第二百十一話
身体をよじって足をかわす。
床に転がった後、立つ。
胸を抑えながら乱れた息を整える。
腹じゃなくて良かった。
あっちの方が身体が固定されるんだ。
胸なら身体をひねればなんとか動ける。
小さな胸だけどあって本当によかった。
だけど状況は何も好転してないぞ。
赤い服を着た教皇を見据える。
誰なんだこいつ。
彼の蹴りがまた飛んで来た。
私は身をかがめてかわす。
魔法を使わなきゃ。
弾けろ。
彼に向けた掌から情けない音が響く。
かき消されたって感じだ。
今度は肩に彼の拳が決まった。
殴られた場所が熱い。
私はその勢いのまま後ろに引く。
指で床を押さえる。開いた足とそれでバランスを取った。
気持ち悪い。
この不自然さが。
彼の顔を見て思う。
どう見ても老人の顔だ。
なのにこの一発一発の威力。
絶対に老人のそれじゃない。
だってもう痛みの比較ができる程この戦いで傷ついてきたんだ。
この威力は兵士達のそれと遜色が無いほどだ。
一杯騙されてきたけどこの身体はごまかせないぞ。
「貴方誰なんですか? 教皇じゃないですよね?」
「……儂は教皇だよ。ずっとな」
目つぶしが飛んできた。
間一髪その指をよける。
身体を回す。
なめるな、私も。
この戦いを生き抜いてきたんだぞ。
その勢いで彼の顔に拳を入れた。
向こうの勢いも加わってるはず。
殴った私の方が骨が折れそうだ。その痛む拳をそのまま振りぬいた。
教皇が床に吹っ飛ぶ。
完全に決まった。
思わず息を切らしながら笑ってしまう。
これは立ち上がれないだろう。
証拠に彼は足をだらしなく伸ばしたまま動かない。
終わった。
勝ったんだ。
街の火で焼けた空を眺めて溜め息を吐く。
手が痛い。意味も無くその手を振った。
「いてて。しかし魔法使いの最後の攻撃が拳なんてね。まあ新しい経験が出来たから良しとするか。でもなんで急に魔法が使えなくなったんだろう?」
そう一息ついてると背後に気配がした。
しつこい奴だなと振り返ると息を呑んでしまった。
油断してたわけじゃない。だから驚かないはずだった。
しかし目の前にいる男の顔は。
目玉の位置や鼻の位置がばらばらだ。
私の拳で柔らかい粘土を崩したみたいだ。
その奇怪な現象に本当に引いた声を出してしまった。
後ずさりしながら掌を後ろにやるけど。
壁にたどりつけない。
そうだここ広い空間なんだった。
その歪んだ顔をした化け物がゆっくりと私に近づいてくる。
その顔が街の炎で赤く染まっていた。




