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白薔薇の剣-最後の王女の物語-<番外編>  作者: 葵れい
【4周年アンケート企画御礼】
4/6

 白薔薇の耳かき


 オヴェリアが帰ってこない。

 フラリと部屋を出て行って、もう小一時間にもなる。

 最初は手洗いにでも行ったのだと思っていたが――。

 2日ぶりの町だった。

 街道沿いの町は、そこそこ規模も大きく人も多かった。

「おい、ここを女が通らなかったか?」

 部屋を出たカーキッドは、受付にいた宿の主人に詰め寄った。

「お連れの方ですか? それならば、少し前に出て行かれましたが」

「どこに行ったかわかるか?」

「さあ、そこまでは」

 カーキッドは歯噛みした。

 宿を出た? 一人で一体どこへ?

 ゴルディアへと続く旅、これまで幾つかの町に立ち寄ってきた。

 だがたった1度も、オヴェリアが1人で出歩くような事はなかった。

 これは一体……? カーキッドの胸に悪い予感が過る。

(まさか、刺客が)

 自分も悪かった。オヴェリアが刺客に狙われているのはわかっているのに。目を離した一瞬の事だった。

 いや、むしろそれは油断だった。

 ……そして現状最悪の点は、オヴェリアが白薔薇の剣を置いて行った事だ。

 あれほどどこに行くにも持ち歩けと言ってきたのに。何度も何度も言い続けてきたのに。

 最近ではようやく、常に剣を持ち歩く事にも慣れてきたように見えたのに――。

 今、オヴェリアは剣を持っていない。

 剣を持っていない彼女は、無力だ。

(もしこの瞬間を刺客に狙われたら)

 最悪の想像が浮かぶ。

 カーキッドは宿を飛び出し辺りを見回す。

「クソ」

 宿の外は食堂街となっていた。夕刻という事もあって、いい匂いが鼻をくすぐる。

 ……匂いに釣られて嬉しそうに駆けていく姫君の姿を思い浮かべ、カーキッドは首を横に振る。いや、あいつはそこまで飢えてはいないはずだ。そう信じたい。

 だが……ぼんやりと町を眺めている間に、刺客に拉致されたとしたら? 抵抗できないままに、もし、剣を突きつけられていたら――。

 地面を蹴るようにして走り出そうとした瞬間、目の端に、白い人影を見た。

 ハッと振り向くと、通りの先に見慣れた女が立っていた。オヴェリアだ。

「……ッ、」

 名前を呼びそうになってカーキッドは声を呑み込んだ。人前で名を呼ぶ事をためらったからだけじゃなかった。

 足取りがおかしい。

 フワフワと地についていないような歩き方……そして。

「あ……カーキッド……」

 目の焦点が定まっていない。

 悪い予感が的中したのだと思った。

 カーキッドはかっさらうようにしてオヴェリアの腕を掴み、宿へと引っ張る。

「痛ッ……」

「どこだ、どこを斬られた!?」

「え?」

「傷口見せろ!! 急げ!!」

 これまで相手にしてきた刺客は、ほとんどが武器に毒を仕込んであった。

 首をグイと押し倒し、傷がないか確認する。

「ちょっ、痛い!」

「どこがっ!!」

「あなたの手が、です!!」

「……」

「痛いです。手を離して」

「……ああ、悪い」

 パッと手を離して見ると、少しむくれた様子のオヴェリアが見上げていた。

「お連れ様見つかったんですね」

 2人を見つけた宿の主人が、ニコニコとそう言った。

「随分心配してみえましたよ?」

「心配なんぞ、してねぇが」

 宿の主人の言葉にかぶせるようにして否定をしながら。

「お前、また剣を持って行かなかっただろうが。何度言えばわかる」

「あ……ごめんなさい。忘れてた」

「忘れてたじゃねぇ!」

 刺客に襲われたわけじゃないのか? ならば一体今までどこに?

