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ハザマの国  作者: まのの
2/8

 突然現れた魔女は黒いローブで目は見えないけれど、ローブから覗く口元はおばあさんではなく大人の女性みたいだった。背も曲がっておらず、鼻も大きくない。絵本に出てくる怖い魔女とは全然違う。

 それでも葵は怖くて栞にぎゅっと抱き着いた。栞は目を輝かせて「ほんとうにまじょなの?」と尋ねる。

 魔女は「あぁ、本物の魔女さ。イッヒッヒ」と見た目とは違い、絵本に出てくる怖い魔女のような喋り方で答えた。葵は益々栞にしがみ付いたが、栞は「すっごーい!」と感激している。


 蛍は「まんまー」と言いながら魔女のローブにくっついた。葵が慌てて「ほたる! それまじょだよ! ママじゃないよ!」と叫ぶが、蛍は「まー」と言ってローブから離れない。ついでに先ほどプニプニの実で汚れた口元をそれで拭いていた。怖いものなしの蛍である。

 黒いローブに赤や緑の汁が付くと、魔女は「おやおや、これは大変だ。どうしようかねぇ」と蛍を抱きかかえた。


 途端に葵は栞から離れた!

 慌てて魔女に駆け寄ると、魔女の足をポコポコと叩きながら「だめ! ほたるをたべちゃダメ! なんでもいうこときくからほたるをかえして!」と泣き叫ぶ。


 絵本に出てくる怖い魔女は時々子どもを食べようとするのだ。葵はそれを思い出して必死だった。魔女は怖いけど蛍が食べられることの方がもっと怖い。

 葵はしっかり者で妹達の面倒をよくみる優しいお姉ちゃんだ。怖がりで泣き虫だけど、妹達が泣いた時に「どうしたの?」と一番に駆け寄るのは葵なのだ。 



「イッヒッヒ。誰も食べたりしないさ。でもそうだねぇ、何でもいう事を聞いてくれるなら私のお願いを聞いてくれるかい?」

「うん! きく! だからほたるをかえして!」

「しおりもきく!」


 

 二人は右手をビシッと上げた。それを見ていた蛍も、魔女に抱っこされたまま「はいっ」と手を上げている。



「そうかいそうかい。じゃあ、お使いを頼もうかねぇ」

「おつかい?」

「あぁ、そうさ。これから三人で旅をして三つの星を取ってきておくれ」

「しおりできるよ!」

「頼もしいねぇ。三つの星は『夏の海』『秋の大地』『冬の山』に一つずつあると言われている。私はこの『春の森』からは出られないんだ。私の代わりにその星を持ってきてくれるかい?」

「いいよ! ね、あおい?」

「うん! いっしょにがんばろう!」



 葵と栞が頷きあうと「じゃあこの子も連れて行っておくれ」と魔女は蛍を下ろした。蛍はきゃっきゃと笑いながら栞に抱き着く。



「お前たちだけだと大変だろうからヤマトを一緒に行かせよう。ヤマトはとても賢い子だ。連れてお行き」

「わかった。ありがとう、まじょさん」

「お礼を言えるのは良い事だねぇ。特別に『夏の海』までは私の魔法で送ってあげよう」



 魔女はそういうと指先をパチンと鳴らした。すると葵たちが立っているふわふわの道が進み出した。歩いていないのに歩いているような不思議な感覚だ。

 葵は以前、東京にいる叔父さんの所へ行った時のことを思い出した。初めての飛行機を降りたとき、空港内でこれと似たものに乗ったことがある。平らなエスカレーターみたいなやつだ。「あのうごくみちだ~!」と葵が喜んでいる隣で、栞は魔女に「いってきまーす!」と手を振っていた。


 手を振りかえす魔女が少しずつ遠ざかり、やがて見えなくなる。

 周りにあった木々が少しずつ減っていき、道の傍らに咲いている花も少なくなってきた。ぐんぐん、ぐんぐん、と道は進んでいく。この道の上にいれば蛍が花や虫に惹かれて何度も立ち止まることもないし、栞がどこかへふらりと行くこともない。足が疲れることもなく前に進めると葵はホッとしていた。途中で蛍が道の傍にある花に向かって手を伸ばしたが、まるでそこに透明の壁があるみたいに道の外には出られなかった。だから安心して葵たちは目的地である『夏の海』にたどり着くことができたのだ。



 道が止まったのはザザーン、ザザーン、と白い波が打ち寄せる砂浜だった。先ほどまでの春麗らかな暖かさが、ジリジリと焦げるような暑さに変わる。



「あっつ~い!」

「しおりこれぬぐー!」

「だっだっ」



 長袖長ズボンの三人はこの暑さに耐えきれず、栞は早速長袖を脱いでいた。それを見たヤマトが「これを舐めるといいよ」と首を振って首輪についている鈴をチリンチリンと鳴らす。


 ――すると、葵の目の前に金色の液体が入った丸い小瓶が現れた。葵は驚きながらも浮いている小瓶を手に取りコルクを外す。そしてふんわりと漂う花の香りに「いいにお~い」と声を上げた。




