#009 家族の食卓 #03
自室に戻り、明日の確認をする。明日のHRは、役員決めと一年間の目標と――って、一年間の目標なんて小学生みたい。
中学の頃はそういうのがなかったのになぁ。何を書けばいいのかしら。
目標に『ともだちをいっぱいつくることです』って書いたら、ふざけてると思われるかな。
当たり障りのないお喋りができるような、普通の友だち……できるかなぁ。
――ひとりでよかったんじゃないの?
自問自答。まだ気持ちが揺れている。
美晴の今日の態度が、実は単なる気まぐれだったらどうしよう、と不安に思っているのは事実。
明日登校した時に知らん顔されたら? 他の人たちとこそこそ、くすくす、あたしの様子を窺いながら内緒話をされていたら?
――それなら最初からひとりの方がいいに決まってる。
でもそれも嫌だな。なんとなく。
ふと、春一兄さんが高校生だった頃を思い返す。
当時の兄は今のあたしより、あたしの二歳上だというマサキより、ずっと大人に見えていた。既に『長男』の自覚があったからなのか、それともあたしが小さかったからか。
兄さんはあたしみたいな不安がなかったのかしら。
なんとなく鏡を手に取り、『子どもっぽい』とよく言われる顔を覗き込む。
こんなあたしでも、小学生が見れば大人っぽく映るのかな……よくわからない。
気難しいところもあるけど、知識が豊富で人当たりが柔らかい長兄。
大学生活では、羽を伸ばしているのだろうか……それとも『長男』であるための勉強に打ち込んでいるのだろうか。
大学ってどんなところなんだろう。
兄さんが行ってる大学はちょっと特殊だから、サークルやコンパっていう話をよく聞くような大学生のイメージと違うことはわかる。
でも親元を離れていることには変わりないし、今までとは違う生活を送っているに違いない。
『お家』のせいで、春一兄さんは自由に彼女を作れなかった。そう、あたしは思っている。
敬二兄さんの被害は、もっとずっとはっきりしている。
敬二兄さんがいじめられた時に、母さんたちは『家』の力を使って無理矢理解決させたことがあったのだから。
実際はちっとも解決してない――結果的に、敬二兄さんの数少ない友だちまで離れてしまい、ひとりぼっちになっただけ。
だからできればあたしは『お家』のことを知らない人たちの中で、この三年間を平和に楽しみたいの。
今日、美晴にはどんな風に思われたんだろう。友だちになれそうな子、って思ってもらえたかなぁ。
そういえば、明日の放課後って、部活勧誘とか見学とかが始まるんじゃなかったっけ?
マサキの用事に付き合ってたら、見学できないのかなぁ……
「今日は早めに寝なさいよ。さやか、入学式で疲れたでしょ」
階下から母さんの声が響く。
「はぁい……おやすみなさい」
そんなすぐには眠れそうにないけどね……
* * * * * *
今日も暖かい陽射しが降り注いでいる。
若葉が顔を出し始めた樹々は、どれもこれも大人しく佇んでいる。
あたしは自転車だから朝の冷たい空気が頬に当たるけど、徒歩の人は少し汗ばむかも知れない。昼間は上着も必要ないかも。
雪解けがますます進みそうな、春めいた天気だった。
校内に入ると、外との対比のせいなのか薄暗い。ひんやりとした床を靴下越しに感じて、つい身震いをする。
でも帰る頃にはきっと、この床の冷たさが気持ち良く思えるんだろう。と、上履きに足をつっかけながら考える。
教室にはまだ数人しか来ていなかった。
列車通学の美晴と、彼女の同窓生らしき男女数人。昨日ナミに咳払いしてた文系男子。名前はなんだっけ。まだ覚えていない。
そして、窓際の一番後ろのマサキ……は、また寝ている。
「おはよう、さやか」
美晴のまっすぐな笑顔が嬉しい。「おはよう」と、あたしも笑顔で挨拶を返す。
よかった。と、何故か安堵しているあたし。
やっぱり『相手にされなかったらどうしよう』という不安がある……だから、本当はひとりでいた方が安心するんだけど。
ただ挨拶をしただけなのに、まだ緊張でどきどきしてる。
席に着くと同時に、マサキが顔を上げた。
なんとなく目が合ってしまったからには、挨拶しないといけないような気分。
「おはよう、マサキ、くん」
「お」
短く応えるマサキ。でもそれ、挨拶じゃないような気がするの……
続いて今日の放課後の話をされるのかと身構えて待っていたら、マサキはまた机に突っ伏した。
少し拍子抜けしながら、カバンの中身を出す。今度は相手にされなかったことに安堵している……我ながら変なの。
準備を済ませてしまって手持無沙汰でぼぉっとしている間に、そろそろ生徒の半数以上が登校して来る時間になりつつある。
教室も廊下もざわざわと騒がしい。
一歩外側から眺めて、みんなそれぞれの『楽しい』という空気だけをあたしも共有しているような、そんな気分。
この時間帯はざわめきと共に緊張も高まって来るけど、結構好き。
「ねえさやか、昨日の話なんだけど――」と、美晴があたしの席まで来た。
昨日の……どの話だろう?
曖昧に返事をしながら急いで思い返していると、突然、廊下に嬌声が響いた。
驚いてビクリと肩が震えてしまった。
でもそれはあたしだけじゃなく、美晴も、教室にいた生徒たちも。一斉に廊下の方へ視線を向けた。