漠然とした虚無感
漠然とした虚無感
その日も僕は決まった時間に満員電車に乗って、遅刻しないように学校へ行った。
満員電車にはいつも同じように、ケータイを見ている人がいれば、死んだように疲れきった顔をしている人もいた。
学校に着くと、いつも通りに決められた席に座る。すると、お馴染みのメンバーが僕のところへやって来た。クラスでよくつるむ友人たちだ。
お前昨日のテレビ見た? あいつはやっぱ面白いよな! 数学の宿題やった? 写さしてくれよ。そういえば今日の授業さ~…………。
昨日も聞いたんじゃないかってくらいに耳に馴染んでいる会話ばかりだ。
僕はその一つ一つに笑顔で返していく。
やがて先生がやって来ると、僕の回りにいた友人たちは去っていった。
先生は教壇に立つと、日直の名前を呼んで「おはようございます」と号令をかけさせる。
それから時間が流れるように進んでいく。先生たちはことあるごとに、 将来のことや大学の話を違うようで同じように話していた。
全ての授業が終わると、友達と寄り道をしながら、今朝乗った電車に再び乗って家に帰る。電車の中には生気の抜けたような顔ばかりが並んでいるように見えた。
そうして次の日も、その次の日も、その次の日も同じように、一日、また一日、とケータイの日にち表示が進んでいった。
ある日、僕はいつもと同じように、満員電車で乗った。
しかし、何となく学校にいくのが嫌になって、学校の最寄り駅の一歩手前の駅で途中下車をした。
学校に行かないことに罪悪感はあった。けどその思いとは裏腹に、小学生の時にピクニックに行くようなワクワクした気分が、僕の中に込み上げてきた。
道を知らない街を僕は歩きだす。
へーこんなところにこんなものが……等と感心しながら歩いていくと、結構大きなショッピングセンターがあった。
僕はその中で長いこと時間を潰し、ショッピングセンターを後にして再び歩きだす。
もう2時を過ぎている。
腹が減っていることを思い出してコンビニでご飯を買うと、僕は小さな公園を見つけて、そこのベンチで昼食をとることにした。
しかし、その公園には先客がいた。
僕と同じくらいの制服を着た女の子だ。
別に可愛いとも不細工ともなく、いたって普通の女の子だった。
女の子はブランコに腰かけてただただぼーっとしていた。
同じサボりなんじゃないかと思い、シンパシーを感じて声をかけようかと迷ったけど、急に恥ずかしくなって思いとどまる。
そそくさとご飯を食べると、僕は元来た道を引き返して家に帰った。
次の日は憔悴しきった顔の人々に挟まれながら、満員電車に乗って学校に行った。
先生に昨日のことを問い詰められると、熱があったと嘘をついておいた。
友人たちには、本当はサボりだろと言ってきたので、正直にサボりだと答えた。
そうして学校での一日が始まる。
先生がいつものように、将来のことや大学の話をした。
休み時間になると、友人たちはあの芸能人がどうだの、あの授業がどうだの、次の授業に出たくないだのと話している。
学校での一日を過ごして、どこかうんざりしている自分がいた。
次の日は最初から学校に行くつもりがなかった。
ルンルン気分で家を出たので、満員電車に乗っても他の乗客のことなんか気にならなかった。
僕は一昨日と同じ駅で降りる。
そうして街での新たな発見や、ショッピングセンターの中にある本屋での新刊の立ち読みをして一日を満喫をした後、またあの公園に行った。
すると、またあの女の子がいた。
僕は一昨日と同じように食事だけ済ませると、公園を後にした。
こうした生活を週2でサボり週3で学校と続けていき、次第に週3でサボる、2ヶ月たった頃には週4でサボっていた。
しかしこうサボり続けると、なんだかサボることに飽き始める。
見慣れた道や前に読んだような本。
手を伸ばすも引っ込めてしまい、僕は12時には昼食を買って、あの公園に向かっていた。
