第二百十四話
「先生!」
村人が長身の黒髪の男に駆け寄る。
「おっおお? 何ですか急に」
「今年も良い人参が取れましたよ」
「おお。これは素晴らしい出来ですね」
「また先生の不思議な力……。なんでしたっけ黒法? あれで調理してくださいよ」
黒髪の男は笑う。
「もちろん良いですよ」
「いやあ大したもんですよ。その齢で何かの創始者になるなんて」
黒髪の男は照れくさそうに頭を掻く。
「いや創始者というのは止めてくださいよ。元から自然にあった力です。今まで研究されてきた方がいたからようやく体系だてられただけで……」
「でも大家なのは間違いない! お弟子さんもあんなに育てて。いやあもう立派な学問ですよ!」
そう農夫は興奮気味にその男に唾を飛ばす。
彼は少したじろぎながらも頷く。
「しかし『黒法』って呼びづらいですなあ。何か語呂が悪いって言うか」
そう農夫は胡麻髭をさすりながら言う。
「ああやっぱりそうですか。私もそう思ってたんです。定着する前に何か一文字入れたいですねー」
そう彼は冗談気に笑いその場を後にする。
「兄さん。またつかまったの?」
「おぉカーマイン。体調は良いのか?」
白の魔法使いは咳き込む。
「うん。今日は気分が良いんだ。……にしても兄さんは人気者だね」
「そうかあ。単にからかわれてるだけの様な」
白の魔法使いは微笑む。
「話しかけやすいってことだよ。兄さんは雰囲気が優しいから」
そう言うと彼は咳き込んだ。
黒の魔法使いが慌てて背中をさする。
「大丈夫か」
「うん。大丈夫」
白の魔法使いが無理して笑ってるのがわかった。
「……独りで暮らしてて本当に大丈夫か。お前さえ良ければ家に来ても良いんだぞ」
白の魔法使いは首を横に振る。
「大丈夫。大丈夫。それに兄さん新婚でしょー。邪魔者になるのなんて嫌だよ。あれでしょ。どうせー奥さんにねちねち言われるんでしょ?」
そう彼は悪戯気に笑う。
「俺の嫁はそんな奴じゃねえぞ。この」
そう黒の魔法使いは白の魔法使いを羽交い絞めにする。
「痛い、痛い。馬鹿力。アホ兄貴。離してよ」
そう言いながらも白の魔法使いは嬉しそうに笑う。
「離すもんか。さあ昔みたいに参ったって言え!」
「なーにやってんだべかあ」
そう農夫が呆れた顔をして兄弟を見る。
見てる私ですら恥ずかしかった。
いい大人が道の真ん中で何やってんだ。
頭を抱える。また手が透けている。
これも過去なんだ。
とても仲の良い兄弟。
それは嘘じゃないと思った。
じゃあなんで貴方はあんな風になってしまったの?
カーマイン?
そう長閑な田舎でじゃれあう兄弟を見つめる。本当に幸せそうな笑顔だった。




