第三十二話
宿屋の角灯が揺れている。
彼は馬を繋ぎとめるとこちらに歩いてきた。
それから宿屋の扉を開ける。
「遅れました。今晩泊めて頂く約束をしてた者です」
そうジャンは笑顔を浮かべ宿屋のおばさんに羊皮紙を渡す。
「騎士の証明書です」
「ああ。これはわざわざ。えーどれどれ」
そう宿屋のおばさんは苦労しながらその文字を読む。
「あら! 灰騎士様でしたのね。立派な騎士様をお泊めできて光栄ですわ」
彼は小さく笑う。
「いえいえ。そんなことはありませんよ」
「そちらのお連れは? 何か顔色が悪いようですけど」
「えっ。あ、いえ私は……」
何て言ったらいいんだろう。魔法使いって言って良いのかな。舌が上手く動かない。ホント人見知りだな私。
「私の妻なんですよ」
私はびくっとして彼の顔を見た。何を言い出すんだ。
「先日。子宝を授かりましてね。見ての通り少し体調が……」
彼は額に手を置き本当に心配でたまらないといった演技をする。
宿屋のおばさんは彼の言葉に共感したのか暖かい眼で私を見つめる。
「じゃあ夕食は栄養のある料理を一杯用意しなきゃね。卵がいいわ」
「ありがとうございます。妻も喜びます」
彼は私と正反対で嘘をつくのが上手だった。
全く迷いがない。申し訳ないとか嫌な気持ちにならないんだろうか。
なんだか教会の神父さんを思い出した。
そんなことを考えてるとおばさんが私の二の腕を叩いた。
「大丈夫よ! こんな細い身体でも一杯食べたら子供なんてポンポン生めるから」
「ポンポンですか?」
私も思わず大きな声で答える。
彼女は頷く。
「そうよ。子供産んでたらそりゃあ樽みたいにたくましい身体になれるわ」
そうなんですかと強く頷く。
「私もあなたぐらいの齢にはもっと細かったのよ」
そう彼女はふくよかな身体を揺らし昔の自分を想像するように眼を細めた。
彼は信じられないといった様子で私と彼女を交互に見る。
失礼ですよ騎士様。そう私は心の中で呟く。
「安心しなさい。女は強くなれるのよ」
そうおばさんは素敵な笑顔で微笑んだ。




