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目にはさやかに見えねども  作者: 楪羽 聡
第一章 はじまりのはじまり~初めの一歩
12/300

#012 セピア #01

 * * *



 帰りのHRが終わり、生徒たちは部活紹介のプリントを手にしてそれぞれ連れ立って教室を出て行く。


 部活が盛んという話は、どうやら想像以上だったみたい。さっさと帰宅しようかという人がほとんどいない。運動部に憧れの先輩が、というのは漫画でよくあるパターンだけど、この学校は文化部でもアイドル的存在の先輩がいるらしい。


 午後の二時間分を使って行われた部活の説明会でも、そこかしこから声援や歓声が聞こえて、時々説明そのものが掻き消されてしまうほどだった。



「この学校に進学希望してた子は、中学の時から文化祭に来て、色んな部を見て回ったりしてるのよ」

 はしゃぎながら通り過ぎる生徒を見て、美晴が教えてくれた。

「去年の文化祭は、神田先輩のトランペットさばきなんかもう、スカパラも顔負け、って感じでカッコ良かったし……」


 なるほどね。パフォーマンスが上手いのなら尚更、身長の高さもあって見栄えがしそう。だから今朝も先輩が来ただけでキャーキャー言ってたんだ。


「運動部は大体体育館か校庭でしょ。柔道や空手は格技場使ってるけど、この辺は全部さやかには関係ないコースだから――」


 美晴は、あたしのために『部活見学ツアーコース』を考えてくれていた。

「格技場や特別教室も含めると、本校舎だけでも結構な数の教室があるからねー。なるべく短時間であちこち見れた方がいいよね。でもほんとにここの学校祭に来たことがないの?」


「うん……その、ひとりで知らない学校に出掛けるのが」

 許されていなかったから、とまでは言いたくなくて、曖昧に言葉を切った。

 美晴はふぅん、と相槌を打ってから説明を続けた。


「あと、この学校は機械科、電気科で使用する工業棟もあって、そっちに部室を持ってる部もあるから。その辺はまとめて見に行った方がいいかも知れないわね」


 観光案内のバスガイドさんのように『学校の名所』を次々と説明してくれる美晴。彼女の印象は結構お喋り好きで噂好き、という感じ。

 でも単に好きってだけじゃなく、美晴が持っている情報の種類や量って、実は結構なものなんじゃないかと思う。

 例えば、あたしが誰かから二中について問われたとしても、先生たちの名前や特徴、校舎の設備までは説明できないだろう。


 美晴の情報の豊富さを誉めると、ちょっと意外な答えが返って来た。

「うん、あたしこういうの調べるの結構好きなのよね。新聞部にも所属しようかと思ってるし、これからの時代、情報はとても大事なのよ――あたし、ジャーナリスト目指してるの」


 なるほどね~……と、納得しかけたけど――新聞部なの?

「あれ? 陸上やるんじゃないの? あたしてっきり」


「陸上は――もう、やらない」

 美晴は、初めて見せる硬い表情で、短く言葉を吐いた。


「……ま、あたしのことはどうでもいいからさ、行こ。部活見学ツアー」

「うん……」

 今の美晴は無理に笑顔を作っているみたいで、あたしまで胸が痛い。でもそれを伝えるのは、余計に傷つけそうで怖い。

 さっきまでの浮かれた空気も、一気にどこかへ消えてしまった気がする。


 余計なこと、訊かなきゃよかった。




「ねえ……工業棟って、どんな所?」

 気分を変えようと、階段を下りながら美晴に尋ねる。


「工業棟? そうねえ。本校舎は割と最近、確か五年くらい前に建替えられたけど、工業棟は旧校舎のままだから……結構味があるわよ」

 よくわからない答えが返って来た。

 旧校舎って、怪談とかによく出て来るイメージなんだけど、そういうのとも違うのかしら。


「工業棟が気になるの?」

「う、うん。実は、昨日マサキくんに言われて……工業棟に来いって」

「マサキ先輩が?」

 美晴はそう言うと、少し考え込むように黙ってしまった。


「……よし、予定変更。今日は工業棟の探検にしましょ」

 急に立ち止まるなり、美晴は向きを変える。


「美晴、付き合ってくれるの?」

 つい嬉しそうな声になった。だってひとりで行くのはやっぱり心細かったから。


「工業棟にも部室がある、って言ったでしょ? どこにどの部がいるのか、って細かいところまではわからないけど」


 でも実際、なんの用事で呼ばれているのかわからないのに、美晴も一緒で大丈夫なのかな。


「確かブラバンも、工業棟の一番奥の部屋使ってたはずで……」


 ――ああ。つまり、ブラバン見学も兼ねてるのね。


 決断の早さの理由が判明して、あたしは笑う。でも、美晴の表情が少し明るくなったからいいかな。



 本校舎が東西に伸びた南向きの建物であるのに対して、西側の渡り廊下から向こうの工業棟は、南北に伸びて西向きになっている。

 工業棟に近付くにつれ、ブラバンの練習の音が聞こえて来た。音が大きくなるのに比例して、見学者らしき女子の姿もぞくぞくと増えて来る。


「想像していたより賑やかね」

 美晴に言うと、まるで自分のことのように美晴は胸を張った。

「そりゃそうよ。ブラバンはうちの学校のアイドル集団だから」


 ――美晴もファンみたいだしね。


「あ、でも別に、イケメンが揃ってるから、とかいう理由じゃないのよ」と、美晴は付け足す。

「この辺ではもちろん実力No.1(ナンバーワン)だし、練習も厳しいって有名なんだから。練習について行けなくて辞めちゃう人も何人もいるから、どうしても男子生徒の方が多く残ってるけど、ちゃんと女子部員もいるし、つまりみんな、本当に好きでやって――」


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