第二百十二話
異形の怪物が近づいてくる。
私は手を振ったり後ろ向きに歩く速度を上げたりする。
なんなんだこいつ。気持ち悪い。泣きそうだ。
「あぁ。顔が崩れてしまったのか。だからそんなに怖がってるんだね」
そう存外若い男の声が聞える。
さっきの老人の声じゃない。
待っててねと彼は顔をいじくる。
私はその様子を黙って見つめる。
眼が顔に沈み鼻も手で慣らされる。
口だけだ。後は全部平らな顔。
「これで綺麗になっただろ?」
そう腕を広げて近づいてくる。
余計気持ち悪いよ。そう思って眉をひそめる。
「屑の黒魔法使いのくせにやるじゃないか」
その言葉にかちんとくる。
「お前みたいな怪物に馬鹿にされる筋合いは無いぞ」
なんで私こんな化け物と問答してるんだ。
しかし時間稼ぎする分には良いのか。
誰か早く上がって来てよ。
「ひどいね。これでも人間なのに。どうして誰も僕を愛してくれないんだろう」
そう彼の濁った声が響く。
人間。こいつが? 私は眉をひそめてその口だけの顔を眺める。
「君は僕を知らないの?」
そう問いかけられたから記憶を探る。
いや知るわけないだろこんな化け物。
「知りませんよ」
普通に答えてしまった。
口だけの顔に笑みが浮かんだ。
「知っているはずさ……」
待っててねと彼はその顔に指を入れる。肉にひずみができる。
目玉を探してるんだ。二つ大きな眼が指ですくいあげられる。
それから彼は顔を覆い顔の肉を動かす。
気持ち悪くて直視できない気持ちと知りたいって気持ちのないまぜになる。
段々とその肉の塊は顔の形を成していく。
見たことのある顔? 知っていると言われるとそんな気もしてくる。
でも記憶の海からそれをすくい出すことが出来ない。
何処だ何処で見た顔だ。
「あっ」
完成した顔を見て声をあげてしまう。
思い出した。こいつは……。でもそんなのありえない。
「わかったかい。良かった。さあ名前を言ってごらん」
私の瞳が震える。
信じられない。
震えた唇を開く。
「あ、あなたは」
私は唾を飲む。
「白の魔法使いカーマイン・ブランド……」
眼の前に教会図書館で見た挿絵の男が立っている。
300年も前に洞窟で死んだ男がなんでここに。
彼は赤くなった空を背景に笑う。
胸の震えが告げていた。私の直感が告げていた。
この男が竜が言っていた本当の敵なんだと。この男こそ最後の悪なんだ。




