ハートの女王
童話なのか疑問ですが。
表現はたぶん大丈夫です。……たぶん。
「赤い花が足りないわ!」
ハートの城に響く声。
玉座に座った女王が、声高々に響かせる。
「ジャック、赤い花が足りないわ!」
その声を聴くのは一人の騎士。
騎士は恭しく頭を下げる。
「それでは女王様、どこの村に咲かせましょう?」
「南東にある村がいいわ! あそこはまだ咲かせていないでしょう?」
「仰る通りです。それでは、さっそく参りましょう」
女王が玉座から立ち上がる。
騎士がその手を取り、優雅に王城を出て行く。
城門に準備された馬車に乗り、馬が走り出す。
今日もまた二人、大量の花を咲かせるために東奔西走。
☆☆☆
南東の村はにわかにざわめき出す。
女王の馬車が見えてきた。
村人全員、農作業も家事も放り出して、家に閉じこもる。
二重の鍵をかけて、布団をかぶって震えだす。
村の入り口に馬車がついた。
中から女王が現れた。騎士は御者台から降りてくる。
閑散とした村に、二人は首を傾げる。
「誰もいないわね」
「誰もいませんね」
二人は顔を見合わせる。
「どういうことかしら?」
「家に閉じこもっているのでしょう」
騎士の推測に、女王は得心いって頷きを返す。
そして女王は一つの家を指差した。
「あの家に少女がいれば、赤い花を咲かせましょう」
「いなければ?」
「村に花畑を!」
「了解いたしました」
女王の指差した家へと向かう騎士。
騎士が扉に手をかける。しかし鍵がかかって開くことはない。
次に騎士はノックをする。二回、手の甲で扉を叩く。それでも返事はない。
「いないのかしら?」
待ちきれないように、女王が聞いてくる。
「居留守でしょう。ただいま扉を壊します」
「さすがジャックだわ」
腰に佩いた剣に手を掛ける。
騎士はそのまま扉を壊してしまう。
中にいた村人が、小さく悲鳴を上げた。
騎士が家へと足を踏み入れる。
そしてゆっくり家の中を睥睨する。
女王の求める少女は――いない。
両親と、少年二人。
「それでは村に花を咲かせましょう」
騎士が女王に振り返る。
満足そうに頷く女王。
そして手始めに、その一家に花を咲かす。
真っ赤な花が四輪咲いた。
ついでに家も赤く染まる。
顔を赤く濡らした騎士が振り返る。
女王が満面の笑みを浮かべている。
「さあさあ早く! この村に赤い花園を!」
「仰せのままに、女王様」
今日もまた、ハートの国に花が咲く。
明日もきっと、花が咲く。
毎日毎日、花が咲く。
――誰かが止める、その日まで。