異世界転送
あなたは異世界に行きたいだろうか?
俺、坂町徹は実のところ行きたいと思っている。しかし、思ったところで行けるわけでもなく、ただの憧れであった。
その憧れは現在、俺の親が事故で他界し、親戚の家に引き取ってもらったがうまくいっていないところからきているのだろう。
親戚の人が悪いわけではない、ただどうしても距離感が生まれてしまうのだ。
家は、あまり居心地のよいところではなかった。
そんな俺にある日一通の手紙が届いた。送り主は不明、封筒のようなものに入っており、封筒には宛名しか書いていなかった。
中身を見ないわけにもいかないので、封筒から中に入っていた紙を取り出し読んでみる。
「なんだこれ?読めない……」
文字は、英語でも中国語でも、もちろん日本語でもなかった。いや、この世界の文字なのかすら疑わしい。むしろ昔のヨーロッパとかで使われていそうな雰囲気だ。
俺は紙の下の方に魔法陣らしきものが書かれていることに気がつく。
「魔法陣?いみがわから…くっ⁉︎」
急に目にカメラのフラッシュを当てられたかのように目に強烈な光が入り込んできた。
とっさに腕で目を覆い隠す。
体が少し重くなったようにも感じたが、少しの時間、約十秒ほど経った後にその感じは消えた。
強烈な光が消えたことを知り、目を開けてみた。少しぼやけた後、くっきりと俺の網膜にその景色が写った。
「どこだ?……ここ」
目の前には、RPGゲームで見るような町が広がっていた。
剣を肩にかけた大男や、客に酒を運ぶ町娘、遠くには大きな城が見える。
そこにいるのは人間だけでなく、エルフや猫耳の生えた獣人もいた。
文明はあまり発展しておらず、電気も水道もガスも通っていない。
もちろん車なんてないし、なんなら銃もなさそうだ。
皆の服装はまさにゲームといった感じ、俺はジャージ。完全に浮いている。
「いやいや、まじで何なの?夢?」
ほっぺを思いっきりつねってみる。
「い、痛い。夢じゃないのか…⁉︎」
そういえばいい匂いもする。夢っていい匂いなんかしたか⁉︎
…これは現実だ。俺はあの手紙を読んでこの異世界にとばされてきたんだ。
いきなり異世界に来たが、すんなりと受け入れてしまっている。なぜだ?そもそももといた世界に対する執着が無かったからか?それともあの魔法陣とかの影響か?まあともあれ俺は初めは違和感を覚えたが、いつの間にか違和感があまりなくなってきている。
しかし、俺はこの世界で何をすればいいのだろうか。冒頭で「異世界に行きたい」とかほざいていたくせに実際に来た途端することが分からないとか。
いやぁ、大体の異世界ファンタジーものだったら女神やら神やらとかいたり、それか仲間も一緒に異世界に来たりするはずなんだが…。
一人だけで異世界を生き抜かなければならぬのか……きつい。
この場合、俺が読んだことのある異世界ものの小説では、冒険者ギルドのようなものに行っていたな。
そこでいろいろな説明をしてもらうんだっけか。
看板というか、町の地図みたいなものもあるし、それを頼りに向かってみよう。
俺はいろいろな人から物珍しそうな視線を送られながら、町にあった看板を頼りに冒険者ギルドへと向かった。
それにしても、この町にはやたら美女が多い気がする。いやもしかしたらこの世界には美女が多いだけかもしれないが。
俺がいた世界ではなかなかお目にかかれないほどの美女がまあまあいた。そうだかな、すれ違っただけで15人はいた。
まあ……だからなんだって話だけどね。俺もてないし。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ついた……のか?」
ちょっと大きめの建物、俺のもといた世界では市役所並の大きさだ。まあ市役所の方が大きいが。
しかし、他の建物と比べるとその大きさは目立っている。
すこし、緊張してきた。よく考えると俺、この世界の文字読めるのか?会話は、なぜか理解できるかが…。
まあ、なんとかなるはずだ。
「あ、あのぉ」
俺は冒険者ギルドの受付嬢っぽい人に話しかけた。
種族は人間で、黒髪のポニーテイルだ。そして美人。
「俺、冒険者になりたいんですが」
「新規の方ですか?でしたら新しい冒険者カードを発行いたします。冒険者の仕事を説明いたしますと、基本的に三つです。クエストに行く、魔物退治、ダンジョン攻略。でもだいたいはクエストを受ける人が多いですね。ダンジョンは難易度が高いので。ちなみに収入はクエスト達成の依頼金以外に、ドロップしたアイテムをここで換金したりしても得ることができます。」
「は、はぁ。ダンジョンがあるんですか」
ダンジョンといったらあれか?階層ボスとかいるのか?ゲームみたいだなぁ。
「冒険者カードの発行が終わりました」
「あっ、どうも」
「まずはカードのサークル部分に指紋を認証されてください」
俺は言われたとおり、名刺程度の大きさのカードに指紋をつけた。
そうすると、俺の目の前に色々なステータス情報などが表示された。まるで近未来のケータイ端末みたいな感じだ。
これが「魔法」なのか⁉︎
「基本的にステータス画面などは他の人には見えない仕様になっていますのでご心配無く。では、適正職業が表示されていると思うので、その中から一つお選びください」
俺はステータス画面に表示されている、適正職業というところを見た。
しかし、選ぶもなにも「一つしか」無い。
「あ、あのぉ…。適正職業が『覇王』しか無いんですけどぉ」
「は、覇王⁉︎もしかして『あの』⁉︎はるか昔人間界、魔界を支配したと言われる邪悪の根源、その力は魔王すら凌駕すると言われていた…」
いやお姉さん詳しいな!てか覇王とかなんだよ、俺は魔法の使い方すら知らないよ。てか魔界って何?魔王って何?説明してくれよ!
