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目にはさやかに見えねども  作者: 楪羽 聡
第一章 はじまりのはじまり~初めの一歩
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#002 はじまりのはじまり #02

 クラスが変わったら、学校を卒業したら、会わなくなってしまう人たち。彼らのために自分のことを色々話さなきゃいけないのも苦手。ほんの一時期の付き合いのために、色々我慢しなきゃいけないのも面倒。

 見知らぬ相手に話し掛けるような勇気も持っていない。


 それならひとりで好きなことをして過ごす方が気楽。嫌々付き合わなきゃいけないこともなく、邪魔もされず、伸び伸び自由でいられると思う。


 今までの学校生活で、いつしかあたしはそういう考えを持つようになっていた。



 別に、友達なんて無理して作らなくていい。

 ひとりきりで過ごすことの不便さは、グループを作るようにと強制された場合だけだと思っているし。


 まだ教師が来ない教室の席で、黒板や窓の外をぼんやりと見つめながらそんなことを考える。

 誰からも話し掛けられないのを、やはり少しだけ寂しく思いはする。でもそれよりもずっと、誰にも興味を持たれないことに安堵しながら自分に言い聞かせた。


「空気のように、目立たないように、静かに過ごそう……それが一番平和だわ」



「ちょ~ウケるっしょ? マジで。これマジなんだよねえ」


 ひときわ甲高い耳障りな声。それに続くキャハハハという笑い声が突然、意識の中に割り込んで来た。


 思わず振り向くと、女子が数人固まってお喋りをしている。

 笑い声の主は机に腰掛け、前の席の背もたれに足を乗せた状態で、手鏡や櫛を振り回していた。


 なんというか……とりあえずお行儀が悪い。

 スカートなんだからさ、そういう格好はやめようよ。例えスパッツをはいていようがジャージをはいていようが、みっともないことには変わりないんだから。


 あたしの他にも、さっきの笑い声で彼女たちを認識した人が結構いるらしい。

 廊下側に座っている、冴えない文系タイプを絵にしたような男子が、いかにも『迷惑だな』といった様子でわざとらしいため息をつく。

 どこかから、咳払いも聞こえる。


 さっきまで新入生らしい形に整えられていたはずの彼女たちの制服や髪型は、今や『どうやって自分らしく崩そうか』という研究の真っ最中らしかった。

 お喋りしながらお互いにピンやヘアゴムをいくつも、そして何度も、付けたり外したりしている。手も口もせわしなく動いていて、嫌味を込めた咳払いやため息などまったく意に介していない。


 そういう風に生きられるなら、ある意味最強ね。


 取り巻いている女子に『ナミ』と呼ばれているその子の顔に、うっすらと見覚えがあった。

 まさかと思いつつ、凝視してしまう。



 ――そうだ……ナミって確か保育園にいた子。


 決して仲良くはなかった。むしろ一緒に遊んだ記憶がないかも知れない。

 しかし昔から豪快というか派手というか、とにかく言動が目立つキャラで、周囲からの評判は好き嫌いがはっきり分かれるタイプだった。

 今も当時の面影がしっかり残っている。


 彼女の家は個人病院で、規模は大きくはないが昔から家族ぐるみでお世話になっている患者さんも多いため、彼女自身の仲間や取り巻きも少なくはなかった。

 そして、本人もそれをよしとしているところがあった。



 特に絡んだ記憶はないのに、ナミの顔を見ていると心臓がどきどきし始める。

 嫌な予感――ううん、嫌な記憶が湧き出す前兆のような、不安。

 だって、あたしが彼女の家のことを知っているように、彼女もあたしの――


 ふと、ナミがあたしの視線に気付いた。しまった……意識し過ぎて、逆に見つめ過ぎちゃったみたい。


「あれぇ~? アンタって確かさぁ……」

 ナミの甲高い声に、今度はあたしが注目の的になる。途端に汗が噴き出した。これは多分――いやきっとかなりまずい状況よね……



「ぅおーい。始業のベルはとっくに鳴ってるんだぞぉー?」


 狙っていたかのようにタイミング良く、教師が教室へ入って来た。間延びした声とともに出席簿でコンコンと戸口の柱を叩いて生徒たちを急かす。

 ばたばたと慌てて席に着く生徒たち。ナミたちもそれぞれ、慌ててポーチに小物をしまっている。


 好奇心丸出しの視線が一斉に散り、あたしはほっとしてようやく肩を下げた。




「え~、君たちの担任の、た・な・か・か・ず・お、です」


 眠そうな顔をした教師が、黒板に大きく名前を書きながら自己紹介をする。


「年齢は今年の六月で三十二。え~、教科の担当は現代国語。ここで女子のみんなには残念なお知らせですが、実は結婚しています」

 そう言って軽く左手を上げると、薬指に光る指輪。教室に軽く笑いが起こる。

 何故かうっとりする女子が数名。ふぅん……結婚に憧れてるのかしら。


「ちなみに奥さんは白衣の天使――って、誰も訊いてないか?」


 今度はまばらに笑いが起こる。

 本気で面白がってる人はほとんどいないと思うけど、これもコミュニケーションの一つなんだろうな。こういう時に愛想笑いもできずにぼんやり見ているあたしは、つまらない人間なのかも知れない。


 これが両親のお客さんたちに対してなら、義務感もあって笑顔を作るんだけど。でも愛想笑いってやたら疲れるから。



「――じゃあ、窓側から順に、こう……横方向に自己紹介していくか。え~、名前と何か一言。なんでもいいから、な」

 先生がジェスチャー付きで説明した途端に、教室中がざわめき始めた。


「え~? 今更何話す~?」

「超めんどいんだけどぉ~」


 顔見知り同士でぼやいてるのが聞こえる。


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