#087 名も無き #07
「携帯電話ですか?」
おしのちゃんが首を傾げる。
数台の携帯電話の形はみんな同じように見えるけど、それぞれ施されているデザインが違っていた。
これをあたしたちに見せるために呼んだの?
新品ぴかぴかの携帯が並んでいる中で、特にあたしの目を引いたのは、黒と見間違えるほど深い紺色の携帯だった。
光の加減で紺色が深い紫色にも見え、その中にきらきらと細かく金色の粒子が輝く。石に例えれば『紫金石』のような色合い――いやそれよりも、天の川を切り取ってみせたような、といった方が合っているかも知れない。
その色合いも星屑のような輝きにも、不思議な奥行きがあった。
そして控え目に、桜の花びらが舞っている。
あたしが一番好きな花。一番好きな季節の風景……
「――きれい」
思わずつぶやいたあたしの声は、他の人の台詞と重なった。
顔を上げると、おしのちゃんはピンクと白が微妙に混ざり合ったデザインの携帯に手を伸ばしている。
イチゴミルクのキャンディを思わせるようなマーブル模様は、確かにおしのちゃんの好きそうな色合いだった。
それから、美晴のシャープペンシルみたいな色の携帯もある。
でも単純にシルバーなだけじゃなくて、光が当たると虹色に輝き、貝殻を磨いたような不思議な光沢。
凝ったデザインの携帯ばかりではなく、他には、ただシンプルに――でも目の覚めるほどに鮮やかな黄色だったり、ピアノのような深い艶の黒だったりする物もある。
赤と黒、緑と黒、などの色違いのチェッカー柄のものもいくつか並んでいる。
どれもが街の携帯ショップでは見たことがない色だった。
多分注文を受けてから一台ずつカラーリングする、オリジナルデザインというものなのだと思う。
でも部外者のおしのちゃんまで呼んで、これを見せてどうするんだろう?
あたしは先輩の意図がわからずに首を傾げた。
「あの、先輩、これって……まさか」
美晴の声が何故か少しうわずっていた。
美晴はあたしたちと違って、『きれいな物』ではなく『意外な物』を見たような表情をしている。
「あ、そうそう。この前の話、あいつから聞いたよ――これ全部、ミハルさんが選んだんだってね」
高見先輩は美晴に向かって意味ありげな笑顔を送った。
それを聞いた美晴は一瞬むっとした顔になる。文句を言いたそうな、でもその頬がほんのり赤く染まっていて、どことなくばつが悪そうな……普段の美晴なら決してしないような表情になった。
――あいつって誰なのかしら。美晴と高見先輩の共通の知り合い?
でも美晴は何も言わず、貝殻のような色合いの携帯に手を伸ばした。
「つまり、これはあたしたち用ってことですか?」
「そうだね……そう思ってくれて構わない」
先輩はにっこり笑ってうなずく。
「あ、でもメールやネットの書き込み内容はその都度こちらに転送されるし発着記録も残る。それで困らない程度になら、好きなように使っていいよ」
――あらら?
先輩と二人だけの秘密の話でもあったのかしら。
なんだか美晴に追い越された気分になる。もう早先輩の『正体』を知ってしまったのかしら。
まぁ、美晴の情報網なら、近いうちに調べ上げられるんじゃないかとも思っていたけど。
「え? これ使っていいものなんですか?」
おしのちゃんがしっかりとイチゴミルク色の携帯を握り締めて質問する。
子どもが欲しいおもちゃを掴んで放したがらない様子にも見えて、やっぱりおしのちゃんはかわいい。
くすくす笑っていたら、美晴があたしにも無言で携帯を押し付けて来た。
「え? ちょっと……あたし、自分の携帯って持ってないよ? これどうすればいいの?」
新品の同一機種ばかりなので、新製品の調査か何かで機種変更をさせるのだろうとあたしは考えていた。
だから、携帯を持っていないあたしには関係ないと思って、完全に他人事として眺めていたのに。
ずっと憮然としていた美晴が、あたしの言葉を聞いて笑い出す。
「さやかは携帯を持ってないから、これが必要なのよ。時々ほんとに面白いこと言うのね」
多分それ誉め言葉じゃないような……
でも、どういうこと? 携帯が必要って。
あたしだけじゃなくて、おしのちゃんもよくわからないという顔をしているし。




