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目にはさやかに見えねども  作者: 楪羽 聡
第一章 はじまりのはじまり~初めの一歩
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#013 セピア #02

 工業棟に続くドアを開けた途端、ものすごい騒音が耳に飛び込んで来て、美晴の言葉は最後まで聞き取れなかった。


 ブラバンの演奏もすごいけど、見学者の嬌声も負けてはいない。

 うちわに誰かの顔を描いて振り回している人もいて、そこだけ空気の温度が違うような雰囲気。一年生だけかと思ったら、二年も三年もいるみたい。



 ――これ、コンサート会場じゃなくて、普通の練習なのよね?


 思わず耳を塞いで振り返ると、美晴も同じように耳を塞いでる。目が合って、あたしたちは笑った。

「陸上はやらない」と言った時の暗い表情は、もうすっかり消えている。



 白く塗られているペンキがところどころ剥げかけて、昔のくすんだ色が覗いている壁。二重サッシのレールの、サビとゆがみ。歩くたびにギシリと音をたてて、そのかすかな振動が足に伝わる、昔ながらの板張りの廊下。

 『味がある』という美晴の言葉の意味がわかった。ここで映画を撮ったりしたら、いい雰囲気が出そうだわ。


 この喧騒さえなければね。



「それで? 工業棟のどこに来いって?」

「一番手前って、言ってた」


 耳を塞ぎながら話すので、あたしたちもかなり大声になってる。でも大きな声出さないと聞こえないんだもの。


「一番手前の教室って……ここね」

 ドアを見上げると『技術室』というプレートが目に入る。美晴があたしをうながした。

 少し緊張して技術室の大きな引き戸に手をかける。重そうな見た目と裏腹に、拍子抜けするほど滑らかに扉は動いた。



「おお! 今年の見学者一号だ! いらっしゃーい!」


 嬉しそうな声に迎えられて――



 ――あれ?マサキは?


 ざっと室内を見回すが、どうも見当たらない。


 天井が高く、広さも普通の教室の二倍近くありそうな空間に、八人くらい着けるような大きな机が六卓並んでいる。

 教壇の近くにいるのは、あたしたちに声を掛けた男子。一番奥の机には、四人の男子とひとりの女子。その中のひとりは雑誌を読みふけってる。あとの三人はトランプで遊んでいる。


 なんというか……みんなどちらかというと地味な印象の人たちで、マサキ本人どころか、知り合いっぽい雰囲気の人もいない。

 マサキもそうだけど、今朝見た先輩たちもどことなく『華』があるというか、人目を惹くような人たちだったのに。


「あれ? ひょっとして、部室間違えた?」

 ちょっとばつが悪そうに、先ほどの男子が頭を掻いた。期待してた分、落胆も大きいように見える。

 悪いことしちゃったかしら。そう思って、あたしは慌てて言い訳する。

「いえ、あの……ごめんなさい。ここに来るように言われてたんですけど……あの、ここは?」


 すると、教室の奥から返事が聞こえた。

「天文部よー。その人は部長。ちなみにあたしは前部長――で、誰に言われたって?」

 長めの前髪を鬱陶しそうにかき上げながら、女子生徒が歩いて来る。


「マ……えっと、川口先輩に……」と、今度はあたしの代わりに美晴が答えた。

 『川口先輩』という言い方で初めて気付いたけど、相手は三年の先輩だった。


「あぁ……川口くんね。奥の準備室にいなければ、まだ来ていないわよ」

 前部長さんは興味をなくしたという顔で、奥の机の方を振り返る。更に奥にすりガラスの窓がついたドアがある。あそこが準備室かな。


「まだ来てないと思うよー。先生の声が聞こえないし、物音もしない。マサキさん来たら、声でかいからすぐわかる」

 奥の机で雑誌を読んでいた男子が、顔を上げずに言う。


 ――机に足を乗せたりして、お行儀悪いわ、あの人。



「そお? じゃあまだね……あなたたち、折角来たんだから、お茶でも飲んで行きなさいよ。何がいい? コーヒー、紅茶、日本茶……ティーバッグでよければウーロン茶もあるけど」


「え、あ、えっと、紅茶?」

 咄嗟に答えると「わかった、紅茶ね」と前部長さんは軽く微笑み、窓際に行き手際良く紅茶を淹れ始めた。


「春休みに(つかさ)くんが――あ、部長がディズニーランド行って来てさ、そのお土産。良かったらどうぞ」

 お茶うけに可愛らしい缶のクッキーまで出してくれる。


 でもマサキもいないし、関係ないのにお邪魔してちゃ悪いわよね……と考えている間に、美晴が早速手をつけていた。

「すみませぇん。じゃあ、遠慮なくいただきますぅ」

「ちょっと……美晴ってば」

 小声でいさめると、美晴は目配せをした。

「いいのいいの。今時期は、部活の勧誘で売り手市場なんだから。そういう時においしい思いをしておくのが人生を楽しむ手段よ」

 やはり小声であたしに言う。


 ――そういうもんなの?



 納得できないままあたしも席に着き、お茶を受け取る。

 あ、でもいい香り……この人、お茶淹れるの上手なのね。


「わあ、この紅茶おいしーい」

 美晴がはしゃいだ声で言うと、前部長さんは満足げにうなずく。そして「あなたもどうぞ。遠慮なく食べてね」と、あたしにも改めて勧めてくれる。

 この人、お茶を淹れるのが上手なんじゃなくて、人をもてなすのが上手なのかも知れない。


 だってここだけ見てたらちょっとした喫茶室みたいだもの――と、出されたティーカップや窓際の戸棚に並んでいるお茶の缶を眺めて思う。



 天文部というからには天体望遠鏡などがどこかにないか、と改めて室内を見回してみても、残念なことにどこにも見当たらない。

 きっと何も言われなかったら何部なのかわからないままだったと思う。


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