公園は入り口が一つだけしかなく、道路に沿うようにして作られている。
『あっ……』
そのため、こうして向かい側からやって来たいつもの女の子に、鉢合わせするようになってしまった。
僕たちはブランコに並んで腰かけて、同じくらいのタイミングで昼食を食べ終わると、最初に女の子が口を開いた。
「あの……何でこんなところに……?」
「え、ええと……サボりです……」
「やっぱり……」
やはり彼女もサボりだったらしく、僕の話に納得しているようだった。
聞くところによると、彼女は僕の一つ上の学年の人らしい。僕が2年生だから、彼女は3年生だ。
彼女は2年生の時からサボり始めていたらしく、3年生になってもサボり続けていたが、段々飽き始めて、僕が来たちょうど2ヶ月前あたりからこの公園でぼーっとして一日を過ごすことが多くなったらしい。
「最初はね。最初はいいのよ。とっても楽しいしね。でも段々飽きちゃって、することもなくなって、本当は学校の方が楽しいんじゃないかって思うんだけど、行ってみるとあんまり楽しくないよよね」
彼女の話はとても共感できた。
そう、何をするにも楽しくないのだ。
何をやっても満たされなくなってしまっている。要するにどちらにも飽きてしまったのだ。
「僕が聞くのもおかしいんですけど、どうして学校をサボり始めたんですか?」
僕がそう聞くと、彼女は馬鹿馬鹿しくなったのよ。と答えた。
「毎日毎日学校に通って、やれいい大学に行くために勉強しろだの、やれ将来のただだの、馬鹿馬鹿しくなったの。
このまま勉強して、普通に大学に行って、普通に就職して、普通に結婚して、普通に子供を作って、そして老後を迎えて死ぬ……。
そう考えたとき、私何やってんだろーって思っちゃってさ。
別に今頑張ってる人のことを否定するつもりじゃないんだけど、けど私の人生なんなんだろうって。
こんなんじゃ何のために産まれてきたのかわからないじゃない」
僕ははっとした。
自分が何故学校に行かなくなったのか、はっきりわかった気がしたからだ。
それは学校に行くことが単純にめんどくさくなったのともう一つ。
将来の話をする先生や、その将来のために頑張っているクラスメイトたち、そして満員電車で死んだような顔をしている大人を見て、僕は全てが馬鹿馬鹿しくなっていたんだ。
彼女が続きを話す。
「大人たちが口々に言うじゃない。
いい大学に入らないといい就職はないよ、とか、いい就職につかなきゃいい暮らしはできないよ、とか。
でもさ、そもそもいい暮らしって何? 金銭に余裕がある暮らしがいい暮らしなの? 好きなことに沢山お金使える暮らしがいい暮らしなの? わかんなくなっちゃったんだよね。
夢を持てなんて言うけど、今会社に振り回されてる大人を見て夢なんて持てないしさ。
子供の言う言葉なのかもしれないけどさ。
けど就職して結婚してただのおばさんになるのもなんだかなぁって……。
ネットとか見ると上司に復讐したとか、旦那のお母さんに復讐したとか、そういうのばっかりでさらに将来にうんざりしちゃってさぁ……」
僕は無言で空を見上げた。
もう一度学校の人や満員電車に乗っている人を思い出す。
疲れきった顔をしている人、仕事の話をしている人、将来のために頑張っている人。
その人たちのことを、僕は素直にすごいと思う。
けどお前もそうしろと言われたら、僕は首を横に振るだろう。
だからと言って、お前は何をしたいんだ? と言われたら、きっと即座に答えることはできないと思う。
何かしたいことがあるわけじゃないけど、今掲げられている人生のお手本のように生きるのが、彼女も僕も堪らなく嫌なんだ。
そうしてお手本のような人生にうんざりした後に、僕らは決まってこう思うんだ。
何やってんのかなぁ……、と。
心の中の虚無感と淀んだ不安を映し出したかのように、雲が太陽を覆い隠した。