初陣と氷の魔法使い編 おわり
放たれたボウガンの矢が真っ二つに切断された。
「何っ!?」
部隊長が驚いた声をあげる。兵士達もざわめく。
赤い髪の男が息を切らせて青い髪の魔法使いと部隊長の間に入った。
「くそっ。他人の剣は使いづらいぜ」
「大した身のこなしだな。『ヴォジェーダンの赤い野獣』と呼ばれるだけはある。どういうつもりだ?」
兵士達も野次をあげるかどうか迷っている様子だ。
一人の兵士が意を決して震えた声を出す。
「そっそうだ。てて敵に味方するのかっ」
クルスさんがその兵士を睨むと周りの兵達も同時にすくむようだった。軍服が擦れる音が聴こえた。
「この中に俺を殺せるやつがいるのか?」
そう彼が問いかけると兵士達は黙り込んだ。唾を飲み込む音さえ聞こえた。
「お前らは引っ込んでろ。命の無駄だ。俺が片をつけてやる」
そう彼は青い髪の魔法使いに向き直る。
「そっそういうことだったら仕方ないよなあ」
「なっなんださすが灰騎士殿」
「俺はわかってたぜ」
兵士達が安堵したように好き勝手な事を喋りだす。
部隊長だけが冷静な顔のままだった。
「逃がすのは不可能だぞ」
そう彼はクルスさんの背中に釘をさす。
「わかってるよ」
そう彼は静かに答えて青い髪の魔法使いを見る。
「……行くぞリリィ」
そう彼が呟くと彼女も頷いた。
彼女は宙に氷の刃を何本も浮かべる。
それを彼は簡単に叩き落とし砕いていく。
彼女は後ろに移動しながら氷の刃を放つがクルスさんの方が遥かに力量が上だった。
彼女がいくら頑張ってもそれを上回る速度を当たり前みたいに出す。
さっきまでの彼とは全然違った。
見ていて彼女が可哀想になるくらいだった。
一生懸命に造るけど。
簡単に壊されてゆく彼女の氷。
それが雪の華みたいに散らばってゆく。
彼女は教壇で尻餅をついた。
彼はそんな彼女の肩に足をかける。
そのまま踏み抜く様にして彼は足を動かした。
骨が砕けた音と一緒に苦痛に満ちた声が教会に響く。
彼女は彼に踏みつけられたまま赤い絨毯を背にして倒れている。
彼はゆっくりと銀色の剣先を彼女の咽喉元に突きつけた。
「決まった!」
「そんな魔法使いぶっ殺しちまえ」
「流石は赤い野獣!」
そう兵士達から歓声が飛んだがジャンの表情は曇っていた。
クルスさんの剣を持つ手が震えている。
周囲もその様子に段々と沈黙していく。
「……リリィ。お前なんで逃げなかったんだ」
彼女は黙っている。
「お前が最初に殺しちまったのはこの神父と灰騎士だろ?」
彼は二つの死体を見て呟く。
「街の兵隊はその後に殺されてたぞ。出血の状態でわかった。……お前は一度街に出てるんだ」
彼は震える声で続ける。
「なのに何で教会に戻ってきた? そのまま逃げ切れたはずだ!」
リリィと名乗った少女は赤い絨毯を背にして無言のままだった。
「お前。ここを死に場所にしようと思ってたのか?」
クルスさんの瞳には涙が浮かんでた。
「何とか言えよっ!」
彼女は小さく微笑んでいた。
「お前みたいな小さな子供がな。死にたくなるほど悩む世界なんて絶対あっちゃならないんだ……」
彼は震えを抑えるように剣の柄を強く握る。
「早く殺せ」
そう部隊長が冷めた口調で命令する。
彼は一瞬男の方に眼をやったがまた彼女を見つめた。
「……思いつけなかった。お前を助ける方法を」
彼は悔しさでたまらないと言った様子で唇を噛んでいる。
「馬鹿でごめんな。力が無くてごめんな」
そう彼は嗚咽しながら大粒の涙を落とした。
「救えない人がいるのも現実だよ」
そう彼女は白い手を彼の頬に添える。
彼は彼女が声を出したことに少なからず驚いていた。
「でも忘れないでね。その優しい心を」
彼女の口から白い息がもれるのが見える。
「私を忘れても。誰かのために涙した優しい心を忘れないでね」
そう彼女が言うとクルスさんはいつかの突風で壁に叩きつけられた。
兵達がざわめく。部隊長も舌打ちをした。
リリィ・スペイセクは誇りに満ちた表情でゆっくりと立ちあがった。
彼女は青い光を掌に集める。
「魔法が来るぞ! 撃ち殺せ」
「止めろっ!」
そうクルスさんが叫んでもボウガンの矢は止まらなかった。
彼女の胸にボウガンの矢が刺さった。一本だけじゃなく何本も刺さっていくその光景はとても美しいものとは呼べなかった。
彼女は胸に生えた矢の森の重みで膝をつく。
「リリィッ!」
そうクルスさんが駆け寄る。
彼女は微笑みながら彼の瞳を見つめた。
「……生まれ変わったら、もっと愛してもらえるかな、友達が出来たり恋人が出来たり」
彼女は乱れた白い息を吐きながら続ける。
「もう馬鹿にされたり、傷つけられたりしないの。きっとそんな世界は幸せだろうな」
クルスさんが倒れた彼女の背に腕を回す。
彼女の声が小さくなっていく。
「やっと静かになる。もう嫌な言葉を聞かなくていいんだ……」
彼は彼女の手を強く握る。
「生まれ変わったら魔法使いじゃなくなった私を愛してくれる?」
「……ああ。もちろんだ」
そう彼がはっきりとした声で言うと彼女は微笑んだ。
「凄い嬉しい……」
そう途切れる様な声で言うとリリィさんの声は止まった。
彼の肩が震えていた。
嗚咽した声がもれる。
その後に続いて赤い髪の野獣は咆哮する。
その悲しみを含んだ咆哮は教会だけじゃなくこの街まで震わせるような叫びだった。




