第二百七話
「ここは俺にまかせて先に行け」
そうクルスさんは黒騎士を睨みながら言う。
「あー何言ってんだお前? 行かせる訳ねえだろ」
そう黒騎士が私達に飛びかかり剣を振り降ろす。
その剣すら彼は難なく止める。
「なっ!?」
ルーシャス・ベロックは本当に驚いた声をあげた。
赤髪の騎士は彼をその剛腕で振り払う。
「……赤髪。あーわかったぞ。お前、例の魔法使い狩りの灰騎士だな」
黒騎士は歪んだ笑みを浮かべる。
「へへ味わいがいがありそうな男だ。興奮してきたぜえ」
そう彼は舌で唇を濡らす。
「確か娼婦の魔法使いだったよなあ。お前もちゃんと『楽しんだ』か?」
「……黙れ」
黒騎士はつづける。
「俺だったら半殺しにした上で『楽しんだ』のになあ。その場にいれなかったのが惜しかったなあ。他人の人生をぐちゃぐちゃに潰すのは快感だからなあ。特に美しいものを壊したり汚したりするのはなんとも言えない甘美だよなあ。わかるかなあ?」
彼は濁った瞳で舌を動かす。
「くくっ聞くところによると十五歳程度の娘だったらしいじゃないか。壊しがいのある年頃だよな。どれだけ傷つけても完全に絶望しきれないで微かな希望が瞳に映っている。ああ最高の芸術だよなあ」
彼は髪をかきあげながら歪んだ笑みを浮かべる。
「まっ生まれた時から不幸になる人間なんて決まってるもんだからな。そいつの人生は初めからそうなる運命だったんだよ。死んだ方が幸せな人間だっているさ」
黒騎士の舌が裂けた。クルスさんの剣が宙に舞う。
「ぐぼっ」
彼は慌てて口を抑える。それでも血が指の間から滑り落ちていく。
「それ以上俺の前でリリィを侮辱するのは許さん……」
彼の声は怒りで震えていた。
「彼女は最期まで美しい心の持ち主だった」
彼ははっきりとした声で断言する。
「生きる価値のあった人間だった」
クルスさんは剣を黒騎士に向ける。
「少なくとも人を傷つけて平然と笑える貴様よりはな」
黒騎士は血に塗れた口を拭う。
「……舌の先を切っちまったじゃないか。どう落とし前つけてくれるんだ? この傷みの代償は大きいぞ」
クルスさんは彼に向き合いながら口を開く。
「ジャン、カーシャちゃん。先に行け」
彼の唇がゆっくり動く。
「俺はこの男を倒してから行く」
彼の瞳は燃える様な赤だった。
説得は困難だと思った。
私は頷き階段に足をかけた。




