プロローグ
文章等に矛盾などが生じていたら、ご指摘いただけると幸いです。
いわゆる最強系の主人公なので好きな方は是非呼んでください。
綾崎明渡。名前を付けてくれたのは両親だ。名前の由来なんてものは分からない。
俺を六歳になるまで育ててくれたのに、十二年が経った今では顔もおぼろげにしか覚えていない。そう、家族なんて俺にとってはそんなものだ。家族なんて……いや、やめておこう。余計なことまで鮮明に思い出してしまいそうだ。
それにしても何故こんな事を思い出そうとしていたのか、自分でもよく分からない。いや、きっと今日が特別な日だからに違いない。そう思うことにしよう。
今日、二千二十一年四月九日。邦南学園の入学式。
入学式なんて誰にとっても特別な日だ。でも俺にとってはそれ以上に特別なんだ。勘違いしないでくれよ?恋人と再会なんて落ちじゃないからな。それに俺に友達も恋人もいない。話をした相手ですらおそらく片手で数えれば足りるだろう。そう、初めてなんだ。学園に通うのは。そんな事を考えながら、朝の通学路を歩く。
これが心地よい春の陽射しってやつか。この前本で読んだ。
歩き始めて二十分。ようやく学園の建物が見えてきた。
神奈川の端の方に海に面した所にある学園。それが邦南学園。
学園に近くなるにつれ、徐々に人が増えてくる。 俺と同じ学園の生徒になる奴等。そして……
「学園設立!反対!反対!反対!」
学園設立を反対する者たち。
もう入学式が始まろうとしているのに、今更何してるんだ。主婦業はどうした。会社はどうした。
まあ気持ちも分からないでもない。
学園とは名ばかりで戦闘訓練の為の施設。拒否権は無い。拒否したりサボったりすれば、多額の罰金が科せられる。
愛情たっぷりに育てた我が子、将来が約束された我が子が戦場に赴かなければならないのだ。親としては反対して当然だ。
それにしても……
「何でこっち見てるんだ。ブチのめすぞ!こう、プチッとな」
どうにもこうにもジロジロ見られるのは気分が悪い。思わず怒鳴ってしまった。
すると、夫婦らしき中年の男女がこちらへやってくる。
「何よ!あんただってこんな学園に無理矢理入学させられて嫌じゃないの?」
「嫌じゃない。こんな真昼間から大人が何やってるんだ。仕事へ行きやがれ」
「何よその口の聞き方ー。全くこれだから今時の子は。あ、里ちゃんは別よ? もう、こういう子どもが世の中を駄目にしていくのよ」
「誰だ里って。会ったら「お前の両親仕事してないぞ」って言っといてやる。じゃあな」
「あっちょっと待ちなさいこら」
構わず歩き出すと声は遠くなっていく。追って来る気は無いようだ。
きっとあの二人もここにいる連中も何も苦労してこなかったのだろう。それくらいに今まで日本は平和だったと言える。
そして今の日本が危機に面していると言える。
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「それでは諸君。始めよう。入学式を。もっとも、卒業式があると思うなよ。貴様らが卒業できる時は日本が平和になった時だからな」
入学式とは到底思えないようなこの儀式において、ステージ中央でマイクを持つ男のドスの聞いた声に、周囲は静けさだけでなく、緊張感を漂わせていた。
威厳、風格。日本の軍の指揮官であるこの男にはそれが備わっている。そしてこの会場のピリっとした空気を簡単に作りあげてしまう程の素質があるのだ。
なんてことを考えているうちに、この男の話は少しずつ耳から遠ざかっていく。眠いのだ。昨晩は徹夜で読書に耽っていたからな。
冷たいパイプ椅子に浅く腰を掛け、首の力を抜く。どこでも寝る事の出来る俺にとっては心地よい環境だった。
ガタゴトと辺りが騒がしくなり目を覚ます。振り返るとステージ後方の出入り口からぞろぞろと人が出て行く。この様子からすると入学式は終わったのだろう。丁度いい。少し首の辺りが痛くなってきたところだ。隣の椅子を借りて横になるとしよう。
