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目にはさやかに見えねども  作者: 楪羽 聡
第四章 退屈な日常~憂鬱なお姫様
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#076 退屈/憂鬱 #16

「うん、さやかちゃんはやっぱりいい子だ……お友だちが心配だったんだよね。わがまま言いたくなる気持ちはわかるよ。僕だって同じことしたと思うし」


 そう言いながら電話の相手はやっぱり笑ってる。でも今度は、ふふ、って柔らかい、優しい声だった。


 この人、あたしのこと子どもだと思ってる気がする――実際そうだけど。子どもだと思われてもしょうがないけど。



「すみません……」


「ううん……でももう大丈夫だから、さやかちゃんは安心していいんだよ。ね」



 その言い方はやっぱり、小さい子どもに言い聞かせているようで……でも、毛布をふんわりと掛けられた時のような、ほっとする瞬間を思い出す。




「あの、ありがとうございます」


「ん」と短い返事に続いて、ふぅ……っという、かすかなため息のような音が聞こえた。


 ――あ、ため息じゃなくて、これってやっぱり煙草なのかしら。




 電話の向こうの相手は、あたしが知らない『大人』の人なんだ――改めてそう思った。

 その途端に何故だかどきどきして来る。



「あの、高見先輩にもお礼を伝えてください。さっきは、その、忘れちゃって」



「ん……ふふ、わかった。伝えておくよ。じゃあね。おやすみ」

 また小さく笑って、相手は電話を切った。




 あたしがまだ小さかった頃には、母さんもあんな声で『おやすみ』を言ってくれてた。

 その時のことを思い出して、胸が暖かくなるのと同時に、苦しくなった。



 うちの家族は、いつから気持ちがすれ違ってしまったんだろう。



 * * *  * * *



 ゆうべは結局、試験勉強どころじゃない気分でそのまま寝てしまった。

 そのおかげで逆に早起きできたんだけど。


 だから今日も早めに家を出た。

「人がまだ少ない時間帯に教室で勉強する予定なの」と、母さんには説明して。



 ――本当は、おしのちゃんが気になるからだけど。





 教室に入ると、早朝列車組の美晴と陸上部の斎藤くん相場くんが、挨拶代わりに笑い掛けて来る。


「今日も早いのねぇ、さやか」

 美晴は普段と変わりない様子。


 たなっちは本当に、同じ街にいるあたしにしか連絡しなかったみたい。




 仲良くなって来た他のクラスメイトにも挨拶を返しながら、ノートを開く。

 数学の問題集に意識的に集中しているうちにどんどん熱が入り、気付くと予鈴が鳴っていた。



 集中し過ぎて、頭がじんじんと痺れている。朝から頑張り過ぎたわ……


 頭を振りながら、おしのちゃんを探す――あぁ、ちゃんと来てる。よかった。




 クラスメイトとお喋りしている内容は、どうやらゆうべのドラマらしく、ナントカくんがかっこ良かったとか、あたしにはわからない会話が聞こえている。


 うん、普段と変わりないように見える。

 遠目だから細かいところまではっきりとは見えないけど、目が赤いとか叩かれたっぽい跡とかもなさそう。



 ――って、叩かれるかもなんて、どこからそんな発想が出て来たのよ。



 叱られて泣くかも知れないけど、叩いたりなんて普通はしないわよね。あたしってば心配し過ぎ。



 自分の想像力の方向性に呆れていると、おしのちゃんと目が合った。

 一瞬構えてしまったけど、おしのちゃんはにっこりと笑ってから、またお喋りを続ける。


 どうやら昨日の話は無事に解決したみたい。





 たなっちもいつもと変わらず眠そうな顔でのんびりと出席を取る。

 意味ありげな目配せもなしで、そのままHRが終わった。時々目が合ったような気はしたけど、多分気のせい。


 試験前の授業は試験範囲の復習が中心で、ひたすらやり直しやプリントの穴埋めで、退屈な時間が多い。




 そしてようやくお昼の時間――おしのちゃんがいつものように、目をキラキラさせて、食堂に誘いに来た。





「――でね、タカシくんがふられちゃったんだけど……」



 今日はあたしたち三人でお昼を食べて、話題の中心はいつものようにドラマのこと。あたしはうんうんとひたすらうなずきながら、美晴は聞くともなしに聞きながら、食事が進む。



「でも、随分余裕ねぇ……試験前にもドラマって」

 おしのちゃんが気の済むまで話した後に、美晴が笑いながら言う。



「あったりまえじゃない。観なきゃ死んじゃうわよぉ」



「おしのちゃん、すぐ死んじゃうのね」つい、あたしも笑ってしまう。

「そんなにドラマが好きなら、女優さんになるのはどう?」


「やだぁ、さやかちゃん。あたし演技って全然駄目だもん。それより、現実がドラマティックなのが最高なのよ……」



 おしのちゃんは途中からうっとりした口調になり、何かを思い返しているようだった。



 あたしと美晴は顔を見合わせる。


 昨日、何かあったのかしら?


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