第二十二話
「イベニア。確か竜が未だ生息するという辺境の国ですね」
灰色の服の男は頷く。
「そう我が国とは国境を接していない遥か北方の王国だ」
そんな遠くの国がどう今回の戦争と関係してくるんだろう。
「まさか帝国と不可侵条約を結ぶとはな!」
もう老軍人は私そっちのけで独り言みたいな調子で怒っている。
灰色の服の男が言葉を引き継ぐ。
「帝国とイベニアは百年近く戦争状態にあった」
「不倶戴天の敵というわけじゃな」
彼は頷く。
「そのため帝国は最精鋭の軍団を常に北方に配置せざるを得なかった」
「虎狼の国なんて呼ばれてる奴らじゃからな」
若い男と老軍人は長い付き合いなのか妙に息が合っていた。
「だから今回の戦争はイベニアにとっても領土拡張の絶好の機会だったわけだ。公には言えないが教国とも密約を結び同時に侵攻する計画だった」
私も口元に手を当て考えてみた。
「ところが裏でイベニアは帝国と繋がっていた……」
灰色の服の男は頷く。
「北方の軍団が防衛から転じてウェルトミッドに参戦してくるとは誰しも予想しなかった」
私もおぼろげながら状況がわかってきた。
彼は机に肘を置き顔の前で三角の形をつくる。
「この短期間で背後から侵攻されない程の外交関係を敵国と築き、部下の内応を完全に抑えるとは恐るべき手腕だ」
灰色の服の男は淡々と述べる。
「新皇帝が我らの予想を遥かに超えていたとはそういう意味だ」
暫く沈黙が残った。
窓に雨の筋が流れていく。
「まあ。一か八かで動いてる可能性もあるがな」
老軍人が珍しく静かな声で言った。
「そうすれば今頃防衛が薄くなった地域はイベニアの条約破棄でかすめ取られてるだろうよ。内応者は……どうせ粛清したんだろ。だとしたらとんだ人材損失だな」
そう老軍人は力無く笑う。きっと希望的観測なんだ。
「もし全てが計算尽くされた上での行動だとしたら?」
そう私は灰色の服の男に聞いてみた。
「非常に有能な皇帝だということになる。亡国の危機だな」
そうその男は感情を込めない声で言った。