名もなき魔導具店にて
「やぁやぁ、お邪魔するよ」
軽い調子で声を発しながらカガヤは情報にあった魔法技師の経営するという店に入る。その店の内装は暗く、あまり生活感がないように感じられるため、初見の人間がここで買い物を済まそう、そういう風に思うことはあまりないであろう。加えて、店の中にある様々な商品はお世辞にもいい品だとは言えず、本当にここに目的の人物がいるのか、カガヤもリュウも少し不安になってきていた。
「はいはいー、いらっしゃい。自由に見てってちょうだい」
こちらも軽い様子で返してきたのはこの店の手伝いか17、8の歳に見える顔立ちの整った少女であった。
「君がこのお店の店主かい?」
「そうだねー、私が店主でここら辺のもの全部作ってるんだよね。あんまり腕に自信はないんだけど、なるたけいいものを作ろうとしているよ」
「わかった、お言葉に甘えてちょっくら拝見するとしよう」
「はーい、もしなんかあったら声かけてちょうだい」
人好きのする笑顔を浮かべ少女は奥に消えていったが、リュウの胸には一抹の違和感がのこる。
「なぁ、カガヤ」
「言わずとも分かってる。多分あれが例の」
「やっぱりカガヤもそう感じたか、だが、いくら身を隠すとは言え店にある商品の質はとてもではないがいいとは言えないぞ」
「おそらくあの子は生活には困っていないはずだし、店を開いても自分の身を隠しきる自信があるのだろうな」
「余裕と保険の現れが、この店の内装ということか」
目立ちたがり屋、いや、違う、おそらく別の何かがあの勇者の中には眠っているのだろうか。リュウはそんなことを考えていると、ふと一つの商品が目に止まる。とても巧妙に、人の心理的にまず目を向けない場所に魔術的な処理を施されたものが、そこには隠されていた。
「カガヤ、多分ビンゴだ。これを見てくれ」
「はぁ、この本は魔道書か、それも相当凄腕の技師が作ったんだろう。ダンジョン産のものじゃなさそうだしな」
「その脱走勇者の能力であれば、こんなもの鼻歌交じりに作れるだろう、それでいて他の人間には一生に一つも作れないレベルのものだな」
「多分あの子はプライドがすごく高いんだろうな、俺の勘も経験も全てがあの子は厄介だって言ってるぞ」
「厄介だって、俺たちには奴の能力が必要だ。これほどの腕を持ってれば国の発展がスムーズになる」
「んじゃ、リュウ。話してきてくれ。俺は外に出て邪魔がこないようにしておく」
「了解」
そういうとカガヤは店の外に、リュウは魔道書を手に店の中へと足を進めた。
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「少しいいか」
声をカウンターの奥にかけるとすぐに反応が返ってきた。
「はいはい、何かな?」
「この本だが」
言葉を発するとほんのわずかな間少女の目に警戒が生まれるがそれも一瞬、すぐに笑顔を浮かべ、対応してくる。
「うん、お買い上げってことでいいのかな?」
「いや、違う。この魔導具の製作者について知りたいんだ。心当たりがあるだろう?」
「うーーん、いつぞや行商が持ってきてあんまり使い道がわからないみたいだったから安く仕入れたんだけど、私も結局はよくわからなかったんだよね、その魔導書の使い方」
「遠回りはしたくないんだ、君と同じ魔力を放つこの本について話が聞きたいんだ。その貼り付けた笑顔も止めてくれると嬉しい」
そういうと少女は、見るものの心を見透かすような冷たく、何を考えているのかを悟らせない目でこちらに見てくる。表情も笑顔から一転、能面のような真顔になった。
「君はどこまで知っているのかな?もしかして追っ手?」
「そこまで詳しくはわからないが、君が脱走勇者であるということと優れた魔法技師ということは知っているよ」
「それで、私に何の用? 聖教国には帰らないよ、やっとつかんだ自由だからね」
「連れ戻しに来たんじゃない、スカウトしに来たんだ」
「この国に来てからその手の輩はたくさん見てきた。私は誰の元にもつかない。わかったなら帰って」
そういうと奥に引っ込もうとする少女を、リュウが引き止める。
「まあ待ってくれ。何も部下や奴隷にしに来たんじゃない、言ってしまえばパートナーだ。俺たちの成し遂げたいことには、どうしても君みたいな優れた能力を持つ人間が必要なんだ」
パートナー、というあたりで少女の体が少し反応する。
「俺は君にその能力でもっていろんな魔導具を作ってもらって、俺たちの助けになってほしい」
少女が口を開く。
「私はあなたのことも知らないし、あなたの連れのことも、どうせ他にいるだろう仲間のことも、何より目的も知らない。私のことを知ってるのに、あなたたちは何も知らせないで交渉しようだなんて、誠意が足りないんじゃないのかな? 私はそう思うんだけど」
そういうと、少女の目に好奇心と、少なくない自身の野望へのギラギラとした光が宿る。
「そうだな、道理だ。俺の名前はリュウ。ただのリュウ。ある組織に所属している。君も戦闘能力を持っているようだし見当はついているだろうが、戦闘がある程度できる」
「ふ〜ん、ある程度、ねぇ」
「随分と含みのある言い方をしてくれるな。ただ、俺たちの目的はまだ仲間にもなっていないような人間に話せることでもないし、組織のこともむやみやたらに話せるものではない。君はみたところポーカーフェイスとか、相手を少しずつ誘導しようとする話術、そういった対人のやりとりが相当得意なのだろう。そしてそれを身に付けるためには相当な苦労が必要なはずだし、その過程で人脈ができたはずだ。俺の名前を聞くだけで一気に君は警戒される。それくらいの力はあると自負している」
少女の目に闘争の色が浮かぶ。
「ふ〜ん、でそれを誇るくらいの力があることと、まあまあの洞察力があることはわかったわ。でも、その程度の情報と脅しで、私がハイじゃあついて行きますってなると思ったのかな?」
「でもって、君自身はプライドがものすごく高いのだろう。自身の能力に絶対の自信を持っている。だからこそ思い通りにならないことを許せない、自分より能力の低い人間に縛られることが許せない。聖教国から逃げてきた理由はどうせそのくらいなのだろう?」
「たいしたもんね、どのくらい前情報があったのかわかんないけど、ちょっとの会話でそこまで見えるんだ。その通りだね、私はプライドが高いし誰かの命令で自分が能力を使うなんて反吐が出る」
少女の仮面が段々と剥がれてくる。
「だからこそ、私の邪魔をする人間には容赦をしない。脱走を邪魔しようとした兵士や騎士はまとめて消した。司教はたくさん私のことを気にかけてくれたからニノがしてあげたけど、私を召喚した教皇にはその命でしっかりと落とし前をつけてもらったわ。私には生まれてから、人を使う、上に立つのが当たり前。それでいて歴史に名を刻む義務がある。横に並び立つものすら許さない。そんな私の意志を曲げてまで、あなたについていくメリットを、あなたは提示できるのかしら?」
すごく残酷で、獰猛で、底冷えのする笑顔を、今日見た中で唯一心の底から浮かべたであろう笑顔を見て、リュウはカガヤにいい報告ができることを確信したのであった。