受付嬢の人の声が室内に響いていた。先ほどまで賑やかだったその部屋は、男子校生がつまらないギャグを言った後のように静寂であった。
「あ、え、覇王ってなんかまずいんですか⁉︎」
「いや、昔話なんでなんとも言えませんが、過去の覇王は悪い存在だったそうです。なのであまりオススメはしないかと」
「あっ、なら別の職業にしますね」
俺は剣士にしようかなと思い探してみるが、覇王以外の文字が見当たらなかった。…………覇王一択かよ⁉︎
「すいません、他の職業見当たらないんで覇王にしますね」
なぜが周りの目があまりいいようには思えないのでさっさと終わらせようと覇王を選択し、別の話をしようとした。
「え、選んじゃったんですか⁉︎」
「え?」
「職業はレベル50まで変えられないんで慎重に決めないと……」
「それを早く言えよ!!」
あと、覇王って職業なの⁉︎聞いたこともねえよ。
受付嬢は困ったような顔をしていたが、俺は話を次に進めることにした。
「魔法とかってあるんですか?」
「え⁉︎魔法を知らないんですか⁉︎」
「すいません、記憶喪失で去年からの記憶が無いんです」
咄嗟に嘘をついてしまったが、その方が色々と都合がいいだろう。
「魔法というのはですね、この世界の物理法則みたいなものです。火、水、木、土、光、闇の六つの属性な基本的に分かれていて、魔力を消費して使うことができます。魔力というのは個人差がありますが、そちらの冒険者カードのステータス画面に表示されているはずです」
「もしかしてこのMPってのが魔力ですか?」
「はい、そうです」
ステータス画面には体力、HPの下にMPがあり、158と表示されていた。
多いのか少ないのか分からん。
「あなたは魔法を使うことができるんですか?」
「もちろんできますよ。基本的には詠唱が必要ですが、上級者の人は詠唱破棄したりもできますね。では初級魔法の『火炎』を発動させますね」
受付嬢は手を上に向けると、なにやら呪文を唱え始めた。
「この世の理を曲げ、我に炎を与えよ!『火炎』!!」
ボウッと上に向けていた手から赤い炎が出現した。ここからも熱を感じる。
「なんかコツとかあります?」
「そうですねぇ、イメージですかね。自分が手から炎を出している姿をイメージする。それがコツですかね」
「分かりました。………こうかな?えーっと、『火炎』!」
ボウッと手から炎が出た。熱い、紛れもない炎だ。
俺にも魔法は使えるのかぁ、感激だ。
一人で感動していたことに俺は気づいてしまった。周りの冒険者や、受付嬢のお姉さんまで驚く、いや異質を感じていた。
「詠唱破棄…。本当に魔法を使うのは初めてですか⁉︎詠唱は魔法を安定して発動をさせるためのもので、詠唱破棄をいきなりして成功したなんて聞いたことがありません」
「詠唱忘れちゃって…」
そんなに驚くということは、詠唱破棄はそれほどすごいことらしい。実感は全く無いのだが。
他の冒険者達も、ずっと俺の方を見ている。視線の暴力だ。
「ちなみにMPの回復方法は?」
「体力を回復させるのと同じですね。休めば回復します。寝たりすると回復効率が高いです。あとは少し高いですがMP回復薬があります」
俺のステータス画面を見てみたが、MPの数値が変化していなかった。多分フレイムの魔法はMP消費が少なくて、もう回復してしまったのだろう。
そう考えると、MP回復効率はそこまで遅くないようだ。
「あっ、HPってのはどうゆうことですか?0になったら死ぬんですか?」
「はいそうです。しかしHPは致命傷を受けるほど大きく減ります。」
「ん?つまりHPは0だと死んでいて、1とかだと致命傷を負った瀕死ってこと?」
「そうですね、なので瀕死状態になるイコール骨折などをしている状態で身動きがとれない状況が多いので、そうなる前に逃げることが大切です。まあ、HPが多い人ほどタフってことですね。」
「な、なるほど」
結論はHPの数より現実的な死因を気にしようってことだな!多分!
