第八十七話
竜とピクニックをしたのは初めてだった。
私は茶色いサンドイッチを食べながら横目でその巨大な姿を見る。
皇帝とウィルさんは草原でまたじゃれあって話している。
あの一件以来、皇帝はよくこういう場に私を参加させる様になった。
信頼してくれたのか。
利用されてるのかはわからなかった。
拷問から救ってくれた。
本来ならそれだけで私の命は彼に捧げなきゃいけないのかもしれない。
帝国に忠誠を誓って母国と戦う考えがよぎったのは一度や二度じゃない。
でもそれはジャン達を敵にするってことなんだ。
そんな選択が私にできるんだろうか。彼らと戦えるんだろうか私。
そう思うと胸が痛くなる。サンドイッチを齧るとパン屑が私の唇からこぼれた。
『迷いがあるのか魔法使い?』
胸に響くような声だった。
私は辺りを見まわす。
「あれ? 今誰か何か言いましたか」
そう粉をふきながら言うと皇帝と軍師が見開いた眼で私を見つめる。
二人とも驚きの表情が顔に浮かんでいた。
ん? 何だと不思議な顔をしてもう一度辺りを見まわす。
この草原には私に話しかけられる人間はもう誰もいないはずだが。
尖った草を撫でていく様に風が私の周りを通り抜けていく。
まさかと思って振り返る。
巨大な竜の黄色い眼が私を見つめている様に思えた。