「ちょっと! 綾崎くん? 皆もう教室行ったわよ。どうしたの? 気分でも悪い?」
「なんだよ急に。ていうかあんた誰だ」
黒くて長い髪。綺麗な顔立ち。そして――――良い乳だ。
「この学園の教師よ。草山雪子。ほら起きて」
目の前にしゃがみ込むと俺の肩をポンと叩いた。
「知らんな。ていうか夏なのか冬なのかどっちかにしたらどうだ。その名前だとなんかこう……しっくりこない」
「もう失礼しちゃうわ。それよりよく須郷校長が話してる時に寝てたわね。恐くないの?」
ステージで話していた男のことだ。
「確かに恐いな。でもそれと寝る事に何の関係がある? ていうかあんた見てたのか。何で最初に気分がどうこうとか聞いてきたんだ」
「変わった子ね。(可哀想な子ね)」
すると雪子は立ち上がる。
「建前よ。教師のね。ほら! 起きて! 教室行った行った!」
強制的に教室の目の前まで連れてこられてしまった。強制的に連れてこられなければ、一人では辿り着くことが出来なかっただろう。そのくらいこの学園は広いのだ。
A組。ここが俺のクラスだ。一クラス百二十人。アルファベット順にA~Tまである。総勢二千四百人てところか。
教室のドアを開けると、俺は注目の的になっていた。突然ドアが開けば見てしまう気持ちも分からないでもない。だがしかし、今後こいつらに嘗められないようにしなければならない。そのためには……
「おいこら! 見てんじゃねえ! 全員後で校舎裏呼び出すぞ!」
本で読んだ、一度は言ってみたい台詞だ。
しかし何故か誰もうんともすんとも言わない。
「もういいから座れ綾崎」
中年教師に促され、とりあえず座ることにしたのだが、これだけ席が用意されていると、どこが空いているのか分かったもんじゃない。
仕方なく、一番後方にある棚の上に座ることにした。
それにしてもラッキーだ。後から来てこんなに良い席に座れるなんて。寝転がれるじゃねぇか。
ごろんと横に寝転がったところでまた全員の視線がこちらに向けられる。
「おい綾崎、お前の席はそこの列の一番後ろだぞ」
中年教師が指先を空いている席へ向ける。
「いや、俺はここで構わない。気にせず続けてくれ」
すると教師は困った顔をし、辺りが少しざわめき出したが、すぐに静まり、こちらへの視線は向けられなくなった。
全員の注目の的になるような事をしたのは事実。しかし考えてもそれが俺には分からない。
本で読んだ事のある世界観とそんなに違いはないと思うが。まあそれも生活していく間に理解していくのだろう。
こんな事が一ヵ月後には当たり前の日常になってるんだもんな。俺にとってのあの場所のように。
「綾崎、ちょっといいか?」
ボーっとしていると、ホームルームは既に終わっており、中年教師が声をかけてきた。
「なんだよ」
「いいからちょっと着いて来い」と、教室の出口の方へ行くよう促される。
「用件があるならここで済ませてくれ」
「こっちにもわざわざ呼び出す事情があるんだ。頼むから。それに、お前の為に美味しいハーブティーを用意しておいたんだ」
「それなら話は早いな」
すると、中年教師はホッとしたのか呆れているのか、曖昧な表情を見せた。
それにしても、ハーブティか。いくつかの本によく出てきた飲み物のことだ。味や香りをどんなに想像しても、飲んだことの無い俺には到底理解出来なかった。中年教師の用件のことよりも気になってしょうがない。
およそ五分くらいだろうか。しばらく後を追っていくと、教室のある校舎の反対側の校舎にある、一階の一室に案内された。
中年教師はドアを開けると、中には客室のように、シンプルに配置されたテーブルとソファ、花瓶がある。
中に入り、椅子にドカッと腰を掛けると、中年教師は正面の椅子に腰を掛け、背もたれにゆっくりと寄りかかった。
「まあリラックスして聞いてくれてかまわないよ」