表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/242

第七十話

「つまりだね。こう相手の思い通りになっちゃいけないんだよ」

「ふんふん。そうなんですか?」

「相手を好きになった時点でもう恋愛ってゲームは負けなのさ。主導権を握られちゃうわけだからね」


ほーっと驚いた梟みたいな顔をして感嘆する。

「他には! 他には無いんですか!? ああもう手帳を持ってくるのを忘れた自分が憎い!」

そう彼に恋愛の駆引きを聞く。


彼は私の剣幕に少しひく。

「他にはねえ……」

そうだなと彼は口元に手をやる。


「好きでもない相手にわざと手を出すとか」

その言葉に酔いが冷めてしまった。

月夜に寂しい風が吹いた。


「……その思わせぶりな態度された人が可哀想じゃないですか?」

彼は首を横に振った。

「恋にそんな余裕見せてていいのかなあ」


彼はワイングラスを揺らしながら月夜に笑う。

「素敵な人間なんて他の人から見ても素敵なんだからさあ。必死にならないと……」


彼は蛇みたいな眼で笑う。

「簡単に他の人に奪われちゃうよ」

胸に醜い心が芽生えてしまった。嫉妬の炎で狂いそうになる。


「想像してごらんよ。自分の愛した人が他の人間のものになるところ」

彼はそんな酷い言葉を言いながらもどこか愉快そうだ。

「嫌だそんなのは嫌だ。絶対嫌だ」


私は震える唇で言う。きっと酔ってるんだ冷静な判断が出来ない。

「でしょう? 良いじゃない。たった一瞬、人を傷つけるだけだよ? それでずっと彼に愛してもらえるんだよ。ずっと幸せになれるんだよ」


彼は私の顔を覗き込む様にして見る。

「みんなやってることだよ。君がやらなきゃ君がそれを先にされるんだよ。それに自分が自分の幸せを考えて何が悪いの? 誰が君を責められるの?」


動悸が激しくなる。

私はそれが悪いことだってのはわかってる。

だけど彼の声を聞くうちにそれも真実の一つなんじゃないかって気もしてくる。


ただ私が古い習慣にしばられてるだけでそれも新しい発想の一つなんじゃないかと思えてくるんだ。


証拠に私はそれを否定する言葉を思いつかなかった。

「おいでよ」

そう彼は私に手を差し伸べる。


「僕たちが今夜それをしよう。愛する人に愛してもらうなら多少の嘘をつく勇気も必要だよ。僕を信じて。……僕が君の報われない愛を叶えてあげる」


月の光に輝くその白い手袋を掴むかどうか悩む。

好きな人に裏切られた気持ちと不安定な心に注がれた甘く美しい言葉で私の心はひどく混濁する。


私は朦朧とした心で彼の手を握りしめた。

きっと後悔するのはわかってたけど。

初めての裏切りをした夜は青い月が輝く夜だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