#069 退屈/憂鬱 #09
母さんは、自分が話したいことだけを一方的に喋っていた。
「ヨソさまと比べても何もできない子だから、ねえ? 年上の人の方が――」
あたしを『なんにもできない娘』に育てているのは、母さんなのになぁ……
その一方でたびたび持ち出すのが、お見合いだのいいなずけだの、随分と時代遅れな話。父さんと母さんはお見合い結婚だったからか、母さんの言葉の端々には、「さやかにはお見合い結婚が合っている」という考え方が見え隠れしている。
なんにしろ、とにかく話を聞いて欲しいだけ……とりあえず聞いてるっぽい相手がいれば、相手が聞いてようが聞いていまいが関係なしなのよね。
「さやか、そろそろけいちゃんを呼んで来てちょうだい」
あ、いつの間にか話が終わったことになっているらしい……よかったぁ。
敬二兄さんは最近、ゾンビをやっつけながら謎を解くとかいうゲームにハマってて、階段を上る前から音が聞こえる。
銃撃音とか、倒された敵のうめき声とか。アパートとかなら苦情が来ちゃいそう。
「けいちゃ……敬二兄さん、ごはんだって」
ドアの前で声を上げる。大きな声を出さないと敬二兄さんには聞こえない。
でも部屋に入るとゲームの邪魔だと言ってすぐ怒るし、あたしもゲームの画面を見たくないし。
「あー、わかった」
怒鳴るように返事が来たけど、ゲームの音は止まない……すぐにやめられるタイプのゲームじゃないから、って言ってたっけ。
テーブルの上の食事は二人分。それがいつもの風景になってしまっているけど、あたしは毎日のように訊ねる。
「今日も父さん遅いの?」
「当たり前じゃないの……お父さんは忙しいのよ」
毎日のように、母さんからは同じ返事が返って来る。
今日も当然同じ言葉を聞くと思っていたのに、それは外れた。
「もうそろそろ帰って来るわよ。そうね……多分三十分もすれば家に着くんじゃないかしら」
「え? 三十分くらいなら、あたしたち待ってて良かったのに」
少しずらせばいいだけなら、一緒に食べたい。
本当は、母さんも一緒に食卓についてくれればいいのに、ダイエットとかなんとか言って、あたしたちの前では食べない。いつごはん食べているんだろう?
「いいのよ。あなたたちは先にお食べなさいな。お父さんの分もちゃんと用意してありますからね」
確かに父さんの分は下準備が終ってて、火を通せばいい状態。でも、家族がばらばらに食べることの、何がどう『いい』んだろう。理解できない。
一緒に食べたからって会話が弾むわけでもないんだけど。でも「これおいしいね」くらいは交わせるじゃない?
残念ながら、敬二兄さんとは話が合わないのよね。ニュース観ててもすぐ怒り出すし、好き嫌いないのはいいけど、あまり味を気にしてないみたいで、何食べても、美味しいとか美味しくないとか言わないし。
「あなたは好きな時に食べても平気なのかも知れないけど、けいちゃんは、ごはんの時間が遅れると、お腹が減って機嫌が悪くなるでしょ? それじゃかわいそうだから――」
母さんはいつもそう言ってるけど、敬二兄さんって自分の都合で時間遅れて来たりしてるじゃない。
しかももういい加減、『お腹が減ってかわいそう』って年齢でもないと思うんだけど……
* * *
半分ほど食事を終えた頃、電話が鳴った。
あたしは――多分、母さんも敬二兄さんもだろうけど、父さんからの連絡だと思っていた。
電話を受けた母さんが、相手に挨拶をしているのが聞こえた。
――なぁんだ。父さんじゃなかったみたい。お仕事関係の人かしら。
なんにせよ、明らかに他所の人向けの言い方だったのであたしたちには関係なさそう――そう思いながら、テレビの画面に視線を戻す。
あたしに聞かされていないことをあたしが気にするのは、母さんの『ルール』に違反することになる。
「他人の話を勝手に盗み聞きして、行儀が悪い」らしい。
――でも、母さんや敬二兄さんは、あたしが電話で話していることを勝手に聞いたりしてるのよね……
その矛盾に気付いちゃってからは、このルールも理不尽な気がしてしまう。
ドキュメンタリー番組のナレーションをBGMに食事を再開していたら、母さんが受話器を手でふさいで、あたしに顔を向けた。
「さやか……東雲さんって、さっきあなたが話してくれた子かしら?」
「へ? おしのちゃんから電話?」
それにしては随分長く挨拶してたような。しかも子どもに向けるような言葉じゃなかったし。
「そうじゃなくて、担任の田中先生なんだけど……あなた、今日は東雲さんと一緒にいたのよね?」




