第二百五話
彼女の登場に兵士達は明らかに動揺の色を隠せていなかった。
顔面が蒼白になっているものすらいる。
怯えている証拠にまるでこちらに近づこうとしなかった。
「ここは私に任せてください。カーシャさん達は教皇を」
「……でも」
彼女は微笑む。
「私しかこの数を止められませんから」
そう彼女ははっきりとした声で言う。
兵の指揮官も士気を取り戻そうとする。
「ひ、ひるむな。ある意味この戦最大の首級だぞ」
「間違いなく世界最強の魔法使いだ。討って手柄にせん」
「やつとて人間。それにこの数、押し切れる筈だ!」
蜘蛛の脚のような雷撃が広がった。
その白い光に兵達が陣形を乱す。
稲妻を纏った彼女の髪が浮かぶ。
「なに寝言を口にしてるんですか? 私の強さは」
彼女の艶やかな唇が動く。
「一緒に戦ってきた貴方達が一番わかってますよね?」
彼女の言葉に兵士達の足が止まる。
これが本当の脅し文句か。
私のと全然違う。敵が本当に怯んでいる。
「アマリアさん死んじゃ駄目ですよ」
そう階段に足をかけ言う。
彼女は答えに詰まった。きっと彼女にでも三千の兵を倒すのは困難なことなんだ。だから強い言葉で少しでも敵兵を減らそうとしたんだろう。
彼女は死を覚悟しているのかもしれない。
それでも彼女は微笑む。
「もちろんです。平和になったら一緒に」
はじめて彼女の泣き顔を見た。
「ルンプーを食べて。買いそびれた兎ちゃんも買いましょうね」
まるで最後の言葉みたいだった。
私も思わず涙してしまう。
「ええ! 絶対に! 約束ですよ!」
私がそう言うと彼女は今まで一番綺麗な笑顔で頷いた。
眼尻には涙が浮かんでいる。
私たちが階段を駆けのぼると彼女の声が響いた。
「さあ。これが最期の『雷神』の戦いです! 死にたい人から前に出てください!」
その声と一緒に雷の轟音が響く。
私は振り返らず階段を駆けた。その速さで涙さえ斜めに流れた。




