第二百三十一話
「や、止めろ。お前は理想の世界を消そうとしてるんだぞ」
彼は私に手を伸ばす。だけどその手は私に届かない。
足を動かしてないからだ。
「不老不死が完成すれば。人の争いは無くなる。血を流す戦いだけじゃない。心の傷つけ合いもだ。永遠の命を手に入れてはじめて人は争う馬鹿馬鹿しさに気付くのだ。それこそ竜のように。人間は愚かだ。このままでは同じ罪の繰返しがつづく地獄の様な世界だぞ。……そ、そうだお前も不老不死にしてやる」
私は首を横に振る。
「人間の心がどれほど汚れているかわかってる筈だろ? その汚さに耐えて生きれるのかお前は? 美しい生物が汚れた川で生きれぬ様に汚れた世界で美しい心を持った人間は生きていけない。つらさに耐えるだけの人生に何の価値がある?」
私は手を高く掲げながら答える。
「確かに貴方の言っていることも行動も正しいものなのかもしれない……」
「だ、だったら!」
そう彼が喜んで近づこうとするから彼を睨む。
彼は私の瞳にひるむ。
「一番根本的な解決方法とも思いました。悪人を駆逐して善人だけを残す。……そして善人だけに不老不死を与える。そんな理想郷は素晴らしいでしょうね。きっと争いの無い永遠があって文学や音楽、全ての芸術が美しいものになるんでしょうね」
「そこまでわかってるなら! 君は俺の協力者になるべきだ」
そう彼の掌が私に差し出される。しかし私はその手を取らない。
「私はそこまで人間に絶望していません」
その言葉に彼は私に手を差し出したまま虚ろな瞳になる。
「人間の可能性を信じてます。この戦いでたくさんの人に出会いました。人を騙す人、傷つける人。でも優しい人にも、誰かを想って戦う人もいました。決して絶望だけの世界で無かったことは断言できます」
私は掌を合わせる白い光が強く輝く。
「この世界を愛してるんです」
そうはっきり言った。もう蓄えた魔力で身体が壊れそうだった。




