第七十九話
細かな泡が浮かぶ湯につかりながら顔を熱くする。
湯が暑いんじゃない、恥ずかしいのだ。
誰かがいる状況で一糸もまとわぬ姿でいるのが。
この白い泡があるのがまだ救いだった。
湯に鼻と口をつける。
液体の中にある唇が潤いで包まれた。
そうしていると空気と液体の水平線みたいなものが見える。
眼と唇がそれぞれ違う世界にあるみたいだ。
「いやーびっくりしましたよ。服のまま入ろうとするなんて」
そう召使さんの明るい声が湯気の向こうから聞こえる。
「オレオールには入浴の習慣が無いんですか?」
そう彼女は何か作業してるのか身をかがめた状態で訊く。
私はおぼろげな記憶で答える。
「教国の気候は乾燥しておりますので。せいせい週に一度濡れた布で身体を拭く程度ですね」
私は自分が入ってる大きな陶器のへりに両腕を置いた。
「なんかこうしていると私スープみたいですね」
「スープ?」
私は頷く。
「陶器に入って暖かい湯に浸かってるんですから」
召使さんは眼を細めて笑った。
「他の文化から来た方の発想って面白いですね」
彼女はそんな風に思ったことはなかったなーと独り呟く。
「そろそろ上がられます? 顔真っ赤ですよ」
彼女が柔らかそうな布を持って私の傍に来る。
彼女は片膝をつき両方の手で掲げるようにしてそれを私に差し出した。
私の裸を見ないように頭も下げている。
なんだか急に召使らしい雰囲気になったな。
ふと湯で濡れたその膝が気になった。
「膝濡れちゃうよ」
そう布を受け取りながら言う。
召使は顔こそ見えなかったが驚いた様に身体を震わせた。
それから彼女はゆっくりと顔を上げる。
「お優しいんですね魔法使い様。身分の高い方からそんなお気遣いを頂いたのは初めてです。ああ素敵な言葉、優しい言葉たった一つでどれほど私達召使が幸せな気持ちになれるか」
そう瞳を潤ませて言う彼女はやはり根本的に勘違いしてるようだった。
私はそんな尊敬されたり素晴らしい人間じゃないんだ。
むしろ醜いし弱い人間なんだ。
証拠に愛する人を裏切ってしまった。
私を離さないで。そう言った私が彼から離れてしまった。
これを裏切りと呼ばないで何て呼ぶんだろう。
もう愛する人の笑顔を見ることはできないんだ。
私に触れた柔らかい布は簡単に私の水分を奪ってくれた。




