第二百二十五話
「……カーマイン。シエラ。カーシャ。ミルン。……愛してたぞ。お父さんを許してくれ。先に行って……」
そう彼は細い声で言うとそのまま動かなくなった。
それが黒の魔法使いの最期だった。
誇り高く優しい魔法使いの最期だった。
その人生に私は涙を流してしまった。
ところが村人達は彼の死にざまに大爆笑だった。
「今ゴミが死にましたよ、みなさん?」
「いやあ。正直気に入らなかったんですよねー。自分ができないことを当たり前にできるやつ」
そう村人たちは人一人死んだというのに笑顔で談笑する。
「あーわかりますね。自分達だけ特別みたいな顔してましたもんね。黒法を使える奴ら」
「おっと違いますよ」
村人の一人が指を振る。
「黒法じゃなくて『黒魔法』です。穢れた力ですよ。創始者からして罪に塗れてますからね」
「そうでしたね」
彼等は死体を囲んで爆笑する。
「もういっそのことこのままこいつを犯人にしましょう」
「一連の連続殺人の犯人にですか?」
村人の一人が頷く。
「はい。それで殺人事件が止まれば良し。このままこいつに汚名をかぶせましょう」
そう村人の一人が誇り高い魔法使いの頭を蹴る。
「殺人事件が続けば?」
「共犯者が別にいたことにすれば良い。次の事件が起こるまで少なくとも村の平和が保てる」
村人たちが笑う。
「よくまあそんなずるい考えが浮かびますねえ」
「それでみんな暫くの幸せが手に入るなら良いじゃないですか?」
胡麻髭の男が口元を上げる。
「全体の利益のためには少数の犠牲が必要なんですよ」
そう彼は笑う。
村人たちも笑顔で同意する。
「確かに! 確かに! いやあそうならない様に生きなきゃですね」
「簡単ですよ。たった一割程度そういうゴミ屑を作れば良いだけですから。その一割に入るなんてよっぽどの馬鹿ですよ」
彼等は洞窟で高笑いをする。
「しかしこのゴミの家族はどうします?」
「嫁の方は私が頂きたいですなあ。村でも指折りの美人ですし」
「ああ確かに旦那を失って傷心なら簡単に心を寄せるでしょうねえ。子供達は?」
村人の一人が顎髭を触る。
「荒野にでも叩き出して鳥の餌にでもしましょう」
「可哀想じゃないですか?」
そう訊かれた村人は笑う。
「屑の血は絶やさないと。未来に憂いを残さないのも今を生きる我々の努めですよ」
彼等は笑う。
「この死体はどうします?」
「まあ取りあえず置いておきましょう。白の魔法使いを殺した証拠にもなりますし。他の村人に確認してもらうまではここに居てもらわないと困りますしね」
他の村人達も頷きながら洞窟を後にしていく。
彼らが離れていく音を聴いて隠れていた白の魔法使いが動く。
彼を覆っていた石が転がっていく。
『ごめん。兄さん。今、俺は人間が許せない気持ちで一杯だよ』
そう石が落ちていく。
『救う必要のない人間だっているんじゃないか? 取り除いた方が良い人間だっているんじゃないか? こんなに人の醜さを見せつけられたら。俺は悪を排除する人間の必要性を否定できないよ。誰かがやらなければ……』
そんな彼の怒りが胸に伝わってくる。
白の魔法使いは決意を秘めた眼で石の中から起き上がった。




