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目にはさやかに見えねども  作者: 楪羽 聡
第一章 はじまりのはじまり~初めの一歩
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#001 はじまりのはじまり #01

※作中の舞台は西暦二〇〇〇年代(二〇〇五~七年頃から開始)になっております。

 四月。

 地元の高校に進学したあたしは、大した期待もないまま入学式を迎えた。

 そもそも好きでここに進学したわけじゃなかったから、期待がないのも当たり前なんだけど。


 しんと冷え込んだ体育館に並ばされている、あたしたち新一年生。緊張している空気の中の、真新しい制服の列。

 校長先生の長ったらしい挨拶が続く。


 あたしはこの三年間をどうやってやり過ごすかと考える。

 なるべく目立たない存在でいるか、それとも好きなことをして思いっきり羽を伸ばすか……その前に、好きなことを探せるかどうかという問題もあるけど。


 きっと他の人の目から見たら、この時のあたしはつんと澄ましているように見えただろうと思う。

 だって入学式だもの、少しでも先生たちの印象を良くしようと思っていい子にしている人もいるのだし。


 でも本当は、ものすごく緊張して背中も脚もがちがちに力が入っていた。あまりの緊張で背中が何度か()りそうにもなっていた。

 視線はあくまでも前方に固定させたまま、全神経は耳に集中させて――誰かがあたしのことを噂していないだろうか、って。

 それだけを聞き取ろうと必死になっていた。



 別にあたしは、アイドルやタレントといった有名人ではない。指名手配犯でもないし、自意識過剰でもない。

 むしろ目立ちたくないし、できればあたしのことはほっといて欲しいっていつも思っている。


 でも実際今までの人生では、あたしが挨拶するより早く相手に『ああ、あのお(うち)の』と言われることが多かった。

 だからあたしにとっては何よりも怖ろしい()()()()()()がどこかから刺さって来ないか、警戒していた。

 でも同時に、『それ』が始まらないことを期待していた。


 学校という籠の中の、規則でしばられたかりそめの自由であっても、今のあたしにはとても大切なもの。だから壊されたくない。

 この学校を選んだ理由がもしあるとしたら、そのひとつだけだと思う。

 元々は、まったく違う進学先を望んでいたのだから。




 式が始まってからどれくらい経っただろう。新入生の集中力は既に枯渇し始めているらしい。

 爪を気にしている子がいる。髪の毛をしきりに触っている人もいる。

 ひっそりとしたため息やあくびが時々聞こえている。

 もう既に頭がゆらゆらしている人もいる……すごく眠そう。あの人多分、うちのクラスの男子よね。


 それにしても、来賓の挨拶が無駄に長い。ここぞとばかりに地域の議員さんが顔を出すから――あぁ、今挨拶しているバーコードなおじさん、うちに新年の挨拶に来たことがある人だわ。


 時間の経過と共に、入学式の会場にはざわめきが広がり出す。同窓生や顔見知り同士、仲間探しを始めて。

 声をひそめているつもりでもついはしゃいで先生に睨まれる生徒。注意されても抑えきれない、浮かれた空気。


 こういう雰囲気は苦手で、いつまで経っても慣れない。

 あたしだって、もしこの場所に仲のいい子がいたらお喋りをしたくなるに違いないだろうけど。


 ふと、教頭先生が時計を気にしているのが目に入る。若い先生が数人出入り口へ急ぎ、指揮者が席を立つ。楽器を手にしたブラバンの先輩たちが居住まいを正す。

 長かった式もようやく終わりに近付いたらしい。


 体育館って冷えるから、式自体がもっと短くてもいいのに。

 ひょっとして、入学式は新入生が試されるための行事なのかしら?



「新入生退場」の声でざわざわと立ち上がり、来賓者や新入生の両親たちの拍手――そしてカチコチに緊張している係の生徒たちの、小声で飛び交う指示――に囲まれて、あたしたち新入生はようやく会場を後にした。


 体育館を出て廊下を渡り階段を上る、ぞろぞろと教室へ向かう列。一歩進むごとに、一段上るごとに、ざわめきはさっきよりもずっと無遠慮に大きくなる。

 早速履き潰したらしい上履きの、ペタリ、パタリという音、混じり合う香水と整髪料の匂い、髪型を気にして鏡を覗き込む仕草。


 男子と女子の、密かに品定めするような視線の交錯。

 彼らは彼らなりの真剣さで、これからの三年間をどう過ごすのか決めようとしているのかも知れない。


 やたらに飾り付けられた教室に戻り、こっそりと深呼吸をする。式の最中の緊張ですっかり肩が凝ってしまった。意識して周りを見ないようにしているのも、意外と大変なのね。



 * * *



 この学校に決めたのは、あたしの『お家』を知る生徒はとても少ない――ひょっとしたら、まったくいないんじゃないかと思ったから。

 部活などより、制服なんかより、ずっと重要な条件だった。


 母さんにクラスメイトの話をすると「ああ、どこそこの誰さんのお子さんね。あのお宅は誰々さんの会社とお付き合いがあって――三番目のお子さんだったかしら?」なんて、いらない情報を授けられるのが常だったから。

 地元の小中学校なんて昔からの知り合いばかりだから、親からも言い含められているのだろうと思うことがよくあった。


 だから自宅から近い高校にだけは行きたくなかった。高校にまで、今までの人間関係を引きずりたくない。

 誰にも知られていない場所でならきっと、まっさらな気持ちで高校生活を始められるはず。それだけがこの先三年間の希望だった。


 そのためにも、(ホーム)(ルーム)までの間に身の振り方を決めておかなければいけないのだけど……まだ決まらなかった。


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