「あっ、協会で生き返るとかは?」
「無いです。復活魔法も存在しません。死という概念は覆ませんから」
死んだら終わり、ゲームオーバーか。分かりやすい。
「冒険者カードのところに『フレイム』意外にもあるんですが。魔法ってどうやって覚えることができるんですか?」
「魔法の書を読むか、スキルポイントの振り分けで覚えることができますよ」
「なるほど」
「他にご質問は?」
「無いです」
「では、初級冒険者には資金3000Gを差し上げるのがルールでして。これをどうぞ」
皮の袋を渡され、持ってみると「チャリチャリ」と小銭がこすれ音が鳴った。
手厚いご加護感謝感謝。
「今日からあなたは冒険者です。では楽しい日々を」
話を終え、俺は冒険者ギルドを出ようとした。他の冒険者の視線が気になったが、あまり良く思われていないことだけは分かった。
しかしここは始まりの町的なところ、あまり強者はいないように見えた。まあ俺より強いのだが。
◇◇◇◇◇◇
俺は安そうな宿屋で一泊し。次の日、草原に行きモンスターを狩ることにした。
装備は昨日、ギルドから貰った支給金で揃えた。茶色のマント、鉄の短剣、いかにも初期装備だが、無いよりはマシだろう。
「あっそうだ。アイテムとかはどうなるんだ?マジックバック的な便利なものは存在しないのかな」
ドロップしたアイテムを収納することができるものなんて持っていない。この世界で生きていくために、ドロップアイテムを集めなければ金を稼げない。そしてそのアイテムの大きさ、決して小さいとは思えない。
その疑問を町を歩いていた冒険者さんに聞いてみた。
「すいませーん」
「はい、なんでしょう?」
と振り返ったのは魔法使いの帽子をかぶった超美少女。ショートボブで黒髪、高そうなローブを装備している。他の冒険者と比べてもずいぶん強そうだ。
「アイテムとかってどこに収納するんですか?」
「えっ、こんな当たり前のこと知らないんですか?」
「え、ええ。記憶喪失なんで」
「記憶喪失って、本当ですか?異世界から転移されてきたのではなく?」
「は、え?」
今、異世界転移と言ったのか??なぜ彼女がそのことを知っている。
「実は私も異世界転移されてきたんです」
「地球から…ですか?」
「はい、ある日変な手紙が届きまして、そこから…」
「俺も同じです」
まさかこんなところで同じ境遇の仲間と出会えるとは。今日はツイている。
それにしても可愛いな。うん。
「敬語なんていいですよ、多分私の方が年下だし」
「俺は18歳です」
「私も18歳、同い年ですね。名前は立花亜紀、亜紀でいいですよ」
「俺は坂町徹、俺も徹でいい」
同い年か、しかしこの装備の強さから見ると結構前に転移されてきたのではないのだろうか。
「ドロップしたアイテムとかは装備もそうですが、冒険者カードから収納したり出したりできるんです。一回やってみるね」
そういうと、亜紀は冒険者カードを取り出し、スマホを操作するように手を動かし、少し経ったらアイテムが転送されたかのように手のひらの上に現れていた。
そのアイテムは、小さい瓶のようなもので、中には蛍光色の緑色の液体が入っていた。
「これは回復薬、必須アイテムだです。冒険に出るなら10個は必要だと思います」
「なるほど、この世界にも回復薬はあるんだな」
「大体はゲームの世界だと思っていた方がいいですよ」
亜紀は地図を冒険者カードのアイテムボックから取り出し、それを広げた。
どうやら、この町周辺の地図のようだ。
「私たちが今いるのはここ、始まりの町アルディオ、モンスター討伐に行くならここの近くのスディオ草原がいいと思います。モンスター討伐に行くんですよね?手伝いますよ」
「ありがとう、助かるよ」
ということで、俺は彼女とモンスター討伐に出かけることになった。
美少女の近くにいると目のやり場が困る。そして心臓の鼓動が少し早くなるのを感じた。
これからどんな異世界ライフが始まるのだろうか……俺は心踊った。
続きは来週更新です。