#017 未経験 #01
「あんな質問をした、ってことは、参加できなくなる可能性がある、ってことでしょ? でも普通、質問の時に自分の事情まで説明しないもんじゃない?」
美晴はちょっと上に視線を向けながら言葉を続ける。
「確かにさやかは、話をするのがちょっと苦手? 下手? なのかもね。人と接すること自体苦手そうだから、当たり前かも知れないけど」
それからあたしを見てにっこり笑った。
「ほら、あたし、つい観察しちゃうから、さ。そんな風に見える」
「そうか……そうね。あたし、確かに自分のことをどうやったら説明できるか、考えちゃって詰ってた」
あたしは美晴に相槌を打つ。
本当は、『どうやったら説明しないで済むのか』なんだけど……でもそれを言い出したら、結局説明しなきゃいけない羽目になりそうだし。
「ま、おいおい慣れていくもんよ。最初から喋りが上手い人もいないし、最初から人付き合いが上手い人もいない」
美晴はそういうと、ふっと笑った。
――えっと。ひょっとして、あたしのこと慰めてくれたのかな?
やっぱり美晴はすごい……
あたしが感謝と感心を込めた視線を美晴に送っていると「あのさぁ……そろそろいいかなぁ」と、さっきとは違った様子で遠慮がちにマサキが割り込んで来た。
「あ、ごめんねマサキくん。お待たせしちゃって」
あたしは慌てて荷物をまとめる。
そういえば、そもそもマサキの誘いでここに来ることになったんだっけ。プラネタに夢中になって忘れてた……って言えない。
でもマサキの用事はここじゃないみたいだし……なんなんだろ。
「あー、いいよ、荷物そのままで。ついでだからそっちの……ミハルとかいうあんたも」
マサキは手をひらひらと振って、あたしに荷物を降ろさせる。
『ついで』と言われた美晴はその言葉に少しむっとした表情をしながら、それでも立ち上がった。
美晴の手元を見ると、バッグは言われた通りそのまま置いてたけど、ペンとノートはしっかり準備している。
「こっち、ついて来て」
マサキに案内されて、あたしたちが通されたのは、天文部の部室の奥にある、小さいドアの向こう。技術準備室だった。
技術室が普通の教室よりずっと広かったのに対して、準備室は教室の半分もないんじゃないだろうかというくらい狭い。
最初に目に入ったのは、その狭い部屋の更に半分くらいを占めている棚の列だった。部屋の奥の方にあり、様々な種類の木材や大小の段ボール箱が所狭しと積んである。
目隠しとしてなのか、天井から白い長いカーテンが下がっているため、全容がどうなっているかまではわからなかったけど。
ドアを引き開けてすぐ右側には、窓に向かって事務用の机がひとつ。
その向こうの窓際には、コーヒーメーカーや湯沸しポット、インスタントコーヒーやお茶筒などが無造作に並べられている。
いくら日が当たりにくいとはいえ、窓際にそのまま置くのはよくないんじゃないかなぁ。
「せぇんせ、アキラ来てる?」
マサキが木材置き場の棚に向かって声を掛ける。
「おぉ、三十分くらい前にフラフラしながら来たような気がするが……多分暗室じゃないか?」
奥の木材の陰で何か動いた……と、思ったら、白髪混じりのくせ毛頭がひょこっと現れた。カーテンの向こうにも机がひとつ置いてあるみたい。
ここにいるということは、技術の先生なのかも。教科担任の紹介も入学式の式次第に入ってたと思うけど、その頃になると新入生もダレて来ていて、当然あたしもろくに聞いていなかったわけで……
「おや、このお嬢さん方は? 拉致って来たのかい?」
低くハスキーな声で笑いながら、先生はマサキをからかう。
「いやぁ、こいつらがどうしても俺サマについて行きたいってうるさくてさー」と、澄ました顔でマサキは言い返す。
事務用机の反対側、準備室の左のすみに、ユニットバスサイズの小部屋があった。ドアの上には『使用中』と書かれたランプが設置されている。
「暗室……ランプ点いてねえじゃん……アキラー! いるのかー?」
マサキは小部屋のドアに口を寄せて中に呼び掛け、それでも反応がないと、数回強めにノックした。
少しの間のあと、物音がしたと思ったら中から人が出て来た。
「もー、うっさいなぁ……僕ゆうべ遅かったからさぁ……もうちょっと寝たかったんだけど?」と、だるそうに文句を言いながら。
その人は眼鏡を片手に目をこすりながら、恨めしそうな表情をマサキに向けた。黒いさらさらとした髪に少しだけ寝癖がついている。
でもマサキは相手の文句が聞こえていないかのように、勝手に紹介を始める。
「さぁや、ミハル、これが写真部の部長。高見アキラ。アキラ、こいつら入部希望者ね。新入生二名追加で」
「あ、はじめま……って、えっ? ちょっと! 勝手に入部させないでよっ!」
あたしはただ呆然としていただけだったのに、美晴のツッコミは素早かった。
写真部部長だという高見先輩は、そんなあたしたちのやりとりを見ながら苦笑していた。
あれ? 高見先輩の服装、あたしたちと違ってる。
あたしたちみたいなグレーの制服じゃなくて、黒いズボン。上はネクタイもしてないし……何年なのかわからない。
そういえば、運動部はジャージやユニフォームで活動している人が多いけど、校内には黒いズボンやジーンズの先輩たちが何人かいた。
放課後は少し服装の規制が緩くなるのかしら?