第九十四話
軍部の廊下に座っていると聞きなれた声がした。
「よっ!」
「クルスさん」
そう私が喜んで立ち上がると見張りの人間が咳払いした。
「お疲れさん。なあ良いだろー。ちょっとぐらい美人と話させろよー」
そう彼はいつもの調子で見張りの胸を肘でぐりぐりとする。
彼の方が階級が上なのか見張りの人間はおずおずと頷く。
「す、少しだけですよ」
なんだか憧れの人間に声を掛けられて嬉しさでたまらないといった感じだ。
彼は革のベンチに腰をかける。
「カーシャちゃんが戻ってきたと聞いてね」
「アマリアさんは無事なんですか?」
彼は笑う。
「アミィは無敵だからなあ。大丈夫だよ。今も前線にいる。俺がここに来てる間は別の騎士に守ってもらってるよ。もうあいつの周りにいた方が兵隊も安全なんだろ。勝手に群がってるよ」
なんか私以外の魔法使いがみんな上手くやっている様な気がする。
「ジャンに会ったのか?」
「聞いてくださいよ!」
そう私が言うとよっぽどひどい顔をしていたのかクルスさんはたじろいだ。
「……なるほどね。他の魔法使いとあいつがもう組んでたと」
「なによりむかつくのがちょっと可愛い女の子だったってことです」
「カーシャちゃん。意外とずばずば言うね……」
彼は赤い髪をかきあげて頭を掻く。
「まあ俺達、灰騎士は常に魔法使いから離れるなって命令を出されてるからなあ。今俺は例外な状況だけど基本的には寝る時も一緒、食事も一緒、身体を拭く時だって見張ってなきゃならない」
彼は遠い眼になる。
「俺もどんなにアミィに襲いかかろうとするのを我慢してきたことだろう。だってあの恵体だろ。俺も『野獣』と呼ばれた男。夜の野獣っぷりを見せても良いんじゃないかと何度この胸に問いかけたことか。俺の我慢を表彰して欲しいぐらいだ」
忘れてた。この人変態おやじなんだった。
私は溜め息を吐く。
「でもクルスさんじゃないですけど。そんな生活だったら好きになっちゃいますよね……。男だって女だって。だってつらい時を二人で乗り越えていくんですから」
彼は少し真面目な顔で私を見た。
「……カーシャちゃん。そんな心配してる場合じゃないかもよ」
「え? なんでですか?」
「君、処刑されちゃうかもよ」
私はまたまたと笑って訊くが彼は表情を変えなかった。




