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目にはさやかに見えねども  作者: 楪羽 聡
第一章 はじまりのはじまり~初めの一歩
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#018 未経験 #02

「マサキ、部活への強引な勧誘は禁止されている。それに、正しくはキミもまだ部員ではないから、勧誘活動はできない。せいぜいおうかがい程度の――」

 先輩の言葉に、手を振って反論するマサキ。


「まぁまぁ、細かいこと気にすっとハゲるぜ」って、にやにやしながら。



 ――マサキ、さっきも似たようなこと言ってたわね。


「生憎、うちの家計はハゲにはならなさそうなんだけどねえ」

 マサキの軽口に対して、髪をつまみながら律儀に返す先輩。


「ねえちょっと、マサキ先輩。勝手に決められてもあたし困ります。新聞部に入るんですから」

「あそ、じゃあミハルはいいよ。さぁやは入るよな?」

 むっとしている美晴を軽くあしらって、マサキはあたしの顔を覗き込んだ。


「あの、あたしは……」

 マサキの眼はまっすぐで、視線を逸らしたくても逸らせない威力があるみたい。

 でも、急に写真とか言われても……すぐ決められないよ。


「さやか、嫌なら嫌、ってはっきり言った方がいいよ。マサキ先輩強引だし」って、美晴の口調がきつい。

「うっせえよミハル。俺がさぁやと話してんの」


 あぁぁ……ど、どうしよう。二人の間に火花が散ってる。


「まぁまぁ、マサキは強引過ぎ。二人とも困ってるでしょう」

 あたしたちの様子を見かねたのか、高見先輩が割って入ってくれた。


「え~っと、ミハルさん、さやかさん、マサキの言うことは、そんな気にしないでも大丈夫だからね」

 苦笑しつつとりなしてくれた高見先輩の様子を見て、美晴はようやく落ち着いたらしい。


「アキラよ、新聞部なら別に、写真部(ここ)に入らなくてもいいんじゃないかね?」


 すっかり存在を忘れていた先生の助言が、木材の陰から聞こえる。高見先輩は先生の言葉にうなずいた。


「そうですねー。どのみち新人はこっちに研修に来るし、その後も行き来することが多いから……」

「え? 新聞部と写真部って、そうなんですか?」

 美晴が初耳という顔をする。


 ――へえ、美晴でも知らないことがあったのね。


「じゃあミハルはいいから――」

「はいはい、まず、マサキが入部届け書いて提出して、話はそれからね」と、高見先輩がマサキを牽制する。



「え~と、で、さやかさんは、どうするのかな?」

 ちらりとマサキを横目で見る先輩。

「――って、言われても、多分何も知らないで連れて来られたんだろうけど」

 マサキは肩をすくめてみせる。先輩は静かに苦笑した。


「写真部は、他の部と掛け持ちしている人が多くてね」

 コーヒーを淹れながら、先輩は言う。

「撮影会と定期的に行う全体ミーティングぐらいしか集合しない。それにも出て来ない幽霊部員もいるし――」


「でもあたし、写真撮ったことないです」


「はぁ?」

「えぇ~?」


 あたしの言葉に、マサキと美晴が同時に声を上げる。

 なんで? そんなに大袈裟に驚かなくてもいいじゃない。


 高見先輩は微笑みながら首を傾げる。

「でも、携帯で撮ったことくらいはあるんじゃないかな?」


「あの、あたし、携帯持ってないんです……」


「えぇえぇえぇ?」

「うっそぉ~?」


 だってだって、どこに行くにもほとんど保護者同伴だったんだもの――うーん、なんだか悪いことした気分になって来る。



「きみたち、大袈裟過ぎ。世の中の全員が持ってるわけでもないでしょーが。必要のない人だっているんだよ」

 先輩が苦笑しながら、フォローをしてくれる。


「じゃあさ、じゃあ、写真とか見るのはどうよ? そっちも興味ねえの?」

「随分食い下がるねぇ、マサキ」


「いや、なんつーかさ、さぁやの撮った写真を見てみたいと思ったんだよなぁ」

 ふっ……と、マサキがあの時と同じような表情になった。


 『――こんなにいい春の風が吹いてんのになぁ――』

 そう言った時のマサキのように、どこか遠くを見ているような。


「あと、どんな風景が好きなのかなー、とかさ……」



 どきんとした。


 『どんな写真が好きか』じゃなくて『どんな風景が好きか』と訊かれたのは初めてだと思う。


 あたしは、他の人が気付かないようなほんの小さな季節の輝きや変化。それを感じ取るのが好きだった。

 例えば今なら、道端の残雪の下を、ちょろちょろと流れていく雪融け水。

 それから、まだ裸の木々の下や日当たりのいい平原の、雪の中から顔を出すふきのとう。その周りは他より雪融けが早いから、丸く囲んで地面が見える。


 落ち葉や枯れ草が雪の下で柔らかく地面を覆っている。その隙間からおそるおそる顔を出して来た若々しい緑色。

 日当たりのいい道端で我先にと広がりだすたんぽぽの葉っぱ。

 それから桜が咲く前、開花の先触れの香りとピンク色に染まる樹……それらの風景が好きだった。


 もちろん春が一番好きな季節だけど、好きな風景はそれだけじゃない。

 短い夏にも色付く秋にも、そして今や終わろうとしている冬にも、ある時突然気付いたり、うっかりすると見過ごしてしまいそうな、小さな発見がある。

 マサキはそんな世界を見ている人なのかも知れない。ひょっとしたら、似ているけど違う風景を教えてくれるのかも知れない。



 ――でも、写真でそれを表現できるのかしら?


「あ、そんなに悩まなくても……正直、すまん。なんつーか、駄目元で連れて来たんだけどさ。まぁ、俺も強引だったし」

 あたしが黙っていると、マサキはまるで叱られた子どもみたいな顔になった。


※作中の舞台は二〇〇五~七年辺りになります。

 高校生の携帯普及率も今ほどではなく、持っていたとしてもガラケー一択だったのです……

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