 問い詰めようとしたカーキッドに背を向け、オヴェリアはさっさと部屋に戻って行く。

「おい!」

 それをカーキッドは慌てて追いかけるのだが。

「お前、一体どこに行ってた!?」

「……え?」

「1時間近くも、どこに行ってたかって聞いてんだっ!!」

「……」

 オヴェリアは全く答えない。

 部屋に入って、いよいよ真剣に問い詰めようと気合いを入れた瞬間。

「お前、どこに――」

「あのっ、あのねっ」

 ようやくクルリと振り返ったオヴェリアは、満面笑顔で。

 手に持っていた物を、嬉しそうにカーキッドの前に付き出したのだった。

「これっ! 見てください!!」

「……何だよ」

「見て、これ、ここ! 白薔薇」

「あん?」

 彼女が持っていたのは、楊枝よりも長い棒。

 ……いや違う。カーキッドは目を凝らす。

「これは、」

 ――耳かき棒だった。

 しかも、頭の部分に白薔薇の飾りが付いている。

「……何だこりゃ」

「白薔薇がついていたの! だから買ってきたんです!!」

「……は?」

「かわいい、よね?」

「……」

「これねっ、これねっ……耳をお掃除する道具なんです!」

 知ってる。しかしカーキッドは何も言えなかった。

「耳の中をほりほり、かきかきって」

「……」

 この姫様は何を言ってるんだろうかと思った。

「さっき宿を探している最中に、通りがかった雑貨屋さんで見つけたの。それで……どうしても気になって」

「一人で買いに行ったのか?」

「……」

 オヴェリアは、コクンと頷いた。

「何で一人で行った?」

「ご、ごめんなさい……」

「……せめて剣は持ってけ」

「慌ててたらつい」

 危機感がない……なさすぎる……。

 前から薄々と、この姫様のマイペースっぷりには気づいていたものの。

 耳かき棒を買うために、丸腰でウロウロしていたとは……。

 カーキッドは思った。むしろ刺客は今、何をしていたんだろうかと。絶好のタイミングだったぞと。自分が刺客の上司だったら、部下を全員張り倒すと思った。役立たずにもほどがある。むしろやる気ないだろう。

