第五十九話
リリィ・スペイセクの精神はもう完全に壊れてしまったのかもしれない。
彼女は首を傾けながら涎を流しずっと高笑いを続ける。
そこにはもう儚さや美しさの欠片もなくただただ見る人間に不快な印象を与える少女がいるだけだった。
「静かに静かに静かにしてよ。悪口とか汚い言葉とかもう嫌だよ嫌だ」
「リリィ」
「うるさい」
そう彼女は空気中の水分を集め氷の刃をつくる。
さっきより形になるのも飛ばすのも速い。
錯乱しているはずなのに魔力の精度が上がっている。
それが彼の剣を弾いた。
銀色の剣が床に落ち回転する。
「女を愛するのに剣なんていらないか」
「愛してくれるの?」
そう彼女が歪んだ眼で言う。
「ああ愛してやるさ」
「嬉しい」
彼女は小さな氷の針を何本も浮かべる。
それがクルスさんの膝を貫く。
「クルスさん!」
私が叫ぶと彼は歯を食いしばりながら良いんだという仕草をする。
「……でもね。もう何も感じないの」
そう彼女は一本、一本彼に氷の針を突き刺していく。
その都度彼の苦痛に耐える声が聞える。
「さっきの兵士が言ってた通りだよ」
その言葉だけ妙に澄んだ声だった。
「もう心が無いの」
そう彼女は涙を流す。
「そんなことないさ」
そう彼は彼女の手に自分の手を重ねる。
熱が奪われているのか白い煙があがっている。彼の顔も苦痛で歪んでる。
あれじゃ凍傷になって手が腐ってしまう。
「じゃ何で俺を殺さなかった。今も何で俺を殺さない。……それに何でそんな悲しい表情を浮かべちまうんだ?」
彼は痛みに耐えながら笑う。
「心があるからだろうが!」
彼女が驚いた表情をする。
だけどすぐに元の泣き顔に戻った。
その手を振り払い先程の突風で彼を飛ばす。
「うるさい」
そう彼女は今までの中で一番大きな氷の刃をつくる。
それが剣を持たないクルスさんに飛ぶ。
「クルスさんっ!」
そうまた私が叫ぶと轟音が鳴って目の前が真っ白になった。
何だこれ? それが雷撃だったと気づくまで時間がかかった。
それ程までに巨大な雷だった。教会の壁に信じられないぐらい大きな穴が空いている。へなへなと腰が抜けてしまった。
氷の刃なんて跡形も無く蒸発した。
「私の大切な人を殺そうとするなら……」
いつもの人懐っこい声じゃなかった。強い意志を感じられる声だ。
「貴女から先に殺しますよ」
そう黄金色の髪の雷神がはっきりとした声で言った。




