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目にはさやかに見えねども  作者: 楪羽 聡
第一章 はじまりのはじまり~初めの一歩
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#004 春の風 #02

 ――先生……お願いだから、余計なことは言わないでっ。


 そんなあたしの気持ちを知ってか知らずか、担任はこっちをちらっと見てからボールペンでこりこりと頭を掻き、次の生徒の名前を呼んだ。



 やがて自己紹介は最後のひとりになった。

 が、窓際にいるその生徒が完全に熟睡しているらしい様子を見て、担任は途方に暮れている。


「なぁ……マサキ! まだ寝る時間じゃないぞ~?」


 それでも起きない。担任の声も聞こえてないみたい。

 こんなにざわざわしてるのに熟睡できるなんて、ある種の特技かも知れない。

 見かねて、隣の生徒が遠慮がちに起こしに掛かった。


「ん~……? あぁ、(わり)ぃ、寝てたわ」という、寝起きで少しかすれたような小声が聞こえた。


 ようやく起きて、でも未だに眠いといった様子でのろのろ立ち上がった彼は端正な顔立ちだった。今まで寝ていたとは思えないくらい強い視線を放つ、大きい眼が印象的。それから、意志の強そうなくっきりした眉。


 サトシくんや他の何人かの男子みたいに整髪料で固めている髪型と、早速着崩している制服。それだけなら一見軽薄そうにも見える。

 だけど同時に、どこか近寄りがたい迫力のようなものが漂っている――わかりやすく言えば『なんだか怖そうだな』という雰囲気を持つ人だった。


 みんなもそう思ったのかも知れない。教室の中に一瞬、緊張した空気が流れたのを感じた。



「俺ぇ、(かわ)(ぐち)マサキ。正しく輝くって字でマサキ――あ~、なんだ。俺のこと知ってるやつも結構いるんだなぁ?」


 口の端に笑いをにじませて、マサキと名乗る男子が教室の中を見回す。彼が名前を言った途端、ざわついた生徒が数人いたのを目敏く見つけたらしい。


「まぁどうせすぐわかることだから今言っとくと、俺、二年前に一度入学してるんで、これが二度目の一年生、ってとこ。まぁ、個人的には名前で呼ばれる方がいいなぁ。あ、気に障らない程度ならタメ口で構わないから」


 薄笑いを浮かべたままマサキが席に着くと、みんなの緊張が少しだけ解ける。



 ――ふぅ~ん……(マサ)()、かぁ。いい名前ね。


 この学校、推薦以外は結構厳しい試験に受からなきゃいけないし、留年じゃないなら中退? 何かあったのかしら。

 でもなんだろう。みんなの敬遠ぶりって、単純に年上だから気を遣っているという雰囲気ではないみたい。


 恐れ? みたいな……

 やっぱり怖い人なのかしら。


 なんにせよ、あたしには関係ないかな。

 ナミやマサキは確実に目立つタイプの人だし、そうでなくてもマサキは怖そうな人だもの。せめてこの三年間は平和に過ごしたいし、目立ちそうな人のトラブルはなるべく避けておきたい。


 でもどうやら彼がいるとなると、ここはナミの独壇場でもなさそう。

 ナミの表情には、そういう複雑な感情がにじみ出ている。


 あぁでもそんなことより早く帰りたいなぁ。

 自己紹介なんて別にいいのに。後でどうにでもなるわよ。どうせこれからの一年間は顔を合わせなきゃいけないし、嫌でもそのうち覚えるんだから――



 今日は一段と暖かい。

 今年は早めに桜が咲き始めそうだ、と今朝の天気予報でも言っていた。


 担任がプリントを配り始めた。続いて、聞き飽きたような注意事項を読み上げ始める。


 この辺りは降雪がとても多いので、毎年ゴールデンウィークが明けてからようやく桜の見頃になる。

 だけど今年は、ひょっとしたら連休中にお花見ができるかも知れない。

 あたしの誕生日には間に合わないかも知れないけど……


 窓から入って来る風も、()け残りの雪と春先の埃っぽさの匂いの中に、桜の蕾の香りが混ざっている。ほんの少しだけ甘い、みずみずしい香り。



 ――風もこんなに春めいてるのに……このまま建物の中に閉じこもってなきゃいけないなんて、ちょっとした拷問よね。


 そう思って外を眺めていた時、「ほんと、こんなにいい春の風が吹いてんのになぁ……?」という、マサキのつぶやきを聞いた……ような気がした。



 ――なんで? 偶然? それとも今、声に出てしまっていたんだろうか……


 マサキの声が聞こえた瞬間、心を読まれた気がして、どきっとした。

 独り言を誰かに聞かれていたのかも知れないと考えた途端、顔が熱くなる。でも周りの人の誰もあたしの方を見てないから、声には出てなかったと思うんだけど。


 ――大丈夫、よね?



 担任は、「聞いてる方も退屈かも知れんが、先生も読まなきゃいけない決まりだからなぁ」と話を続けている。


 あたしはそれよりも、マサキの誰かに問い掛けるような言葉が気になった。

 肩の髪を払う素振りで斜め後ろの方を窺うと、彼はプリントに目もくれず、片頬をついて窓の外を眺めている。

 さっきの自己紹介の時の、少し冷たく突き放した表情からは想像できないような、柔らかい――まるで夢見るような眼差し。


 時折眩しさに目を細めてもいる。さっきとは全然違う人みたい。


 ひょっとして、自己紹介の時のあの態度は、マサキ流の自己防衛なのかなぁ。

 あたしが無難に済ませようとするのとは対照的な、積極的に他人を遠ざける形の自己防衛。攻撃は最大の防御、とか言うし。


 ()(かく)っていうのかな? ナミなんかは、ほっといたらずけずけと近寄って来そうだから……

 担任の説明を聞き流しながら、そんな風に自分なりに解釈していた。


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