「あのね、カーキッド」

「……」

「だから、その……」

「……あ?」

「耳かき棒、買ってきたの」

「ああ、見りゃわかる」

「だから……その……」

「……………何だよ」

「あの……あのね」

 唖然とするカーキッドの前で、モジモジしているオヴェリアは。

 最後に、ダメ押しの言葉をカーキッドに突きつけたのだった。

「耳かき……させて?」





「嫌だ」

「え……、せっかく買ったから……」

「絶対嫌だ」

「大丈夫、ちゃんとやりますから」

「断る」

「そっとやるから。丁寧に優しくするから、ね?」

 カーキッドはそれでも断固として言った。

「絶対に断る」

「何で?」

 刺されると思ったからだった。鼓膜を破られるような気がしたからだった。

 確かにオヴェリアの剣の腕は一流だ。何と言っても、薔薇の御前試合で頂点を極めた腕前だ。

 だがそれとこれとは別だ。

 耳かきとオヴェリア。

 ……そして、ずっと消えない嫌な予感。

「嫌だ」

 理屈ではない。本能が彼に囁き続けている。

 やめておけと。諾と言ったらえらい事になるぞと。

 耳は大事だ。

 聞こえなくなったら困る。

 だがオヴェリアは、彼の頑なな態度に少なからずショックを受けた様子だった。

「ほらっ、これも買ってきたから。『正しい耳かきの仕方』。全300ページ」

 受け取ってパラパラと見る。そこには文字がぎっしり。しかも文章は上下段になっている。

「何だ、こりゃ……」

「耳かき棒とセットで600リグの所を500リグにまけてもらったんです」

「アホな買い物してんじゃねぇ!!」

 本と棒を奪い取り、返品してこようと思った。

 だがじっと見つめるオヴェリアの目が何とも言えず切なくて。

 カーキッドはため息を吐いた……盛大に。かなり心の底から。

「……もういい……耳をよこせ」

「え?」

「俺の耳はいいから。……俺がやる」

「……何を?」

「耳かきに決まってんだろ」

「……」

「横になれ」

「……」

「さっさとしろ」

「い、嫌です」

「……は?」

「嫌です。耳かきをするのは私です」

「それは嫌だっつってんだろ。するのは俺だ」

「嫌です。私があなたの耳をほりほりするんです!」

「うるせぇ。俺がやるって言ってんだ」

「あなたに耳かきができるわけがありません!」

「何言ってんだ!? 俺はこう見えても、傭兵仲間の間じゃ耳かきの達人として名前が通ってたんだ! 〝耳かき仙人〟とも呼ばれた事があるんだぞ!!」

「鬼神とか仙人とか、あなたは一体何なんですかっ!!」

「何でもいい!! 俺の膝の上に寝っ転がれ!!」

「い、嫌ですっ!」

 赤面して首を振るオヴェリアに、カーキッドは白薔薇の耳かき棒をチラチラと振って見せる。

「せっかく買ってきたんだろうが。ほれ、ほりほりしてやるぞ!?」

「嫌です……汚れてたら、恥ずかしい」

「中に何にもなかったら、つまらんだろうが」

「嫌です……カーキッドこそ、私のお膝にどうぞ。ほりほりしてあげますから!」

「……」

「ほら、ここにっ。ほらっ、寝転がっていいですよ? 私の膝に!」

「……」

「……」

「……」

「……急に無言にならないでください」

「……いや、……鼓膜破られるのとどっちがいいのかと……」

「破りません!!」

 白薔薇の耳かき棒を持って、言い合う2人。

 そんな二人を、白薔薇の剣は無言で見つめている。

「わかりました、じゃんけんで負けた方が膝に横になるという事で」

「……嫌な予感しかしねぇ」

「グズグズ言わない! さぁ、じゃんけん、ホイ!」




 ハーランド王国唯一の王女、オヴェリア・リザ・ハーランド。

 その彼女と寝食を共にしているだけでも幸運と言えように。

 さらに、その膝枕に拝謁できるなど、こんな幸せはないように思えるものの。

「さあ、入れますよぉ……!」

「お前っ、手が震えてるじゃねぇかっ!」

「動かないでください! 鼓膜を破りますよ!!」

「頼む、破らないでくれっ! 命だけはどうかっ」

「大袈裟です、カーキッドは」

 ……異国で鬼神やら仙人やらと呼ばれた男は、本当の幸せを知らない。

 やがて起こった悲鳴に、宿の主人はびっくりしたものの。

「仲が良い事で」

 とニコニコ笑ったらしいというのは、嘘か真か。




「耳ぐぁー!!!」

「騒がないっ!!!」

「もういいっ!! 俺に耳かき棒寄越せっ!!」

「嫌です!! 汚れてるから!!」

「せめて梵天でワサワサってしてくれっ、それなら鼓膜に被害はないっ!!」

「梵天ついてないんです。我慢してください」

「ぐぁー!!」

「うるさいっ!! んもー、耳に息吹きかけますよっ!?」

「え」

「ふーーーーーーー」

「――」

「……あ、黙った」

「…………」

「……何か面白い。もっかい、ふーーーーーーー……」

「や、やめんかっ!!」

「……お、面白い……」

「面白がるなっ! やめろ、息かけんじゃねぇ!! やめろっ、待てっ! ……うぐぁぁぁぁぁ!!」










「本当に、仲のいい事で」





2017.5.10~5.20の間に行いました、「読んでみたい短編アンケート」企画のお礼番外編集です。


<結果>

 1位……オヴェリアとカーキッドの恋愛物

 2位……オヴェリアの耳かきか看病

 3位……デュラン氏の講義

 4位……赤ちゃんを拾ったオヴェリアとカーキッド

 5位……武大臣の謎の私生活/M-1を目指したカーキッドとデュラン

 6位……姫様たち4人の仲良し物語/本編

 7位……カーキッドの料理教室


 1位は、サーガフォレスト様2周年フェア用として書かせていただきました。

 http://www.hifumi.co.jp/books/info/saga_forest_2nd.html


 

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