#039 大迷惑 #02
「――美晴、知り合いなの?」
あたしは二年の先輩だということまでしかわからないので美晴に訊くと、緊張した表情であたしの方を振り返った。
「ちょっと何言ってんのよさやか。あの人カオリ先輩じゃない……何度も絡まれたでしょ?」
声をひそめていても美晴が警戒しているのがわかる。
そんなに緊張する相手なのかどうか、あたしにはイマイチ理解できないけど、あの人がカオリ先輩なのね。やっと名前と顔が一致したわ。
集団の中でも、ひときわ印象が派手で性格がキツそうだった人。
「ここに座ってれ」
一番奥のテーブルにカオリ先輩を連れて行き、不機嫌な顔のままあたしたちの方へ来るマサキ。
「――まさか、カオリ先輩とさやかで話をさせる気?」
牽制する美晴に、マサキは一瞬きつい視線を送るが、すぐに表情を和らげた。
「大丈夫だ――俺とさぁやの間には何もないってことを、あいつにわからせるだけだから。俺があいつの隣に座る。さぁやを危険な目には遭わせねえよ」
口元にほんの少しだけ笑みを浮かべて、心配するなと言うように美晴の頭にぽん、と手を乗せる。
「――でも……」
手をそっと払いながら、美晴は不安顔であたしとマサキを交互に見る。
「んっと……あたしが先輩と話したら、マサキくんはもう困らないのね?」
「ちょっとさやか!」
美晴の眉間の皺が深くなる。そんなにあたし、頼りないのかなぁ。
「大丈夫よ。美晴が心配してくれるのも嬉しいけど、あたしだって、カオリ先輩がいつまでもうろうろしてたら迷惑だし」
あたしは納得していない様子の美晴に笑顔を向ける。
「別にピストル持ってる相手と向き合うわけじゃないでしょ?」
そう言いながら、右手の親指と人差し指をLの形にしてみせる。
「さやかさん、相手に合わせて感情的にならないようにね」と、高見先輩が小声でアドバイスをくれた。
あたしは小さくうなずく。つまり、煽りに乗らないように、ってことよね。
金山さんが三人分のお茶を運んでくれるのに合わせて、あたしはカオリ先輩の向いの席に座った。
とりあえず挨拶をしてみる。
「あの……はじめまして」
無言であたしを睨むカオリ先輩。金山さんの美味しいお茶も、ずいっと押し返すようによけてしまった。
テーブルの真ん中で、所在なげなマグカップから湯気が立っている。
――この人、挨拶は大事よ、って親に教わらなかったのかしら。
黙ってにらみ合ったままじゃ、何も進まないわよね。しょうがないので、あたしはカオリ先輩の右隣に座っているマサキに話し掛けてみた。
「ところで、カオリ先輩は何しにここに来たの?」
マサキは肩をすくめながらため息をついた。
「噂の真相を確認しに……ま、噂っつっても、こいつがやったんだけど。クラスのうるさい奴が、さぁやに絡んで来たアレだよ」
うるさい……あぁ、ナミのこと。
――っていうか、今マサキが『さぁや』と言った瞬間に、またものすごい顔で睨まれたんですけど……あだ名を付けたのはマサキなんだけどなぁ。
「それ、ひょっとしてあの後マサキが行方不明になってた理由? あ、でも今日学食で先輩に会った時は……」
「こいつから聞いた。また絡んだんだってな」
カオリ先輩を指して、うんざりした顔でため息をつくマサキ。
「しかも、さぁやがこいつらを莫迦にして笑ったからだとよ。んなことするわけねえだろ、って言ったんだけどさ。そしたら、直に話つけるとか言い出してよ」
「ん~……あたしに会うのは構わないんですけど」
あたしは顎に手を当てる。いくら考えても、カオリ先輩の言動はあたしには謎過ぎることだらけだった。
「先輩たちのことを莫迦にするも何も、あたし今まで、カオリ先輩がどの人なのか、ついさっきまで知らなかったし」
「はぁ? ふざけんじゃねーよ。あんた、マジあたしのこと莫迦にしてんべ?」
――あれ……怒らせちゃったかしら。
やっと口を開いたと思ったら、罵声だなんて……でも、莫迦にしてないって説明したのになんでそれがまた莫迦にしたことになるのかなぁ。
有名人だからって、全員が知ってなきゃいけないわけじゃないと思うんだけど。
「ふざけてないです……確かに昨日と今日、先輩たちには会ってますけど、名札がついているわけでもないですし。それに、普通、接点がなかったら先輩なんて知らないものでしょ?」
「ちょっとマサキぃ。何こいつ、アタマ弱いんじゃね? フツウぅ~、セッテンがなかったらぁ~、だってよ?」
カオリ先輩は莫迦にしたような笑い方をした。
――そんな言い方してないわよ……
というか先輩、あたしと話し合うために来たんじゃなかったの? 全然そんな風には見えないんだけど。
「だから、さぁやはそういう奴だ、って説明したろ……お前の名前も知らなかったんだから」
マサキはカオリ先輩から目を逸らして、ため息とともに言葉を吐き出す。
「――つか、俺を味方につけようとしてるんなら、はっきり言って迷惑だ。もう関係ないんだし」
マサキの言葉を聞いた途端、カオリ先輩の態度が豹変した。
「てんめぇー! 今更そんなこと言ってんじゃねーっ!」
飛び上がるようにカオリ先輩が立ち上がり、ガタっ、と音を立てて木の椅子が倒れる。
その突然の剣幕に、あたしは目が丸くなって――あっ!
「嫌っ! マサキくんあぶない!」




