第八十三話
「皇帝、皇帝」
そうさっきの子供がよたよたと陶器の小皿を持ってきた。
「ん? 何だ?」
「これ海老のスープ」
彼は笑う。
「おお。それがどうした?」
子供はにかっと歯を見せて笑う。
「これお父さんの領地で取れた海老なの。美味しいよ。食べて」
これ不敬もいい加減にしろと父親らしき重臣が言う。
私はこれぐらいなら喜んで皇帝は飲むだろうなと思った。
そう彼に視線を向ける。
何故か彼の顔からは先程の余裕さや子供と遊んでいた時の笑みは消えていた。
「……ありがとう。頂くよ。大好物だ」
そう彼は落ち着いた声でその子供からその陶器を受け取る。
彼は銀のさじでそのスープを飲む。その手が微かに震えている様に見えた。
「かはっ! ぐぇっぐぇっ!」
その声と一緒に彼は口から固形物を吐き出し手に持ってた陶器を落とす。
ウィルさんが駆けつけ吐瀉物を見る。
「大丈夫だハンス。ただの海老の尾だ。飾りで付いてたんだ」
皇帝は虚ろな眼でそれを確認する。
賑やかだった場に沈黙が広がる。
「……なーんてな! 驚いたかお前ら!」
そう皇帝が笑みを見せると重臣達が一斉に笑い出す。
「ここまでやると真に迫ってただろ!」
「流石は皇帝!」
「演技も神懸ってらっしゃる」
「今度の劇場での公演には皇帝にも是非おいで頂かなきゃな」
そう大衆が笑うのを余所に彼の顔は曇っていた。
「すまない。……お前の所で取れた食べ物を粗末にしてしまった」
そう小声で子供に謝ってるのが聴こえた。
彼は豪奢なマントを翻す。
「さて宴も酣だ。ウィル、カーシャついて来い!」
そう彼は玉座の方へゆっくりと歩き戻っていく。
玉座に近づくと彼は少しだけ早足で後ろに張ってある幕に入る。
誰の視界にも入らなくなった瞬間に彼は嘔吐した。
「大丈夫!?」
そう私は背中をさする。
口を汚しつらそうな顔をする彼はただの小さな男の子に思えた。
彼は毒殺を怖れていたんだ。




