第九話
貴族の屋敷に来ると緊張する。
貸し出された召使の服が少しきつい。
私は狭い厨房で鍋を温める。
「スープが出たら広間に出て肉を焼くのよ!」
太ったおばさんが鶏の羽をむしりながら大きな声を出す。
私ははいと返事をした。
広間は綺麗なドレスを着た夫人や紳士然とした人間で溢れていた。
私は大きな鉄板の前に立ち手を添える。
敷いてあった肉が焼ける良い匂いがしてきた。
「おい肉焼き。葡萄酒を持ってこい」
「おっ良く見ると美人じゃないか」
「でも魔法使いだぜ」
「妾ぐらいにしてやるさ」
「ははっはっ!」
酔った貴族達が笑いながら近づいてきた
私は適当に愛想笑いをし無言で肉を焼く。
一人の貴族が鉄板の外側に置いてあった焼けた肉をつまむ。
「靴を舐めるってあるだろ? あれの由来を知ってるか?」
彼はそう歪んだ笑みを浮かべ革靴のつまさきに焼いた肉をのせた。
肉汁が少し絨毯に落ちている。
「こういうことだよ。ほら魔法使い。肉なんか食ったことないだろ?」
ここに来て食えという仕草をした。
「御冗談を……」
私は無理して笑ってみせた。
「おい。見ろよみんな余興だ!」
他の貴族がその高い声に反応し集まってくる。
私は仕方が無いと思って彼に近づき膝をおろした。
「ここに靴をのせてもらえませんか?」
そう私の膝を指差す。
「靴を持ちながら食べますから」
その言葉が彼の癪に障ったようだった。
「魔法使いごときが貴族に指図するのか! 絨毯に頬をつけて食え」
「……はい」
言われたようにして舌ですくう様にして食べた。靴墨の味がした。
「嫌だ。本当にしたわ」
そう婦人たちの呆れた声。男性陣の笑い声。拍手まで鳴った。
「いやあ素晴らしい余興だ。魔法使いはいつも私達を楽しませてくれる」
肉を噛んでいると眼の下の絨毯が少し湿った気がした。