#016 プラネタリウム #03
「あのっ! あたし、こっち、天文部、入りたくて……だから……」
咄嗟に声をあげてしまったけど、これじゃマサキのこと敬遠してるみたい、かも……言い訳っぽく聞こえるのではないかと不安になって、語尾が薄れてしまう。
ところが、「あ、そう? んじゃ、こっち先でいいや」とマサキはあっさり退いた。
――へ?
「ってか、それ早く言ってくれりゃ、どっかで時間潰して来たのにさー。あ、金山ぁ、おかわり」
――あらら?
切り替えが早いのか、本当に気にしていないのか。マサキは前部長さんにお茶の催促をしながらクッキーの缶を漁り、手近にあった雑誌を読み出した。
「じゃ、説明始めるよー」
あたしに笑顔を向けて、のんびりとした部長さんの声が響く。
――つい勢いに任せちゃったけど、あたし本当に入部したかったんだよね?
* * *
「さて――天文部の普段の活動は、星についての勉強、研究テーマに沿ってレポート発表、など」
部長さんはあたしたちを見回す。
「それから四季ごとに流星群の観測会など。夏休みには大きな望遠鏡があるコテージを借りての合宿。また、文化祭にはプラネタリウムの上演と、星の写真の展示も予定しています」
美晴が相槌を打っている。
「まぁ、運動部やブラバンみたいな発表会も大会もないから、気楽っちゃぁ気楽なんだけど、ぶっちゃけ自己満足な部活かもね」
突然砕けた口調でそう言うと、部長さんは笑った。
星空が好きなあたしにとっては、自己満足でも全然構わない。むしろ、発表会だの大会だののために練習しなきゃいけない方がつらいと思うもの。
――あ、でも……
「あの、観測って夜ですよね?」
重要なことを失念していた。
うちの場合――というか母さんの場合、公的な用事でさえ『夜の外出』と知ったら、送り迎えだ保護者はいるのかだの、しつこく確認されるんだった。
「それくらいは常識の範囲に照らし合わせて――」という内容であってもいちいち問い合わせ、納得いくための条件が一つでも欠けていれば、却下されかねない。
しかも……というか、当たり前だけど部活は男女一緒なわけで。
小学校のお楽しみ会の打ち合わせで、同じ班の子たちを呼んだ時でさえ大騒ぎだったのに……こんな状態で、あたしは観測に参加できるのかしら。
「昼間の観測もあるよ~。日蝕の時や――」
「あ、いえ、そういう意味じゃなくて」
どう説明したらいいのかわからない。
門限が七時だからとか、親がなかなか外出を許さないかも、などとはあまり言いたくない話だもの。
「ん~、つまりさやかは、夜の観測に参加できなさそうな人はどうしたらいいのか、って訊きたいんだよね?」
美晴が口を挟む。
「あ、そう、そうなんです」
あたしはほっとする。
「別に絶対参加しなきゃ駄目、ってことはないよ。どこかで無理すると、部活続けるのがつらくなって来ちゃうかも知れないしね」
部長さんが優しい顔で言う。
ほんとは無理してでも絶対参加したいんだけど……
でも、今そんな言い訳しても、逆にみんな困っちゃうわよね。
「できれば高文連の大会に出てみたいんだけどね~。毎年なかなかいいテーマが出て来ないんだよね」
考え込んでいるあたしを置き去りにして、部長さんの話は続く。
「で、もしも大会に出られるとなった場合、特別に休みを貰って行くことになるんで――」
「はいはいは~い! ぶっちょぉ~~~! しっつもぉ~ん!」
部長さんの言葉を遮って、マサキが勢い良く手を上げる。
「おやつは各自五百円まで! バナナはおやつに入りません!」
まだマサキが何も言ってないのに、何故か部長さんが切り返す。
「ちぇっ……バレてたか」
なんだか悔しそうなマサキ。
「ま、川口さんだからね」
そして得意げな部長さん。
他の部員たちもくすくす笑ってる。
――ええぇ~? なに? このやりとり……
美晴の反応を見ようとして振り向くと、彼女はA5サイズのノートに何かをメモしていた。
多分活動の説明が始まってからずっと書いていたのだろう。日付が左ページの上に書かれているが見える。既に二ページ分がメモで埋め尽くされているらしい。
邪魔をしないようにそっと横から見せてもらう。
説明された活動内容の他、部室内の様子や部員たちの特徴、それらについての簡単なコメントまで。ものすごいスピードで、しかも殴り書きじゃない、ちゃんときれいな文字で書かれている。
――うわぁ、美晴、すごい……
さっきあたしが説明できなかった時に助け舟を出してくれた礼も言わなきゃと思ってたのに、それすらも忘れて、つい感心して眺めていた。
そんなあたしの様子を見て、美晴がぼそりと言った。
「――ああいう時さ、一般的な説明で充分だと思う。いちいち、自分のことを話す必要はないでしょ?」
他の人には聞えないような小声だったけど、あたしには胸に突き刺さるような言葉だった。
あたしを見た美晴の目に、一瞬だけ何か……冷たいような光が見えたような。
――美晴……? あたしのこと、何か知ってるの?
でもその光がなんなのかを見極められないうちに、人懐っこい表情に戻った。
「やだぁ、そんな顔しないでよ。さやかって、すぐ顔に出るタイプでしょ」
銀色の細いシャープペンシルを置き、美晴はノートを閉じた。
いつの間にか活動の説明は終わり、部長さんは入部希望者と雑談している。