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目にはさやかに見えねども  作者: 楪羽 聡
第一章 はじまりのはじまり~初めの一歩
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#008 家族の食卓 #02

 ふいにまた、母さんが尋ねる。

「部活はどうするの?」


「ん~、明日の午前中に部活の説明会みたいなのがあるらしいから、それ見て決めようかなぁって思ってる」


 本当は天文をやってみたい。小さいけど、専用のドームもあるらしいし。

 ここの授業では地学がないという話を聞いて、入学前からあたしはかなり落ち込んでいた。高校で一番受けたかった授業が地学だったから。


 もっとも、数年前までは地学の授業もあったらしいという話だった。

 でも受験にあまり関係ないという理由で選択する生徒が減ったために地学のコマそのものがなくなり、その他の単位に振り分けられたのだとか。

 だからでもせめて部活だけでも好きなことができれば、少しは楽しい高校生活を送れるんじゃないかしら。


 部活の説明会は明日……説明会ってどんな感じなんだろう。



「帰宅があまり遅くならないような部にしてね」


 母さんは時々無茶を言うと思う。

 天文部で遅くならないような活動って、太陽を観るくらいしかできないと思うんだけど。



 あたしと敬二兄さんの席には小さな寿司桶が並んでいる。

 入学式だからお寿司を取ろう、なんて聞くだけなら気前のいい話だと思う。でもあたしはお寿司は少し苦手だった。

 マグロとかイクラとか、割と人気があるらしい寿司ネタが軒並み苦手で、そのうえ、さび抜きじゃないと食べられない。


 お寿司が好きなのは、本当は敬二兄さん。今日はあたしの入学式なのに……どうしてあたしに訊いてくれなかったのかしら。



「――てね? 聞いてる?」

 母さんの念を押す声で我に返った。


「え、ごめん、なんだっけ」

「もう――運動部は怪我をするから駄目よ? それから、低俗な部もやめてちょうだい」



 ――はぁ……またそのお説教かぁ。


 何度も繰り返されてる方は飽き飽きしているんだけど、言う方は飽きないみたいね。それとも、言ったことを忘れちゃってるのかしら。

 もう二年近くも前の話。とっくに諦めたはずなのに、まだ時々胸の中がもやもやする。できるんなら大声で叫びたいという衝動に駆られる――実際はそんなことできないけど。


「運動はもうやんないよ……部活は色々あるみたいだから、一週間ゆっくり考えるつもり」

 感情を抑えて、やっとの思いで母さんにこたえる。


 結局母さんは、あたしより『お家』が大事なんだなぁ……そう思っていると「町田さんちの子が、なんて言われるような真似はしないでね? わかった?」と、更に追い討ちをかけられた。


 一回でいいから『あなたの好きなようにしなさい』って、言ってもらえたら嬉しいのになぁ。



 母さんは続けて『町田さんちの長男』である(はる)(いち)兄さんについて並べ立てる。

 でもあたしが春一兄さんと一緒に通学したのは小学校の時の一年間だけ。

 六年生との体格差は結構なものだから、兄さんが大きかったっていうことは覚えてるけど、母さんが自慢する『品行方正な』というイメージは浮かばない。

 今は大学の寮に入っていて、長い休暇の時にしか帰って来ないし。



「――だからさやかも、お兄ちゃんみたいに先生やお父さんの言うことを――」


 説教を聞きながら食べるごはんって、ほんとに味気ない。

 あたしと(けい)()兄さんと母さんで食卓を囲んでいるけど、敬二兄さんはニュース番組に集中してるし、母さんは一緒に食事を摂らない。これってひとりで食べているのとどこが違うんだろう。

 いっそのこと、説教を聞かなくていいだけ、ひとりの方がマシかも知れない。



 この時間、父さんはまだ仕事をしている。

 父さんは仕事で忙しくて、普段ほとんど家にいない。

 うちに来るお客さんたちは父さんのことをとても尊敬しているし、あたしも仕事をしている時の父さんは尊敬してるし、かっこいいと思っている。


 でも本当は、家でくつろいでる父さんの方が好き。

 たまに思い出したように、自分の小さかった頃や学校の寮に入ってた頃の話をしてくれる時の、楽しそうな顔も好き。

 最近は、顔を見ること自体が少なくなってしまったけど……できるのならもっと一緒に過ごす時間が欲しい。


 多分母さんはこう言うんだろう。


「お父さんはお仕事で忙しいの。無理を言って困らせては駄目よ」



 友だちと食事をする風景を想像してみる。

 例えば今日一緒に駅まで帰った美晴。あの子とお昼を食べるのって、どんな感じだろう。

 美晴はお弁当を持って来る予定って言ってた。でも、学食のメニューも結構気になるって――あぁ、すっかり忘れてたけど、高校って給食じゃないのよね。


「あのね、母さん。あたし明日からお弁当か学食なんだけど」


 母さんはちょっと目を見開いて、困ったような声で言う。

「あら……お弁当なんて考えてなかったわ。もっと早い時間に言ってくれれば材料買っておいたのに。悪いんだけど、お金あげるから学食行ってもらえる?」


「うん、わかった。ごめんね。あたしも言うの忘れてて」


 学食の()()()が美味しいって話を美晴がしてた。明日早速試してみよう。

 そう考えながらおかずの残りをやっつけ、お茶を一気に飲み干す。

「ごちそうさま」

「あら、もういいの?」と、母さんはマグロやサバが残っているあたしの寿司桶をちらりと見る。

「うん。ポテトとか、美味しくて食べ過ぎちゃった。お腹いっぱいだから」


 本当は、お寿司よりもケーキの方がよかったんだけどなぁ……


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