもないな)


 ふいに笑いが込上げ、痛む身体の対処に困りながら、声を立てて笑った。笑いながら思う。声を出して笑ったのは、いつ以来だっただろう。

 笑っている俺を、レオアリスは不審そうに眺めた。


「何が可笑しいんだ。頭でも打ったか?」


 尚も笑いが止められないでいると、さすがにむっとしたのか、眉を顰める。


「お前。いい加減に笑いやまないと、本当に除隊させるぞ」


 そう言うと、背を向け扉へと向かった。取っ手に手を掛けたところで、慌てて引き止めた。


「待ってください。それは困る」


 眉を顰めたままレオアリスが振り返る。


「除隊は、勘弁していただきたい」


 レオアリスは少しの間、表情を崩さずに俺を眺めていたが、やがてあの呆れたような笑みが浮かんだ。


「……だったら、七日間おとなしくしてろ」

「七日経ったら、また手合わせをしていただけますか」


 その頬の呆れた色が、更に濃くなる。


「お前なぁ……。七日したら、また謹慎処分を受けるつもりか?」

「それもまぁ、仕方ないでしょうね」


 漆黒の瞳に深い夜の色を湛えて、俺に向けられる。どこまでも深く、けれど俺が今まで眺め続けてきた果ての無い闇ではなく、その先に光を透かし見る色だ。

 それが何を見つめてきた故の色なのか、その時の俺には量りようもなかったが、何のしがらみも無くただ俺に向けられる、その瞳が心地良いのだと、そんな事を思った。

 この瞳の前で俺は、俺以外の何者でもない。


 だが、その真っ直ぐに相手に向けられる瞳は、王都にあっては、この若い将には有意にばかり働きはすまい。

 俺は必要だろうか。この将に?

 そうであるならば、俺があの家に生まれた事すら、価値のあるものに変わるだろう。


 口を開いて言うべき言葉を捜し――やがて諦めたように閉ざして、レオアリスは再び俺の横に立った。


「その必要はない。今回の処分が解け次第、お前は俺の直轄の預かりとなる。……他の小隊に居ちゃ、准将の頭が禿げちまうからな」


 思いもかけない言葉に眼を見開いた俺の前で、レオアリスは一軍を預かる将の空気を纏った。

 その空気に押されるように寝台を降り、その前に片膝を付く。

 頭を下げた俺の前に、差し伸べるように、その右手が延べられる。


「ロットバルト・アレス・ヴェルナー」


 ゆっくりと。

 自分が形作られていくのを感じる。

 それは、俺自身を呼ぶ名だ。


「近衛師団第一大隊参謀部の任を命ずる。処分が解かれ次第、速やかに参集せよ」

「――謹んで、承ります」






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