#014 プラネタリウム #01
くすんだ色合いのスチール製の棚が廊下側の壁面に並んでいるけど、それは釘やらやすりやらの、これも色褪せた手書きのシールが貼られた抽斗だった。
下部の大きな引き戸には、鍵がついていて、ノコギリや金槌、木槌などというシールが貼られている。
奥の、準備室側の壁にも大きなスチール製の書庫が並んでいた。
でもガラスがはめ込まれている上部の引き戸には内側からカーテンが掛けてあって、何が入っているのかわからなかった。
なんとなく、部室には星に関係のある掲示物とか、天体望遠鏡とかが並んでいるようなイメージを抱いていたけど……そういえば普段は『技術室』なのよね。
それなりに天文部に興味持ってたんだけど、こんな殺風景な雰囲気の部室だとは思ってなかったのであたしは戸惑う。
星の写真とか模型とかが飾ってあったりするのかな、なんて想像していたのに。
部員の人たちも天文とはまったく関係ないことして遊んでるし。
――なぁんかこの人たち、やる気なさそうにしか見えない……はあ。
そう考えながらお茶に口をつけると、司くんこと部長さんと目が合ってしまった。
「のんびりしてるでしょう? うちは基本的に夜行性だから」
レポート用紙の束をもてあそびながら、部長さんが話し掛けてくれる。
う……考えてたこと、顔に出ちゃったかしら。
あたしは愛想笑いで誤魔化した。
部長さんは、眼鏡を掛けた頭の良さそうな人だった。
ネクタイで判断すると二年生らしい。この人も地味なタイプだけど……なんていうか、学生というよりビジネスマンみたいな雰囲気がする。
実は普段バリバリ働く営業マンしてます、って言っても納得できそうな雰囲気。
四角っぽい顔の輪郭とか、細いけど鋭い視線の目とか、でもそれでいて相手を威嚇しないような人の好さそうな笑顔とか……その辺が全部。
平たく言えば『大人っぽい』ってことだと思うけど、そういうんじゃなくて、なんだろう――なんていうか、本当にあたしよりひとつ上なだけなの? ってくらい『大人』に見える。老けているとも違うんだけど……よくわからない。
でも、嫌な感じじゃない。
「ごめんくださ~い」と、廊下の騒音とともに、見学者らしい生徒が入って来た。
ああ、そういえば、この部屋はドアを閉めるとものすごく静かになるのね。
まったく聞こえなかったわけじゃないけど、ドアが開くまでさっきの喧騒を忘れていたもの。
突然音が大きくなったから、びっくりしちゃった。
「いらっしゃ~い! 見学希望ですか?」
今度こそ、と部長さんの目が輝く。
「はい、見学と、できれば入部希望なんですけど――」
入部希望書を渡しながら答えた男子は大柄で、柔道でもやってそうな体格。もう片方はあたしよりも小さいかも……なのに何故か、二人の印象がやたらと似てる。
二人とも眼鏡をかけているからとかじゃなく、兄弟とか親子とか、そんな感じ? 二卵性の双児か、親戚同士なのかも。
「おお! 嬉しいな……あれ? キミたち兄弟じゃないんだね?」
記名されたプリントを確認して、部長さんが目を丸くしてる。
どうやら、あたしと同じこと考えてたみたい。
「いやぁ、全然赤の他人ですよ」
「お前がおやじ臭いから、いつも言われるんだよ」
大柄な方が笑いながら答えると、小柄な方が混ぜ返す……ほんとに赤の他人?
だって、声まで似てる。大柄な人の声を早回しで聞いたら多分、小柄な人の喋り方にそっくりだわ。
「ねえ、三時半になるわよ。お客さんもいるし、そろそろ始める?」
突然、前部長さんが誰ともなしに声を掛けた。すると、ふぇ~い、と気の抜けた返事をしながら、今まで遊んでいた部員たちが動き始める。
あたしたちがきょとんとして見ていると、「あなたたちも、時間潰しに見て行ってよ」部長さんはそう言いながら、小さな機械を取り出して、真ん中にある机の上で組み立て始めた。
部員たちはさっきまでと別人のようにすばやく走り回った。
ひとりが窓に掛かっている黒い二重カーテンを閉め、それぞれ隙間をクリップで止める。他の二人は天井にくくりつけられている大きな布を長い棒で引っ掛けて外し、広げ始める。
それから扇風機の頭の部分だけ、という形状の送風機を二つ、上向きに設置して布を膨らませる。
布は白く半球型で、巨大な雨傘を拡げたようになった。
「――はい、四十七秒」と、前部長さんが読み上げる。
「昨日の練習の時が、今のところ最短記録ね」
「準備完了までの時間を計ってるんだ。お客さんを待たせないように、なるべく早くできないとね」
部長さんが説明してくれるけど、何が始まるんだろう?
わけもわからないまま、あたしたちは部室の中央に寄せ集められた椅子に誘導された。
「え~、じゃあこれから部活動の説明もかねて、うちのプラネタリウムをご覧いただきます」
部長さんの声に合わせて、前部長さんが部室の照明を消す。
天井に吊るされている大きな布、どうやらこれがプラネタのドームの役目をするらしい。でも床まで覆う形ではなく、机の少し上くらいまでしかないのだけど。
専門のドームがあるっていうのは、これのことだったのかしら……
「今はこんな中途半端だけどね、文化祭の時は、机を全部寄せて、このドームも床まで伸ばすんだよ」
きょろきょろしていら部長さんが説明してくれた。何を考えていたのかわかってしまったらしい。