#011 赤・緑・青 #02
* * *
この学校のお昼休みは、お弁当組、学食組、購買部での購入組の三つに分かれるらしい。食べる場所は大体、教室か学食だと聞いたけど、あたしは秘かに『外で食べるお昼ごはん』っていうのにも憧れていた。
でもここは四月でも雪が降ることもある土地だから、この季節じゃまだ寒い。屋上は立ち入り禁止だし、中庭的な場所には座れそうな場所もなく、土地の性質的にしょうがないのだけど夏場にはやたらと土埃が多い。
なので結局のところ、外で食べるような人はいないらしい。残念。
それはともかく。
あたしが唐揚げ定食の話をすると、「それなら開店ダッシュが必要よ」と、美晴は食券購入係を引き受けてくれた。
美晴自身はお弁当だけど、ザンギと、お弁当のおかずを交換するという条件を美晴の方から言い出して。
そして、美晴は見事に『三〇食限定! ボリュームザンギ定食★』の食券を手に入れてくれた。
「たかがザンギ、って思ってたら驚くでしょ?」
幸せそうな表情でザンギを頬張りながら、美晴が自分のことのように自慢する。
「うん、売り切れちゃうのもわかる気がする」
美晴が教えてくれたザンギ定食は、想像していたよりも量が多く、そしてとてもジューシーで美味しかった。
普通のザンギ定食も単品のザンギもあるらしいのだけど、量が全然違うので、限定定食の方が断然人気らしい。
「もう少し高めでもいいから、数量を増やせばいいのにね?」とあたしが言うと、美晴は「それじゃ限定の意味がなくなっちゃうじゃない」と呆れていた。
食べている途中、美晴が何かに気付いたように顔を上げる。
「あれ、マサ――?」と同時に、何かがテーブルの上をすばやく動いた……?
「ザンギ、久しぶりだな~! 相変わらず旨いわ! さぁやサンキュ!」
――え、ちょっと! またマサキ?
美晴は呆然として、マサキが走り去った方を見ている。
というかあたしも呆然としつつ、マサキと美晴の様子を眺めていた。
「びっくりした……なんなんだろう。欲しいなら、くださいって言うのが普通じゃないのかなー、もう」
ひとつくらいあげたって、あたしには充分過ぎる量が残るのに。
「だいたい、立ったままつまみ食いってのは――まぁ、あたしも時々やっちゃうけど、でも食堂では他の人たちも食べてるし、まして走ったりなんて――」
あたしがマサキのお行儀に対してぶつぶつ言っていると、一歩遅れて我に返った美晴があたしの言葉を遮った。
「ちょっとさやか。マサキ先輩の、『さぁや』って何よ? あだ名? いつの間にそんなに親しくなったの?」
――え、気にするとこ、そっち?
美晴ってば、なんでそんなに目をきらきらさせてるの?
「別に、親しくなったとかじゃないと思うけど……」
昨日の出来事をかいつまんで話すと、美晴はちょっと残念そうに鼻を鳴らした。
「なぁんだ……残念。もっと劇的なシーンを期待してたのに」
あたしは思わず苦笑する。
「昨日会ったばかりで、どう劇的になれるのよ」
「まぁねぇ……それに、よく考えたらマサキ先輩には彼女がいるしねぇ」
美晴が示す方を見ると、マサキと二年生の女子が同じテーブルに着いてるのが見える。
へぇ、あれがカオリ先輩かな。遠くて、髪が短めで脱色してる人なんだなぁってことくらいしかわからない。
昨日は名前だけで嫌そうな顔してたけど、仲直りしたのかしら。
その長いテーブルの反対側に、上級生らしい生徒が数人集まっている。
ん? あの人たちって、ひょっとして……
「ねえ? あそこって、今朝の先輩たちだよね。近くにいるのに、なんでみんな一緒に食べないの?」
先輩たち、時々マサキと目を合わせてるような雰囲気なんだけどな。
「あぁ……」
美晴は訳知り顔でうなずいて囁いた。
「中田先輩たちは、カオリ先輩のこと嫌いだから」
「……へ?」
友達の彼女なのに? そんなあからさまに?
「まぁ、そのうち教えてあげるわよ。カオリ先輩は有名な人だから、あたしが教えなくても噂で知るかも知れないけど」
ほうれん草の胡麻和えをつまみながら、美晴はちょっとそっけなく言う。複雑な事情とかいう話かしら。
「高校って中学と全然違う。有名人で噂が流れるような人がいるとか、なんかオトナの世界って感じ……」
感心していると、美晴は噴き出した。
「やだぁ、何言ってんのよ。この程度なら、さやかの通ってた二中でだって、それなりに色々あったはずよ」
あたしは曖昧にうなずく。
でもそういうものかなぁ……確かにちょっと不良っぽい人とか、派手な感じの人は付き合ってたりしてたのかも知れないけど。
そもそもあたしが興味なかったから、みんなのお喋りを聞いてても覚えていないのかも。
そして、あの頃のあたしには、こうやって直接教えてくれるような人もいなかったから。
* * *
マサキは、午後の授業中も休み時間も、話し掛けて来たりしなかった。相変わらず窓際の席でぼぉ~っとしているだけ。
だからあたしもあまり深く考えないことにする。気にしてても気にしなくても、放課後になればわかるんだろう。
そしてあたしが特別だったんじゃなくて、マサキは誰に対してもあんな感じなのかも知れない。
そう思うとかなり気が楽になった。
『さぁや』とか呼ばれていい気になってる、なんて、彼女のカオリ先輩に誤解されるのも嫌だし。