「それはフクフクバナの蜜だよ。服を着替えさせてくれるんだ。一口舐めてごらん?」

「おいしい?」

「とっても甘くて美味しいよ」



 ヤマトは自信満々に頷く。それを聞いて一番に反応したのは栞だ。「しおりなめる!」と小瓶に指を突っ込み、とろりとした金色のそれを指にちょんとつけるとそのまま口に運んで躊躇なくぺろりと舐めた。口の中に広がる甘みと花の香りに「おいしい!」と叫ぶ栞。その瞬間に先ほどまでのシャツと長ズボンだった服装が、みるみる可愛らしいピンク色の小花が沢山描かれたワンピースの水着に変わった。お尻にはフリルが沢山付いていてとてもキュートだ。

 栞は「おひめさまみたーい!」とくるくる回りながら喜んだ。それを見た葵は「あおいも!」と急いで蜜を指ですくい舐める。「ほたるもね」と蛍の手を取り、瓶に入れて蜜をつけてその指を蛍の口に入れてやった。

 すると葵の着ていた服は薄紫色の上品なワンピースの水着に変わり、胸元には小さなリボンが付いていた。シンプルだけど大人っぽいデザインに葵は大満足だ。蛍はビキニで、上が赤色、下は緑と黒の縦縞という見事なスイカちゃんだった。本人は気に入ったのか気に入ってないのかわからないが「くっくー」と両手を上げて振っていた。



「これで大丈夫だね。みんなとっても似合ってるよ」



 ヤマトがそう褒めると葵と栞は照れたように「えへへ」と笑った。



「どこにほしがあるのかなぁ?」



 葵が首をかしげると蛍が「くっくー」と遠くの砂浜を指差す。そこには遠目からでもわかるくらい沢山の物が砂浜に溢れていた。そしてその前の海には丸くて小さな島がぽっかり浮いている。栞が「ねぇあおい。だれかのなきごえがするよ?」と言うので葵は耳を澄ませた。



 ブオーン ブオーン



 確かに誰かの声がする。泣いているのかわからないけれど、あの物が沢山置いてある場所までいけばわかるかもしれない。葵達はそこまで歩くことにした。

 が、砂浜が思っていた以上に熱く裸足ではとても歩いていけない。これでは星を探すどころじゃない。「ヤマト、どうしよう?」と葵が尋ねるとヤマトは「こんな時にはハネハネバナの蜜さ」と得意げに言って、またチリンチリンと鈴を鳴らした。

 現れたのは銀色の液体が入った四角い小瓶。葵は今度は迷うことなくそれを舐める。栞も蛍もぺろりと舐めると三人の背中に小さな銀色の羽が生えた。パタパタと動く羽のおかげで三人は目的地まですいーっとひとっ飛びだ。



 ブオーン ブオーン



 物が溢れた砂浜の前で泣いていたのは大きなクジラだった。遠くから見たときに小さな島だと思ったのがクジラだったのだ。


 葵は「くじらさん、どうしたの? どこかいたいの?」と優しくクジラに声をかける。するとクジラは大きな口を開けて「オイラ、虫歯が出来て歯が痛いんだ。だから歯磨きしたいんだけど、歯ブラシがどこにあるのかわからないんだ!」とまたブオーン、ブオーンと泣きだした。

 どうやら砂浜に広がるこの溢れかえった物の中にクジラの歯ブラシがあるらしい。



「しおりがみつけてあげる!」



 足元に広がる溢れかえった物達。机にイスにくまのぬいぐるみに赤いボール、どれも栞や葵の背丈を易々と越えた見たことのない大きさだった。まだまだ他にもある。


 お人形、豚の貯金箱、色鉛筆、お絵かき帳、絵本、オモチャの台所、オモチャのお皿にフライパンにお鍋、ぬいぐるみもくまだけじゃなく、ウサギやイヌ、ネコもあった。


 足の踏み場がないほど溢れかえっているその中をパタパタと飛び回ってみたけれど歯ブラシは見つからない。栞は「ないね~」と少ししょんぼりしてから、首を右へ左へ傾げだした。



 うーん うーん


 

 栞は困ったことがあるとこうして考えるのだ。葵は自由に飛び回る蛍を追いかけるのに必死で歯ブラシの事は頭にない。歯ブラシよりも今は蛍だ。羽があるから海には落ちないもののこの羽がいつまであるのかわからないし、もし海に落ちたら大変だ。当の本人は「う~! だっだー!」とご機嫌で飛び回っているが、追いかけるほうは必死だ。  



 うーん うーん



 上空を飛び回る二人には目もくれず栞は考えた。



「どうすればいいのかな~? どうすれば歯ブラシが見つかるかな~?」



 ブツブツと言いながら首を傾げる。後ろではブオーンブオーンと泣いているクジラ。早くどうにかして歯ブラシを見つけてあげたい。こんな時どうすればいいのだろう。

 栞はもう何度目かわからないほど首を傾げた後、こう叫んだ。



「いいことおもいついた!」



 栞がいつも使う問題解決の合図である。時々それが予想斜め上の解決方法だったりするが、この場でそれを知っているのは葵だけだ。

 散歩の途中でお腹がすいたら道に生えている草を食べればいい! と問題解決した後、大惨事になったのを栞本人は忘れている。

 

 栞はいつものように胸を張り、キラキラと輝く瞳でクジラに宣言するのだった。

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