グランの日常
公爵の暗殺から2週間がたち、ようやく依頼の報酬をカガヤが受け取ってきた。要は土地の権利書なのであるが、王族側としてもなぜタダの暗殺者が土地なんか欲するのか不思議というか不気味だったのだろう、相当渋られたらしい。それでも近衛騎士団長を殺せる実力を持つ暗殺者を抱える組織を敵に回すのは良くないと後になって気付いたのか、カガヤが脅しをかけると一応は報酬を出した。これで、『静』の目的にまた一歩近づくことができた。
『静』の拠点のあるグランは世界でも類を見ない、四季を持つ国であった。12の月も中盤に差し掛かろうとする今日日、レンガの敷かれた街道には雪がいつも積もり、路面が所々凍結しているため、ここ最近は馬車のスリップなどの話も良く聞くようになった。ここ最近でもなかなか厳しい寒さである。寒さは復讐心も、野心も落ち着かせるのであろうか、ここ最近は依頼もとんと少なく、あっても片手間で済ますことのできるようなものしかなかったため、『静』のメンバーは大概暇を持て余していた。
センは医院で医者としての仕事があり、この雪でのけが人や、寒さによる病人を四六時中診ている。今『静』の中で一番忙しいのは間違いなく彼女であろう。シンは持ち前の並列思考を生かしてセンをサポートしている。書類関係や診察なんかはシンが請け負い、死んでも手に負えないものをセンが治す、といった構図が医院ではよく見られる。が、その一方でテンは、寒さごときに俺の性欲が負けてたまるか! とでもいうが如く女をとっかえひっかえしているらしい。センたちの請け負っている患者にも結構な数テンに惚れる、もしくは悩まされている女が存在するらしく、患者からテンの名前が上がるたびにセンは渋い顔を、シンは呆れた顔をするのも医院での一つのテンプレートになっている。夏もすごかった。秋もすごかったし春もすごかった。きっとテンは一年中すごいのだろう。事務処理するでもなく、まあまあ使える医療魔術でセンとシンをサポートするでもないリンは何をしているかというと、やはり根っからの戦闘狂故か、戦いがないと落ち着かないらしく、ちょくちょく魔物を狩りに行っては小銭を作って、その小銭を賞金にして猛者を発掘するためにトーナメントを開いたりしているらしい。とてもじゃないが暗殺者とは思えないような振る舞いだが、それでもごく限られた人間にしか面が割れていないのが『静』のおそろしいところである。
そんな手練揃いの組織とは思えないような平和な時間が流れる中で、リュウとカガヤはコツコツと目的のための準備をしていた。今日は人材の発掘と情報収集のためにグランを練り歩いているが、目立った戦果はあげられていない。
「しっかし、こうもまぁ平和だとなんか調子狂っちまうよなぁ」
「言わんとしていることはわかる。けど、目的の先で待っているのはもっと平和な世界のはずだぞ」
「んなこたァ、リュウに言われないでもわかってる。今はまだ気が張り詰めてるからよ、なんかないと逆に疲れるんだな、これが」
「ちゃんと一歩ずつ前に進めてる。この前依頼で救った村だって、俺の瞳でみたが悪人は一人もいなかったし、あの立地ならもらった土地に近いから建国した時は喜んでこっちについてくると思うけどな」
「なんやかんやで師匠を慰めようとしてくれる弟子の愛に心があったまるねぇ」
「ぼやいてる暇があったら少しでも根回しをしろと遠回りに行っているだけだ」
「口うるさくてかなわんねぇ」
かかっと笑うカガヤに対して呆れたようにため息を吐くリュウ。どっちがリーダーかわからなくなるような会話だが、それが長い間付き合ってきた二人の距離感であった。事実、リュウはカガヤを尊敬しているし、カガヤもリュウを認めている。
「んでよ、この前話してた魔法技師なんだがな、各章のある話じゃないんだが、脱走勇者らしい」
「脱走勇者か、なら能力の方は心配しないでいいのだろうな」
「んでもって、聖教国から逃げてきたってことらしい」
「カガヤにしては珍しく、断定が少ないな」
「よっぽど頭がキレるかそっち寄りの能力があるんだろう、ツテをあたってもこれくらいの情報しか集まらなかったんだ。とりあえずは、そいつがやってるっていう店にいってみようか」
そういうと二人は冬の街灯の上をゆったりと進んでいくのだった。