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目にはさやかに見えねども  作者: 楪羽 聡
第一章 はじまりのはじまり~初めの一歩
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#019 初めの一歩 #01

 なんだろうこのギャップ。ついさっきまではすごく強気だったのに。


「や、ううん、違うの。そうじゃないの。あたし、写真撮ったことがないから……写真部入っても何も知らないし、こんなあたしじゃ何もできないんじゃないかな、って考えてたら心配になって……」

 慌てて説明すると、美晴とマサキは少し驚いたように目を丸くした。


「何も知らないから知ることが楽しいんだし、何もできないから、そこからできるようになって行くんじゃない?」

 高見先輩の言葉は優しくて、諭すようにも聞こえる。


「急ぐことはないし、合わないと思ったらそこでやめても誰の迷惑にもならないし、誰も叱らないよ。さやかさんのやりたいようにやればいいんじゃないかなぁ。写真って、本格的にやろうと思えばどこまでもできる分野だけど、部活なんだから本格的じゃなくても大丈夫だよ」


 知らないから楽しい、できないからやる――そう言われればそうなのかも。

 あたしが見た景色、感じた風――写真なら、誰かに見せることができるんだろうか。もし誰かに伝わるなら。共感できるなら。きっと楽しいはず。


 マサキは、春の風を感じられたんだろうか。



 今までは、自分の知らないことやできなさそうなことには関わらないようにしていた。できなかったらつまらないし。

 それに、新しいことを始めたくても『駄目よ』の言葉で、やる前から諦めなければいけないことも多かったから。


「じゃあ……やってみようかな。いつも出席できるかは、わからないけど」


 なんだか嬉しくてどきどきして来る。今ちょっと幸せかも……なんて、つい浮かれそうになる。こんなことで幸せって思うのは、大袈裟かなぁ?

 でも本当はこういうのを幸せって言うんじゃないかな? 特別でもなんでもなくて、とても当たり前のこと。どうなんだろう。


 強引に引っ張ってくれたマサキ。色々考えて、ついて来てくれた美晴。


 今まであたしの周りには、そういう人たちがいなかった。

 でも昨日と今日のたった二日間で、背中を押してくれる人があたしにもいるんだ、って思った。

 『駄目』という否定じゃなく。『だってあのお家の子でしょ?』という拒絶でもなく……こんなこと、初めてだから。どうしたらいいんだろう。


「――あの、あたし、写真部に入部してみても、いいですか?」


「じゃあ、あたしも入部する」

「ふえぇっ?」

 何故か素早く美晴が続く。驚いて変な声出ちゃった。


「なんで? 駄目?」

「え? でも……」

「お前は新聞行くんだろ?こっち来なくていいよ」

 あたしが美晴の言葉に戸惑っていると、マサキは反対に口を尖らせる。


「別に、掛け持ちでもいいじゃないか。じゃあ、三人分の用紙をもらって来るよ」

 高見先輩がくすくす笑いながら動く――と、木材の陰から白衣の腕がにゅっと伸びて来た。

 その手には入部届けのプリントが数枚。


「あ、どうも、せんせ――じゃあ、みんなこれ書いてね」

 やっぱり不思議な先生だと思う。あんな感じの妖怪、本で見たことあるかも。


 昨日からずっと色んなことで嬉しかったり驚いたり、あたしの心臓はここ最近ないくらい一所懸命仕事をしてる気がする。

 緊張と弛緩の連続で、頭がくらくらしそうだった。


「カメラがなくても、部のカメラがあるから無理して買わなくても大丈夫だよ。あと一応規則なんで、保護者のハンコをもらって来てね」



 『保護者』の言葉に、手が一瞬止まる。急に夢から醒めた。


 ――そうだった、浮かれてる場合じゃない。母さんに部活の話をしなきゃいけないんだ。


「校外での活動も多いからね。やっぱり、子どもたちがどこで何してるのかわからなかったら、お父さんやお母さんも心配だと思うよ?」

 先輩の言葉は、あたしに向けられている気がする。

「そう、ですよね……」

 また緊張でどきどきして来た。


「まあ、仮入部期間が三週間あるから、その間にもらえばいいんだけどね」

 高見先輩はふっと笑う。


 三週間……とりあえず、部の雰囲気を掴むには足りる期間だと思う。

 でも母さんに話した時にあの言葉を聞いてしまったら、そこであたしの部活は終わってしまう。


 ――合わなくて、結局入部しないかも知れないし……仮入部期間は、母さんに話さなくても大丈夫よね?


 そんな風に自分に言い訳しながら、入部届けを書き終える。

 ひょっとしたら今、人生で初めて、母さんに背こうとしているのかも知れない。本当はきちんと話をしなきゃいけないってわかってるんだけど。こんなのはただの『逃げ』なのも知っているけど。

 でも勇気はすぐに出て来ない。



「ハンコかよー。めんどくせえなー。勝手に押しちゃ駄目かなぁ」

 マサキが文句を言いながらペンを置いた。

「ずるは駄目だよ――しょうがないだろ? そういう規則なんだから」と、高見先輩が苦笑する。

 そうよね。ずるは駄目だし、見つかったらきっと全部おしまいになっちゃう。


「そんな程度で面倒がってたら、大人になってから大変ですよ」

 美晴が筆記用具を片付けながら苦笑している。


「じゃあ俺は大人にならない!」

「あほか……何言ってんだよマサキは」

 マサキの言葉に先輩が呆れてる。


 ほんとはあたしも大人になりたくない。今よりもっと色んな人たちと関わらなきゃいけなくなるだろうし、上手くやっていける自信は全然ない。

 でも、大人になったら母さんの言うことを聞かなくてもよくなるなら、早く大人になりたいな。


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